産業衛生学雑誌
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原著
中小企業における就業配慮を要する状況下での治療と仕事の両立支援を促進し得る要因:協働的風土ならびに被援助に対する態度に着目して
山内 貴史須賀 万智 柳澤 裕之
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2022 年 64 巻 2 号 p. 69-80

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抄録

目的:「治療と仕事の両立支援」に関する先行研究では,従業員数300人未満の中小企業では両立支援の認知度が低いとともに,労働者が病気の治療のため通常勤務が難しいと職場に支援を申し出ることにメリットよりもデメリットを強く感じていることが報告されている.本研究では,職場の協働的風土ならびに労働者の被援助に対する態度に着目し,中小企業の労働者において,就業上の配慮を要する状況下での両立支援の申出意図を促進し得る要因を検討した.対象と方法:わが国の業種・従業員規模別の就業人口割合の縮図となるようサンプリングされた,中小企業勤務の20歳~64歳の正社員で,病気による1ヶ月以上の病気欠勤,病気休職,時短勤務などの就業制限を受けたことがない労働者モニター3,286人を対象としてインターネット調査を実施した.職場の協働的風土および被援助に対する肯定的態度の測定尺度とともに,産業保健スタッフの有無,経営トップの健康関連指針の有無,勤務先の経営状況,柔軟な勤務・休暇制度,相談窓口の有無,職場外での相談相手の有無ならびに基本属性を尋ねた.さらには,治療と仕事の両立支援のリーフレットを提示し概要を把握させたうえで,回答者本人ががんや脳卒中などに罹患し,主治医からこれまで通りの勤務は難しいと指摘された場面を想定させ,このような状況下での両立支援の申出意図を尋ねた.協働的風土および被援助に対する態度を主たる説明変数,両立支援の申出意図を目的変数とした多重ロジスティック回帰分析を実施した.結果:両立支援についてのリーフレット提示後には,研究参加者の約75%が両立支援について積極的に申し出る意図を報告した一方で,申出に積極的でない者も約25%見られた.協働的風土が最も低いグループと比較して,協働的風土が最も高いグループでは有意に多くの者が両立支援の申出意図を報告した(オッズ比:1.5,95%信頼区間:1.1~1.9).同様に,被援助への肯定的態度が最も低いグループと比較して,肯定的態度が最も高いグループでは有意に多くの者が両立支援の申出意図を報告した(オッズ比:1.4,95%信頼区間:1.1~1.7).経営状況,柔軟な勤務・休暇制度の有無,相談窓口の有無,および職場外での相談相手の有無も両立支援の申出意図と有意な関連が認められた(オッズ比:1.3~2.0).従業員規模による層別分析の結果,従業員数50人未満の層では被援助への肯定的態度と両立支援の申出意図との関連は有意でなく,協働的風土の強さのみが両立支援の申出意図と有意に関連していた.考察と結論:中小企業においても,両立支援の認知度を向上させることで労働者の支援の申出意図を高める可能性が示唆された.その一方で,産業保健スタッフや柔軟な勤務・休暇制度の有無などの要因とは独立して,協働的風土や被援助に対する肯定的態度は両立支援の申出意図と有意に関連していた.両立支援について認知してもなお支援の申出に消極的な労働者に対しては,集団分析や職場環境改善プログラムによる職場風土の改善,および社内研修における好事例の情報提供による被援助への肯定的態度の強化などによって両立支援の申出を促進し得る可能性が示唆された.

Abstract

Objectives: We examined factors regarding help-seeking intentions in terms of the balance between treatment and job content among Japanese employees working for small- and medium-sized enterprises. In doing so, we focused upon a cooperative organizational culture and workers’ attitudes toward seeking help from others. Methods: We conducted a web-based survey on cooperative organizational culture, workers’ attitudes toward help-seeking, and job-related factors via a representative sample of Japanese employees in terms of industry and company size. Participants included 3,286 full-time employees aged 20–64 years who had not had a history of sick leave beyond one month or health-related work restrictions. After they were provided a leaflet regarding the balance between treatment and job content – as advocated by the Japanese Ministry of Health, Labour and Welfare – participants were asked to answer their intention of help-seeking in an imaginary situation where they had been diagnosed as having a severe physical illness. We conducted multivariate logistic regression analysis using cooperative organizational culture and workers’ attitudes toward help-seeking as explanatory variables, and the intention of help-seeking as the dependent variable, adjusted for relevant job-related and demographic variables. Results: Approximately 75% of participants reported an active intention to seek help regarding the balance between treatment and job content. Those who reported the highest levels of cooperative organizational culture revealed the intention of seeking out help significantly more frequently than those who reported the lowest levels of cooperative organizational culture in the workplace (odds ratio: 1.5, 95% confidence interval: 1.1–1.9). Similarly, those with the highest attitude reported help-seeking intentions significantly more frequently (odds ratio: 1.4, 95% confidence interval: 1.1–1.7). Other job-related factors – such as the presence/absence of consultation desks or occupational health staff – were also significantly associated with the intention to seek help. Conclusions: Our findings suggest that an increase in awareness of the system regarding the balance between treatment and job content may enhance workers’ intention to seek help regarding their health-related issues. After the adjustment of relevant job-related factors, cooperative organizational culture and workers’ attitudes toward help-seeking were significantly associated with the intention to seek help. For those who are passive in seeking help regarding their health-related issues despite their awareness of the support system, the enhancement of a cooperative organizational culture, along with a positive attitude toward help-seeking via workplace improvement programs and in-company training, may promote the intention of help-seeking among employees working for small- and medium-sized companies.

