産業衛生学雑誌
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原著
働くがん患者の就業配慮における産業医から見た治療医との連携に関する調査
古屋 佑子高橋 都立石 清一郎富田 眞紀子平岡 晃柴田 喜幸森 晃爾
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2016 年 58 巻 2 号 p. 54-62

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抄録

目的:疾患を持つ労働者への就業支援において,労働者本人,治療医,企業(産業保健スタッフ)間の連携は欠かせないが,どのような要因が関係者の連携を促進または阻害するのか,その詳細は明らかではない.本研究の目的は,産業医と治療医の連携場面に着目し,治療医のどのような行動が産業医による就業配慮を促進・阻害するのか明らかにすることである.方法:産業医科大学の卒業生である産業医のうち,4年間の卒後修練コース修了者および産業医実務研修センターの教員・元教員計43名に対して自記式質問紙調査を実施した.質問紙では,個人属性(年齢・産業医経験年数・臨床経験年数など)と,職場での就業配慮に役立った治療医の行動(良好事例),結果的に妨げとなった行動(困難事例)を質問し,事例は自由記述で回答を得た.事例の内容は,KJ法を参考にして質的に分析した.結果:2013年12月17日~2014年1月18日までの調査期間中に,33名から回答(有効回答率76.7%)があった.回答者の平均年齢は37.4±6.1歳,60.6%は専属産業医であった.良好事例は32例,困難事例は16例提供された.連携のタイミングは全48例中35例(72.9%)が復職時であった.就業配慮に影響した治療医の行動の内容は,「治療経過および今後の治療計画の提供」,「健康情報の提供」,「復職・就業配慮の妥当性」,「提供情報の一貫性」,「文書の発行」,「産業医の存在を意識したコミュニケーション」「本人が知らない情報の提供」の7種に大別された.考察:本研究により,治療医のどのような行動が産業医の実施する就業支援に関連しているか,明らかとなった.また,産業医と治療医との情報共有の必要性も,明確にすることができた.調査対象者から寄せられた良好事例と困難事例は互いに表裏の関係にあり,良好事例に準じた行動を治療医がとることで,円滑な情報共有および就業配慮に結びつく可能性が高いと考えられた.

I. はじめに

1981年に悪性腫瘍が死因の第1位となって以来,その死亡率も罹患率も年々上昇を続け,2013年では年間死亡者数は36万人超,生涯累積罹患率も男性58.0%,女性43.1%となった1).男性,女性ともに約2人に1人が生涯で悪性腫瘍の診断を受けるものの,全悪性腫瘍の5年相対生存率の平均は58.6%に達し,年齢調整死亡率も1990年代後半から減少を続けている1).医師,看護師等の医療従事者においては,悪性腫瘍は決して珍しいとは言えない疾患となり,短期的な治療から長く付き合う長期的な疾患としての変化を理解しているが,一般にはまだ珍しい病気,治らない病気という認識がある.実際に,2013年の内閣府の調査において,悪性腫瘍を怖いと感じている人の割合が76.7%いることが示され2),Takahashiらによる調査では,一般には実際よりも予後が悪い病気と捉えられる傾向があることも示された3).就労世代である20~65歳での患者数は,新たに悪性腫瘍と診断される年間約80万人のうちの約30%を占めているが1),山口らによる調査では,診断時に就労していた人の約4分の1が診断後,退職していることが示されている4).また,2012年に実施されたインターネット調査によると,悪性腫瘍の治療と就労はその個別性が大きく,それぞれ多岐に渡る問題が含まれていると示された5)

国は1984年からがん政策を続けており,2012年度から開始された第2次がん対策基本計画になって初めて,重点課題に「働く世代や小児へのがん対策の充実」という項目が盛り込まれた6).1980年代にアメリカから始まった悪性腫瘍の診断や治療後の社会生活に注目する動き,そのプロセス全体である「がんサバイバーシップ」への関心が世界的に高まっている中で7),我が国においても診断や治療後の社会生活への関心が高まった結果であるといえる.

今後も医療の進歩により,早期診断を可能とする技術や分子標的治療等の新規治療法が発展し,5年生存率や無病生存期間の更なる延長が見込まれる.これに定年年齢の引き上げ等による高齢労働者の増加も加わって,超高齢社会における労働力確保の観点から,悪性腫瘍の診断や治療後も就労を継続する労働者(以下,がん就労者)の一層の増加が予想されている.しかし,野村らの調査によれば,がん就労者が相談等で利用できる勤労者支援施設,がん拠点病院などの社会資源や仕組みの整備は不十分であり8),また企業内においても,悪性腫瘍は職業がんである場合を除き,これまで職場の健康問題として扱われにくい現状があった.社会資源においては,近年,がん拠点病院と社会保険労務士やハローワークとの取組みが開始されてきている一方で9,10),医療機関と企業との連携の取組みは未だ進んでいない.

