今日、イスラームに関する宗教間対話は緊急の課題であるが、効果的な対話を実施することは難しい。しかし、過去の歴史に学ぶことも重要ではないかと思われる。九世紀から一二世紀のイスラーム神学思想の文献のなかには伝統的イスラーム世界の他宗教観がみられる。本稿は、ムウタズィラ学派のアブドゥル・ジャッバールの主著『神学大全』の研究を通してあきらかになる彼のキリスト教理解を、今日の宗教間対話に役立つ資料として検討する試みである。ムウタズィラ学派は神の属性について独自の理論を展開したが、これはキリスト教の三位一体説のペルソナ理論に近いものである。彼は、三位一体説に関するカルケドン決定と当時の東方教会の立場について的確に把握して批判しており、そこから神の属性論へつながる方法論をたくみに採用している。古典文献の研究にも今日の宗教間対話や平和的共存の構築に寄与できる材料が見つかるように思われる。