「力の基礎を欠いた外交は破綻する」─.欧州の外交当局者に永く語り継がれてきた言葉である.自らの理念を国際政局のなかで実現する力を欠いた外交は,その理想が高邁なものであればあるほど,国際政治の最前線では波乱要因になってしまう.欧州の老練な外政家たちは,彼らの経験則からそうした現実を知っていたのだろう. 超大国アメリカは,冷戦期を通じて,その強大な軍事,経済,文化の力を通じて「アメリカの世紀」を演出してきた.だが,冷たい戦争の幕がおりて十数年,アメリカはいま,自らがその威力を信じてきた「力の外交」が,新たな壁に突き当たっていることを直視しなければならなくなっている. 北朝鮮の金日成政権は,「核計画の完全な申告と核施設の無能力化」という対米約束を容易に履行しようとしていない.日米同盟が想定してきた「朝鮮半島の有事」にとって,死活的に重要な意味を持つ北朝鮮の核放棄.だがブッシュ共和党政権は,従来の「力の外交」が機能しなくなっている現実に直面している. こうした超大国アメリカの凋落は,対イラク戦争での躓きによって顕著となり,その負の影響は,東アジアにも影を落としている.本稿では,誤ったイラクへの力の行使によって,東アジアの秩序を安定させてきた日米の安全保障体制に生じた揺らぎを検証し,「日米同盟の空洞化」が東アジアにいかなる情勢をもたらしつつあるかを考えてみたい.