産業衛生学雑誌
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短報
磁気を利用した簡易集じん法による金属研磨粉じんばく露の抑制
小嶋 純
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2021 年 63 巻 4 号 p. 129-132

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はじめに

厚生労働省が集計した平成30年度の業務上疾病者数によれば,「じん肺およびじん肺合併症」に罹患した労働者数は165名となったものの,近年は目立った減少傾向も見られず,引き続き労働環境における粉じん対策の励行と強化が求められる状況にある1

鉱物性粉じんと並んで代表的なじん肺の起因物質である金属粉じんは,金属加工・製造業や建設現場等における研磨作業によって大量に発生し,作業者に無視できないばく露をもたらす場合がある.また,多くの研磨粉じんは高速で回転する研磨材と被研削物との物理的な接触から発するため,強い指向性を以て飛散する場合が多い(粒径が数十~数百μmなら回転の接線方向に“射出される”のに対し,粒径がそれ以下の粒子なら回転体が起こす気流に随伴して周囲に拡散する.どちらにせよ,金属研磨粉じんは特定の方向へ集中的に飛散する傾向が強い)2,3,4,5.一般的な固定式の電気グラインダ(両頭グラインダ)では,回転砥石が安全カバーで覆われているため,金属部材を研磨した際に発生する粉じんは,強い勢いで砥石とカバーの隙間から作業者に向かって飛散することが知られている2.この様に手前方向に飛散する研磨粉じんを気流によって制御するには,安全カバーに排気ダクトを接続しカバーの内部から直接吸引を行うか,グラインダと作業者の中間位置に小型の外付け式排気フードを設置するなどの方法が有効である2.ただし,金属研磨粉じんは,通常,大きな飛散速度と比重を持っているため,これを確実に制御するには,相応に大きな気流速度(=高出力の排気装置)が必要になる.一方,被研削物が鉄やニッケルなどの磁性体金属であれば,粉じんの飛散方向に適当な磁場を設けることで磁気による集じんも可能である.本報では,廉価で簡易な磁石板を利用した金属研磨粉じんのばく露抑制法を考案し,その効果を実験によって検証したので,以下に詳細を記す.

装置および実験方法

当実験では,軽作業台(W 70 cm×D 70 cm×H 70 cm)上にマキタ(株)製の両頭グラインダGB602型(100 V,250 W,GC120H平砥石,砥石外径 150 mm,同穴径 12.7 mm,同厚 16 mm,同回転数 2,850 rpm)を置き,これと着座姿勢の作業者に見立てた等身大のトルソーを向き合わせてグラインダによる金属研磨作業の再現とした(Fig. 1).研磨粉じんの発生源(被研削材)には鋼鉄製試験片(一般構造用圧延鋼材;75 mm×100 mm×8 mm)を用い,これを上記グラインダのワークレスト上に傾斜状態で置き,試験片の自重により研磨中は常に一定の力(約 400 gw)で砥石に押し当たるように据えた.1回の研磨時間は,摩擦による試験片等の過熱に配慮して連続3分間とし,研磨時間中のダミー作業者(トルソー)の呼吸域における粉じんの濃度を測定した.なお,ニッケル粉じんについては吸引性(インハラブル)粒子での有害性もあり,米国産業衛生専門家会議(ACGIH)もインハラブル・ニッケルに対してTLVを設定していること等に鑑み,当研究では2種類の個人サンプラー(インハラブル粒子用IOMサンプラー;SKC Ink.と吸入性粉じん(PM4)用慣性衝突式サンプラーNWPS-254;柴田科学(株))を用いて両粒径区分を同時に測定している.IOM用の吸引ポンプにはMP-W5Pを,NWPSにはMP-Σ300(いずれも柴田科学(株))を用い,どちらも基準流量計(FC-M1;柴田科学(株))によって使用前後に吸引流量の校正を行った.両サンプラーのろ紙にはガラス繊維ろ紙(T60A20 ϕ25 mm;東京ダイレック(株))を用い,その秤量には最小表示 0.01 mgの分析用電子天秤(ME235S; Sartorius AG)を使用した.

Fig. 1.

Experimental setup for metal grinding dust measurements. Two types of dust samplers are attached to the breathing zone of the dummy worker (mockup torso). The magnet plate (dust collector) has been removed in this figure.

Fig. 2 には,本研究で試作した金属研磨粉じん捕集用の磁石板を示す.当実験では,磁石板が作業者の視界を遮り作業性・視認性を低下させないよう配慮し,市販の一般的な円形フェライト磁石(ϕ19 mm,厚さ 3.5 mm表面磁束密度 60 mT)を 100 mm×100 mmの鋼板上に最大限個数並べ,これを自在スタンドによって研磨粉じんを搬送する気流が吹き当たる位置および向きに固定して,ダミー作業者の呼吸域に侵入する粉じんをトラップする仕組みとした.(当研究では,磁力,価格および取り扱いの容易さ等を重視し,円形フェライト磁石を選択した.)

Fig. 2.

Setup of the magnet plate (dust collector). As indicated by the dotted arrow in the figure, the air flow containing the grinding dusts hits the test piece, changes direction, and then reaches the magnets, which collect the dusts.

なお,本報では予備実験として,作業者とグラインダの間に存在する気流障害物(この場合は,磁石を載せる前の 100 mm×100 mmの鋼板自体)による物理的な慣性衝突の影響の有無を調べるため,デジタル粉じん計(LD-3K2;柴田科学(株))を用いて研磨粉じんの濃度をダミー作業者の呼吸域で測定した.

以上を踏まえ,本研究では,この捕集用磁石板による対策を行った場合と行わなかった場合の両条件において粉じん濃度を測定し,それぞれの測定値を比較することで磁石板のばく露抑制効果を評価することとした.

