アーキテクチャ理論では、複雑な開発プロセスを時系列で見た場合、アーキテクチャルな知識とコンポーネントの知識という二分化現象が現れるとして、経営学領域では理論化されているが、実際、この様な現象の実証例は少ない。本稿は、二分化現象の実証を目的として、無線通信技術の技術世代が変化する際の製品アーキテクチャの動静について、プロセッサ、積層セラミックコンデンサの特許出願数と、携帯電話の特許出願数について統計分析を行った。その結果、技術世代が変化する過程において、モジュール内分野の技術開発が重点的に行われる期間と、モジュール間分野の技術開発が重点的に行われる期間に二分されるという特徴が観測された。
In architectural theory, when the complex development process is viewed over time, management science posits a dichotomy between “architectural knowledge” and “component knowledge.” However, there are few papers that demonstrate the division between architectural knowledge and component knowledge. The purpose of this paper is to demonstrate this phenomenon. Regarding the dynamics of product architectures during generational technology shifts in wireless communication technology, statistical analysis was conducted on the causal relationship between the number of patent applications for processors and Multi-Layered Ceramic Capacitors and the number of patent applications for mobile phones. As a result, it was confirmed that in the process of technology generational change, there are two periods, one in which technological development is more focused inside the module and another in which technological development is conducted mainly around the module.
技術イノベーションは企業が成長する上で必要不可欠なものである(Hamel & Getz, 2004;Wiggins & Ruefli, 2005;Penrose, 2009)。しかしながら、技術が対象となるシステムが巨大化するにつれ、技術イノベーションは難しいものになってきている。そのため、システムの基本的設計であるアーキテクチャに基づいて、いくつかのモジュールにシステムを分割し、そのモジュールごとに開発することが一般化している(奥野他, 2007;藤本, 2007)。このようなモジュールベースの開発は、巨大システムの開発を可能にする反面、技術イノベーションに新しい特徴をもたらしている。すなわち、システムが技術世代を経る過程で、モジュール内分野の技術開発が重点的に行われる期間と、モジュール間分野の技術開発が重点的に行われる期間に、二分されるという特徴である(Henderson & Clark, 1990;Chesbrough & Kusunoki, 1999)。
このような二分化の現象は、Henderson and Clark(1990)によって「アーキテクチャル知識(Architectural Knowledge)」と「コンポーネント知識(Component Knowledge)」という概念が示されて以来、理論的には通説の様に捉えられ、企業の技術開発や組織の成長に大きな影響を与える重要な要因と考えられているが、実証研究は未だ少ない。本稿は、無線通信(RF)技術開発について、携帯電話・スマートフォンの特許出願数と、その中に使用されているモジュール技術およびモジュール間技術の特許出願数との関係を調べることによって、本当に二分化の現象が起きるのかを明らかにしようとするものである。統計分析の結果、技術世代が変化する過程において、モジュール内分野の技術開発が重点的に行われる期間と、モジュール間分野の技術開発が重点的に行われる期間に二分されるという特徴が観測された。
本稿は、無線通信技術の様な、技術世代を経て発展し続ける技術開発に、技術の移行期と革新期という二分化現象が現れることについて、アーキテクチャ理論を用いて検討する。始めにアーキテクチャ理論について先行研究レビューを行う。
