2019 年 16 巻 p. 103-120
本論文では、企業家によるアイデンティティ形成が新製品開発に結びつき、ひいては事業の競争優位に波及するプロセスとメカニズムを説明した。そのために、東京芝浦電気株式会社が1978年に発表し、翌年から販売を開始した世界初となる日本語ワードプロセッサJW-10の製品開発事例に着目した。テクノロジー・アントレプレナーの天野真家によるアイデンティティ形成が、かな漢字変換技術の開発とJW-10の製品開発に作用し、ワープロ事業の競争優位に波及した事例を取り上げた。そして、G. H.ミードの社会的自我論のアナロジーとして企業家的自我論を導出するとともに、それを理論枠組みとして用いて天野によるテクノロジー・アントレプレナーシップを分析した。その結果、意味のあるシンボルとしての製品設計と製品アーキテクチャを介した企業家と市場のコミュニケーションが好循環すると、企業家が創発的内省性を発揮してブレークスルーを達成し、競争優位の源泉となる製品開発を成功に導く企業家的自我のダイナミクスを具体的に示すことができた。企業家のアイデンティティ形成を自我のダイナミクスの一部として捉えることが、アイデンティティ形成と製品開発および戦略遂行の結びつきを記述するのに有効であることが分かった。しかし、本論文は、テクノロジー・アントレプレナーシップを前提とし、単一の事例研究を用いていることから、普遍性の面で限界がある。
本論文は、企業家のアイデンティティが企業家らの戦略遂行に結びつくメカニズムを、事例研究の観点で詳細に示すものである。技術をベースとするアントレプレナーシップ(すなわちテクノロジー・アントレプレナーシップ)において、企業家(この場合はテクノロジー・アントレプレナー)のアイデンティティ形成が、市場で競争力を発揮する技術開発や製品開発に結びつくプロセスを詳細に記述することを目的とするものである。
テクノロジー・アントレプレナーシップは、新製品の開発、事業の創造、企業の成長、新規市場創出と経済発展、エンジニアや科学者の教育など、多くの重要な議論の中心にあると考えられている(Bailetti, 2012)。Bailetti(2012)は、いくつかの文献を検討した結果、テクノロジー・アントレプレナーシップとは、i)エンジニアや科学者が所有する小規模事業の運営、ii)特定の技術の問題またはアプリケーションの発見、iii)科学的および技術的知識に依存する新しいベンチャーの立ち上げや機会の探索、iv)技術変化を生み出すための他人との共同作業などの源泉となりうるとした。テクノロジー・アントレプレナーは、それぞれの文脈において、急進的な技術的成果を用いて機会を特定する能力を発揮しながら課題を解決する(Marvel & Lumpkin, 2007)。
最近のアントレプレナーシップ研究では、企業家のアイデンティティの発達が、企業家活動に従事し続けることへの動機付けの源泉になっていると考えられている(Farmer, Yao, & Kung-Mcintyre, 2011)。何人かの研究者は、企業家のアイデンティティと企業家の活動や成果の間に強い関連があることを示唆している(Cardon et al., 2009;Hoang & Gimeno, 2010;Duane Ireland & Webb, 2007;Navis & Glynn, 2011)。しかし、企業家的アイデンティティが、戦略の遂行に作用して成果に結実するプロセスまでは示されていない。企業家によるアイデンティティの形成が戦略の実践に結びつくメカニズムが明らかにされていない。また、テクノロジー・アントレプレナーのアイデンティティが、技術的知識に依存する製品開発や事業創造の源泉となり、企業に競争優位や成長を促すプロセスやメカニズムが詳細に記述されていない。
そこで本論文では、東京芝浦電気株式会社(現株式会社東芝、以後、東芝と略す)が1978年9月26日に発表し、翌年から出荷を開始した日本語ワードプロセッサJW-10の製品開発の事例研究を用いて、テクノロジー・アントレプレナーのアイデンティティが、新製品開発の成功と新規事業の創出に結びつき、市場での競争優位に波及するプロセスとメカニズムについて詳細に述べる。日本語ワードプロセッサを実現するためのかな漢字変換技術の開発とJW-10の製品開発で中心的な役割を果たした天野真家のテクノロジー・アントレプレナーシップの事例を用いて、アイデンティティ形成と戦略実践の結びつきを示す。
JW-10は、世界で初めて商品化された日本語ワードプロセッサであり、2バイト言語のためのワードプロセッサである(森, 2003)。そして、JW-10に搭載されたかな漢字変換技術と変換誤りの修正および文章の編集校正のためのエディタは、その後の日本語ワードプロセッサ産業において基本技術となった。また、JW-10の技術をそっくり搭載したパーソナル機であるJW-R10が市場でヒットして、シェア1位の獲得に貢献した。そうした東芝の製品開発において、かな漢字変換の精度を高める技術的工夫とエディタの機能開発は主に天野によってなされた(天野, 2007)。そして、天野のテクノロジー・アントレプレナーシップでは、「我々は、電気工学に通じているだけでなく、計算言語学にも長じているユニークな技術者である」「我々は、未解決である高精度かな漢字変換技術を達成して、世界で初めて日本語ワードプロセッサを実用化する」という天野のアイデンティティが端緒となった1。したがって、JW-10の事例は、企業家のアイデンティティが源泉となり、製品開発、さらには競争優位や産業創出に結実した興味深い事例であるとみなすことができよう。
本論文では、天野の企業家的アイデンティティの形成がJW-10開発の成功に結びつくメカニズムを記述するために、G. H.ミードの社会的自我論(social self theory)を用いて企業家的自我論(entrepreneurial self theory)を導出する。本論文で導出する企業家的自我論では、企業家の自我は企業家のアイデンティティである企業家的客我(entrepreneurial me)と、企業家的主我(entrepreneurial I)で構成される。アントレプレナーは、意味のあるシンボル(significant symbol)としての製品設計と製品アーキテクチャを介して、自身がかかわる社会と自らの間で外的と内的の二重のコミュニケーションを行う。アントレプレナーは、さらに、内的コミュニケーションによる創発的内省性(emergent reflexivity)によって困難な技術課題を克服して、製品開発を達成する。本論文では、企業家的自我論を理論枠組みとして用いて天野のテクノロジー・アントレプレナーシップの事例を分析することで、企業家的アイデンティティの形成が新製品開発による差別化戦略に結びつくメカニズムを記述する。