疾患を持つ労働者への支援は,職場関係者のみ,医療者のみという個々の関係者で行う活動では対応できない部分が多く,労働者本人,治療医,企業(産業保健スタッフ)の連携は欠かせないが11),連携の詳細や連携関連要因に関する先行研究は少ない.また,産業医(産業保健スタッフ)と治療医との情報共有が必ずしも円滑に進まない状況については,立石らの専属産業医インタビューでも指摘されているが12),具体的にどのような連携場面で産業医(産業保健スタッフ)が何に苦慮しているのか,詳細に検討した研究は,本邦では報告がない.

II. 目的

上記のような背景に基づき,本研究では産業医が治療医からがん就労者の情報を取得する場面に着目し,治療医のどのような行動が就業支援に関連するか明らかにすることを目的とした.具体的には,情報収集場面における治療医の行動が就業配慮に役立った事例(以下,良好事例)と,結果的に妨げとなった事例(以下,困難事例)を収集し,治療医の行動の内容を検討した.

III. 方法

産業医科大学の卒業生である産業医のうち,4年間の卒後修練コース修了者および産業医実務研修センターの教員・元教員109名に対して,第3著者が自記式質問紙調査への協力をメールで依頼した.調査協力意思を示した産業医43名に対し,2013年12月17日に筆頭著者から調査票をメール送付し,2014年1月18日までに回収した.

個人情報保護の目的から,第3著者から筆頭著者へは協力意思のある産業医名簿のみが提供された.調査協力は自由意思に基づき,協力しなくても不利益が発生することはないこと,返送された質問紙は厳重に保管され研究終了時には破棄されることを調査依頼状に明記した.

質問紙では,「A)調査対象者の属性(年齢・性別・勤務形態・産業医経験年数・臨床経験年数・日本産業衛生学会専門医または指導医資格の有無)」,「B)治療医のアクションが労働者の就業配慮に役立った良好事例」,「C)治療医のアクションが就業配慮に際して結果的に妨げとなった困難事例」,について質問した.事例については,良好事例,困難事例ともに,「がん就労者の背景(年齢,性別,業種/作業内容,がん種)」と,当該事例における「治療医のアクションのタイミング(復職時,その他)」を質問した.アクションの具体的内容については,良好事例に関しては「治療医から会社に対して行われたアクションで,がん就労者の就業配慮に向けて役立ったもの」と「治療医のアクションをもとに,がん就労者に提供できた配慮」を,困難事例については「治療医から会社に対して行われたアクションで,がん就労者の就業配慮を検討する上で妨げになった,または逆効果だったもの」と「その結果生じた支援の困難さなど,結果」について,自由記述してもらう形とした.また,追加取材への協力を了承する場合は,所属,氏名,電話番号,メールアドレスの記載を依頼した.

調査対象者の属性については,単純集計を実施するとともに,年齢・産業医経験年数・臨床経験年数の平均値を算出した.良好事例,困難事例については,KJ法13,14)を参考にして分析した.まず,筆頭著者が各事例における主治医の行動について,働くがん患者への就業配慮検討に向けて役立った,あるいは結果的に妨げになったものを洗い出した.ひとつの事例の中で就業配慮に関連する複数の行動が認められた場合には,各々を独立して扱った.洗い出した行動それぞれについて,筆頭著者が内容を簡潔に表す表題を付け,質的研究を専門とする第2著者に提示した.第2著者は全事例に目を通したうえで筆頭著者による表題が適切かどうかを吟味し,筆頭著者と議論して表題を修正した.次に,筆頭著者が類似する表題をまとめて小カテゴリーの名前を付け,類似の小カテゴリーをまとめて大カテゴリーとして,第2著者へ提示した.第2著者は,主治医の行動内容を表す表題が類似性をもとにして小カテゴリーにまとめられているか,類似する小カテゴリーが大カテゴリーにまとめられているか,大小カテゴリーの表題は適切か,事例に立ち戻りながら吟味し,筆頭著者と議論してカテゴリー名を決定した.さらに,両者で協同して各カテゴリーの代表的な良好事例・困難事例を選抜し,表を作成した.筆頭著者と第2著者が作成したカテゴリー分類表および全ての事例は全共著者と共有し,全員で事例内容の要約とカテゴリー化の妥当性について検討した.カテゴリー表題の表現や事例の記載に違和感がある場合は,全事例の調査結果に戻って検討したうえで修正した.分析の過程で,治療医から会社(産業医)に向けた行動以外にも,がん就労者本人に対する治療医の行動が,職場での就業配慮に影響していることが明らかとなった.大カテゴリーの一部としてまとめていた本人向けの行動は独立させ,新たに表を作成した.

