2006 年 80 巻 2 号 p. 381-406
司法の場で稀代の「科学詐欺劇」として裁かれることになった韓国ES細胞論文捏造事件の特異性は、国民的英雄と称された科学者が前代未聞の論文捏造に走ったことに加えて、「ヒトクローンES細胞」の作製という虚構の研究に、二千個を超える厖大な数の卵子が不正に提供され、使い潰されていたという衝撃的な事態にあると思われる。韓国における研究用卵子の大量不正流用は、「ヒトクローンES細胞」の樹立を成功させ、生命工学分野で世界の第一線に踊り出ようとするバイオ・ナショナリズムと、韓国の生命工学の急速な発展を後押ししてきた「不妊治療」の文化的特異性が絡み合って起こったものと思われる。科学史上最大級の論文捏造スキャンダルに輪をかけた「卵子倫理問題」の背景を、韓国のバイオ・ナショナリズムと「不妊治療」のコンテクストを考察しながら探ってゆきたい。