本節では、企業家的アイデンティティにまつわる先行研究を示し、本事例研究へ取り組むにあたって明らかにされていない点を指摘する。
Navis and Glynn(2011)は、企業家のアイデンティティを「我々は誰であるか」と「何をするか」という質問に意味を与える企業家の実在としてのファウンダー、組織、市場機会などにまつわる主張の一群であるとした。企業家のアイデンティティは、企業家に機会を見極めさせ、新たなベンチャーの創出を促す(Murnieks, Mosakowski, & Cardon, 2014)。
Duane Ireland and Webb(2007)は、アントレプレナーシップが、多くの点で、アイデンティティ構築のプロセスでもあることを指摘した。企業家は自己のアイデンティティに基づいて駆動されてベンチャーを設立する。
Cardon et al.(2009)は、企業家のアイデンティティを企業家の情熱に必須の次元であるとみなし、企業家の行動に影響を及ぼすものであるとした。そして、企業家のアイデンティティが活性化すると企業家の情熱を高め、それが自己制御(self-regulation)を通じて目標追求と企業家行動の連鎖反応を開始する「企業家の情熱の理論モデル」を提示した。
Hoang and Gimeno(2010)は、企業家のポシブル・アイデンティティ(entrepreneurial possible identity)に着目するとともに、それがアントレプレナーシップに対して「可能性のある役割が実際のものになるまで、しばしばゴール指向の行動を導き、動機づける」ことを示した。
Farmer et al.(2011)は、企業家のアイデンティティ・アスピレーション(entrepreneurial identity aspiration)と企業家の初期の行動との結びつきを調べた。企業家として強く望む自己観が、企業家の目標達成によって、企業家のアイデンティティ構築に関与するとした。
しかし、これまでのところ、企業家のアイデンティティと企業家の行動の関係を調べる経験的研究は限られている(Farmer et al., 2011)。また、企業家のアイデンティティが、企業家らによる戦略の遂行や成果に及ぼす影響を調べる研究はほとんどなされていない。
本論文では、企業家的アイデンティティの定義として、Navis and Glynn(2011)のものを採用する。Navis and Glynn(2011)は、企業家的アイデンティティを「ファウンダー」と「新しいベンチャー」の二つのレベルで定義した。ファウンダーレベルの定義は、「我々は誰であるか(who we are)」に対する個人レベルのアイデンティティの主張であるとした。そして、新しいベンチャーのレベルの定義は、「我々は何をするか(what we do)」に対するベンチャーのレベルのアイデンティティの主張であるとした。本論文でも、アントレプレナーのアイデンティティを、「我々は誰であるか」への個人レベルのアイデンティティの主張と、「我々は何をするか」への事業レベルのアイデンティティの主張の組み合わせとする。
企業家のアイデンティティはやがて組織で共有されて組織アイデンティティとなる。Albert and Whetten(1985)によれば、組織アイデンティティとは、「我々はどのような存在か(Who are we?)」「我々はどのようなビジネスを行っているか(What kind of business are we in?)」「我々は何になりたいか(What do we want to be?)」という3つの問いに対する組織に共有された自己認識のことである。Albert and Whetten(1985)の3つの問いのうちの「我々はどのような存在か」と「我々はどのようなビジネスを行っているか」は、Navis and Glynn(2011)が示した問いの「我々は誰であるか」と「我々は何をするか」と同じであると考えられる。したがって、本論文では、企業家的アイデンティティの組織アイデンティティへの発展を重視してNavis and Glynn(2011)の定義を採用することにする。
東芝の日本語ワードプロセッサJW-10の事例研究を次の手順で実施した。
Step 1.一次資料および二次資料からのデータ収集:JW-10のテクノロジー・アントレプレナーである天野を含むJW-10の関係者による国内学会での学会発表の予稿集向け原稿、東芝レビューに掲載された技術論文、学会誌に掲載された記事、学位論文などを収集して一次データとして用いた。また、WWWで公開されている天野自身によるJW-10の開発物語(天野, 2007)を一次データとして積極的に利用した。さらに、一般向けに刊行された日本語ワードプロセッサにまつわる種々の書籍や記事などを二次データとして利用した。
Step 2.口頭データの収集:天野に対して、表1に示す要領でインタビューを実施して口頭データを収集した。その際、天野から、東芝の総合研究所の情報システム研究所におけるかな漢字変換技術の研究開発と、青梅工場におけるJW-10の製品開発の経緯の聞き取りを実施した。このインタビュー調査は、事前に大まかな質問事項を決めておくものの、インタビュイーの答えによってさらに詳細にたずねて行く半構造化スタイルで実施された。
| 対象者 | 天野真家(JW-10のテクノロジー・アントレプレナー) |
| 日 時 | 2018年9月6日14時~17時 |
| 場 所 | 天野宅 |
(出所)筆者作成。