背景

厚生労働省によると,わが国において働きながらがんの治療を受けている労働者は32万人に上るとともに,病気を抱える労働者の9割以上は就労継続を希望している1.このような背景から,厚生労働省は治療を要する労働者の就労継続を支援するための指針「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」2の策定をはじめとした体制整備を進めてきた.

治療と仕事の両立支援(以下,「両立支援」と表記する)のスキームは,治療が必要な労働者からの申出をもって開始される.具体的には,(1)労働者は自身の勤務情報や業務内容を主治医に伝える,(2)主治医は就業の可否や就業継続に際しての配慮を記した意見書を作成する,(3)労働者は主治医意見書を事業場に提出する,(4)事業者は産業医等の意見聴取を踏まえて就業上の措置を決定し,両立支援プラン(任意)を作成する,というプロセスを経て,労働者に対する就業上の措置と治療への配慮が実施される.

著者らは両立支援に関する一連の研究において3,4,5,労働者からの申出に端を発するにもかかわらず労働者における両立支援の概念・制度の認知度が低く,また事業場においても就業制限を要する労働者が利用できる多様な勤務・休暇制度の整備が遅れていることを明らかにした.とりわけ,大企業と比較して,従業員数300人未満の中小企業,特に産業医や衛生管理者の選任義務がない50人未満の企業では両立支援の認知度が低いとともに,就業配慮に関する相談窓口の設置などの体制整備が進んでいなかった3.さらには,労働者が治療のため通常勤務が難しいと職場に支援を申出ることに対して,中小企業の労働者はメリットよりもデメリットを強く感じていた3,4.これらの結果は,(1)両立支援の申出のハードルは中小企業の労働者の方がより高いこと,(2)中小企業の中でも従業員数50人未満の企業と50人以上300人未満の企業とでは両立支援の申出の実態や促進・阻害要因が異なることを示唆する.

支援の申出やすさに関しては,上記のような勤務・休暇制度や窓口の整備とともに,「職場風土」(本稿では,「職場内で潜在的に共有されている社会的態度,行動規範,価値観,慣行,雰囲気など」と定義する)が関連し得ることを示唆する研究結果が報告されている.安部らは中小企業におけるがんと診断された労働者の両立支援の好事例を分析し,両立支援と関連する職場風土として,家族的な雰囲気,相互尊重や支え合いの雰囲気,周囲が協力的で勤務調整しやすい安心感といった特徴があることを報告している6.著者らの研究においても,職場での両立支援の申出はメリットよりもデメリットになることの方が多いと回答した労働者は,その理由として職場風土に関する事柄を多く報告していた4.また,自分が病気になってこれまで通り働けなくなった場合に,職場の上司・同僚が「お互い様だからフォローしたい」と考えないだろうと回答した者は中小企業勤務者で有意に多かった3.これらの結果は,中小企業の労働者において,制度の有無などとともに,職場風土が両立支援の申出の意思決定に強く影響する可能性を示唆するものと考えらえる.

また,就業上の配慮を要する案件の両立支援は労働者の側からの援助希求行動(help-seeking behavior)を端緒とする.援助希求行動に関する研究では,援助希求行動の決定因のひとつとして,行動主体が持つ被援助(すなわち,他者からの援助を受けること)に対する態度があることが指摘されている7,8.よって,両立支援の申出においては,風土を含めた職場環境要因のみならず,個人内要因としての態度も重要であると考えられる.しかしながら,両立支援に関する国内外の先行研究において,制度整備の遅れや産業保健スタッフの不在が多い中小企業の労働者を対象として,職場風土や被援助に対する態度と両立支援の申出との関連を検討した研究は報告されていない.

以上を踏まえ,本研究では職場風土ならびに労働者の被援助に対する態度に着目し,中小企業の労働者において,治療のため通常勤務が難しいことの申出意図(以下,「両立支援の申出意図」)を促進し得る要因を検討することを目的とした.中小企業はわが国の企業数の99%,雇用の約7割を占めている9.中小企業の労働者の両立支援の申出を促進し得る(または申出を妨げたり,躊躇わせる)要因を明らかにすることで普及・啓発活動や事業場内での既存の制度・体制や産業保健活動でより注力すべきポイントが明確になるなど,わが国の労働者全体における両立支援の普及・浸透に大きく寄与するものと考えられる.

なお,本研究ではあくまで病気により就業上の配慮を要する労働者を想定したことから,以下本稿では両立支援を「病気により就業上の配慮を要する状況下で労働者が治療を受けながら仕事との両立をすることへの支援」と定義した.

方法

調査対象

2020年10月下旬~11月上旬に,(株)クロス・マーケティング社が保有するアンケートパネル(アクティブパネル数219万人)10を用いたウェブ調査を実施した.あらかじめ登録された属性情報に基づいて無作為抽出された企業モニターパネルに対し,メールにて研究参加を依頼した.参加依頼は,標本が平成28年経済センサス11におけるわが国の業種・従業者規模別の従業員数構成割合に比例する構成と一致するよう実施した.最終的な研究参加者における業種別の構成割合,ならびに経済センサスにおける割合との比較を表1に示した.

