産業衛生学雑誌
Online ISSN : 1349-533X
Print ISSN : 1341-0725
ISSN-L : 1341-0725
原著
産業医が実施する就業措置の文脈に関する質的調査
藤野 善久 高橋 直樹横川 智子茅嶋 康太郎立石 清一郎安部 治彦大久保 靖司森 晃爾
著者情報
ジャーナル フリー HTML
電子付録

2012 年 54 巻 6 号 p. 267-275

詳細
Abstract

目的:産業医が実施する就業措置について,適用範囲,内容,判断基準など共通の認識が存在しているとは言えない.本研究では,現在実施されている就業措置の実態から,就業措置の文脈の類型化を試みた.方法:就業措置の文脈を発見するために,インタビューとフォーカスグループディスカッション(FGD)を実施した.インタビューは開業コンサルタントの医師6名に行った.またFGDは計6回,19名の医師が参加した.インタビューおよびFGDのスクリプトをコード化し,就業措置の類型化の原案作成を行った.つづいて,これら類型化の外的妥当性を検証するために,産業医にアンケートを実施し,就業措置事例を収集し,提示した類型への適合性を検証した.結果:インタビューおよびFGDのスクリプト分析から4つの類型が示唆された(類型1:就業が疾病経過に影響を与える場合の配慮,類型2:事故・公衆災害リスクの予防,類型3:健康管理(保健指導・受診勧奨),類型4:企業・職場への注意喚起・コミュニケーション).また,産業医アンケートで収集した48の措置事例はすべて提示した4つの類型のいずれかに分類可能であった.また,この4類型に該当しない事例はなかった.収集した事例から,類型5:適性判断を加え,本研究では最終的に,産業医が実施する就業措置として5類型を提示した.考察:現在,産業医が実施する就業措置は,複数の文脈で実施されていることが明らかとなった.ここで提示した5類型では,医師,労働者,企業が担うリスクの責任や判断の主体が異なる.このように就業措置の文脈を明示的に確認することは,関係者間での合意形成を促すと考えられる.

I. 目 的

産業医による就業措置は労働安全衛生法第十三条,第六十六条にもとづく産業医もしくは医師が行う業務であり,国内の産業保健活動における主要な日常業務の一つである.同法第十三条の3には「産業医は,労働者の健康を確保するため必要があると認めるときは,事業者に対し,労働者の健康管理などについて必要な勧告をすることができる」と定められており,就業措置に係る意見は事業主への意見,勧告として取り扱われる産業医の実施する重要業務である.

就業措置には労働者の就業を制限することが含まれることから,中立性,科学的妥当性,安全配慮,人権への配慮など高度な判断が必要となる.そのため,一部の企業や産業医においては,就業措置の手続きおよび判断基準などを標準化しようという試みがなされてきた.一方で,就業措置は,産業保健の実務のなかで企業文化,慣習,医師の方針,労働者の健康状態,業務内容などを総合的に考慮しながら実施されており,就業措置の適用範囲,内容,手順について共通の認識が存在しているとは言えない.

就業措置が単に医学的見地からのみでなく,さまざまな状況を考慮して判断がなされるべきであるとの見解は,これまでの就業措置の在り方に関する見解に共通して見ることができる1,2,3,4,5,6).社会経済要因,職場要因,個人の性格,人間関係,家族生活関係,就業規則,労働契約,企業理念,労働組合の協力,職場の協力などが就業措置に影響する要因として指摘されている3).このような認識のもとで,実際の就業措置は,労働者の健康問題に関する医学的判断に加えて,作業環境や作業内容などの労働環境,企業としてのリスク管理や社会的責任を含めて,多数の利害関係者の調整のもとで実施されている.したがって就業措置のプロセスを標準化するためには,現在実施されている就業措置の文脈を明らかにし,体系的に整理することが必要であるが,これまでにこのような視点から,就業措置の文脈について分類,整理した報告はない.

本研究は,産業医が実施する就業措置がどのような文脈で実施されているのかの実態を把握し,分類することを目的に質的研究を実施した.

II.方法と結果

本研究は,就業措置に係る文脈の発見のために実施したインタビューおよびフォーカスグループディスカッション(方法1),類型案の作成(方法2),および抽出された類型案の外的妥当性を検証するためのアンケート調査(方法3)の3つの方法で調査を実施した.以下,方法1から方法3のそれぞれについて,方法および結果を記載する.