Step 3.企業家的自我論を用いた分析:G. H.ミードの社会的自我論から導出した企業家的自我論を理論枠組みとして用いて、上記Step 1とStep 2で収集したデータを分析した。その際、まず、企業家的自我論の構成要素の観点で出来事の分類(ラベル付け)を行った。さらに、出来事の集合における企業家的自我のダイナミクスを明らかにして、天野による企業家的アイデンティティの形成とJW-10開発の結びつきを詳細に記述した。
以下では、上記Step 3で得た「企業家的アイデンティティ形成と製品開発の結びつきのプロセスおよびメカニズム」を6節で提示する。
本節では、ミードの社会的自我論を基盤として企業家的自我論を構築する。その際、ミードの概念として、船津(2000)による一貫した解釈も用いる。以下では、ミードの社会的自我論の中核概念を示したあと、そのアナロジーとしての企業家的自我論の導出を試みる。
4.1 ミードの社会的自我論ミードは、他者とのコミュニケーションの観点から、自我を社会的に捉えようとした(Mead, 1922)。ミードによれば、人間の自我は主我(I)と客我(me)の二側面からなり、客我とは他者の期待をそのまま取り入れた自我の側面であり、主我とはそれに反応する自我の側面のことである(船津, 2000)。ミードは、人間のコミュニケーションは「意味のあるシンボル」によって媒介されるとした(Mead, 1922)。ここで、意味のあるシンボルとは、他者にも自己にも同一の反応を引き起こしうる言葉やジェスチャを指す。言葉やジェスチャを用いたコミュニケーションでは、送り手と受け手の両方とも意味が分かることから、外的と内的の二重のコミュニケーションが引き起こされる。このうち、外的コミュニケーションとは同一社会における他者と自己とのコミュニケーションのことであり(図1のaとc)、内的コミュニケーションとは自己の内部におけるコミュニケーションのことである(図1のb)。ミードによれば、人間は、内的コミュニケーションにおいて、他者の反応だけでなく、自己の反応についても考えを巡らす(Mead, 1934)。その際、他者の観点から自己を省みて、自己のあり方を検討する内省的思考がなされる(Mead, 1934;船津, 2000)。

(出所)ミードの社会的自我論のコンセプトをもとに筆者作成。
外的コミュニケーションにおいて、客我に他者の態度や期待が投影されると、主我はそれらを解釈するとともに、自己を修正したり、再構成したりする。主我がそうして内省をする際に、自己と他者との関係が再構成されて、新たな行為の可能性が追求される(船津, 2000)。というのも、ミードによれば、主我は自我の積極的な側面を表し、人間の個性や独自性を示し、新しいものを生み出す自我の側面だからである(Mead, 1934;船津, 2000)。したがって、主我は、選択し、記憶し、評価し、判断し、総合するものである(船津, 2000)。
主我による内省が、既存の自我のあり方を見直すとともに、修正や変更を施して、再構成をも促すと、既存の自己を超えて新たな自己を生み出す可能性が高まる(船津, 2000)。ミードは、そうした働きをする主我の内省を、人間の自己内省による新たなものの創出という意味から、創発的内省と呼んだ(Mead, 1934;船津, 2000)。ミードは、人間がなしうる創発的内省は、社会で出会う問題的状況の克服を図り、新たな状況を生み出しうるとした(船津, 2000)。
4.2 ミードの社会的自我論のアナロジーとしての企業家的自我論の導出本論文では、ミードの社会的自我論のアナロジーとして企業家的自我論を構築するにあたり、次の対応づけを行う。すなわち、社会をアントレプレナーが所属する企業や市場に、(同一社会の成員としての)他者を企業の成員や市場における買い手、競争相手、売り手などに、個人を企業家にそれぞれ対応付ける。そして、個人の客我(me)を企業家的客我(entrepreneurial me)に、個人の主我(I)を企業家的主我(entrepreneurial I)にそれぞれ対応付ける。さらに、企業家的客我は企業家のアイデンティティであるとする。また、二重のコミュニケーションを媒介する意味のあるシンボルとして製品設計と製品アーキテクチャを位置づける。こうして導出した企業家的自我論の全体像を図2に示す。

(出所)ミードの社会的自我論のアナロジーとして筆者作成。
本論文では、企業家的客我は企業家のアイデンティティであると考える。社会的自我論の端緒となったJames(1892)の社会的客我論において、個人の客我とは、知られるものとしての自我または経験的自我のことをいう。船津(2000)によれば、(個人の)アイデンティティとは対象化された自我のことであり、経験的にとらえられた自我のことである。したがって、個人の客我はアイデンティティのことでもあるので、本論文では企業家の客我とは企業家のアイデンティティであると考える。
企業家的自我論では、社会的自我論の主我に対応するものとして、企業家の主我を設定する。Mead(1934)によれば、主我は、選択し、記憶し、評価し、判断し、総合するものであり、新しいものを生み出す自我の側面である(船津, 2000)。また、James(1892)は、社会的客我論において、主我とは、知るものとしての自我であり、純粋自我であるとした。したがって、企業家的自我論では、企業家の自己の側面である企業家的主我は、企業家の知るものとしての純粋自我であり、選択し、記憶し、評価し、判断し、総合するとともに、新しいものを生み出す主体であるとする。
企業家的自我論では、意味のあるシンボルとして製品設計および製品アーキテクチャを位置づける。藤本(2003)によれば、製品開発とは設計情報の創造のことである。そして、製品の基本コンセプトである設計構想では、製品アーキテクチャの選択が行われる。藤本(2003)は、製品アーキテクチャとは、製品機能と製品構造のつなぎ方、および部品と部品のつなぎ方に関する基本的な設計思想のことであるとした。そして、製品アーキテクチャには、「製品ごとに部品やその接合部(インターフェース)を最適設計して製品全体の性能向上をはかるインテグラル型(すり合わせ型)」と、「製品機能と部品が一対一で対応付けられており、インターフェースが標準化されていて、部品の組み合わせで製品を構成できるモジュラー型(組み合わせ型)」の二つのタイプが存在するとした。
