抄録
本論は、王権に関するインド思想が前近代の天皇制に与えた影響に焦点を合わせることで、神仏習合とモダニティの問題を考えようとするものである。特に、日本において仏教的王権論は、単一の体系として扱われるのが通例であるが、それは実は多元的なものであり、三つの言説において展開してきた。支配者に直接適用された言説は神仏習合の要素をほとんど含まず、それらが見出されるのは寺社内部で利用された王権論とそのシンボリズム、そして両部神道や伊勢神道などで展開された「天王」(デーヴァラージャ)型王権論である。中でもデーヴァラージャ論は、インドとの関連を剥奪された後、天皇の近代的神聖化を支える知的源泉の一つとなってきたのである。しかし、神仏習合の弾圧は、これらの王権論を否定する意味もあった。本論では、こうした王権論の特徴を描くと同時に、日本のモダニティがそれらを否定した理由について幾つかの仮説を立てる。