2.1 アーキテクチャという考え方Simon(1962, 1969)は、人間が設計したものを人工物(artifacts)と称し、その特性として、人工物を構成する要素がどの様につながっているかという点に着目した。これが今日の「アーキテクチャ」という発想の源になっている(立本, 2013)。現代における人工物は複雑な構成である場合が多いが、意外と我々はその複雑さについて注意を払っていない。人の認識能力には限界があるため、人間が複雑な物を理解する為には、関連する構成要素を幾つかの「中間的なまとまり」として捉え、その中間的まとまりの集合体が複雑な人工物であると見做している(Simon, 1996)1。例えば、我々が病気を患い診察してもらう場合、病院は人間の臓器ごとに、内科、外科、眼科など、医療が専門化されている。つまり病院というシステムのアーキテクチャは、内科、外科などの各医療コンポーネントの集合で構築されていると言える。この事から、Simon(1969)が示した、繋がり方に着目するアーキテクチャという考えは、人工物に限らず病院などの組織にも通用する共通概念であることがわかる。
そして経営学領域においてアーキテクチャという考え方を定着させたのは、Henderson and Clark(1990)である。Simon(1969)が繋がりに着目したのに対し、Henderson and Clark(1990)は、Simon(1969)を基礎にして、時間と共に繋がりだけでなくコンポーネント自体の性質も変わる「製品アーキテクチャ」という概念に昇華させたのである。Hendersonらは、繋がりとコンポーネントを、設計デザインに関する知識としてそれぞれ「アーキテクチャル知識」と「コンポーネント知識」に明確に区別したのである。
この様に、複雑な人工物をアーキテクチャで捉える場合、(a)構成要素数の増加に起因する事象、(b)時間の経過と共に構成要素やその関係性が変化していくシステム構造、という2つの意味を人工物は内包していることになる。藤本(2013)は、人工物の量が増えると一義的に人工物が有する性質の複雑さも増えるのか、という問いを投げかけている。この問いは、分けること自体の難しさを問うているのではなく、物事をどの様な視点で捉えるかによってその後の解釈が全く異なる場合がある、つまり「アーキテクチャをどのレベルで捉えるか」についての難しさを指していると考えられる。つまり、これは(a)と(b)の峻別の難しさを意味していると言える。
2.2 インテグラル型アーキテクチャとモジュラー型アーキテクチャ前節で述べた様に、要素間のつながりに着目するのがアーキテクチャという考え方である。そして、製品を構成する機能と構造をどの様につなぐかに関する基本的な設計構想は製品アーキテクチャとなる(藤本, 2001)。
図1は、製品アーキテクチャの視点でシステム設計要素における依存関係の違いを示したものである。今ここに、設計に必要な12個の設計要素(A-L)があるとする(図1-aおよびd)。先ず図1-aの様な依存関係にある設計要素を「中間的なまとまり(モジュール)」に分けると同図bの様になる。更につながり毎にモジュールにまとめると図1-cの様になる。この、中間的なまとまりに分ける行為をモジュール化という(立本, 2013, 2017a)。図1-cのモジュールに分けられた4つのブロックは、各々が1:1の関係でシンプルに接続していることがわかる。この様な結合状態を有するアーキテクチャをモジュラー型アーキテクチャという。これに対して、図1-dの様な依存関係にある要素を同図eの様にモジュール化すると、図1-fの様になる。この場合、各モジュール間に複数のつながりが存在する4つのブロックになるため、モジュール間の依存性が強いアーキテクチャとなり、これをインテグラル型アーキテクチャという(Ulrich, 1995)。つまりアーキテクチャがモジュラー型かインテグラル型かは、モジュール化プロセスを経た後に判明するのである(Brusoni & Prencipe, 2001;立本, 2013)。よって、図1-bおよびeに示す「どの様に分けるか」というプロセス(モジュール化)を無視してしまうと、モジュラー型とインテグラル型アーキテクチャの混同が生じることになる(青島・武石, 2001;藤本, 2001;立本, 2013)。
Baldwin and Clark(2001)は、このつながりの形(インターフェイス)に着目し、「モジュール間の連結ルールが決まると、個々のモジュールの設計や改善は、他のモジュールから自立して行われる」として、インターフェイス・ルールによって、技術イノベーションや産業進化が決定されると主張した(Baldwin & Clark, 2001)。これは、インターフェイスが定義できれば、それと切り離してモジュール内を独立に進化させることが可能になることを意味している(Baldwin & Clark, 2001;Langlois & Robertson, 1992;Fine, 1998)。