IV. 結果

調査票を送付した43名のうち33名の産業医から調査期間内に事例の提供を受けた(有効回答率76.7%).調査対象者の属性を表1に示す.平均年齢は37.4±6.1歳,60.6%は専属産業医として勤務していた.主たる業務を産業医としている期間は平均8.1年で,75.8%が日本産業衛生学会専門医または指導医資格を有していた.

がん就労者の情報収集場面において,治療医の行動が役立った良好事例は32例,治療医の行動が結果的に就業配慮の妨げとなった困難事例は16例提供された.

治療医と産業医の連携のタイミングは,良好事例および困難事例全48例中35例(72.9%)が復職時であった.良好事例での連携タイミングは,復職時25例,その他7例(再発時,病期進行時,外来治療開始時,精密検査紹介時,がん就労者本人からの相談時,海外赴任可否判断時)であった.困難事例では,復職時10例,その他6例(休職期間中,病状照会時,診断書発行依頼時,治療方針変更時,電話問い合わせ時,入院中)であった.

調査対象者から提供された事例において,会社(産業医)に提供された治療医の行動の中で,就業配慮に役立った,あるいは妨げとなったものを表2に示す.内容は,「治療経過および今後の治療計画の提供」,「健康情報の提供」,「復職・就業配慮の妥当性」,「提供情報の一貫性」,「文書の発行」,「産業医の存在を意識したコミュニケーション」「本人が知らない情報の提供」の7種のカテゴリーとなった.

良好事例において最も多く指摘されたのは,「治療経過および今後の治療計画の提供」に関連する内容であった.「治療経過および今後の治療計画の提供」は,治療経過の詳細などこれまでの情報と,今後の治療スケジュールの提供などこれからの情報に分けることができた.「健康情報の提供」には,採血結果・画像所見などの検査データから化学療法に伴って出現する副作用の情報,倦怠感などの自覚症状,どのように告知したかの内容まで,病状に関連する様々な情報が提供されていた.「復職・就業配慮の妥当性」に関する内容の中には,余裕をもった復職可能時期の判断があったり,どのくらいまでは配慮が必要か,その期間を提示していたり,配慮が必要な症状を具体的に提示されていたことが分かった.また,提供された情報に関して会社の過度な心配にも一貫した態度をとって貰えた,などの「提供情報の一貫性」に関するものや,社内フォーマットでの文書の記載,早い段階での文書発行という「文書の発行」に関する事柄も指摘された.良好事例では,産業医が治療医に連絡する前に情報提供があったというものや,産業医に直接連絡したいという申し出があった,という「産業医の存在を意識したコミュニケーション」が特徴的な記載であった.

困難事例においては,「復職・就業配慮の妥当性」に関することと「文書の発行」に関すること,「治療経過および今後の治療計画の提供」不足に関することが大半を占めた.「復職・就業配慮の妥当性」に関するものの中には,がん就労者に適切な就業可能時期を示してもらえなかったという「復職可能時期の判断」に関するものや,残存する症状に対しての配慮や対応を示してもらえなかったという「配慮を必要とする症状の記載」に関するものが多く見られた.また,契約・業務内容とかけ離れた意見を提示され,その対応に苦慮したというものや,客観的には異なっているのに,がん就労者の言いなりとも思える文書を発行されて困惑したという記載も見られた.「文書の発行」に関しては,そもそも文書を発行して貰えなかったり,長期療養にも関わらず治療終了前の文書の発行は困難,と断られたりするケースもみられた.その他,治療情報だけでなく,病名すら教えて貰えず対応に困ったというものや,スケジュールがあいまいで職場の負担が大きくなってしまったという「治療経過および今後の治療計画の提供」に関連した内容,複数の診療科で病状評価が違い,配慮の話し合いに時間がかかってしまったという「提供情報の一貫性」に関する記載がみられた.

加えて,調査対象者から提供された良好・困難事例の中で一部記載のあった,治療医からがん就労者に向けた行動で,産業医が就業配慮に役立った,あるいは妨げとなったものを表3に示す.

