抄録
イスラムと西洋近代という二分法が浸透するなかで、近代におけるイスラムはイスラム教徒のアイデンティティの要となりながら、それと同時に西洋近代の価値に支配された世界の歪みを正す宗教として、人類全体に向けた普遍的な役割を期待されてもいる。本論では、アラブ・イスラム世界の作家に焦点をあて、彼らが作品のなかで、「アメリカ」に代表される他者の価値に挑戦するものとしてイスラムをどのように描いたかを追う。彼らには現実のアメリカを描こうという意図はなく、宗教不在の社会の記号として「アメリカ」を否定し、公的な宗教の存在を必要不可欠と訴える。そして、そのような役割を果たすことができる宗教の典型としてイスラムを捉える。ただしその際、彼らの言うイスラムとは、宗教者によって支配される体系ではなく、信仰に基づいて生きる普通の人々がともに生きる人々とのつながりのなかで感じとり、蓄積してきた生活規範や倫理観であり、そうしたイスラムこそが、近代の普遍的な要請に応えられるとされている点が重要である。