アーキテクチャに関する研究は、Baldwin and Clark(2001)の登場によってひとつの到達点を迎え、「インテグラル型は垂直統合、モジュラー型は水平分業」という関係が広く認知された(中川, 2010)。2001年以降、この解釈に基づいた分析研究が数多く報告された(Schilling & Steensma, 2001;Pil & Cohen, 2006)。また、Baldwin and Clark(2001)によるモジュール化の理論構築が優れていたが故に、2001年以降のアーキテクチャ研究は、製品アーキテクチャの類型上から、それぞれの特徴のみを取り扱った論文が多いとの指摘がある(石井, 2008)。確かにアーキテクチャは、「モジュラー化」対「インテグラル化」という次元で把握することができる(楠木, 2001)。しかし、モジュラー/インテグラル型アーキテクチャという考え方は定性的な指標であるため、例えば、「デジタル化によって人の行動やビジネスが何故変わるのか」という問いに対して、定量的、かつ客観的に答えることは難しい。また、要素間の関係性を指摘することはできるが、それ以上の、技術領域への具体的な改善に踏み込んだ指摘はできていない(Browning, 2016)。アーキテクチャ理論が更に発展するためには、技術領域にも踏み込んだ実証分析を積み重ねる必要がある(藤本, 2002;立本, 2013)。
2.1で言及した様に、物事をアーキテクチャで捉える場合、どのレベルで捉えるかを明示する必要がある(善本, 2009)。本章では、Henderson and Clark(1990)が示したコンポーネント知識とアーキテクチャル知識をどの様なレベルで捉え、実証分析するかのプロセスについて説明する。
3.1 モジュール内の最適化―要素技術の進化モジュール内技術開発は、Henderson and Clark(1990)におけるコンポーネント知識に相当する。モジュール化のプロセスを経てインターフェイスがシンプルになり、モジュラー型アーキテクチャになるプロセスは、図2-aからdの様になる。図2-aでは、システムは大まかに2つに分かれているだけで、明確なインターフェイスが存在しない。図2-bの状態になると、システムは2つのモジュールに分割されている様に見えるが、両者の間には複数の依存性がルール化されずに存在しているため、2つのモジュールは強い結合状態にある。そして図2-cになると、インターフェイスは整理され簡明なものとなる。インターフェイスに関する条件はデザイン・ルールとして明示的な取り決めとなる。そうなると図2-dに見られる様に、モジュールAの技術進化はモジュールA内で完結するという様に、技術の進化がモジュール完結的になる。
(出所)筆者作成。
デザイン・ルールがオープン化され、産業全体で共有される様になると、更に技術の進化するパターンに変化が現れる(國領, 1999)。図2-eでは、1つの製品がAとBというモジュールで構成され、その間のインターフェイスに関する情報は、産業全体で共有されている。図2-fでは、このインターフェイス情報を用いて、Aの互換品であるA’というモジュールが第三者から供給される。この時A’の中身はブラックボックスでも構わない。デザイン・ルールを守ってさえいれば、BはA’と結合することができる。こうなると、図2-gの様に、A、Bの供給業者だけでなく、互換製品A’、B’の供給業者を含むような産業が出現し、互換性を基盤として、部品の様々な組み合わせを試し最適な組み合わせを見つけ様とする動きが起こる。これにより製品の様々な用途が探索され、新しい製品・サービス分野が開拓されることになる。この様な業態は垂直統合と対比され、水平分業と呼ばれる(立本, 2017a)。
このような業態は1990年代のPC産業で頻繁に観察された(立本他, 2008a;立本, 2008b)。PCメーカーは製造機能を切り離し、製造と組立を専門に担う受託製造企業が急速に成長した(川上, 2012;秋野, 2013)。プロセス(c)において、デザイン・ルールが確立するため、製造工程をモジュールとして設計開発から分離させることが可能になった。モジュールを自社開発する図2-aからdへと、モジュールだけを専門に開発する同図eからfとでは、プロセスのアーキテクチャが異なるため、技術のマネジメント・プロセスも当然異なってくる。同様の事例は、エレクトロニクスの領域では半導体部門などでも観察される(田路, 2008)。この場合、モジュール専従開発者は、モジュール内最適化が大きな関心となる。更に、モジュール技術で生き残るためには、当該モジュールが使われる様にする仕組みが重要になる。モジュール内最適化だけでなく、自社に利益をもたらすようなインターフェイスを如何にデファクト・スタンダード化するかが重要になる(新宅・江藤, 2008)。
3.2 モジュール間の最適化―技術の標準化と技術世代モジュール間の技術開発は、Henderson and Clark(1990)におけるアーキテクチャル知識の創造に相当する。Henderson and Clark(1990)は、複雑な製品はコンポーネントの集合で実現され、たとえコンポーネントレベルで変化が無かったとしても、コンポーネントの結合の仕方に変化がある場合、既存のドミナント企業は組織的認識能力の特性が原因で、この変化を蓋然的に見逃してしまうと主張している。組織的認識能力の特性とは、例えば大規模組織において、部門内で対応できる技術変化についてはよく認識できるが、部門間でしか対応できない技術変化は見逃しやすいと言うものである。Hendersonらはコンポーネント(モジュール)の結合の仕方を製品アーキテクチャと定義し、アーキテクチャレベルの知識(アーキテクチャル知識)を意識的にマネジメントの対象にする事の重要性を主張している。