1. 方法I

就業措置の文脈の抽出(発見):インタビュー調査とフォーカスグループディスカッション(FGD)

産業医業務を専門とする開業コンサルタントの医師6名を対象にインタビュー調査を実施した.調査対象者の選考にあたっては,産業医としての経験年数や学会活動などを考慮して研究班会議において決定した.なお,調査対象者を開業コンサルタント産業医とした理由は,研究班メンバー内に専属産業医,統括産業医,および労働安全衛生機関での勤務経験者が含まれていたことと,中小企業から大企業まで広範囲な企業を顧客にもち,多様な業務経験を持つ情報源と想定されたためである.調査は半構造化した調査用紙を用いたインタビュー調査を実施した.1回のインタビュー時間はおよそ2時間程度で実施した.つづいて,研究班メンバーによるFGDを計6回実施した.FGDへの参加者は19名であった.FGDの参加者の属性をAppendix1に示す.

実施したインタビューおよびFGDのスクリプトを著者(YF)がコード化し,就業措置の目的,背景,解釈などに関する視点から,要約を行った.

2. 結果I

インタビューの分析結果の要約を示す.

(1) 文脈の存在の示唆

就業措置の運用が企業の体制や文化によって異なっていることが示唆された.また,一律的なガイドラインに沿って実施されるのではなく,労働者および企業の合意を重要視していることも示唆された.

中小企業では,産業保健体制が整っていない企業や,産業保健成熟度が低い企業が多く,各企業の実情にあわせた就業措置を行っている」(開業コンサルタント)

月に1回~3回と契約先により回数が異なる上,契約先企業の文化や力量も異なるため,保健指導のレベルは契約先によって変わってくる」(開業コンサルタント)

医師の意見は本来,さまざまな事業場の背景を抱える産業医等の裁量の範囲である,基準は事業場ごとにある,事業場ごとかそれぞれのものを出すべきか」(専属産業医)

難しいところは,本人や人事の理解度がそれぞれであるところ.両者のコンセンサスを得ていくのに苦労することがある」(開業コンサルタント)

「(就業措置については)経過や納得性を大切にしている」(開業コンサルタント)

(2) リスク管理と個人の健康への配慮

就業措置には,事故や公衆災害の予防という企業のリスク管理という観点と,個人の健康への配慮という観点の2つの軸があることが示唆された.

『医師の意見』は個人の健康の観点からと大規模災害の防止という事業所内の安全の観点がある」(企業外衛生機関)

疾病と業務のミスマッチを合わせるための就業措置と,もしかしたら失神を起こすかもしれないということへ対応するリスクヘッジ型の2つのタイプがある」(企業外衛生機関)

大規模災害の防止という観点からの部分は強制的に就業措置をしなければならないケースもある」(専属産業医)

(3) 就業による健康影響への配慮(類型1)

就業措置のあり方について,労働安全衛生規則にある「病者の就業禁止」の考え方を指摘する意見が複数あった.

休業措置に関しては就労によって著しく病勢を悪化させる可能性が高いものと定義ははっきりしている」(企業外衛生機関勤務)

もともとの法令上の就業制限をかける意味とは,就業することによって病態が悪化するのを防ぐためにあることである」(専属産業医)

働いても働かなくても病気の状態が悪い労働者に関してはリスクを考えなければ就業制限をする意味はあまりない」(企業外労働衛生機関)

(4) 企業のリスク管理的観点から実施する就業措置(類型2)

就業措置には,公衆災害や事故防止といった事業者責任としてのリスク管理的観点から実施されるものがある.

疾病と業務のミスマッチを合わせるための就業措置と,もしかしたら失神を起こすかもしれないということへ対応するリスクヘッジ型の2つのタイプがある」(企業外労働衛生機関)

なにかあれば大災害になるような航空・運輸業に関して言えば,リスクヘッジ型もかなり関係してくる」(企業外労働衛生機関)

日本のほうが事業者責任が重たい.日本は健診を行っているのかということと,過労死などの補償もすべて事業者が責任を負うという判断がされているのでそういうことが容認されやすい」(専属産業医)

就労継続の希望があっても,運転士は絶対禁止となる場合がある」(専属産業医)

(5) リスク評価の困難

医学的,疫学的エビデンスからリスクを評価することが困難であるとの指摘も多くなされた.