これらの記載は,良好事例の記載の中で多く見られた.治療に関して十分な説明をされていた,がん就労者本人がしっかり理解できていたという「十分な説明と本人の理解」に関すること,就業継続への支援を文書で表明してくれたという「就業意欲への支援の表明」が3例ずつ,治療医とがん就労者のコミュニケーションが良好であったという「医師患者間のコミュニケーション」に関すること,仕事に関して治療医と事前に話をしていたという治療医の「仕事への理解」が2例ずつ見られた.中には,仕事については産業医と相談すること,とがん就労者に指示していたという記載もあった.一方,がん就労者に向けた行動で就業配慮の妨げとなったものは,がん就労者本人に尋ねても説明された様子がない,がん就労者が理解している内容が薄いため詳細の把握ができなかったという「十分な説明と本人の理解」に関する内容であった.

表1. 回答者の属性 N=33
年齢(歳) 平均±標準偏差 37.4±6.1
N %
性別 男性 21 63.6
女性 12 36.4
主たる就業形態 専属産業医 20 60.6
嘱託産業医  7 21.2
教員,研究者  6 18.2
日本産業衛生学会 あり 25 75.8
専門医・指導医資格 なし  8 24.2
産業医従事歴(年) 平均±標準偏差 9.1±4.9
うち主たる業務が産業医(年) 平均±標準偏差 8.1±4.8
臨床医従事歴(年) 平均±標準偏差 5.2±5.2
うち主たる業務が臨床医(年) 平均±標準偏差 3.1±1.5
表2. 治療医が実施した会社(産業医)向けのアクション
カテゴリー 小カテゴリー 連携がうまくいった良好事例 連携がうまくいかなかった困難事例
治療経過および今後の治療計画の提供 今までの治療内容の提供 ・これまでや現在の治療状況が提供されたため,治療予定に合わせ,職場と計画的な休暇取得を調整できた.(46歳 女性 子宮がん stage IIIb 再発)・紹介状の返書に,治療経過が詳細に記載されていた.詳細が把握できたため,スムーズな復帰調整ができた.(47歳 男性 胃癌 stage IB) ・就業配慮の記載が診断書になかったため,入院中の本人の同意を得て病院を訪問し,主治医に直接質問した.それでも,正式病名を含め必要情報を教えて貰うことができず,慎重すぎる就業制限での復帰となってしまった.(38歳 男性 神経膠芽腫)
今後の治療内容・スケジュールの提供 ・今後の検査,治療方針,治療スケジュールに関する情報を提示されたため,本人や関係者と職場配慮に関する話し合いに役立った.(43歳 男性 骨髄増殖性疾患)・2~3か月の通院治療が必要という方針が提供されたため,通院日や副作用が出るタイミングに配慮した勤務スケジュールを組むことができた.(42歳 女性 乳癌再発)
・具体的な治療日,外来受診日を提示してくれた.治療後の2日間を外すローテーションの見直しができた.(40代 女性 乳癌 stage II)
・休職診断書には休職期間の記載がなく,復帰診断書にも「復帰可」としか記載がなかった.診療情報提供を依頼しても内容に乏しく,今後の見通しがあいまいで勤務スケジュールがたたないため,突発休ができる業務へ変更し復帰としたが,職場の負担が大きくなってしまった.(43歳 男性 腎盂尿細管癌)
健康情報の提供 自覚症状の程度の共有 ・軽度の倦怠感とふらつきがあるという情報を提供されたため,症状があっても無理なく続けられるよう業務調整できた.(58歳 男性 胃癌)
検査データの提供 ・検査結果から血小板減少・貧血が判明したため,怪我をする可能性が少ない作業への変更,重量物作業の軽減を調整できた.(58歳 男性 骨髄異形性症候群)
・血液検査や画像所見の詳細を提示してもらえたため,病状から今後おこる可能性のある状態に備えることができた.(58歳 男性 直腸癌 stage IV)
・防塵マスクをすると息苦しい症状がみられたので,本人同意のもと主治医に問い合わせた.肺機能低下と予後の情報提供を受け,仕事について話し合うことができた.(62歳 男性 胸膜中皮腫)
起こりやすい副作用情報の提供 ・おこりやすい副作用について情報提供があり,配置先を設定する時の参考となった.(57歳 男性 直腸癌 stage I)
告知内容の提供 ・本人への告知内容・予後を提供された.本人の同意を得て職場へ状況を説明し,職場のチーム単位での勤務継続支援ができた.(55歳 男性 肺大細胞癌 stage IIIA)
復職・就業配慮の妥当性 復職可能時期の判断 ・復帰時期が,直近ではなく時間的余裕をもって診断書に記載されていたため,復帰プランも余裕をもって検討できた.(42歳 女性 子宮がん再発) ・退院,自宅療養を経て復帰したが,体力の回復が不十分で欠勤がちになった.体力や日常活動レベルの回復を見極めてから,復帰のタイミングを示してもらえなかったために,職場や人事との対応だけでは安定勤務が難しかった.(53歳 男性 大腸癌 stage II)
・「治療していないので復帰可」という安易な許可があったうえ,「診断書の作成は1か月かかるので前もって言ってほしい」と言われ,本人がいつから復帰したらよいのか分からず,本人・職場の混乱を招いた.(54歳 女性 肺腺癌 stage IIIA)
・復職可能の診断書が発行されたが,復職面談で1週間後に化学療法で入院の予定になっていることが分かった.本人からの聴取もできず,状況があまりにも不明で,復帰に時間がかかってしまった.(60歳 男性 大腸癌 stage III)
配慮を必要とする期間の提示 ・約半年後までの治療計画と同期間までの配慮が望ましいという意見が示されたため,確実に治療ができるようフレックス勤務とすることができた.(52歳 男性 下咽頭癌)
配慮を必要とする症状の記載 ・診断書に症状悪化につながる恐れのある業務が記載されていたため,就業制限を実施する際の参考になった.(37歳 女性 子宮がん)・化学療法による副作用である脱毛のため,対外業務を避けるよう主治医から指示があった.就業配慮に関する職場との調整時に役立った.(38歳 男性 悪性リンパ腫)
・復帰後,再休業が必要となる症状が提示されたため,復帰時の業務調整に際して参考になった.(57歳 男性 直腸癌 stage I)