表1. 経済センサスにおける中小企業勤務者ならびに本研究に参加した中小企業勤務者の業種別構成割合(%)
本研究経済センサス
(2016年)
建設業7.1%6.6%
製造業17.2%16.1%
運輸・郵便業6.1%5.7%
卸・小売業22.5%21.1%
宿泊・飲食サービス業6.4%9.7%
医療・福祉12.4%12.6%
その他28.3%28.1%

参加希望者は事前スクリーニング画面にて研究趣旨の説明と参加への同意を行った後,対象条件の適合・不適合の判別項目に回答した.判別項目として,年齢,職業,業種,勤務先事業場の従業員数を尋ねるとともに,がんや脳卒中などの病気により通常通り勤務できなくなった経験(1ヶ月以上の病気欠勤,病気休職,時短勤務などの就業制限)の有無を回答させた.適合者は,(1)20~64歳,(2)正社員,(3)日本標準産業分類に基づく勤務先の業種(大分類)が「農業・林業・漁業」「鉱業・採石業・砂利採取業」「公務」「分類不能」以外,(4)勤務先事業場の従業員数が300人未満,(5)病気による1ヶ月以上の病気欠勤,病気休職,時短勤務などの就業制限を受けた経験なし,の全てを満たす者とした.(4)に関し,研究参加者が要する質問票への回答時間などの負担軽減を考慮して資本金については調査項目に含まず,業種業態を問わず勤務先事業場の従業員数が300人未満の企業を中小企業と定義した.また,(5)に関し,「調査項目」の項にて詳述するが,本研究では研究参加者が主治医から病気によりこれまで通りの勤務は難しいと指摘された場面を想定させたうえでの勤務先への両立支援の申出意図を尋ねるため,実際に病気を勤務先に申し出て就業上の配慮を受けたことがある者は除外することとした.不適合者は事前スクリーニングのみで調査終了となり,適合者のみがウェブ本調査へと進行した.研究参加者にはパネルの規約に基づき,調査会社から金銭や商品などに交換できるポイントが付与された.最終的な調査回答者3,286人の回答結果は調査会社内で匿名化・非識別加工され,電子データとして提供された.

本研究は東京慈恵会医科大学倫理委員会の承認を受けて実施された(32-273(10355)).

調査項目

両立支援と関連する職場風土については,田村らによる「協働的風土の認知尺度」の項目文を一部改変して用いた7.安部らが報告している中小企業における両立支援の好事例の多くに関連して見られた職場風土の内容を吟味し6,日本語で使用できる既存の尺度として内容的に妥当であると判断した.「協働的風土の認知尺度」は回答者が自身の勤め先についてどの程度協働的であると認知しているかを測定するものである.1因子9項目から構成され,尺度の信頼性・妥当性が確認されている7.「仕事のことで困っている従業員がいれば,多くの同僚が応援する雰囲気がある」「仕事のことで困っている従業員が自分の悩みを率直に話せる雰囲気がある」「趣味や遊びの面での仲間意識はあるが,仕事について真剣に議論することはあまりない(逆転項目)」といった項目について,「よくあてはまる:5」から「全く当てはまらない:1」の5件法で回答を求めた.本研究におけるα係数が0.88であったことから原尺度と同様に9項目の総得点(9点~45点)を算出し,中央値ならびに四分位数で4水準(協働的風土が「最も弱い」「弱い」「強い」「最も強い」)に分類して分析に使用した.なお,本稿では,「協働的風土の認知尺度」にて1因子で測定される協働的風土は,より広義かつ多様な構成概念である「職場風土」のうち協働性の観点を重視したものとして捉えることとした.

被援助に対する態度については,田村らによる「特性被援助志向性尺度」の下位尺度である「被援助に対する肯定的態度」を測定する6項目を一部改変して用いた8.この尺度は回答者が普段の業務において困難な状況に直面した際に他者に援助を求めることに対するポジティブな態度の程度を測定するものである.尺度の信頼性(内的整合性,再検査信頼性)および妥当性が確認されている8.「問題解決のために,一緒に対処してくれる人が欲しいと思う方である」「まわりの人の援助や助言は,問題解決に大いに役立つと考える方である」といった項目について,「よくあてはまる:5」から「全く当てはまらない:1」の5件法で回答を求めた.本研究におけるα係数が0.89であったことから,原尺度と同様に6項目の総得点(6点~30点)を算出し,中央値ならびに四分位数で4水準(被援助への肯定的態度が「最も弱い」「弱い」「強い」「最も強い」)に分類して分析に使用した.

このほか,勤務先事業場の従業員数(「1~9人」「10~49人」「50~99人」「100~299人」),産業保健スタッフ(産業医・看護師・保健師・衛生管理者)の有無(「いる」「いない」「わからない」),経営トップの健康関連指針の有無(「あり」「なし」「わからない」),勤務先の経営状況(「悪化している」「改善している」「どちらともいえない/わからない」),柔軟な勤務・休暇制度(半日または時間単位の年次有給休暇,短時間勤務,裁量労働制,フレックスタイム制,および在宅勤務・テレワーク制度について「あり」「なし」「わからない」),相談窓口の有無(「あり」「なし」「わからない」),職場外での相談相手の有無(「いる」「全くいない」),ならびに基本属性としての性別,年齢(20–34歳,35–49歳,50–64歳),配偶関係(未婚,有配偶,離別・死別),世帯所得を尋ねた.勤務先事業場の従業員数については,産業医や衛生管理者の選任義務を考慮し,「50人未満」「50人以上300人未満」に再分類した.産業保健スタッフについては,免許を要さず,労働基準監督署への届出も不要のため事業場内での周知度が産業医や衛生管理者と比較して低いと考えられる衛生推進者については調査項目に含めなかった.勤務先の経営状況については,前年度と比較しての調査時点での主観的状況を報告させた.勤務・休暇制度については,例えば裁量労働制が適用されている労働者ではフルタイム勤務であっても通院しやすい可能性などを考慮したこと,また,著者らの先行研究3,4との整合や比較を念頭に置いたことを理由に,一部両立支援のためのガイドライン2とは異なる項目を参加者に提示した.職場外での相談相手の有無については,労働者では家族・友人などへの援助希求行動は多いものの,公的機関や医療従事者など専門職への援助希求行動は少ないことが報告されていることから12,職場外での相談相手の存在が両立支援の申出意図に影響する可能性を考慮して調査項目に含めた.世帯所得は中央値ならびに四分位数で4水準に分類した.