藤本(2003)は、製品の競争力とは、売り手の企業が発信する、その製品に関する情報の束(すなわち製品設計と製品アーキテクチャの組み合わせ)が、顧客を説得しかつ納得させる力であるとした。そして、製造企業が製品を売るということは、本質的には製品設計情報というメッセージの「発信」にほかならないとした。本論文では、こうした藤本による定義と解釈から、テクノロジー・アントレプレナーは、製品設計と製品アーキテクチャを介して、組織や市場と二重のコミュニケーションを行いながら製品開発を達成すると考える。
4.3 企業家的自我のダイナミクス:企業家的アイデンティティ形成と製品開発の循環企業家的自我論では、企業家としての自己と企業や市場における他者の間で外的と内的の二重のコミュニケーションがなされる。そのうちの外的コミュニケーションでは、企業や市場にいる他者の反応である期待や態度が、企業家的客我である企業家のアイデンティティに投影される(図2のa)。また、内的コミュニケーションでは、企業家的客我としての企業家的アイデンティティに対して、企業家的主我が反応する(図2のb)。
企業家の自己における内的コミュニケーションでの企業家的主我の反応では、「行為の中の内省」や「内省的観察」がなされる。ここで、行為の中の内省とは、製品設計と製品アーキテクチャを介して外的と内的の二重のコミュニケーションをともなう製品開発がなされるときに、企業家的客我に企業家的主我が反応する内省のことである。また、内省的観察とは、企業家がいったん実践・現場・事業から離れて、自らの行為・経験・出来事の意味を、俯瞰的な観点、多様な観点から振り返り、意味づけることである(中原, 2012)。
企業家のアイデンティティと企業家的主我の内的コミュニケーションによって内省がなされる(図2のb)と、それがアントレプレナーシップを促して、企業家に製品開発への主体的な取り組みをもたらす(図2のc)。それは、企業や市場での新たな行為となることから、他者がそれに対してさらなる反応をして新しい態度や期待を示す。企業や市場の成員による新しい反応は、意味のあるシンボルとしての製品設計および製品アーキテクチャを介した外的コミュニケーションによって企業家の自己にふたたびもたらされ、企業家的客我である企業家のアイデンティティに映し出される(図2のa)。というのも、テクノロジー・アントレプレナーとしての企業家は、常に、製品設計や製品アーキテクチャを前提として問題や課題の解決に取り組もうとするからである。そうなると、企業家的主我がふたたび反応して、新たな内的コミュニケーションが生ずる(図2のb)。それが新しい内省を促すと、新たなアントレプレナーシップと製品開発への取り組みがなされる(図2のc)。したがって、企業家的自我は、企業や市場へ向けた活動を通じた循環プロセスによって形成されることになる。
企業家的自我の循環的形成によって、過去から現在にかけて内省とアントレプレナーシップが繰り返されると、企業家の内的コミュニケーション(図2のb)において、過去になされた経験や内省を踏まえた「新たな内省」が促される。その結果、既存の自己のあり方が見直され、修正や変更が施されて再構成を促す創発的内省までもがなされる。
企業家的自我の循環的形成が引き起こす創発的内省は、企業家に、製品開発活動でのブレークスルーをもたらす。製品開発活動では、企業家の行為の背後に不確実性がもたらす困難が常につきまとうため、自らの行為と意思決定の合理性や根拠を常に問い続ける「再帰性(reflexivity)」が企業家に生じる(中原, 2012)。企業家的自我の循環的形成がもたらす反復的な内省とそれが誘発する創発的内省は、そうした再帰性に対応しながら問題解決をして、困難をそのたびごとに乗り越えようとする。企業家は、その結果、技術的困難をともなう製品開発においてブレークスルーを達成するようになるのである。
東芝が1979年から販売を開始したJW-10は、世界で初めて商品化された日本語ワードプロセッサとなった(内橋, 1991;古瀬, 1992;森, 2003;長谷川, 2006;天野, 2007)。そして、東芝のJW-10は、80年代以降の日本語ワードプロセッサの市場形成ひいては産業発展の端緒となった(長谷川, 2006)。JW-10の発売後から1983年までに24社が当該市場に参入し、1986年から1994年にかけて毎年200万台以上の製品が出荷された(長谷川, 2006)。
当時の日本語ワードプロセッサ製品は、日本語ワードプロセッシングのためのソフトウェアと専用のハードウェアが一体となった専用機として提供されていた(長谷川, 2006)。そうした専用機の日本語入力の方法は、当初、「かな漢字変換」と「全文字配列ペンタッチ」に分かれていたが、やがてかな漢字変換方式に収斂した(長谷川, 2006)。それは、すべての文字がタブレットに配置された全文字配列ペンタッチ方式では、入力速度が遅く、装置の小型化が困難となったからである(長谷川, 2006)。
東芝は、JW-10の製品開発において、本体、補助記憶装置、漢字ディスプレイ、漢字プリンタ、かなキーボードなどの専用ハードウェア一式をJIS規格の事務机程度に小型化した(表2参照)。それだけでなく、形態素解析エンジンと辞書を用いた文節単位のかな漢字変換と、短期学習による同音異義語の変換誤りの低減と、エディタを用いた変換誤りの修正および文章の編集校正などの機能をソフトウェアとして実現した(表3参照)。こうした専用ハードウェアの構成とソフトウェアによる機能構成は、やがて、専用機としての日本語ワードプロセッサ製品のドミナント・デザイン(標準設計)となった2。東芝も含め各社は、そうした標準設計を前提としながら、製品の競争力を高めるためにインテグラル型の製品アーキテクチャを採用した3。JW-10のソフトウェアによる漢字変換、短期学習、エディタの機能は、さらに、現在のPC向けにワードプロセッシング機能を提供するアプリケーションソフトウェア(いわゆるワープロソフト)でもドミナント・デザインとなった4。
| 本体 | CPU:約0.2MIPS、主記憶:64KB |
| 補助記憶装置 | ハードディスク10MB、フロッピーディスク250KB |
| キーボード | JIS配列または50音順配列 |