心臓突然死や失神の発生に関して臨床医に意見を求められても困るというのが正直な意見です.じっとしていても起きてしまうものは起きてしまうし,就業制限せず発症してしまった場合は責任が生じてしまう」(循環器専門医)

欲しい情報が得られない診断書であるケースも多い」(専属産業医)

例えば,糖尿病による起立性低血圧で事務作業はOKで,高所作業で失神を起こすと重大災害を起こす.しかし,糖尿病で起立性低血圧をすべての患者が起こすわけではないので,あまり標準化をつき進めると就業できない作業が増えて副作用が大きくなりすぎる可能性があるのでは」(専属産業医,循環器専門医)

報告によって(サンプルの)対象者が異なり,同じ病気でも発症頻度のばらつきがあるため,“真の値”は何とも分からない部分がある.リスクの順位付けは難しい」(循環器専門医)

ほとんどが欧米のデータであるため,日本人にとっては突然死の確率がやや高い結果となる可能性がある」(専属産業医)

多くの産業医が勘と経験だけでやっているのが現状である」(専属産業医)

(6) 保健指導・受診勧奨を目的とした就業措置(類型3)

保健指導や受診勧奨を目的とした就業措置を多くの産業医が実施している.

健診の結果で産業医面談をする時に受診勧奨を目的として就業制限の可能性を示唆する」(開業コンサルタント)

職業人として『仕事すらできなくなるよ』と自己管理するように注意を促し自己保健義務を提示している」(開業コンサルタント)

中小企業が対象であるため,一人の従業員でも働かせないとなると仕事がまわらなくなることが多い.また,従業員側としても就業制限により減給となると生活困難となることが多い.そのため,重症な人でもなるべく就業制限をかけずに病院受診・通院を厳しく管理し就業可とする方法をとる」(開業コンサルタント)

保健指導と就業措置という点から見れば,保健指導時に就業制限を脅しとして使っている医師も多い」(企業外労働衛生)

就業措置というよりは保健指導に近く,混在しているように思う.保健指導がメインで行っている就業措置もかなりあるように感じる」(専属産業医)

(7) 職場への注意喚起を目的とした就業措置(類型4)

就業措置の中には職場への注意喚起の意味を込めてなされるものがある.

(脚気,アルコール臭がしていた人に実施した就業措置事例について)職場が非常に忙しく,職場でみんな酒盛りもしているような状況.本人の自覚はないが,職場の状況も問題であるため就業配慮をかけた」(開業コンサルタント)

月100時間を超える時間外労働が多発する職場.職場の管理に問題があったため,当該部署の高血圧未治療者に一律,月45時間以上の残業禁止を出した」(企業外労働衛生機関)

健診にてんかんの現病歴があり,確認目的に面談.面談にて2年以上発作なく安定していたが,長時間労働となりやすい部署であるため時間外労働に明確な歯止めをかける意味で就業制限を設けた.本人の怠薬により発作が起こった.また就業制限は 厳密には守られていなかった.このため就業時間制限を強化した」(企業外労働衛生機関)

3. 方法II 類型案の作成

先に実施したインタビューおよびFGDの要約から,就業措置の類型化の原案作成を行った.インタビューから形成された類型案の内容が明確になるように,それぞれの特徴,該当する具体例,および課題について研究班による検討を行った.なおここで検討された「課題」については,考察において述べる.

4. 結果II 類型案の作成の結果

スクリプト分析から4つの類型案が得られた.

類型1:就業が疾病経過に影響を与える場合の配慮

<特徴>類型1は,就業が労働者の健康や疾病経過に悪い影響を与えると予見される場合に実施される措置である.この類型は,労働安全衛生法,および労働安全衛生規則第六十一条にある「就業で病勢が著しく増悪する」際に実施される「病者の就業禁止」の考え方にもとづき,就業禁止だけでなく,就業措置全般への適用を意図するものである.この措置を講じる際には,臨床的な判断が相当程度に適用可能と考えられた.

<具体例>心不全のある労働者に対して過度な筋作業を禁止する場合や,重度の高血圧未治療者に対して,深夜勤務を禁止する場合などもある.また腰痛保持者の筋労働の制限や,職場不適応によるメンタルヘルス不全が生じた労働者の配置転換などが該当する.