その後のアーキテクチャ研究は、技術イノベーションを、モジュールそれ自体(コンポーネントレベル)と、モジュールの結合の仕方(アーキテクチャレベル)に二分化する考え方を踏襲している。Ulrich(1995)は、製品アーキテクチャにはインテグラル・アーキテクチャとモジュラー・アーキテクチャの2種類が存在するとして、それぞれモジュールの結合状態やその背後にあるタスクの共同作業に異なる影響を与えると指摘している。Baldwin and Clark(2001)は、特にモジュラー・アーキテクチャの製品では、モジュール間に「デザイン・ルール」と呼ばれる企業間共通の設計ルールが確立することを重視している。デザイン・ルールの出現によって、複雑な製品はモジュールごとの技術進化が可能になる(Baldwin & Clark, 2001)。デザイン・ルールは、具体的には、オープンな標準規格や技術世代などに相当する。
デザイン・ルールが確立し、ある技術世代が広く普及すると、その技術世代の中ではシステムのモジュラリティは強く守られる。このため各企業は、インターフェイスさえ遵守していれば、システム全体を懸念する必要が無くなる。つまりモジュールの中身に関する技術についてのみ開発すれば良くなる(Fine, 1998)。ここから、標準規格や技術体系が技術世代内にある時には、モジュール内の技術開発が活発化すると考えられる。
これとは対象的に技術世代が変わる時は、モジュールをつなぐインターフェイス技術こそが重要な技術開発の焦点となる。よって技術世代の移行時には、デザイン・ルールを確立するための技術投資が盛んに行われる。これは、デザイン・ルールが確立しないとモジュール内の技術開発をすることができないため、明確なプロトコルの開発や、複雑な依存性を排除するようなインターフェイス技術が優先的に開発されると考えられる。
3.3 実証分析への適用人工物が複雑になり時間の経過と共に、コンポーネント知識とアーキテクチャル知識の二分化が実際に起こることを実証するためには、時間変化と共に技術の変化が明確にわかる事象が必要となる。本稿では、これらの条件をみたす実証例として、携帯電話・スマートフォンの技術進化を取り上げる。
1993年から実質的に始まったデジタル方式の携帯電話は、その後、3G、スマートフォン、そして今日の5Gへと進化を遂げている(若尾, 1996;松澤, 2002;西田, 2019)。本稿は、この無線通信技術の技術世代に着目し、コンポーネント知識(モジュール内技術)とアーキテクチャ知識(モジュール間技術/モジュール周辺技術)が、携帯電話・スマートフォンの発展にどの様に寄与しているかを検証する。
本稿では、コンポーネント技術をプロセッサ(図3の①)、アーキテクチャル技術を積層セラミックコンデンサ(MLCC/図3の②)とし、両者の関係を把握するために、図3の様なプロセッサ・モジュールがスマートフォン等の無線通信端末に実装されている状態を想定する。図3-aは、プロセッサ・モジュールが基板上に実装され、プロセッサで生成した信号が配線を介して伝送されていく図である。情報は波によって伝わっていくため、動作周波数が高いプロセッサ信号は、配線上を電磁波として伝搬していく(Hueber & Staszewski, 2011;榊原他, 2019)。ここで、プロセッサで生成されたデジタル信号がアナログ波に復調される時に不要な電磁波が発生する(稲垣, 2018)。ノイズレベルは自主的に規定されるため、プロセッサ供給側がオープンにする情報を基に、プロセッサの動作周波数を中心として電磁波ノイズが最小になる様に配線設計(図3の③)が成される(Montrose, 2000)。つまり、配線の寸法がインターフェイスの役目を担っているのである。しかし配線を伝搬する電磁波には、様々な波形が重畳しているため、必要とする信号成分以外はすべて不要なノイズとなる2。この電磁波ノイズ問題に対して現行のエンジニアリングは、図3-aに示すMLCCを実装することによって、不要な電磁波をバイパス(デカップリング)させている(伊藤, 1997;Kishi et al, 2003)3。これをアーキテクチャの視点でみれば、プロセッサ-配線(デジタル-アナログ)間の既存インターフェイスにMLCCを付加することによって、MLCCがインターフェイスにバッファ効果を持つとみなせる(図3-b)。
(出所)筆者作成。
以上から、プロセッサをモジュール内技術とし、MLCCはその役割から、モジュール間技術としてプロセッサと配線のインターフェイスを担っていると考える。
次に、実証分析のプロセスについて説明する。新しい標準化技術が導入され、技術世代が変わる時には、システム・アーキテクチャのモジュラリティが失われるため、モジュール間の依存関係は、流動的になる。この問題を解消するため、技術世代の交代時には、モジュールとモジュールの結合点において依存性を解消する。この場合、バイパス・コンデンサ(デカップリング・コンデンサ)の様なインターフェイス技術が高頻度で開発される。一方、技術世代の交代がない時期における技術進化では、インターフェイスは固定化されるため、インターフェースに関わる技術の開発は低頻度になる。
以上、ここまでの議論から、以下に示す仮説を導出する;
仮説1:技術世代の移行期は、モジュール間技術が高頻度で開発され、製品の技術開発に貢献する