| ディスプレイ | 12インチ、24×24ドットマトリクス、32字×14行表示 |
| プリンタ | ドットインパクト方式、24×24ドットマトリクス、35字/秒、最大90字/行 |
| 設置諸元 | 1150mm×1022mm×760mm、AC100V、単相800VA |
(出所)天野・森(2002)。
| 入力 | 入力モード:漢字指定モード、文節指定モード |
| 同音語選択モード:一括選択モード、逐次選択モード | |
| 編集校正機能 | 訂正、挿入、削除、移動、タブ、インデント、アンダーライン、センタリング、枠明け、切貼、差込、作表、自動ページング、保存、呼出、禁則処理 |
| かな漢字変換 | 自動文節認識、形態素解析エンジンを含む2階層型かな漢字変換、辞書、短期学習をともなう暫定辞書 |
(出所)天野・森(2002)。
東芝は、1982年に、JW-10の機能や性能を維持したまま、ハードウェアをさらに小型化したJW-7を190万円の価格で発売して市場で競争優位を築いた(岩間, 2008)。さらに、1985年には、JW-10と同様の文節単位のかな漢字変換と、24ドット表示および印字と、多様な編集の校正ためのエディタを搭載しつつも、3.5kgのポータブルなハードウェアによるパーソナル機JW-R10を99,800円の価格で発売した(岩間, 2008)。東芝のJW-R10は、市場で消費者の支持を大いに得て、パーソナル機の流れを決定づけた(長谷川, 2006)。東芝は、その結果、1985年と1986年に国内市場でシェア1位を獲得した(岩間, 2008)。
1984年には、ブラザー工業から「ピコワード」が88,000円で登場したが(長谷川, 2006)、それよりも1万円高い後発のJW-R10が市場でユーザーに受け入れられた。それは、ピコワードでは、分節変換ではなく単漢字変換が採用されていたからである。文節変換では、文節の切れ目で文節キーを打鍵しなければならないものの、それ以外は文章の発音どおりにかな文字を入力できた。しかし、単漢字変換では、漢字を一文字ずつ、音読みもしくは訓読みのいずれかで入力し、漢字に変換しなければならなかった。そのため、実際の文章の読み方とは異なるかな入力を頻繁にすることになって、日本語入力が比較にならないほど煩雑となった。ユーザーは、より自然な形の日本語入力を可能とする文節単位のかな漢字変換を切望して、JW-R10を支持したのであった5。1986年の日本語ワードプロセッサの全出荷台数は216万7千台(前年比の256.2%)となった。それは、JW-R10によってパーソナル機への方向付けがなされて、家庭への普及が促進されたからであった(長谷川, 2006)。
以上から、東芝が実現した高精度な文節単位のかな漢字変換が、日本語ワードプロセッサの市場で同社の競争力を高め、産業発展までも促したと考えることができよう。東芝のかな漢字変換は、誤変換の修正と文章の編集校正さらには組版を可能とするエディタとセットとなって効率的な日本語入力を実現した。天野は、そうした日本語入力技術を世界で初めて実現したテクノロジー・アントレプレナーであった。天野のテクノロジー・アントレプレナーシップは、JW-10、JW-7、JW-R10の製品開発に作用し、市場での競争優位と産業の発展にまで波及した。以下では、企業家的自我論を理論枠組みとして用いて、天野のテクノロジー・アントレプレナーシップのプロセスとメカニズムを詳細に記述する。
JW-10は、天野らが1974年に東芝総合研究所の情報システム研究所でかな漢字変換技術の研究開発を開始してから5年目の1978年に製品として完成した(森, 2003;天野, 2007)。本節では、企業家的自我論を理論枠組みとして用いて、天野によるアイデンティティ形成がかな漢字変換技術の開発とJW-10の製品開発に結びついたメカニズムを記述する。
6.1 企業家的客我としてのアイデンティティ天野は、京都大学大学院の修士課程を修了したのち1973年4月に東芝に入社した。天野は、1年の研修を経た後、情報システム研究所で河田勉とともにかな漢字変換技術の開発に携わることになった6。天野が、それ以後、かな漢字変換技術の開発とそのJW-10への実装で中心的な役割を担うことができたのは、京都大学の坂井研究室で計算言語学、形式言語学、自然言語処理を学んでいたからであった(天野, 2007)。京都大学の坂井研究室は、日本の人工知能研究のメッカであり、1960年代の中頃には、自動翻訳の基礎研究を実施していた(天野, 2007)。天野は、もともと、英語の文法に興味を持っており、ドイツ語とフランス語を第二および第三外国語として学ぶとともに、言語に強い関心を抱いていた(天野, 2007)。そうした背景もあって、天野は自らを電気工学に通じているだけでなく、計算言語学に長じている日本国内でも稀有な技術者であると自負していた(天野, 2007)。
天野は、1976年に、WANG、リコー、バロースなどのエレクトリック英文タイプライター製品を見学する機会を得た7。それは、キー入力した単語がいったん磁気テープに記憶されるので、キーパンチャーが打ち損じても修正することを可能としていた(古瀬, 1992)。天野は、それを見て、かな漢字変換機能を使って同様のタイプライティングを可能とする日本語ワードプロセッサを実現することを思いついた(天野, 2007)。以上から、天野は、日本語ワードプロセッサの製品開発に先立ち、次の企業家的アイデンティティを形成した8。
「我々は誰であるか」に対する個人的な主張:我々は、電気工学に通じているだけでなく、計算言語学にも長じているユニークな技術者である。
「我々は何をするか」に対する事業的な主張:我々は、未解決である高精度かな漢字変換技術を達成して、世界で初めて日本語ワードプロセッサを実用化する。
6.2 同一社会としての企業や市場と成員かな漢字変換の最初の技術成果が、九州大学の栗原俊彦らによって1964年に発表された(古瀬, 1992)。その後、1970年に、NHK技術研究所の相澤輝昭が「文法情報を利用したかな漢字変換」を発表した(古瀬, 1992;天野, 2007)。しかし、これらは実用化に至らなかったため、東芝がJW-10を製品化して販売を開始するまで、日本語ワードプロセッサ製品は日本国内に存在しなかった(古瀬, 1992;天野, 2007)。したがって、当時は、コンピュータへの日本語入力に対するニーズは顕在化していなかった9。当時すでに、新聞社が電子的な全自動新聞制作編集システムを稼働させていたが(長谷川, 2006)、JW-10のようなかな漢字変換とエディタで構成される対話型の日本語入力システムは想定されていなかった10。