類型2:事故・公衆災害リスクの予防

<特徴>特定の疾患によって特徴的に発症確率が高まるとされる健康事象が生じた際に,随伴して発生する可能性のある事故を予防する目的で就業制限を行う.特に突然死や失神などの意識障害が併発するような疾患に適応される.また,疾患に関連して生じる可能性のある公衆災害,事故,大規模災害などに備えるための企業リスク管理としての観点を含むものである.

<具体例>糖尿病コントロールが不良の労働者の高所における暑熱作業を禁止する場合や,意識消失発作をきたす疾患を持つ労働者の運転作業を禁止する場合などが,これに該当する.

類型3:健康管理(保健指導・受診勧奨)

<特徴>労働者の受診行動や生活習慣の改善を促すために,就業制限を適用される.特に労働時間など就業環境が受診の阻害要因になっている際に,これらを調整して受診を促す.安衛法に基づく,保健指導実施義務を明示的に実施する措置である.

<具体例>高血圧を放置している労働者に対して,運転作業の禁止や,残業禁止を適用し,受診行動を促す.

類型4:企業・職場への注意喚起・コミュニケーション

<特徴>主に健康上の問題が就業状態や職場環境にある場合に,職場環境の改善や管理者・事業主への問題提起として就業制限を実施する場合がある.個の労働者への措置を取ることで本質的には職場への介入を意図していると解釈できる.

<具体例>過重労働が頻発する職場で,高血圧の管理が不十分な労働者に一律,45時間以上の残業を禁止する.

5. 方法III  外的妥当性の検証

作成した類型案についての外的妥当性を検証するために,産業医にアンケート調査を行い,過去に実施された就業措置事例を収集し,類型案に沿った分類を行った.

III-①産業医へのアンケート

産業医へのアンケートを実施し,過去に実施した就業措置事例の収集を行った.また,アンケートで得られた類型案を提示し,実施した各就業措置事例を類型案のどれに該当するかについて回答を求めた.さらに,提示した類型案に分類できない事例の有無につて質問をした.

アンケート対象者は産業医科大学の卒業生産業医を中心とした不特定のグループで,メーリングリストやインターネット上のソーシャルネットワークを通じてアンケート依頼を行った.また,協力可能な産業医への転送を可としたsnowball samplingを採用した.

調査票の質問事項には,対象者のプロフィール(年齢,既往歴,業種,作業内容),就業制限の対象となった疾病や健診値異常,就業制限の内容,事例の詳細(背景,経緯,特に考慮した事情など),就業制限の主な目的(4類型に説明をつけて提示し,複数回答可とした),就業制限を実施するにあたって注意した事,阻害要因,問題点などが含まれた.

III-②適合性の検証

産業医アンケートで収集した就業措置事例について,類型案に適合可能かの検討を研究班メンバーで行った.さらに,提案する類型案に分類できない事例の有無について検討を行った.

6. 結果III  外的妥当性の検証結果

アンケート依頼に対して,11名から48事例の回答を得た.回答者が回答した分類では類型1が42例,類型2が26例,類型3が23例,類型4が15例であった.研究班メンバーでレビューを実施し,回答者の回答した分類と異なる分類はなかった.また4類型のいずれにも該当しない事例はなかった.また,これらの類型に適応しないと考えられる事例についての回答はなかった.

類型1のうち,類型1単独に分類されたものは10例,類型2にも分類されたものは23例,類型3にも分類されたものは19例,類型4にも分類されたものは12例であった.類型2のうち,類型2単独に分類されたものは2例,類型3,類型4とともに分類されたものは,14例,9例であった.類型3のうち,類型3単独に分類されたものは1例,類型4とともに分類されたものは9例であった.類型4のうち,類型4単独はなかった.

さらに,収集した事例の中から,新たな類型を要すると思われる事例を抽出し,著者らによる検討を経て,類型5とした.

類型5:適性判断

<特徴>健康上の理由や能力的な適性から業務を制限する場合の措置.

<具体例>弱視者のVDT作業を制限する場合.また軽度の発達障害などにより計算能力が低い労働者に,高度な計算を要求する部署への配属を制限する場合などがある.

III.考  察

本研究では,産業医の実施する就業措置に5つの類型(類型1:就業が疾病経過に影響を与える場合の配慮,類型2:事故・公衆災害リスクの予防,類型3:保健指導・受診勧奨,類型4:企業・職場への注意喚起・コミュニケーション,類型5:適正判断)があることを示した.また収集した就業措置事例の類型への適用を検証し,本研究で提示した類型の外的妥当性を示した.

