2024 年 98 巻 2 号 p. 131-156
ケベックで二〇一九年に制定された国家のライシテに関する法律は、ムスリム教員によるヴェール着用を禁止する内容を含んでおり、現在裁判で争われているこの法律の波紋は社会のさまざまな領域に及んでいる。本稿は、この法律と裁判の基本的性格と論点を押さえ、この法律がどのような論争を引き起こし、いかなる葛藤を生み出しているのかを検討しようとするものである。本稿が主張するのは、現代ケベックにおける社会規範と宗教の摩擦は、世俗的な国家や社会と宗教的な信仰者のあいだで生じているという図式で理解するのでは不十分というものである。実際、議論を精緻に見ていくと、ケベック州政府とカナダ連邦政府のあいだの摩擦、インターセクショナリティの一要素として宗教を評価するかどうかをめぐるムスリム女性当事者同士の摩擦、社会の宗教的不寛容をめぐる解釈の摩擦という少なくとも三つの摩擦面が浮かびあがってくる。