東芝では、森健一の決断から、アンダー・ザ・テーブル研究(すなわち非公式の研究テーマ)としてかな漢字変換技術の開発に取り組むことになった(天野, 2007)。1974年には、開発メンバーが、森、河田、天野の3名となったが、森は20数名の研究室のリーダーであり、河田のメインの仕事は他の正規の研究プロジェクトでの技術開発であった(天野, 2007)。天野だけが、アンダー・ザ・テーブル研究に終始没頭することになった(天野, 2007)。
1977年11月になると、電算機事業部の青梅工場設計部を中心として製品開発体制が整えられた(内橋, 1991;古瀬, 1992)。青梅工場では、7人の技術者を動員して日本語ワードプロセッサの本体を開発することになった。そこに情報システム研究所からも河田、天野、武田の3名が加わって、JW-10の製品開発が始動した。天野は、1978年になると、JW-10を対象としたかな漢字変換とエディタの開発および実装で中心的な役割を担った(天野, 2007)。以上から、天野にとって、東芝の情報システム研究所と青梅工場設計部のメンバーが同一社会の成員となった。
日本語ワードプロセッサのビジネスユーザーや一般ユーザーは、JW-10やJW-R10が市場にリリースされてはじめて同一社会の成員となった11。それは、競合他社においても同様であった。1983年までに24社が市場に参入し、同一社会の成員となった。
6.3 意味のあるシンボルとしての製品設計と製品アーキテクチャJW-10では、表2に示すハードウェア構成と、表3に示すソフトウェア構成の組み合わせとして製品設計が行なわれた。ハードウェアの設計では、専用ハードウェアとしつつも、その時点で可能な限りの小型化が図られた。ソフトウェアの設計では、1975年に情報システム研究所で開発されたミニコンピュータベースの形態素解析エンジンが、JW-10の本体に移植され、天野によってさらなる改善が図られた(天野, 2007)。
しかし、JW-10では、ミニコンピュータのCPUをチップ化したものが採用され、主記憶も64KBにとどまった(古瀬, 1992)。その上で、JW-10の計算資源を管理するOS、ユーティリティ、かな漢字変換プログラム、エディタなどのソフトウェアが動作するため、主記憶の容量が慢性的に足らない状況であった(天野・森, 2002)。JW-10のハードウェア設計では、あらゆる装置の小型化および低価格化が最重要課題であったため、高速のCPUと大容量の主記憶を搭載する考えはまったくなかった。したがって、ソフトウェアの方でなんとか工夫をして装置全体で性能を向上しなければならなかった12。こうしたことから、JW-10では、インテグラル型(すり合わせ型)の製品アーキテクチャが採用された。
天野は、そうした製品アーキテクチャを前提として、主記憶にロードされるソフトウェアのうちOSとユーティリティ以外の部分を担当し、それを「自動文節認識部」「2層型かな漢字変換部」「短期学習のための暫定辞書」「エディタ部」で構成されるソフトウェア・アーキテクチャとして設計および実装した(天野・森, 2002)。自動文節認識部では、ユーザーによる文節指定もしくは漢字指定の情報と文字の表記を手がかりに、入力文字列を普通文節(かな文字のみで構成される文節)、カタカナ文節、数詞文節、固有名詞文節に分類した(天野・森, 2002)。2層型かな漢字変換部では、第1層で普通文節以外に対して局所意味処理による例外処理を施したあと、第2層で形態素解析を実施してかな漢字変換を行った(天野・森, 2002)。第1層と第2層の間では、トライアンドエラーによる繰り返し処理を可能とした13。エディタでは、編集作業の柔軟性と操作の統一性に配慮した内部処理とインターフェースを実現した(天野・森, 2002)。そして、エディタに暫定辞書というスタックを持たせ、そこでユーザーが作業中に選択した同音異義語の候補を短期学習として一時的に保持することにした。その結果を、以後の同音異義語の変換候補において最上位に出力することにした。そうした短期学習とは、同一文書では同じ同音異義語が頻出するという経験則に基づくヒューリスティック処理であった。こうした天野によるソフトウェア設計は、同音異義語の効果的な変換を実現して、96.9%の変換率を達成した(天野・森, 2002)。
JW-10の製品設計と製品アーキテクチャは、その後、専用機としての日本語ワードプロセッサ製品のドミナント・デザインとなった。したがって、競合他社は、キャッチアップすべく東芝製品の製品設計や製品アーキテクチャを取り入れようとした14。また、JW-10とJW-7がビジネスユーザーに支持され、JW-R10が一般ユーザーに支持されたのは、文節変換と短期学習とエディタによる製品設計と、効率的な日本語入力を可能とするインテグラル型の製品アーキテクチャという情報の束がユーザーを説得しかつ納得させたからであった。したがって、JW-10の時点の製品設計と製品アーキテクチャの組み合わせは、東芝と市場の成員の二重のコミュニケーションのための意味のあるシンボルとなった。
6.4 企業や市場の成員との製品アーキテクチャを介した外的コミュニケーションJW-10のハードウェアとそれを管理するためのOSは、大型計算機の設計経験が豊富な青梅工場の技術者によって早々に試作された(内橋, 1991;天野, 2007)。そして、インテグラル型の製品アーキテクチャであるJW-10の性能を引き出すためのソフトウェア開発を天野が引き受けることになった(天野, 2007)。そこで、青梅工場では、天野とメンバーの間で、製品アーキテクチャを前提とした以下のコミュニケーションが生じるようになった。