仮説2:技術世代内の時期は、モジュール内の技術が高頻度で開発され、製品の技術開発に貢献する
これらの仮説を基に、プロセッサに関する特許出願数とバイパスコンデンサとしてのMLCCの特許出願数を説明変数とし、携帯電話・スマートフォンの特許出願数を目的変数とする統計分析を実施する。
前述の仮説を検証するために、日本の特許庁に出願された携帯電話に関する特許を対象にして統計分析を行った。携帯電話は、基地局企業や端末企業、半導体企業など、技術世代を基盤にして様々なメーカーが製品や部品を提供し成立している産業分野である。
分析対象とする期間は図4に示す様に、第2世代無線通信システム(2G)によるサービスが開始された1993年から、5Gサービスが始まる前(2018年)までとし、そして、技術開発に何らかの変化を生む出す起点として特許出願日を調査対象とした。分析対象となる特許の抽出は、特許分類にて絞り込み検索を実施した後、出願特許内の「発明の要約」および「特許請求の範囲」の項目を精査する方式で行った。その結果、対象となった特許は端末特許50,326件となった。また、インターフェイス技術を表す積層セラミックコンデンサ(MLCC)の特許は4,215件、モジュール技術を表すプロセッサ(Processor)は1,134件となった。これらの特許を年ごとに集計してデータセットを構築し、回帰分析を行った。
(出所)筆者作成。
本稿は、技術が世代を経る毎にモジュール内の技術開発が重点的に行われる期間と、モジュール間の技術開発が重点的に行われる期間に二分される現象を明らかにするために、無線通信技術を対象に、モジュール内技術とモジュール間技術、という観点で測定する。
説明変数について、モジュール内技術をデジタル信号処理モジュール(Processor)の日本国内特許出願数とし、モジュール間技術を積層セラミックコンデンサ(MLCC)の日本国内特許出願数とした。そして目的変数は、無線通信端末(Terminal)の日本国内特許出願数とした。また、技術移行期を年次ダミー変数としてそれぞれ与えている。更に、無線通信端末特許出願数における総合電機メーカーの出願数(ConsMaker)とチップセットメーカーの出願数(ChipsetMaker)を統制変数とした。なお、技術世代を示すダミー変数(仮説対象の変数)は、D1とD2の2種類を作成した。D1は、2Gから3Gへ等の、メジャーな技術世代の移行を基に作成した。しかし、よりマイナーな技術世代移行(例えば3.5Gや3.9G)(平松他, 2011;武智, 2014)を基に分析をした方が良いかもしれない。そのため、マイナーな技術世代移行を考慮した変数としてD2を作成した。
仮説検証のために以下の6つのモデルを構築した(説明変数の一覧を表1に記す)。
Model 1: Terminal=β0+β1(ConsMaker)+β2(ChipsetMaker)+ε
Model 2: Terminal=β0+β1(ConsMaker)+β2(ChipsetMaker)+β3(MLCC)+ε
Model 3: Terminal=β0+β1(ConsMaker)+β2(ChipsetMaker)+β3(MLCC)+β4(Processor)+β5D1+ε
Model 4: Terminal=β0+β1(ConsMaker)+β2(ChipsetMaker)+β3(MLCC)+β4(Processor)+β5D1+β6(MLCC×D1)+β7(Processor×D1)+ε
Model 5: Terminal=β0+β1(ConsMaker)+β2(ChipsetMaker)+β3(MLCC)+β4(Processor)+β5D2+ε
Model 6: Terminal=β0+β1(ConsMaker)+β2(ChipsetMaker)+β3(MLCC)+β4(Processor)+β5D2+β6(MLCC×D2)+β7(Processor×D2)+ε
ここで、εは誤差項を表し、Model1-6はOLSにて推定した。Model 1は、統制変数のみで検定を行い、Model 2以降で説明変数の影響を分析している。
変数 | 変数の定義 |
---|---|
目的変数 | |
携帯電話・スマートフォンの特許出願数:Terminal | 国際電気連合(ITU)が定める標準化規格に準拠した無線通信端末を対象 |
説明変数 | |
積層セラミックコンデンサの特許出願数:MLCC | 積層セラミックコンデンサの特許出願数 |
プロセッサの特許出願数:Processor | 集積回路としてモジュール化しているものを対象とする |
信号処理プロセッサ、LSI、IC | |
ダミー変数 | |
技術世代間(2Gから3G/3Gから4G):D1 | 1993–2000年:0、2001–2018年:1 |
技術世代間(2Gから3G/3.5G/3.9G):D2 | 1993–1999、2003–2004、2009–2010年:0/2000–2002、2005–2008、2011–2018年:1 |
統制変数 | |
ConsMaker | 無線通信端末の特許のうち総合電機メーカーによる年ごとの出願数 |
ChipsetMaker | 無線通信端末の特許のうちチップセットメーカーによる年ごとの出願数 |
(注)特許出願数は、出願日を基準とする