就業措置の中には労働者の権利を制限するものも含まれるために,科学的妥当性のみでなく,倫理的,人権的な配慮が必要とされる.そのため就業措置の判断基準などを標準化したいという要望は一部で存在する.そのための方策として病態生理や疫学的エビデンスにもとづくアプローチがある.しかしながら,このような診断病名や検査値に基づく就業措置の判断は,根拠の明確さでは優れるものの,実際の事例への適用には多くの課題が存在する.同一疾患であっても労働環境によって措置が異なる場合や,そもそも検査値や診断名に対応した就業措置の目安が存在しないものが大多数であることが挙げられる.また実際の就業措置は,医学的見解のみでなく,作業内容,労働環境,職場の理解,安全配慮,企業リスクにかかる経営判断,社会的責任などさまざまな視点からの利害調整のもとで実施されている.本研究では,就業措置に異なる文脈が存在していることを示しており,就業措置のプロセスの標準化を検討する上で,文脈ごとに異なる手続きが必要となることを示唆している.

就業措置に潜在する文脈を明らかにすることは,就業措置のあり方を今後検討していく上で有益である.第一に,適用が検討されている就業措置がどの類型を意図したものであるかを明示的に確認することで,関係者間での合意が得やすくなる.逆に,この類型の違いを認識していない状況下では医師,労働者,事業主の間で正しい合意が得られにくく,また軋轢を生じることにもつながる.第二に,就業措置に係るこのような文脈の違いは,各類型に応じた医師,労働者,企業が担うリスクの責任や判断の主体が異なることを意味している.したがって,就業措置のプロセスを体系化する際には,それぞれに応じた手続きが必要となる.

提示した各類型について考察を加える.類型1の就業が健康や疾病経過に与える可能性がある場合の就業措置は,最も狭義の就業措置と捉えることができる.労働安全衛生規則第六十一条「病者の就業禁止」では就業禁止の方針として「心臓,腎臓,肺等の疾病で労働のため病勢が著しく増悪するおそれのあるものにかかった者」が示されている.この項目は就業禁止の方針を示したものであるが,一般的な就業措置の根拠としても適用されている実態が明らかになった.類型1の運用においては,疾患の特徴や臨床的見地からの意見が相当程度に反映されるものと考えられる.このような医学的判断が主体であることに加え,健康配慮の観点からも,労働者個人の意向や希望が反映されにくい面もあり,運用に関しては医師の影響力が強い.

類型2は,事故や公衆災害のリスク管理的な視点が考慮される場合の就業措置である.この場合,類型1と異なり,企業側のリスクに対する感受性,価値観が多分に反映される.類型2に基づく措置の判断においては,同一疾患であっても就業措置の内容が異なる状況があることも許容される.すなわち,事故や公衆災害に対するリスクの判断は事業者や状況によって異なり,事業者側のリスクの捉え方が措置の内容に反映される.例えば交通事業者や大規模災害につながる可能性のある危険作業を伴う事業者などではリスクに対してより配慮した対応が取られることが考えられる.一方で,事業者がリスクを許容範囲とする経営判断をした場合は,“甘い”就業措置がなされることもあり得る.このように事業者のリスク感受性に応じた就業措置は現実的には実施されているが,事業主や企業側担当者にリスク判断を明示的に求めることは必ずしもなされておらず,医師が提案する就業措置と事業者側の対応の乖離を巡って,軋轢が生じることも考えられる.また医師がリスクに対して過剰な措置を提案することによる業務上の影響は小さくない.

類型2の運用に関する課題を指摘する.類型2を実施する上では,各疾患や個別の労働者における健康上の有害事象(典型例として突然死や意識障害)に関する医学的根拠が基盤になるが,このようなevidence-orientedな判断をなすことは現実的には極めて困難である.その理由の第一に,発症確率などの疫学的エビデンスが得られにくく,またエビデンスがある場合にも情報ソースによって推定されている数値などに乖離がある.現実的には,臨床的な意見が反映されることが多く,基準を明文化し難い.したがって疾患別,労働者個人別に病態生理や疫学的なエビデンスにもとづくアセスメントをすることは不確定要素が多く,非現実的である.第二に,有害事象の発症確率に根拠が得られた場合にも,どれくらいの発症率であれば措置をとるのかという判断は医師の臨床的センス,事業者側のリスクの捉え方などによって恣意的に変わる.第三に,疾患による有害事象(突然死や意識障害など)発症について,発生確率に関する疫学的なエビデンスが明確にないが病態生理学的に「起き得る」とされるような場合や,また,疫学的エビデンスで極僅かなリスクの増加がある場合などで,就業上の事故が生じた際には,安全配慮上の「予見可能性」を指摘される懸念はある.このような不安のもとでは,医師や事業主が実際のリスクよりも過剰な就業措置をとることが考えられる.