・必要な配慮の情報を主治医に直接問い合わせたが「本人がよければ大丈夫」というだけで,それ以上の情報は得られなかった.当初,作業内容をかなり限定しての復帰とするしかなく,必要以上の配慮をすることになってしまった.(38歳 男性 神経膠芽腫)・主治医意見は「活動制限なし」だったが,実際は強い創部痛が残存していた.直接電話で状況を説明したが,「活動制限なし」という判断が変わらなかったため,本人に対する職場の印象が悪化してしまい,業務調整に苦慮した.(48歳 男性 肺腺癌 stage I)
勤務・契約にそぐわない意見の提示 ・専門職雇用の契約社員.主治医から診断書で就業意見が提示されたが,契約内容にそぐわず,明確な根拠があるわけでもなかった.修正した診断書の発行を依頼したが拒否され,人事や職場との調整に時間がかかった.(40代 女性 乳癌 stage IV)
本人の言いなりの文書の発行 ・客観的には復帰できる体調ではないにも関わらず,本人の言いなりとも思える復帰可の診断書を発行され,復職可否判断が困難であった.(41歳 男性 膵頭部癌)
提供情報の一貫性 ・心配しすぎる会社・職場からの複数回の問い合わせに関しても,一貫して「問題ない」とする意見・態度を変えなかったため,行き過ぎた就業制限措置を回避することができた.(50代 男性 大腸癌) ・複数科に主治医がいる患者.復帰時に就業上の意見を聞いたところ,それぞれの主治医の間で病状のニュアンスが少しずつ異なっていた.配慮がどこまで必要か不明であるため,本人・職場との話し合いに時間がかかった.(30代 女性 子宮がん)
文書の発行 発行の有無 ・社内ルールに基づいた指定フォーマットの文書を詳細に記載してくれたため,病状把握と社内調整がスムーズに進み,復帰調整に役立った.(42歳 女性 子宮がん再発) ・産業医からの診療情報提供依頼書を本人から主治医に渡したが,返書を貰うことができなかった.(48歳 男性 肺腺癌 stage I)
・治療のため週1日の通院が半年以上見込まれた患者.本人の診断書発行料負担軽減のため,「今後半年は週1回の通院を要す」旨の診断書の記載を依頼した.初回は記載してもらえたが,半年後の同様の記載は断られた.本人は「治る見込みがなく,半年もたないから発行して貰えなかったのではないか」と誤解し,主治医への本人の不信感につながった.(57歳 男性 直腸癌)
・「(休業中の傷病手当金申請書であっても)復帰可の診断書を発行したら傷病手当金申請書は書けない」と言い張られた.健保組合と相談し,産業医が記載することで合意したが,本人の経済的な不安が高まった.(男性 胃癌・大腸癌)
発行のタイミング ・紹介状の返事として,初診時,術後,退院時に経過報告書が貰えた.詳細を把握できていたため,スムーズな復帰調整ができた.(47歳 男性 胃癌 stage IB) ・「治療が一通り終了する前の診断書の発行は困難」と診断書発行を断られた.長期療養の可能性もあったことから,会社は補充要員の募集をかけたが,実際には早期復職となったため,無用の募集となってしまった.(62歳 男性 肺癌 stage IIA)
産業医の存在を意識したコミュニケーション 産業医が依頼する前からの情報提供 ・復職準備の段階で診断書に産業医宛の診療情報提供書が添付されていた.事前に詳細が分かったため,就業配慮の検討がしやすくなった.(52歳 女性 B細胞性リンパ腫 stage IIa)
・産業医からは依頼していないにも関わらず「産業医に伝えるように」と本人経由で情報提供をして貰えた.タイムラグがなく,職場とも事前に業務付与の見直しをすることができ,復帰を見据えた準備ができた.(45歳 女性 乳癌 stage IIa)
産業医への連絡の申し出 ・海外勤務に関して本人が主治医と話をしていた.「産業医と連絡を取りたい」と主治医から本人経由で申し出があり,直接相談ができたため,海外勤務とする時の勤務条件が明確化,会社に提示することができた.(43歳 男性 骨髄増殖性疾患)
本人が知らない情報の提供 ・主治医との電話の中で「予後不良であることは本人に告知していない」という事実を産業医として知ってしまった.一人作業の従業員で安全に関わる情報でもあったが,本人の知らない情報であるためにどうするか悩んだ.(59歳 男性 胆管癌)
表3. 治療医が実施したがん就労者向けのアクション
カテゴリー 連携がうまくいった良好事例 連携がうまくいかなかった困難事例
十分な説明と本人の理解 ・化学療法の種類や治療スケジュールが本人にしっかり説明されていた.本人を介して主治医と随時コミュニケーションが取れたため,化学療法開始後に復帰することで調整することができた.(53歳 男性 胃癌 stage IV)
・治療方針や病期・予後がしっかり説明されていたため,本人からの聴取が可能であった.本人・職場と症状や注意点などを事前に申し合わせることができた.(54歳 男性 肺癌)
・復職可の診断書が発行されたが,本人からの情報では入院で化学療法を実施することになっていた.診断書に記載がないため詳細を本人に確認したが,本人の理解も不十分であったため状況の把握ができず,復帰に時間がかかってしまった.(60歳 男性 大腸癌 stage III)
医師患者間のコミュニケーション ・本人と主治医のコミュニケーションが良好であったことが,本人の病状理解につながっていた.本人からの状況聴取が有効であり,復帰時の調整がスムーズだった.(53歳 男性 胃癌)
・本人と主治医とのコミュニケーションが良好で,本人は遠慮なく質問することができた.主治医は本人の不安についてよく説明をしていたので,安心して復帰することができた.(42歳 女性 乳癌再発)
仕事への理解 ・主治医が本人の業務内容をよく聴取していた.制限するべき作業が診断書に具体的に記載されていたため,就業配慮に役だった.(37歳 女性 子宮がん)
・主治医が本人と業務について話ができたため,制限のかかる業務を本人があらかじめ主治医から聞いてくることができた.会社の準備が整った段階で復帰可の診断書を受け取ることができ,スムーズな復職につながった.(44歳 男性 膀胱癌)
就業意欲に関する支援の表明 ・体調の回復や復職は難しいと考えられる状況があったが,主治医が就業継続への支援を表明してくれたため,職場の配慮を引き出す際に役立った.(63歳 男性 膵癌 stage IV)
産業医との相談の指示 ・「職場復帰可能.詳細な仕事については産業医と相談して決めるように.」と本人へ指示があった.本人・職場・産業医で協議し,具体的かつ現実的な作業時間・内容を決定できた.(50歳 男性 血管免疫芽球性リンパ腫)