実験結果

磁力による集じん効果の検証に先立って行った予備実験の結果をTable 1 に示す.これより,鋼板(磁石なし)の有無は研磨粉じん濃度に変化を及ぼさず,慣性衝突による影響はないことが確認された.

Table 1. Verification of the inertial collision effect caused by the obstacle placed in front of the worker. (Pretest)
Obstacle (100 mm × 100 mm base plate)Relative dust concentration [cpm]*
(Reading of the dust monitor)
1,474 ± 643
1,598 ± 384

No significant difference in dust concentration with and without the base plate could be statistically confirmed through Student’s t-test (p < .05).

*  Values are arithmetic mean ± S.D. (n = 5)

次に,ダミー作業者の襟元(呼吸域)にIOMサンプラーとNWPSサンプラーを装着して疑似研磨作業を行い,インハラブルおよび吸入性粉じんの呼吸域における濃度(3分間のばく露濃度)を測定した結果をTable 2 に示す(n=10).これより以下の事実が確認された.

①磁石板による対策で,インハラブル粒子の濃度は 2,030±1,730 mg/m3(無対策)→43.0±37.5 mg/m3(対策後)と大幅に低減し,その差はt検定により統計的に有意と認められた(p<.05).

②磁石板による対策で,吸入性粉じんの濃度は 8.66±4.92 mg/m3(無対策)→3.41±3.34 mg/m3(対策後)と当初の40%程度に低減し,その差はt検定により統計的に有意と認められた(p<.05).

③インハラブルおよび吸入性粉じんの対策前後の濃度の比は,前者では2.12%なのに対し,後者では39.4%となった.

④インハラブル/吸入性の何れにおいても,濃度の測定値の変動係数は約57~98%となった.

Table 2. Inhalable and respirable dust concentrations with and without the magnet dust collector
Dust sizeMagnet dust collectorDust conc. [mg/m3]*Ratio (B/A) [%]
Inhalable (A)2,030 ± 1,730
     (B)43.0 ± 37.5
2.12
Respirable (A)8.66 ± 4.92
     (B)3.41 ± 3.34
39.4

The difference in dust concentration before and after application of the magnet plate was confirmed to be statistically significant using Student’s t-test (p < .05).

*  Values are arithmetic mean ± S.D. (n = 10)

考察とまとめ

磁性体の金属研磨粉じんに対し磁石板を用いた簡易な集じん法を適用したところ,作業者のばく露濃度の低減に有効であることが確認された.インハラブルおよび吸入性粉じんの対策前後の濃度比を比較すると後者の方が大きく,磁石板による低減効果はインハラブル粒子においてより顕著であった.これは,粒子体積が大きいほど磁石に付きやすいという性質6によるものと考えられる.また,対策前のインハラブルおよび吸入性粉じんの濃度がそれぞれ 2,030 mg/m3 と 8.66 mg/m3 であったことから,発生した研磨粉じんのうち吸入性粉じんが占める割合は重量比で約0.4%と推定される.なお,インハラブル/吸入性,何れの測定値にも比較的大きなバラツキが見られたが,これは秒速数メートルの気流に搬送されて飛散する粉じんを低流量のサンプラー(2ないし 2.5 l/min)で捕集したためと考えられる.

今回の実験における対策後の吸入性粉じん濃度(=3.41 mg/m3)は正味の研磨時間中に観測したばく露濃度なので,許容濃度のような1日8時間の労働時間を前提とした時間平均濃度とは異なる.酸化鉄等を含む第2種粉じんの許容濃度(吸入性)は 1 mg/m3 なので,仮に1日当たりの研磨時間(正味)の合計が140分以下であれば,計算上,当研究が提案する磁石板によって作業者のばく露濃度を許容濃度未満にすることが可能になる.

本研究が提案する集じん法では,通常の局所排気装置(局排)に必要なフード,ダクト,ファン,ろ過捕集装置などが一切不要なうえ動力も用いないため,磁石の購入費を除けば,実質的にゼロに近い費用負担で導入可能である.またその磁石自体も街中の百均ショップ等で購入できる品で足りるため,最終的な必要経費は極めて安価(数百円程度)に収まる.フードやダクトを設置するための場所を要しないため作業性を損なう恐れも少ない.さらに,ばく露を低減することにより,作業者が装着する呼吸用保護具の負荷と交換頻度の低減を図れるなどの利点も期待できる.

ただし,集じん後は磁石板上に大量の金属粉じんが付着するので,これを除去しなければ次回に利用することが出来ない.このような場合には,事前に磁石板の表面にラップを貼り,集じん後にこのラップごと剥がすと磁石板から容易に粉じんを取り除けるので試されたい(Fig. 3).

Fig. 3.

Removal of the metal grinding dusts collected on the magnet plate.

 ① Before collection (wrapping the magnet plate)

 ② Immediately after collection

 ③ Removal of the wrap from the magnet plate

 ④ Discarding of the collected metal dusts along with the wrap

言うまでもなく,本報が提案する集じん法は鉄やニッケルなど磁性金属の研磨粉じんにのみ有効なので,非磁性粉じんを捕集するには適切に設置された局排が必要である.両頭グラインダによる金属研磨作業に局排を適用する際は,あらかじめ砥石の回転が起こす気流の方向をスモークテスター等によって目視確認し,その気流を受け止められる位置と向きでフード開口面を固定すると,多くの場合,有効である2.一方,グラインダが手持ち式の場合は,粉じんを飛散させる気流が四方に向かうので,広い換気区域を形成するプッシュプル型換気装置の利用が推奨される3

利益相反

利益相反自己申告:申告すべきものなし

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