類型3は,労働者の受診行動や生活習慣の改善を促すために実施される就業措置である.今回の事例収集の中で,複数の産業医が最初に実施することの多い就業措置として挙げていた.典型的には高血圧や糖尿病の未治療者やコントロール不良者に対する受診勧奨のためとして一時的な就業措置が取られる.措置の内容は,時間外勤務,深夜作業,運転作業の制限などが取られる.ただし,これらの場合,医師の意図の本質は就業制限ではなく,受診勧奨を強力に促すための便宜的な措置として実施されている.特に労働時間など就業環境が受診行動の妨げになっている場合に,これらの阻害要因を積極的に調整することで,労働者の受診を促すような運用が行われることが多い.安衛法にもとづく事業者の保健指導実施義務を明示的に行う措置と位置づけられる.また長期的な視点からは,類型1や類型2に移行する前の予防措置とも考えられる.類型3の課題としては,就業することが疾病経過に影響がない場合などに,措置を実施する根拠を得にくい場合もある.例えばアルコール性肝機能障害の労働者がデスクワークに従事する場合などは,適用が難しいとの指摘があった.また,就業制限を条件にした「脅し」と労働者が捉える可能性もある.また類型3についての判断の主体は医師のため,企業に期待されている健康配慮の範囲を超えてなされる懸念もある.例えば,医師が高血圧の管理を徹底したいという個人的な方針の下に,労働者,企業の双方に顕示的なリスクがない場合でも,高血圧未治療者に勤務制限を乱発することも考えられる.

類型4は,主に健康上の問題が就業状態や職場環境にある場合に,職場環境の改善や管理者・事業主の注意喚起を求めるために実施される就業制限である.個の労働者への措置を取ることで本質的には職場への介入を意図するものである.類型4は,単独でなされることは少なく,基本的には他の類型に該当する就業措置と共に実施されていた.このことは,就業措置はあくまで個別の労働者に適用されることから当然であるが,多くの場合,個の労働者に対する措置を通じて安全配慮に対する上司や職場の理解を促したいとの産業医の想いが反映されていた.本類型の課題としては,業務への影響が大きく,また措置の対象となった労働者がスケープゴート的な運用がされる懸念がある.本研究で提示した他の類型と比較すると,概念化が不明瞭な部分もあり引き続き検証が必要である.

類型5は,健康上の理由や能力上の適性から業務を制限する場合に実施される措置である.職務を遂行するための基本的な要件を欠くような場合で,本来は雇用,人事上の管理として扱われるべきものであるが,現実にはこのような事例に対して医師・産業医意見が求められることがある.また,企業が人事発令のために形式的に医師に求めるケースもある.例えば高度に視力が低下した労働者のVDT作業の制限に関して意見を求められる場合や,また軽度の発達障害で計算能力が低い事が雇用後に判明した労働者に,高度な計算を要求する経理部署への配属を制限する場合などが該当する.類型5のような就業措置は,いわゆる障害管理 (Disability Management) と緊密な関係にある.ILOの「労働者の健康サーベイランスのための倫理技術ガイドライン」7)では就業適性を判断する際の留意すべき原則として下記が示されている.1)普遍的な職務適性判断は存在しないこと,2)職務適性の判断は特定の業務や職種に限定されること,3)職務適性は業務負荷と作業者の能力の関係でなされるものであり,このどちらかに変化があれば適宜判断をしていくこと,4)機能障害を過大評価しないこと,5)労働者の適応力と知性を過小評価しないこと,基準の設定は過度な簡素化になりがちであり産業保健の実践に沿わないこと,6)適性判断(fitness to work)から適応(adaptation)に転換すること,などが挙げられている.類型5の安易な運用は避けるべきであり,今後,就業制限や禁止を主眼とした就業措置から,健康障害を抱える労働者が就業に適応するための労働者,雇用者への助言としての位置づけが確立されることに期待する.このことは今後増加すると予想される高齢者就業などにおいても重要である.