両立支援の申出意図については,まずウェブ画面上にて治療と仕事の両立支援のリーフレットを提示し(附録1),以下の教示文を付して回答者に概要を把握させた.

『下の図は「治療と仕事の両立支援」制度を紹介したリーフレットです.リーフレットの中段の流れ図にあるとおり,両立支援は,労働者本人が「通常どおり勤務することが難しい」ことを勤務先に申し出ることからスタートします.制度の概要を把握できましたら,「次へ」ボタンをクリックし,この先の質問にお答えください.』

なお,制度の概要をきちんと研究参加者に把握してもらうため,先の質問に進むまでに一定の所要時間を設定した.

そのうえで,以下の教示文を提示して,回答者本人ががんや脳卒中などに罹患し,主治医からこれまで通りの勤務は難しいと指摘された場面を想定させた.

『あなた自身ががんや脳卒中などの病気になったと仮定します.主治医から「少なくとも半年は治療を続ける必要があり,治療期間中はこれまでと同じように働くことは難しいだろう」と言われたとします.』

研究参加者は,このような状況において,病気の治療のため通常どおり勤務することが難しいことを勤務先に申し出る意図について,「きっと申し出ない」「たぶん申し出ない」「たぶん申し出る」「きっと申し出る」「どちらともいえない」の5件法で回答した12

統計解析

協働的風土および被援助への肯定的態度を含めた各要因と両立支援の申出意図との関連について検討するため,χ2 検定を実施した.協働的風土と他の職場内要因との関連の強さについても,χ2 検定ならびに連関係数によって確認した.産業保健スタッフの有無など他の要因の影響を調整したうえでの協働的風土および被援助への肯定的態度と両立支援の申出意図との関連を明らかにするため,両立支援の申出意図を目的変数とした多重ロジスティック回帰分析を実施した.両立支援の申出意図については,選択肢「たぶん申し出る」「きっと申し出る」を「積極的に申し出る」に,「きっと申し出ない」「たぶん申し出ない」「どちらともいえない」を「積極的には申し出ない」に再分類したうえで,2項ロジスティック回帰分析を行った.なお,多項ロジスティック回帰分析も合わせて実施した結果,2項ロジスティック回帰分析の結果と本質的な差異が認められなかった.これを踏まえ,本研究では解釈の容易さならびに両立支援の申出を促進し得る要因の探索という本研究の目的を考慮のうえ,目的変数を「積極的に申し出る」「積極的には申し出ない」の2値とする2項ロジスティック回帰分析の結果を示すこととした.なお,産業医や衛生管理者の選任義務の有無などにより,従業員数50人未満の事業場と50人以上300人未満の事業場とでは両立支援の申出の促進・阻害要因が異なることが考えられることから,従業員規模で層別化してのロジスティック回帰分析も併せて実施した.

統計解析にはSPSS version 25(IBM, Chicago, IL, USA)を用いた.有意水準は5%に設定した.

結果

分析対象者3,286人(女性950人,男性2,336人,平均年齢47.8歳(標準偏差9.0))における各調査項目の基本集計を表2に示した.全体の74.3%(2,443人/3,286人)の者が勤務先に両立支援を「積極的に申し出る」に該当した.産業保健スタッフ(産業医・産業保健師・衛生管理者)がいると回答したのは研究参加者全体の27.9%,経営トップによる健康関連の指針があると回答したのは18.8%であった.新型コロナウイルスの感染拡大の影響からか,50.5%の者が勤務先の経営状況が悪化していると回答していた.少なくとも1つの柔軟な勤務・休暇制度が社内にあると回答した者は69.8%であったのに対し,相談窓口があると回答したのは全体の11.6%にとどまった.

表2. 両立支援の申出意図別の基本集計
申出ない/どちらともいえない
(n=843)
申出る
(n=2,443)
総数
(n=3,286)
χ2検定
n(%)n(%)n(%)
協働的風土p<.001
 最も弱い283(33.6)620(25.4)903(27.5)
 弱い311(36.9)752(30.8)1,063(32.3)
 強い128(15.2)514(21.0)642(19.5)
 最も強い121(14.4)557(22.8)678(20.6)
被援助への肯定的態度p<.001
 最も弱い249(29.5)647(26.5)896(27.3)
 弱い275(32.6)599(24.5)874(26.6)
 強い160(19.0)541(22.1)701(21.3)
 最も強い159(18.9)656(26.9)815(24.8)
事業場の従業員数p=.83
 50人未満444(52.7)1,276(52.2)1,720(52.3)
 50~299人399(47.3)1,167(47.8)1,566(47.7)
業種p<.05
 建設業62(7.4)171(7.0)233(7.1)
 製造業149(17.7)415(17.0)564(17.2)
 運輸・郵便業40(4.7)160(6.5)200(6.1)
 卸・小売業186(22.1)553(22.6)739(22.5)
 宿泊・飲食サービス業75(8.9)135(5.5)210(6.4)
 医療・福祉104(12.3)302(12.4)406(12.4)
 その他227(26.9)707(28.9)934(28.4)
産業保健スタッフの有無p<.05
 いる208(24.7)710(29.1)918(27.9)
 いない/分からない635(75.3)1,733(70.9)2,368(72.1)
健康関連の社内指針p<.001
 あり116(13.8)501(20.5)617(18.8)
 なし/分からない727(86.2)1,942(79.5)2,669(81.2)
経営状況p<.001
 悪化している391(46.4)1,268(51.9)1,659(50.5)
 改善している84(10.0)328(13.4)412(12.5)
 どちらともいえない/分からない368(43.7)847(34.7)1,215(37.0)
柔軟な勤務・休暇制度p<.001
 あり507(60.1)1,786(73.1)2,293(69.8)
 なし/分からない336(39.9)657(26.9)993(30.2)
相談窓口p<.001
 あり52(6.2)328(13.4)380(11.6)
 なし/分からない791(93.8)2,115(86.6)2,906(88.4)
年齢p<.001
 20–34歳88(10.4)218(8.9)306(9.3)
 35–49歳419(49.7)1,057(43.3)1,476(44.9)
 50–64歳336(39.9)1,168(47.8)1,504(45.8)
性別p=.44
 男608(72.1)1,728(70.7)2,336(71.1)
 女235(27.9)715(29.3)950(28.9)
配偶関係p=.19
 未婚321(38.1)846(34.6)1,167(35.5)
 既婚450(53.4)1,368(56.0)1,818(55.3)
 離別・死別72(8.5)229(9.4)301(9.2)
世帯所得p<.001
 最も低い305(36.2)740(30.3)1,045(31.8)
 低い176(20.9)491(20.1)667(20.3)
 高い193(22.9)560(22.9)753(22.9)
 最も高い169(20.0)652(26.7)821(25.0)
職場外での相談相手p<.001
 全くいない334(39.6)528(21.6)862(26.2)
 いる509(60.4)1,915(78.4)2,424(73.8)

