創薬は典型的なサイエンス型研究開発であり、基礎研究が新薬創出に大きく貢献してきたことは繰り返し指摘されている。しかしながら、医科学の基礎研究は主に生体機能の解明を目指してなされており、創薬を一義的に狙ったものではない。このことは、基礎研究で明らかにされる多数の新規生体分子や生理的機序といった科学的知見の中から、実際に創薬に結びつく分子やメカニズムを正しく選別する能力(本稿では「創薬標的選定能力」と呼ぶ)が創薬研究者に極めて重要であることを意味する。しかしながら、この「創薬標的選定能力」の概念は、これまでの研究では殆ど考慮されてこなかった。本稿では、日本発の革新的創薬事例を取り上げ、その研究プロセスの詳細な分析より、基礎研究成果の中から適切な創薬標的となる分子やメカニズムを選択する研究者の「創薬標的選定能力」が、創薬研究の競争優位を生むことを述べる。また、「創薬標的選定能力」の醸成には、生体機能を解明する医科学基礎研究への理解に加え、疾患の発症機序や先行薬剤の作用機序に対する深い理解と洞察が必要なことを述べる。本研究がもたらす学術的、実務的意義についても論ずる。