本研究では,質的研究によるアプローチを採用した.質的研究とは,研究対象となる事象について,それが生じている社会的,文化的,歴史的文脈に沿って明らかにするような場合に有効な研究方法である8).本研究は,医療従事者が就業措置をどのように考え運用しているのかについて,その背景にある文脈を探索し分類することを試みた.また質的研究とは,「Xとは何か.環境が異なるとXは違うのか.それはなぜか」という疑問に答えるために適した研究手法である9).本研究でも,医師や企業が異なるとなぜ就業措置が異なるのか,医師はどのような根拠や基準に照らして就業措置を決定するのか,医学的判断とリスクに関して,どのような認識をもって判断しているのか,リスクなどへの社会的配慮が就業措置の判断にどのように影響しているのか,といった疑問にもとづき,就業措置の文脈を分類した.

本研究には質的研究の方法論に内在する課題がある.第一に調査事例のサンプリングと一般化の課題がある.本研究では,著者らが有する産業医関係者のネットワークを通じてインタビューとアンケート調査を実施したため,対象者の多くが産業医科大学卒業生となっている.そのため,産業医業務に対する理解,価値観,想いなどが似通った集団となっている可能性がある.一方で,調査対象事例には,中小企業の嘱託産業医を専門とする独立系開業産業医から大企業の専属,統括産業医まで含まれており,多様な企業形態における実践を捉えることができている.第二に,本研究で提示した5類型以外の文脈が存在する可能性はあり,今後,検証を続ける必要がある.しかしながら本研究で示した5類型については,事例検証を経て,一般化できる程度の異なる文脈として存在していることが確認された.第三に,本研究では,産業保健の実践現場の中で長年にわたって実施されている実際の就業措置の実態を把握し,どのような文脈が存在するかを明らかにすることを目的とした.したがって本研究で提示した5類型は,現実に存在する就業措置の文脈を捉えたものではあるが,就業措置が本来どのようにあるべきかについて,法規的,医学的,倫理的な根拠から論理的な体系を示したものではない.今後は現実に存在する文脈を認識した上で,就業措置のあるべき体系が検討されることが期待される.

本研究では,国内の産業保健現場で実践される就業措置について5つの類型を抽出した.これら5類型の就業措置は,判断の主体や基準,措置の目的がそれぞれ異なる文脈に沿って実施されている.これらの文脈を考慮することは労働者,事業主,医師ら関係者間における円滑な合意形成にとって重要であり,また今後,医師ら就業措置に関わる実務者間において就業措置の手順や範囲など共通の認識を構築し,就業措置の標準的なプロセスを検討する際にも必要である.

Acknowledgment

謝辞:インタビューおよびFGDへの参加ご協力ありがとうございました:礒島 学先生,伊藤直人先生,上田伸治先生,江嵜高史先生,岡原明日香先生,荻ノ沢泰司先生,河野律子先生,城戸尚治先生,黒岩 望先生,佐々木七恵先生,武田悠希先生,多田隈潔先生,田中宣仁先生,長井聡里先生,日野義之先生,平岡 晃先生,南口 仁先生.本研究は厚生労働科学研究費補助金「医師などによる就業上の措置に関する意見の在り方についての調査研究」の一部として実施しました.

References
  • 1   和田 攻,鈴木庄亮.産業保健マニュアル.東京: 南山堂,2006.
  • 2   石川高明,瀬尾 攝.産業医活動マニュアル.東京: 医学書院,1999.
  • 3   大久保利晃,土屋健三郎.健康診断ストラテジー.東京: バイオコミュニケーションズ,2005.
  • 4   労働省労働衛生課.産業医のための事例でみる事業者が行う就業上の措置.東京: 産業医学振興財団,1998.
  • 5   和田 攻.産業医実践ガイド.東京: 文光堂,1998.
  • 6   和田 攻.働く人の健康診断と事後措置の実際.東京: 産業医学振興財団,2009.
  • 7   International Labour Office Technical and ethical guidelines for workers’ health surveillance. Geneva: International Labour Office, 1998.
  • 8   波平恵美子,道信良子.質的研究step by step すぐれた論文作成をめざして.東京: 医学書院,2005.
  • 9   Pope C, Mays N. Qualitative Research in Health Care. London: John Wiley & Sons, 2006.
 
© 日本産業衛生学会
feedback
Top