注1)表中のパーセンテージは各列の総数に対する割合である.

協働的風土と他の職場内要因との関連を表3に示した.勤務先事業場の従業員数を除いた,産業保健スタッフの有無,経営トップによる健康関連の指針,経営状況,柔軟な勤務・休暇制度の有無および相談窓口の有無のいずれも協働的風土と有意な関連が確認された一方で,連関係数は最大でも0.26と中程度以下の関連にとどまった.

表3. 協働的風土と他の職場内関連要因とのクロス集計
協働的風土
最も弱い
協働的風土
弱い
協働的風土
強い
協働的風土
最も強い
χ2 検定連関係数
(CramerのV係数)
n(%)n(%)n(%)n(%)
事業場の従業員数p=.280.03
 50人未満463(26.9)545(31.7)335(19.5)377(21.9)
 50~299人440(28.1)518(33.1)307(19.6)301(19.2)
産業保健スタッフの有無p<.0010.08
 いる215(23.4)293(31.9)181(19.7)229(24.9)
 いない/分からない688(29.1)770(32.5)461(19.5)449(19.0)
健康関連の社内指針p<.0010.26
 あり80(13.0)146(23.7)140(22.7)251(40.7)
 なし/分からない823(30.8)917(34.4)502(18.8)427(16.0)
経営状況p<.0010.12
 悪化している549(33.1)487(29.4)296(17.8)327(19.7)
 改善している71(17.2)113(27.4)94(22.8)134(32.5)
 どちらともいえない
 /分からない
283(23.3)463(38.1)252(20.7)217(17.9)
柔軟な勤務・休暇制度p<.0010.15
 あり560(24.4)706(30.8)485(21.2)542(23.6)
 なし/分からない343(34.5)357(36.0)157(15.8)136(13.7)
相談窓口p<.0010.22
 あり47(12.4)87(22.9)80(21.1)166(43.7)
 なし/分からない856(29.5)976(33.6)562(19.3)512(17.6)

注1)表中のパーセンテージは各行の総数に対する割合である.

両立支援の申出意図を目的変数とした多重ロジスティック回帰分析の結果を表4に示した.Hosmer-Lemeshowのχ2 適合性検定の結果はP=.27と有意でなく,回帰モデルに問題はないと判断した.協働的風土(オッズ比:1.4,95%信頼区間:1.1–1.9)ならびに被援助への肯定的態度(オッズ比:1.4,95%信頼区間:1.1–1.7)のいずれも,最も弱い群と比較して,最も強い群では両立支援を「積極的に申し出る」が有意に多かった.50~64歳,経営状況(改善,悪化),柔軟な勤務・休暇制度の有無,相談窓口の有無,および職場外での相談相手の有無も両立支援の申出意図と有意な関連が認められた(オッズ比:1.3~2.0).なお,「積極的には申し出ない」者にその理由を複数回答可で尋ねたところ,「職場に居づらくなる(45.2%)」が最も多く,以下,「上司や同僚に迷惑を掛ける(39.8%)」「給料が下がる(29.6%)」「病気であることを周囲に知られてしまう(27.8%)」「人間関係がギクシャクする(22.2%)」「辞職に追い込まれる(17.6%)」の順であった.