V. 考察

今回の調査から,がん就労者の就業支援に際して,治療医から会社(産業医)に向けた様々な行動が影響していることが明らかとなった.

2をさらに吟味すると,治療医と会社(産業医)との連携に関連して,①医療関連情報の共有(「治療経過および今後の治療計画の提供」および「健康情報の提供」),②復職・就業配慮の妥当性,③文書発行(「提供情報の一貫性」,「文書の発行」),④産業医の存在を意識したコミュニケーション,の4つの論点があると考えられた.

1) 医療関連情報の共有

まず「治療経過および今後の治療計画の提供」,「健康情報の提供」のカテゴリーでは,これらの情報が詳細に得られれば,産業医による就業配慮の検討が容易になることが改めて示された.治療方法が発展し,近年悪性腫瘍の治療はより個別性が大きくなってきている.産業医は,治療医からの情報提供により,産業医の持つ一般的な医学知識を踏まえ,がん就労者が一般的な治療モデルのどのあたりかを推察させ,そこから考えられる見通しや経過の推移など,がん就労者個人の現在の状況を確認しているものと考えられる.了解を取ったうえで一部の情報は職場とも共有するが,治療医からの情報提供により,がん就労者や周囲からの相談,質問に対する産業医自身の説明力も上げることができ,職場やがん就労者の不安軽減に役立っているものと考えられる.