天野は、ハードウェアとのインタラクションを必要としないかな漢字変換の性能向上をミニコンピュータ上で実施したが、エディタのようにキーボード入力やディスプレイでの確認と必要とするソフトウェア開発はJW-10の試作機上で行わざるを得なかった(天野, 2007)。したがって、青梅工場のメンバーは、天野が、JW-10を優先的に使用して、かな漢字変換の動作確認、エディタの開発、短期学習の開発を行うことを容認した(天野, 2007)。
JW-10の製品開発は、当初、1979年10月のデータショウへの出品を目標として始められた。しかし、それが1年前倒しになって1978年10月のデータショウに完成品のJW-10を出品することになった(天野, 2007)。それでも、天野が自動文節認識部、かな漢字変換部、エディタ部、短期学習機能を担当することに変わりがなかったため、天野への負担がいっそう大きくなった(天野, 2007)。しかも、天野によるソフトウェア開発は、CPUの処理速度や主記憶容量の不足をカバーしながら、実用的な変換精度を達成しなければならなかったため、方式の開発やプログラミングでの工夫をともなうものでもあった(天野, 2007)。
そうした天野の状況を見かねた武田は、自らが担当するファイルシステムと天野が担当するエディタのインターフェース部分(仮想記憶としてのHDDへの処理結果の書き出しとその読み込みの処理)の開発を引き受けることにした(天野, 2007)。また、かな漢字変換部の第1層における固有名詞文節への例外処理の部分も引き受けることにした(天野, 2007)。
日本語ワードプロセッサ市場が形成され始めた当初、競合他社は、文節変換ではなく単漢字変換や単語変換を採用していた。というのも、他社には計算言語学に通じた技術者や研究者がほとんどいなかったため、意味解析や形態素解析を必要とする文節変換を実現できなかったからである15。競合他社は、東芝の特許を参考にしてJW-10の製品設計や製品アーキテクチャを自社製品に取り入れようとした16。
東芝は、JW-10の製品設計と製品アーキテクチャを取り入れたパーソナル向け製品のJW-R10を市場にリリースした。JW-R10は、消費者に大いに支持されて、日本語ワードプロセッサ産業の発展に寄与した。それは、消費者が、JW-R10の製品設計と製品アーキテクチャに納得して同製品を購入したからであった。それが、結果として、パーソナル機という製品ジャンルの確立と家庭への普及を促進したからであった。そうした消費者の反応は、より小型で高性能な製品が望まれていることを天野のアイデンティティに知らしめた。
その後、日本語ワードプロセッサ市場では、ドミナント・デザインを前提として製品アーキテクチャの工夫によって熾烈な競争が繰り広げられた。その結果、競合他社の製品設計や製品アーキテクチャが東芝にも影響を及ぼすようになった。したがって、天野をはじめとして東芝と市場の成員との間で製品設計と製品アーキテクチャを介してさまざまな外的なコミュニケーションが生じていたと考えることができよう。
6.5 企業家的主我による内的コミュニケーションとリフレクション東芝では、1975年に、NHK技術研究所の相澤の論文を参考にして形態素解析プログラムが試作されたが、それだけでは高い変換率が得られなかった(天野, 2007)。それは、形態素解析によってかな文字列を品詞レベルの単語と助詞の組み合わせに分解するものの、同音異義語の効果的な解消までには至らなかったからである。天野はそうした事象をアイデンティティに投影して、かな漢字変換技術の開発と変換精度の向上を自ら引き受けることにした(天野, 2007)。天野は、自分たちがこれからやろうとしていることは前例のないことであるものの、電気工学と計算言語学の両方に通じた自分こそがかな漢字変換における技術的課題を解決するのだと内省をした。すなわち、天野の企業家的客我のアイデンティティと企業家的主我による内的コミュニケーションが天野に問題解決へ向けた行動を促した。天野は、入力された文節における「表記の多様性」と「同音異義語」がもたらす変換誤りを解消するために、2層型かな漢字変換方式と短期学習を構想した(天野, 2007)。2層型かな漢字変換では、第1層で言葉の表現の多様性に対応すべく局所意味処理を行うことにした(天野, 2007)。短期学習では、同一文書では同音異義語が同じにものなりやすいという経験則に基づいて、すでに選択された単語から優先的に変換候補として表示することにした(天野, 2007)。
天野は、JW-10の製品化において、かな漢字変換機能だけでなく、変換誤りの修正と文書の編集校正の両方にとって必要となるエディタの開発および実装も引き受けることにした(天野, 2007)。天野は、従来のコンピュータで実現されているエディタは、ラインエディタと呼ばれる行単位の編集機能しか持たないものであり、複数行をまたいで文書全体を編集できるエディタが市場に存在していないことをよく知っていた(天野, 2007)。したがって、高性能なかな漢字変換はもちろんのこと、変換誤りの修正と文書全体の編集の両方を可能とするエディタが製品として存在しないことが天野の企業家的客我であるアイデンティティに映し出されていた。そして、天野の企業家的主我が内的コミュニケーションにおいて、自分こそがエディタを開発すべきであると内省をした。
しかし、JW-10の完成が1年前倒しとなったことで、天野の企業家的アイデンティティに危機的な状況が映し出された。天野は、そこで、エディタの仕様書作成のステップを省略してJW-10上にダイレクトにコーディングをしていく方法を選択した(天野, 2007)。すなわち、天野の企業家的主我は、企業家的アイデンティティに映し出された危機的状況に反応して、エディタを実現する方法を最もよく知っている自分が一人でプログラミングする方が結局は効率的であると内省した。天野は、前例のないエディタの仕様書を作成して複数の技術者で開発しても納期を守ることは難しいと考えたのであった(天野, 2007)。