表4. 両立支援の申出意図を目的変数とした多重ロジスティック回帰分析
総数事業場の従業員数による層別分析
50人未満
(n=1,720)
50~299人
(n=1,566)
単変量多変量多変量多変量
オッズ比(95%信頼区間)オッズ比(95%信頼区間)オッズ比(95%信頼区間)オッズ比(95%信頼区間)
協働的風土
 最も弱い1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)
 弱い1.1(0.9–1.3)1.1(0.9–1.4)1.2(0.9–1.6)1.1(0.8–1.5)
 強い1.8*(1.4–2.3)1.6*(1.2–2.0)1.5*(1.1–2.2)1.6*(1.1–2.3)
 最も強い2.1*(1.7–2.7)1.4*(1.1–1.9)1.5*(1.1–2.2)1.4(0.9–2.0)
被援助への肯定的態度
 最も弱い1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)
 弱い0.8(0.7–1.03)1.0(0.8–1.2)0.8(0.6–1.1)1.2(0.9–1.6)
 強い1.3*(1.04–1.6)1.2(0.9–1.5)0.9(0.7–1.3)1.4*(1.02–2.0)
 最も強い1.6*(1.3–2.0)1.4*(1.1–1.7)1.2(0.9–1.7)1.5*(1.1–2.2)
事業場の従業員数
 50人未満1.0(0.8–1.1)1.1(0.9–1.3)
 50~299人1.0(Reference)1.0(Reference)
業種
 建設業0.9(0.6–1.2)1.0(0.7–1.4)1.1(0.7–1.7)0.9(0.5–1.7)
 製造業0.9(0.7–1.1)0.9(0.7–1.2)0.9(0.6–1.3)0.9(0.6–1.3)
 運輸・郵便業1.3(0.9–1.9)1.5(1.0–2.2)2.1*(1.1–3.9)1.2(0.7–2.0)
 卸・小売業1.0(0.8–1.2)1.0(0.8–1.2)1.2(0.9–1.6)0.7(0.5–1.0)
 宿泊・飲食サービス業0.6*(0.4–0.8)0.6*(0.5–0.9)0.5*(0.3–0.8)0.8(0.5–1.4)
 医療・福祉0.9(0.7–1.2)0.9(0.7–1.2)0.9(0.6–1.4)0.9(0.6–1.3)
 その他1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)
産業保健スタッフの有無
 いる1.3*(1.05–1.5)1.0(0.8–1.2)1.2(0.8–1.8)0.9(0.7–1.2)
 いない/分からない1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)
健康関連の社内指針
 あり1.6*(1.3–2.0)1.0(0.8–1.3)1.5(1.0–2.3)0.8(0.6–1.1)
 なし/分からない1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)
経営状況
 悪化している1.4*(1.2–1.7)1.3*(1.1–1.6)1.5*(1.2–1.9)1.2(0.9–1.5)
 改善している1.7*(1.3–2.2)1.4*(1.02–1.8)1.3(0.9–2.0)1.3(0.9–2.0)
 どちらともいえない
 /分からない
1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)
柔軟な勤務・休暇制度
 あり1.8*(1.5–2.1)1.4*(1.2–1.7)1.5*(1.2–1.9)1.3(1.0–1.8)
 なし/分からない1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)
相談窓口
 あり2.4*(1.7–3.2)1.6*(1.2–2.3)1.4(0.8–2.5)1.8*(1.2–2.7)
 なし/分からない1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)
年齢
 20–34歳1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)
 35–49歳1.0(0.8–1.3)1.1(0.9–1.5)1.2(0.8–1.8)1.2(0.8–1.9)
 50–64歳1.4*(1.1–1.8)1.5*(1.1–2.1)1.5(1.0–2.4)1.6*(1.03–2.5)
性別
 男1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)
 女1.1(0.9–1.3)1.0(0.8–1.2)1.0(0.8–1.3)1.0(0.7–1.4)
配偶関係
 未婚1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)
 既婚1.2(0.98–1.4)0.8(0.7–1.0)0.9(0.7–1.1)0.8(0.6–1.0)
 離別・死別1.2(0.9–1.6)1.0(0.7–1.4)1.1(0.7–1.7)0.9(0.6–1.5)
世帯所得
 最も低い1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)
 低い1.2(0.9–1.4)1.1(0.9–1.4)1.1(0.8–1.5)1.1(0.8–1.5)
 高い1.2(0.97–1.5)1.0(0.8–1.3)0.9(0.7–1.3)1.2(0.8–1.7)
 最も高い1.6*(1.2–2.0)1.3(1.0–1.6)1.2(0.8–1.6)1.5*(1.03–2.1)
職場外での相談相手
 全くいない1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)1.0(Reference)
 いる2.4*(2.0–2.8)2.0*(1.7–2.4)2.0*(1.6–2.6)2.1*(1.6–2.7)
*  p<.05.

事業場の従業員数による層別解析を行った結果,従業員数50人未満の層では,協働的風土が最も弱い群と比較して,最も強い群では両立支援を「積極的に申し出る」が有意に多かった(オッズ比:1.5,95%信頼区間:1.1–2.2).しかしながら,トレンド検定も含め,被援助への肯定的態度については両立支援の申出意図と有意な関連は認められなかった.これに対し,従業員数が50人以上300人未満の層では,協働的風土が最も弱い群と最も強い群で両立支援の申出意図に有意な相違は認められなかった.ただし,トレンド検定を行った結果,協働的風土が「最も弱い」から「最も強い」へと水準が上がるにしたがって両立支援を「積極的に申し出る」が有意に多くなる傾向が認められた(P=.03).また,被援助への肯定的態度が最も弱い群と比較して,最も強い群では両立支援を「積極的に申し出る」が有意に多かった(オッズ比:1.5,95%信頼区間:1.1–2.2).

考察

本研究では職場の協働的風土ならびに被援助に対する態度に着目し,中小企業の労働者における治療と仕事の両立支援の申出意図を促進し得る要因について分析した.両立支援についてのリーフレット(付録1)を提示され,概要を認知してもなお申出に積極的でない者も全体の25%ほど見られたものの,約75%の者は両立支援について積極的に申し出ると回答した.また,多変量解析の結果,産業保健スタッフや柔軟な勤務・休暇制度の有無などの要因とは独立して,協働的風土や被援助への肯定的態度が強い場合に両立支援の積極的申出意図が強いという関連が確認された.ただし,従業員数50人未満の層では被援助への肯定的態度と両立支援の申出意図との関連は有意でなく,協働的風土の強さのみが両立支援の申出意図と有意に関連していた.