(出所)筆者作成。
表2に各変数の平均値、標準偏差、および変数間の相関係数を示す。
Means. | s.d. | Terminal | ConsMaker | ChipsetMaker | MLCC | Processor | D1 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Terminal | 1935.62 | 874.94 | ||||||
ConsMaker | 688.38 | 373.77 | 0.93** | |||||
ChipsetMaker | 268.08 | 398.84 | −0.15 | −0.33 | ||||
MLCC | 162.12 | 43.77 | 0.61** | 0.47* | −0.04 | |||
Processor | 43.62 | 22.42 | 0.41* | 0.31 | 0.70** | 0.08 | ||
D1 | 0.69 | 0.46 | 0.52** | 0.47* | 0.45* | 0.20 | 0.78** | |
D2 | 0.58 | 0.49 | 0.40* | 0.28* | 0.46* | 0.08 | 0.64** | 0.61** |
** p<.01, * p<.05
(出所)筆者作成。
表3に重回帰分析を行った結果を示す。本稿の仮説を検討するために作成されたのがModel 4およびModel6である。Model 2は、Model 1に積層セラミックコンデンサ(MLCC)の特許出願数を追加し、その影響を調べている。Model 3では、2Gのみの同世代技術の継続期(1993~2000年)、2Gから3Gへの技術移行期(2001~2011年)および3Gから4Gへの技術移行期(2012~2018年)と設定し、プロセッサおよび年次ダミー変数D1(技術世代間2G→3G/2001~2018年:1、それ以外:0)を追加、Model 4においてMLCCおよびProcessorにダミー変数を追加した時の効果を測定している。Model 4において、Adjusted R2が0.94となっており、予測力の高い重回帰式が得られている。よって以降、全ての変数が含まれているModel4の分析結果について検討を行う。
Model 1 | Model 2 | Model 3 | Model 4 | Model 5 | Model 6 | |
---|---|---|---|---|---|---|
ConMaker | 2.314*** | 2.047*** | 2.059*** | 1.565*** | 1.907*** | 1.700*** |
(0.172) | (0.336) | (0.358) | (0.311) | (0.346) | (0.324) | |
ChipsetMaker | 0.399*** | 0.316 | 0.322 | −0.015 | 0.212 | 0.127 |
(0.161) | (0.374) | (0.387) | (0.321) | (0.375) | (0.340) | |
MLCC | 4.143** | 4.138*** | −1.482 | 4.861*** | 0.252 | |
(1.581) | (1.620) | (2.216) | (1.643) | (0.252) | ||
Processor | 0.729 | 47.493*** | −1.450 | 28.813** | ||
(7.047) | (13.756) | (6.605) | (13.165) | |||
D1 | −24.606 | −246.450 | ||||
(205.976) | (440.762) | |||||
D2 | 239.873 | 131.334 | ||||
(179.731) | (459.754) | |||||
MLCCxD1 | 7.841*** | |||||
(2.721) | ||||||
Processor x D1 | −44.232*** | |||||
(12.543) | ||||||
MLCCxD2 | 5.466* | |||||
(2.948) | ||||||
Processor x D2 | −31.785** | |||||
(12.468) | ||||||
Constant | 236.174 | −250.873 | −253.988 | −16.310 | −315.613 | −64.072 |
(151.197) | (240.773) | (248.006) | (294.114) | (241.341) | (312.563) | |
R-squared | 0.890 | 0.922 | 0.922 | 0.957 | 0.929 | 0.948 |
Adj R-squared | 0.881 | 0.907 | 0.903 | 0.940 | 0.911 | 0.928 |
F statistic | 93.172*** | 62.201*** | 47.428*** | 56.910*** | 51.968*** | 46.710*** |
N | 26 | 26 | 26 | 26 | 26 | 26 |
*p<0.1; **<0.05; ***p<0.01