6.6 企業家的自我の循環とリフレキシビティによるブレークスルーの達成天野が中心となって実施したJW-10のソフトウェア開発は、新しいかな漢字変換方式の開発→そのための辞書の開発→変換性能の検証→想定していない言葉の使われ方の発見→ワードプロセッシングのパラダイムの変更→かな漢字変換方式の改善または再開発→を繰り返す再帰的なプロセスをたどった(天野・森, 2002)。それは、かな漢字変換技術を用いた日本語ワードプロセッサの開発が前例のないものであり、大きな不確実性をともなっていたからであった。天野は、それぞれの段階で企業家的客我であるアイデンティティと企業家的主我の内的コミュニケーションによる内省をした。さらに、外的と内的の二重のコミュニケーションを循環することで内省を再帰的に繰り返して創発的内省性を発揮した。
天野は、日本語ワードプロセッサを再帰的なプロセスとして開発するうちに、ユーザーのための実用的な日本語入力という技術的課題を、かな漢字変換技術だけで解決するのではなく、装置全体を人間−機械系としてとらえて総合的に解決すべきであることに気づいた(天野・森, 2002)。天野は、企業家的自我の循環によって創発的内省性を発揮して、かな漢字変換技術単体での性能向上からマンマシンインタラクションによる性能向上というブレークスルーへとたどりついた。それは、天野が、かな漢字変換部とエディタ部の両方のソフトウェア開発を担当していたからであった。
天野は、ユーザーがすでに選択した同音異義語を暫定辞書に保持しておき、新しい変換候補の選択の際に参照できるようにした(天野・森, 2002;天野, 2007)。天野は、これを短期学習と呼んだが、同一文書では同じ同音異義語が登場しやすいことを利用したものであった(天野, 2007)。天野は、暫定辞書をエディタのスタックとして実装することで、短期学習の結果が変換結果の選択候補に反映されるようにして変換率を高めることに成功した。
天野は、また、装置全体のマンマシンインターフェースにおける操作の統一性にこだわった(天野・森, 2002)。そのために、メニュー画面や編集キーの形状、名称、配置、操作手順などで十分に配慮した。それは、ユーザーが使用中に混乱をきたして作業効率を悪化させないようにするためである。どの場合にも、使いたい機能を示すキーで、校正したい文字をポイントするという基本操作で作業を完了できるようにした(天野・森, 2002)。
以上から、天野は、JW-10のソフトウェアの再帰的な開発の際に、企業家的自我の循環的ダイナミクスから創発的内省性を発揮して96.9%の精度を達成した。その結果、天野らは、それまでに前例のなかった日本語ワードプロセッサの製品化において、日本語入力の速度と質を両立させることに成功した。天野はその過程で「我々は、電気工学に通じているだけでなく、計算言語学にも長じているユニークな技術者である」と「我々は、未解決である高精度かな漢字変換技術を達成して、世界で初めて日本語ワードプロセッサを実用化する」という企業家的アイデンティティを確固たるものにした。こうした企業家的自我のダイナミクスは、JW-10の流れを汲んだ業務用機のJW-7とパーソナル機のJW-R10の製品開発を促し、東芝の競争優位に結実した。さらには、日本語ワードプロセッサ産業の端緒にもなった。したがって、東芝の日本語ワードプロセッサの事例では、天野がテクノロジー・アントレプレナーとして形成したアイデンティティが、自我のダイナミクスによって、新製品開発とそれがもたらす差別化による競争優位に結びついたと考えることができる。
本論文では、事例研究の観点から、テクノロジー・アントレプレナーによるアイデンティティの形成が、新製品開発をベースとする戦略の遂行に結びつくプロセスとメカニズムを述べた。その際、G. H.ミードの社会的自我論からのアナロジーとして導出した企業家的自我論を理論枠組みとして用いて事例の分析を実施した。その結果、テクノロジー・アントレプレナーが、意味のあるシンボルとしての製品設計と製品アーキテクチャを介して、社会と自己の間で外的と内的の二重のコミュニケーションを再帰的に繰り返すことを具体的に示すことができた。それが、テクノロジー・アントレプレナーによるアイデンティティの形成と創発的内省性の発揮による技術的問題の解決を循環的に引き起こして、競争優位にいたる新製品の開発を成功に導くプロセスを詳細に記述することができた。
こうしたことから本論文は、先行研究では隔たりがあるとされていた「企業家のアイデンティティ形成と企業家らによる戦略遂行の関係性」において、「企業家的自我のダイナミクスの視座で両者のギャップを架橋する」ことを提案したと考えることができる。それを、事例研究を用いて具体的かつ詳細に表すという貢献を先行研究に対して実施したということができる。したがって、本論文は、単一の事例研究ではあるものの、企業家のアイデンティティ形成と戦略遂行が緊密に結びつく具体的かつ詳細な事例研究の結果をこれまでのアントレプレナーシップ研究に対して提供したと考えることができよう。
本論文の新規性として、「ミードの社会的自我論のアナロジーとしての(テクノロジー・アントレプレナーシップのための)企業家的自我論の導出」をあげることができる。本論文では、企業家的自我論を社会的自我論と厳密に対応させながら構築したことで、整合性と一貫性の高い理論枠組みを提供することができた。その結果、企業家的自我論でも、社会的自我論が主張する内省的思考の活性化による問題的状況の克服、ひいては、創発的内省性による創造性の発揮にまつわる論理(船津, 2000)を取り込むことが可能となった。それによって、テクノロジー・アントレプレナーが、アイデンティティを内包する自我の循環的形成から創発的内省性を発揮することで、不確実性をともなう新製品開発に対して再帰的プロセスからブレークスルーを達成するという考え方を示すことができた。企業家のアイデンティティ形成を企業家の自我のダイナミクスの一部として捉えることが戦略遂行への作用のプロセスを記述するカギとなった。それが、本論文のインプリケーションである。
しかし、本論文は、単一事例を用いた事例研究について述べたものであるから、本論文から導かれた結論やインプリケーションには普遍性の面で限界がある。ミードの社会的自我論から導出した企業家的自我論も、テクノロジー・アントレプレナーシップを前提としていることから、適用範囲において限界がある。
本論文の執筆にあたり、二名の匿名レフェリーの先生方には、大変貴重で有益なコメントをいただきました。また、調査にご協力いただいた天野真家様には多大なご支援を賜りました。ここに記して心より感謝申し上げます。