両立支援について認知させた後にその申出意図を尋ねたところ,研究参加者の約75%は両立支援を積極的に申し出る意図を報告した.著者らによる労働者2,000人および1万人を対象とした2編の報告において3,4,従業員数300人未満の企業の労働者では両立支援の申出が「自分にとってデメリットになることの方が多い」との回答が多く,「自分にとってメリットになることの方が多い」と回答した者の3倍前後に上っていた.その一方で,従業員数1,000人以上の企業の労働者では,両立支援の申出が「デメリットになることの方が多い」「メリットになることの方が多い」と回答した者の割合がほぼ等しくなっていた.雇用形態,職種,相談窓口の有無などを調整した多変量解析においても,従業員数300人未満の企業の労働者ほど両立支援の申出が「デメリットになることの方が多い」と考える者が有意に多かった.これらの点を考慮すると,本研究に参加した中小企業の労働者の約75%が両立支援を積極的に申し出る意図を報告したのは,調査のフローにおいて両立支援のリーフレットで概要を把握させたうえで申出意図を尋ねたことに拠る部分が大きいと推察される.もっとも,両立支援への関心やニーズが高い者が本研究に積極的に参加したことによる選択バイアスの影響などを考慮する必要があり,両立支援の認知度を向上させることが労働者の申出意図を高めるかについては今後の検討が必要である.

研究参加者の約75%が両立支援を積極的に申し出る意図を報告した一方で,約25%は両立支援についてのリーフレット提示後であっても両立支援を「積極的には申し出ない」と回答した.中小企業の労働者が両立支援について認知してもなお支援の申出に消極的である背景には相談窓口や産業保健スタッフの不在などの要因が考えられるが,本研究で着目した職場の協働的風土や労働者の被援助への態度も考慮すべきである.表3において,協働的風土と他の職場内要因との関連はいずれも統計的有意ではあるものの中程度以下の関連にとどまっていたことからも,休暇・勤務制度や相談窓口の有無といった要素とは独立した構成概念としての協働的風土に着目する意義は大きいと言える.治療で通常勤務が難しい状況になっても居づらくならない,迷惑ではなくお互い様と言い合えるような協働的風土があると労働者本人に認知されていないことが,両立支援の申出をためらわせる一要因となっている可能性が考えられる.逆に,困難な状況にある同僚を支援しようという風土,悩みを安心して相談でき適切な助言や配慮を受けられるような協働的風土を醸成することで,支援の申出の閾値を下げ得る可能性が考えられる.本研究の結果は,両立支援の制度について認知してもなお支援の申出に積極的でない労働者に対しては,例えば集団分析や職場環境改善プログラムによる協働的風土の改善によって両立支援の申出を促進し得る可能性があることを示唆するものと考えられる.

本研究には産業医選任義務のない常時50人未満の労働者を使用する事業場の労働者も含まれていることから,産業保健スタッフがいると回答したのは全体の3割程度であった.その一方で,最も報告の多かった半日単位の年次有給休暇制度を含め,柔軟な働き方を可能にする勤務・休暇制度があると回答した者は全体の約7割に上った.多重ロジスティック回帰分析の結果からも,柔軟な勤務・休暇制度,および相談窓口ありと報告した者は,そうでない者よりも積極的な両立支援の申出意図が認められた.著者らの既報においても指摘してきた通り3,4,5,就業配慮に関する相談体制の整備や,就業制限を要する労働者が利用できる多様な勤務制度の整備は,両立支援の申出をしやすい協働的風土の醸成と併行して両立支援の促進・浸透のために引き続きその整備を進めていく必要がある.本研究の対象とした中小企業においては,地域産業保健センターなどの事業場外資源の活用も検討すべきであろう.

職場の協働的風土や相談窓口などの職場環境要因とともに,労働者各々が有する被援助への態度も両立支援の申出意図と有意な関連が認められた.被援助への肯定的態度については,測定に用いた調査項目の内容からも,一緒に対処してくれる人がいたことによって問題を解決できたり,周囲の援助や助言を求めたことが問題解決に有益であったという経験の有無が各人の態度形成に影響すると推察される.社内研修などにおける両立支援の好事例の情報提供などによって,支援の申出という援助希求行動が当該労働者の勤務・日常生活状況の改善につながり得ることを啓発することで,被援助への肯定的態度の強化を経て結果的に両立支援の申出を促進できる可能性が考えられる.先行報告においても6,協働的風土は両立支援の実施と連動して形成・強化されるものであり,相互尊重の理解者・支援者が増えることで勤務調整がしやすくなるほか,社員の安心感や就労意欲の高まりによる職場活性化にも寄与し得る可能性が示唆されている.