2) 復職・就業配慮の妥当性

次に「復職・就業配慮の妥当性」のカテゴリーは,治療医が必要と考える就業配慮が必要な内容である.産業医が職場内にいる場合には,産業医の知らない,考えつかない症状に対して事前に治療医から必要な就業配慮を聞いておくことで,産業医が職場内にいない場合には,医学の専門家である医師の意見として就業配慮につなげていくことができる.一方で,治療医は職場の状況を知らないことがほとんどであり,妥当性を欠いた意見が出されることも多くなる.「復職・就業配慮の妥当性」のカテゴリーの事例内容が良好事例,困難事例ともに見られたのは,治療医の職場状況の把握の程度に差があるためであり,立石らの専属産業医インタビューでも示されている問題点や工夫の必要性を改めて示す形となった12)

1)および2)については,会社側から,ほしい・必要な情報を具体的に明示して治療医に打診することで,ある程度対応できる可能性がある.特に産業医が専属産業医であれば,この点は日常業務の中で既に担っていると考えられる.しかし,嘱託産業医である場合には,この点を全て担うのは困難かもしれない.このような場合には,職場情報を治療医と共有し,さらに職場側が治療医から得たい情報を明確にするような工夫が必要である.たとえば,「がん就労者支援マニュアル」に例示されるような会社からの職場情報提供書のようなツール15)があると,治療医の助言の妥当性を一定程度上げることができるかもしれない.

3) 文書発行

「提供情報の一貫性」「文書の発行」のカテゴリーについては,治療医の多忙さも関与していると考えるが,最大の問題は,企業内で文書や情報がどのように取り扱われているのか,あるいは復職や就業継続に向けた職場の意思決定場面で,それらの文書がどのような意味を持つのか,医療機関にいる治療医がよく把握していない点だと考えられる.医学部教育では,治療現場と職場の情報共有について学ぶ機会がほとんどないことも一因だろう16).治療や社会生活を送るうえで必要となる様々な文書は,病院とは異なる環境であるために,卒業後すぐに病院勤務となった医師にはイメージがわかないことも多い.この点においては,医師に対する教育や情報提供が効果的であると考えられる.2014年にまとめられた「がん患者・経験者の就労支援のあり方に関する検討会報告書」内においても,医療従事者による就業支援に関する知識の向上・研修会の実施が示されているが17),治療医への研修会などが普及されることにより効果を上げるものと考えられる.また,治療医と産業医(会社)が過不足なく情報共有ができるようなシートや仕組みがあると,より良くなるかもしれない.

4) 産業医の存在を意識したコミュニケーション

最後に,治療医が産業医の存在を意識したコミュニケーションをとることが,がん就労者への支援に大きく役立つことも明らかになった.産業医から見ると,就業配慮に関連する業務においては,治療医を意識した対応をとることが多いが,逆に治療医から見ると,産業医を意識することは多くはない.治療医ががん就労者と仕事について話をすることができ,産業医が職場にいることを知れば,産業医を意識することができるのだろうが,治療医は病院間・病院内でのネットワークがあり,産業医は会社でのネットワークであるため,研修会などの生涯学習場面でコミュニケーションをとる機会は決して多くはなく,両者の交流を促進するのは決して簡単ではないと考える.しかし同じ医師として,文書のやり取りをこまめに行ったり,近くの医療機関であれば顔の見える関係を構築したり,治療医はがん就労者の仕事や社会生活を意識し,産業医は治療状況や医療機関を意識するなど,個々が少し歩み寄ることで,少しずつコミュニケーションが広がっていくものと考えられる.

1)から4)を通じ,治療現場と職場との情報共有や助言提供のあり方,さらに産業医(産業保健スタッフ)との連携などについて,治療医対象の教材や研修の開発も望まれる.

治療医と産業医の連携について上記に挙げた論点とは別に,今回の調査では,良好事例の中に,治療医からがん就労者への行動が記載されていたことは注目点であった.治療医からがん就労者への働きかけや,医師患者間のコミュニケーションががん就労者の説明力向上に結びつき,ひいては産業医が就業配慮を検討する際にも役立つことが明らかとなった.治療医が多忙な中でもできる工夫として,がん就労者本人が判断できるように分かりやすく説明すること,治療計画・スケジュールを「見える化」しておくこと,医師患者間でのコミュニケーションを良好にしておくことなどを少しでも行うことが挙げられる.これら治療医のがん就労者に対する行動は,がん就労者による職場や会社のサポートを引き出すことにつながり,さらにがん就労者自身のエンパワーメントを上げることにもつながると考えられる.

