2010 年 84 巻 2 号 p. 205-226
グノーシス主義研究において、神話論的思考から哲学的・神秘主義的思考への変容は避けて通ることのできない重要な問題である。ナグ・ハマディ文書第八写本の『ゾーストリアノス』では、この変容が明瞭に起きている。他方、プロティノスが『グノーシス派に対して』で対峙している論敵も同名の書物を持っていた。プロティノスはその中に、魔術文書の「呪文」と同類の発語を見出して批難している。事実、『ゾーストリアノス』を初めとする後期グノーシス文書は魔術文書から多くの「呪文」を受容した。しかし、それは魔術文書の場合のように、神々やさまざまな霊力を強制的に人間の思惑に従わせるためではない。それは地上から至高の究極的存在へ向かって上昇した神秘主義者が、究極的存在に関する認識と自分自身の存在を合一させた瞬間に発する呻き、つまり「異言」(グロッソラリア)である。