協働的風土や被援助への肯定的態度以外にも,いくつかの職場要因ならびに個人属性が両立支援の申出意図と有意な関連が認められた.このうち,経営状況については,「どちらともいえない/分からない」を基準とした場合に「悪化している」「改善している」のいずれも両立支援の申出意図と有意な関連が認められた(表4).本研究では,勤務先の経営状況が「改善している」場合とともに,社内報やイントラネットなどで経営層から経営状況が「悪化している」との事実に基づいた正確な情報提供がなされていることなども両立支援の申出意図と関連し得る可能性を考慮し,「どちらともいえない/分からない」をロジスティック回帰分析における基準カテゴリとした.本研究の結果は,例えば日頃から従業員に正確な情報が提供されているとの信頼感などがある場合には,たとえ経営が「悪化している」状況と認知されていても労働者の両立支援の申出意図は経営が「改善している」場合と遜色ないことを示唆する結果と解釈することも可能と考えられる.もっとも,(1)新型コロナウイルス感染拡大とそれに伴う世界的な経済不況という特殊な状況下での調査であったこと,(2)経営状況については回答者の主観的報告であること,(3)「どちらともいえない/分からない」をひとつのカテゴリとしたこと,などが結果に影響している可能性に留意すべきである.また,年齢に関しては,総数ならびに従業員数50人以上300人未満の層において,50~64歳の参加者では20~34歳と比較した場合,より両立支援の申出意図が認められた.50~64歳の参加者では若年層よりも実際に自分が病気により両立支援の申出をすることを想定しやすいことなどが反映された結果であると推察される.さらには,職場外での相談相手については,事業場の従業員規模にかかわらず,相談相手がいる者ではいない者よりも有意に多くの両立支援の申出意図が認められた.労働者を対象とした援助希求行動についての研究では,悩みやストレスに関して特に若年労働者では家族・友人などの非専門家への援助希求行動が相対的に多いことが報告されている12.本研究の結果は,治療で通常勤務が難しいというセンシティブな状況を職場に申し出るうえで,状況を理解してくれる上司・同僚や産業保健スタッフの存在とともに,職場外の人間関係から得られる心理的・物理的サポートの有無が重要な意思決定因のひとつであることを示唆するものと考えられる.

事業場の従業員数で層別化して多重ロジスティック回帰分析を行った結果,従業員数50人未満の層では被援助への肯定的態度と両立支援の申出意図との関連は有意でなく,協働的風土のみが両立支援の申出意図と有意に関連していた.この結果は,従業員数50人以上300人未満の事業場に勤務する労働者と比較して,従業員数50人未満の事業場に勤務する者においては両立支援の申出をするにあたって職場の協働的風土が相対的により重要な決定因となり得ることを示唆するものである.物的・人的資源上の制約が大きい一方で,経営者と労働者の距離が近く家族的な雰囲気のコミュニケーションがしやすい6とされる中小企業の中でも,従業員数50人未満の事業場はそのような傾向が一段と強いと考えられる.従業員規模がより小さいがゆえに職場全体の見通しがよく,その結果として協働的風土が従業員各自の意思決定におけるより重要な要因となりやすいことが推察される.

著者らが知る限り,本稿は中小企業の労働者において治療のため通常勤務が難しいことの申出意図を促進し得る要因として,職場環境要因(協働的風土)と個人内要因(被援助への肯定的態度)を併せて検討した初めての報告である.多重ロジスティック回帰モデルの適合性に問題はなく,両立支援の申出意図を説明し得る複数の要因が適切にモデルに投入されていることを示唆する.また,研究参加者の業種・従業員規模別の構成割合はわが国の中小企業全体のそれと概ね一致していた.

その一方で,本研究の限界点としてまず挙げられるべき点として,本研究は調査会社が保有するモニターパネルを用いたウェブ調査であるため,選択バイアスによりわが国の中小企業勤務の労働者母集団からの代表性が担保されていない可能性は否定できない.特に,新型コロナウイルスの感染拡大の影響をより強く受けていると考えられる宿泊・飲食サービス業などの研究参加者は属性に大きな偏りが生じていた可能性を考慮すべきであろう.表1において,経済センサスと比較した際の本研究参加者の「宿泊・飲食サービス業」の構成割合が他の業種よりも若干下回っているのは,この業種の参加者のリクルートがより困難であったなどの背景事情に拠る部分もあるものと推察される.「1ヶ月以上の病気欠勤,病気休職,時短勤務などの就業制限」の経験がないと回答した者を本研究の対象としたものの,断続欠勤の扱いなど研究参加者の判断による選択バイアスの可能性も考えられる.第二に,本研究は横断研究であり,協働的風土や被援助への態度が両立支援の申出意図を説明し得るという因果関係について厳密には確証できない.第三に,両立支援の申出意図については,場面想定法を用いて調査時点での意図を尋ねたものであり,実際に回答者本人が同様の状況に遭遇した際の行動については評価できない.第四として,本研究では対象を正社員に限定したため,派遣社員など他の雇用形態の労働者全般に本研究の結果を一般化することは困難である.最後に,本研究では職場風土としての協働的風土を測定する質問項目を用いたが,両立支援の申出意図に関連する職場風土には経営層や管理監督者のリーダーシップのあり方や企業全体としての価値観13,14,15,多様性への寛大さ16,17,18といった様々な要素が多面的に存在していると推察される.今後は,職場風土をより多面的に評価可能なツールを開発・使用しつつ,同一事業場内の複数の部署を対象とした調査により職場風土と両立支援の申出意図との関連を分析していくことが望まれる.

結論

本研究では,中小企業においても,両立支援の認知度を向上させることで労働者の支援の申出意図を高める可能性が示唆された.その一方で,産業保健スタッフや柔軟な勤務・休暇制度の有無などの要因とは独立して,協働的風土や被援助に対する肯定的態度は両立支援の申出意図と有意に関連していた.両立支援について認知してもなお支援の申出に消極的な労働者に対しては,協働的風土の集団分析や職場環境改善プログラムによる職場風土の改善,および社内研修における両立支援の成功事例の情報提供などによる被援助への肯定的態度の強化などによって両立支援の申出を促進できる可能性が示唆された.

利益相反

利益相反自己申告:申告すべきものなし

資金提供:本研究は労災疾病臨床研究事業費補助金を受けて行われた.

その他

本稿の内容の一部は第94回日本産業衛生学会にて発表された.

文献
附録

附録1.

両立支援の概要説明に用いた資料(出典:厚生労働省)

 
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