(出所) 筆者作成
次に統制変数に関して、ConsMakerが正に有意であった。説明変数に関しては、Terminalと、MLCCおよびProcessorが相互に作用しているかを確かめるために図5に示す様なマージナル効果分析を行った。
(メジャーな技術世代のみ)
(出所)筆者作成。
説明変数1単位の変化が目的変数に与える影響のことをマージナル効果(marginal effect)という。Model 4は交互作用を含む回帰モデルであり、交互作用モデルでは調整変数の値によってマージナル効果の大きさが変化する。そのため、仮説対象の変数の効果を評価するには、個々の変数の回帰係数や統計的有意性を見るだけでなく、モデル全体を念頭に仮説対象の変数の有意性や効果の大きさを計算する必要がある(Brambor et al., 2005)。ここで交互作用モデルのマージナル効果とは、仮説対象X、調整変数Z、交互作用XZをもつ、次のような回帰モデルにおいて、Xを一単位増加させたときの効果(b1+b3Z)を示すものである(立本, 2017b)。
Y=b0+b1X+b2Z+b3XZ=b0+(b1+b3Z)X+b2Z
この様に、回帰式を説明変数で括ると、Zの値の変化によるXの効果が明確になる。Model 4では調整変数Zはダミー変数であり、1もしくは0の値をとる。
交差項を含む回帰分析を行う場合、単にマージナル効果を表や文章で提示するだけでは理解しにくい為、図5の様に示すことによって、結果が解釈しやすくなる。図5-aにおいて、インターフェイス技術であるMLCCの技術移行期(D1=1)の時、マージナル効果は正に有意、つまり技術世代間(技術移行期)において、MLCCが増加するとTerminalも増えるという結果が得られた。図5-bでは、モジュール内技術であるProcessorの技術移行期ではない時期(D1=0)のマージナル効果は正に有意になっており、モジュール内技術のProcessorは、同一技術世代内の時、Processorが増えるとTerminalも増えるという結果が得られた。
また、無線通信技術の観点では、第3世代無線通信技術(3G)は、4Gへの段階的発展として更に3.5G、3.9Gと分けられている(平松他, 2011;武智, 2014)。分析のロバストネスの観点から技術的視点を加味して作成した技術移行期(D2)変数を用いて統計分析を行うと、図6の様な結果になった。
(マイナーな技術世代を含む)
(出所)筆者作成。
Model 6でも同様に、調整変数Zはダミー変数であり、1もしくは0の値をとる。
図6-aにおいて、MLCCの技術移行期(D1=1)の時、マージナル効果は正に有意、また図6-bでは、Processorの技術移行期ではない時期(D1=0)のマージナル効果は正に有意になっており、図6の結果は、図5の統計分析を裏付ける結果となった。
以上、図5および6の統計分析の結果から、技術世代間(技術移行期)において、MLCCが増加するとTerminalも増えるという結果が得られた。これは仮説1を支持している。更に、モジュール内技術であるProcessorは、同一技術世代内においてProcessorが増えるとTerminalも増えるという結果が得られた。これは仮説2を支持している。
ここまでに得られた分析結果および知見から、以下の様な示唆が得られる。
青島・武石(2001)は、モジュラー化が製品パフォーマンスに与える影響について、図7-aの様にアーキテクチャのダイナミクスを理論的に説明している。インターフェイスが集約化、ルール化されることによってモジュラー化が起こり、その結果、システムのパフォーマンスに一定の制約を与える様になる。図7-aにおいて、直線は「統合化(Integration)」を表し、屈曲した線はモジュラー化を表している。モジュラー化と統合化の相対的優位性は、システムの開発や改善にかけられる時間と資源の量に依存していることを表している。同図において、開発期間やリソースがt0に限られている場合は、モジュラー化が優位な戦略となる。同様に、t1の場合、統合化戦略が優位になる。
しかしながら、図7-aは、同一システムを前提としたモジュラー化の動向を示すもので、本研究で対象とする様な技術世代が存在する場合、2G、3G等のメジャーな技術世代は標準化によってその動向が予め定められているため、技術開発の統合化までの道程は必ずしも同じとは限らない(若尾, 1996;新宅・江藤, 2008;Hueber & Staszewski, 2011)。無線通信技術の場合、技術世代が変わる毎に技術を達成する難易度は明らかに上がっている(Andrews et al., 2014)。例えば、3Gにおける複数の周波数帯に対応するマルチバンド化は、3Gのセールスポイントのひとつであった。しかしこの技術を実現するには、対応する周波数の数だけ通信モジュールを搭載する必要があるため、RF-ICというモジュール化を実現するためには段階的な進化が必要であった(伊藤, 2008;平松他, 2011)。つまり、設定された標準化技術の技術的な目標と実現可能技術とのギャップが世代を経るごとに大きくなっているのである(松澤, 2002;Kishi et al., 2003)。その結果、年代を大きく1993~2000、2001~2010、2011年以降と分けた場合、統合化の直線(図7-bにおける実線)の傾きは各々変わると考えられる。