がん就労者等の有病者の支援を日常的に実施している産業医においては,がん就労者がどのような状況にあるのかを知り,就業と治療の両立ができるよう,配慮が必要となる症状・事柄があれば見つけ,それぞれの事例として対応していく.しかし,治療・医療の主体である医療機関にいる治療医が,就業支援に関してできることは限られている.がん就労者を取り巻く環境には,治療の場である医療機関と,仕事の場である職場,家族・生活環境の3つのフィールドが存在しているが11),その中心で唯一共通している者はがん就労者本人である.治療医の行動は,患者であるがん就労者を介することとなり,がん就労者本人ができること,できないこと,少し配慮してもらえればできることを,いかに説明していくかが鍵になると考えられる.

本研究結果を踏まえると,良好事例で示された行動および困難事例で示された行動の裏返しの行動を治療医がとることで,円滑な情報共有および就業配慮に結びつく可能性が高いと考えられる.門山らによれば,就労継続群の方が非就労群に比較してQOLが高スコアであることが示されている18).医療機関で行う就業支援に関しては,Wadaらも治療医や支援者の認識と行動に改善の余地があると示しており19),病院の医療職ができる範囲でがん就労者をサポートすることも,疾患を持つ労働者への支援となり,労働者本人,治療医,企業(産業保健スタッフ)間の連携につながっていくと考えられる.

なお,本研究にはいくつかの限界がある.第1に,質問紙調査を実施した調査対象者が,主たる勤務が産業医であった点である.本研究で示した良好・困難事例はエキスパートから判断したものであり,臨床業務の傍ら産業医業務を行っている多くの嘱託産業医20)が直面する課題とは異なっている可能性がある.また,困難事例の方が良好事例よりも回答事例が少なかったが,エキスパートであるからこそ対応できており,経験の浅い産業医では直面すると困難と感じるような課題は網羅できているとは限らない.しかし,多くの治療医とやりとりしてきたエキスパートであるからこそ,良好と感じる事例を収集できたと考えることができ,また,そのようなエキスパートでさえ困り得る課題を表面化することができたと考える.

第2に,本研究は治療医との連携に関する記載については自由記述に基づいて実施しているため,調査対象者による解釈やリコールバイアスが含まれている可能性がある.本調査では,事例の自由記述には数の制限を設けず,ひとり何事例でも自由に記述してもらう方法をとった.調査対象者は通常の対応の範囲内と考え,良好・困難事例として認識しなかったものの,その対応が連携のポイントになった良好・困難事例もあったかもしれない.また,調査対象者にとって特に印象の強かった事例のみが記載される選択バイアスも含まれている可能性がある.

このような限界はあるが,本研究は治療医から行われた,がん就労者の就業配慮に向けて役立った行動の詳細を,本邦で初めて具体的に明らかにしたものであり,今後の治療医産業医間での円滑な情報共有の促進につながる意義ある研究であると考えられる.

VI. 結語

本研究により,治療医のどのような行動が産業医の実施する就業支援に関連しているか,その詳細と要因が明らかとなった.産業医と治療医の情報共有の必要性も明確にすることができた.本研究結果は,産業医から治療医へアプローチをする際の工夫点や,臨床医を主とする産業医に向けた,治療医との円滑な情報共有に関する教育資料,医療機関において実施可能な支援方法を探す手がかりとなり得ると考えられる.今後は本研究を踏まえ,産業医や治療医に向けた連携に関する教育研修,就業配慮意見の妥当性向上のための就業配慮に関するヒント等のツール作成が望まれる.

謝辞

本研究にご協力下さいました産業医科大学産業医実務研修センターの卒後修練修了者および教員,元教員の産業医の先生方に深く御礼申し上げます.

本研究は,厚生労働科学研究費補助金「がん患者・職場関係者・医療者に向けた就業支援カリキュラムの啓発と普及啓発手法に関する研究」(H25-がん臨床-一般-004)および「働くがん患者の職場復帰支援に関する研究―病院における離職予防プログラム開発評価と企業文化づくりの両面から」(H26-がん政策-一般-018)(いずれも主任研究者 高橋都)の助成を受けて実施した.

文献
 
© 2016 公益社団法人 日本産業衛生学会
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