日本では自らの社会に根づいた宗教文化を背景に、しばしばイスラームが「厳しい」宗教と形容されてきた。これに相応するものとして、西洋社会では「世俗化していない」といった評価がイスラームに寄せられるが、このことは一般言説の枠を超え、世俗化論の不共有という現代イスラーム研究の特質の一つを浮かび上がらせる点で重要である。イスラームないしムスリム社会に世俗化論がそぐわないとは、半ば定式化された学説として広く用いられてきたが、世俗化論自体が見直されて久しい現在、改めてこのことを問い直す意義もあるだろう。本稿ではムスリム社会における規範の動態性を、風紀という概念を頼りに検討することで、その作業に取り組む。なお具体的な事例としては、「厳しい」「世俗化していない」ムスリム社会を象徴する国と見られながらも、今日では様々な開放政策を通して、脱イスラーム的とも映る変化が進むサウジアラビアを取り上げる。