今回の分析結果の様な現象がなぜ起きるのかについて考えると、いくつかの考察点があり得る。
第1の考察点として、技術的不均衡(Technological imbalance)が考えられる。図7-bにおいて、新しいモジュール技術が登場すると、モジュール間技術との間に技術的な不均衡が生じる。この不均衡を是正すべく、理論上の設計として想定する統合化を示す直線よりも勾配が小さい直線を描く。Henderson and Clark(1990)、Baldwin and Clark(2001)の主張に則れば、モジュール内技術(コンポーネント技術)が向上すると、モジュール間インターフェイスの再定義が必要になる。モジュールが内包されるシステムが正常に動作するためには、技術向上したモジュールによる新たなモジュラー・アーキテクチャを構成する必要があるため、アーキテクチャル知識の向上が必要になる。つまり、ひと度モジュラー型アーキテクチャ構築され、次の新たなモジュラー化のステージへ移行する期間(図7-bにおける“*”が示す経路:差分線)は、モジュールが新たなモジュラー型アーキテクチャを構成するための擦り合わせ期間と考えられる。
本稿で分析対象とした携帯電話の開発プロセスで考えると、セットメーカーにとって、モジュラー化の期間が長いほど量産効果が得られるため、セットメーカーは再設計を実施するよりも、バイパス・コンデンサによる対策を実施することで、なるべく技術を擦り合わせる期間を短くしようとする。また、技術の標準化を基に設定された技術達成目標が、世代を経る毎に高くなっているため、新たなモジュラー化レベルに到達するためには、そこに至るプロセスは段階的にならざるを得ない。これが図7-bにおける差分線の勾配が技術世代を経るごとにYear軸に向かって傾斜していく根拠である4。モジュラー化の期間が短くなれば、技術継続期も短くなるため、標準化技術に追随するためには、モジュール化と統合化を交互に繰り返すプロセスになる。
第2の考察点として、境界(インターフェイス)の再定義の必要性が考えられる(立本他, 2008a)。もし製品アーキテクチャが不可逆的性質を持つのであれば、モジュラー型アーキテクチャに変化した途端、製品アーキテクチャは完成することになる。しかし、実際には図7-bで示した様に、製品アーキテクチャがインテグラル(統合)型からモジュラー型、そしてまたモジュラー型からインテグラル型へと、交互に繰り返される現象が起きていると考えられる。これは、すべてのモジュールが依存する様な技術が進化する(例えば半導体の技術進化)ことによって、これまで定義されていた境界(インターフェイス)がそぐわなくなり、その不都合さを解消するために更なるモジュール化が起こる、という示唆が得られる。これは近年のRF(無線通信)エレクトロニクス領域における「集積化」に伴う現象を表していると考えられる5。
本稿は、複雑な人工物が時間の経過と共に、理論的にはアーキテクチャル知識とコンポーネント知識に二分されるという現象について、果たして実際に二分化現象が起こるのかについて、実証分析を行った。具体的には、携帯電話・スマートフォンにおける無線通信技術の技術世代過程において、モジュール内分野の技術開発(コンポーネント知識)が重点的に行われる期間と、モジュール間分野の技術開発(アーキテクチャル知識)が重点的に行われる期間に二分される現象の実証を目的として、携帯電話・スマートフォンの特許出願数と、プロセッサおよび積層セラミックコンデンサ(MLCC)の特許出願数の関係について統計分析を行った。
その結果、無線通信技術の技術世代過程において、モジュール内分野の技術開発が重点的に行われる期間と、モジュール間分野の技術開発が重点的に行われる期間に二分されるという特徴が観測された。これはHenderson and Clark(1990)の理論を実証的に裏付ける研究として貢献するものと考える。
更に、Henderson and Clark(1990)では、インテグラル型からモジュラー型へ、アーキテクチャが変換することについては検討されているが、これらのアーキテクチャが交互に繰り返されることに関しては検討されていない。むしろ、この現象はChesbrough and Kusunoki(1999)の主張に近いが、Chesbroughらは、アーキテクチャの繰り返しには言及していない。ではなぜ、アーキテクチャが交互に繰り返す現象が観測されるのか。それは製品に組み込まれる技術が、一時代だけの技術ではなく、世代を経ても継続する技術開発のプロセスだからであると、本研究によって結論付けられる。
ここから導かれる、実務家にとっての本研究のインプリケーションは、技術世代に合わせて、定期的に設計開発を行う組織の組織構造の見直しが必要である、というものである。特に技術世代間では、モジュール内ではなく、モジュール間の開発を担う部門を見直すことが重要である。
ただし本研究には課題もある。本稿の統計分析対象としたサンプル・サイズが少なかった為、今後、海外の特許出願状況などを加味した大規模な調査が必要であると考える。
(出所)筆者作成。
本稿を完成させるにあたり、二人の匿名レフェリーには貴重なコメントを頂きました。ここに記して感謝申し上げます。