産業衛生学雑誌
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溶接ヒュームばく露のリスク低減措置
小嶋 純
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2023 年 65 巻 2 号 p. 95-99

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1. はじめに

先般,溶接ヒュームを吸入すると神経障害等の健康障害を及ぼす恐れのあることが明らかとなり,厚労省では労働安全衛生法施行令,特定化学物質障害予防規則(特化則)等を改正して新たな告示を制定した.これにより,令和3年4月1日より「金属アーク溶接作業を継続して行う屋内作業場において,当該作業を新たに採用し,または変更しようとするとき」には,溶接ヒュームの濃度測定を行うことが事業者の義務として課された(一部経過措置あり).この測定では,溶接ヒューム中のマンガンの個人ばく露濃度を分粒装置を用いたろ過捕集方法によって計測し,その結果が 0.05 mg/m3 以上となった場合は,「換気装置の風量の増加その他必要な措置を講じなければならない」(特化則第38条の21第3項)とされている.なお,同条第1項には「溶接ヒュームを減少させるため,全体換気装置による換気の実施又はこれと同等以上の措置を講じなければならない」とあるので,上記第3項の「風量の増加」とは,基本的に全体換気装置において行うものと解される.

このため令和3年4月以降は,筆者が勤務している(独)労働安全衛生総合研究所にも各方面から全体換気に関する問い合わせが寄せられるようになり,「ヒューム濃度の低減にはどの程度の規模の全体換気が必要なのか?」を問われる機会が増えた.残念ながら,全体換気が有効なのは屋内有害物質の環境濃度に対してであって,換気量を増加させてもばく露濃度を低減させることは実質困難である.従ってヒューム濃度を有意に低減させるには,上記第3項の規定にある「その他必要な措置」に頼らざるを得ないのだが,厚労省では現在「その他必要な措置」の例として,

・溶接方法や母材,溶接材料等の変更による溶接ヒューム量の低減

・集じん装置による集じん

・移動式送風機による送風の実施

の三つを挙げている1.本稿ではこれらの他に,比較的低コストで実効性も高いと言われる以下の二つの措置

・吸引トーチの利用

・作業姿勢の改善

も加えた計五つの措置を取り上げて,その概要,効果,問題点等について過去の研究報告を基に解説し,ヒュームばく露リスクの低減化を図る際の参考に供したい.

2. 各種ばく露低減の為の措置について

2.1 溶接方法や母材,溶接材料等の変更

溶接時の諸条件(シールドガスの組成,溶接電流や電圧,溶接材の供給速度等)を適切に調整することによってヒュームの発生量や低毒性化(有毒成分の低含有率化)を図ることができるので,これまでに複数の研究者が簡易かつ経済性の高いヒューム対策法として紹介している.

その一例として,Grayら2の報告には以下の内容が記載されている.

・ミグ溶接時のシールドガスを,炭酸ガスからアルゴンベースもしくはヘリウムベースのガスに変えることで,ヒュームの生成率を最大で約80%減らせる.

・同じくミグ溶接において,シールド空間を広げることによりスパッターから発生するヒューム量を低減できる.

・有害成分(バナジウム)を含まない電極材を使用することで,ヒューム中に含まれる同成分を無くすことができる.

・フラックス中のバインダーが珪酸ナトリウムもしくは珪酸カリウムの物から珪酸リチウムの物に代替することで,被覆アーク溶接(MMA溶接)時のヒュームに含まれる六価クロムを大幅に低減することができる.

・ステンレス鋼材に被覆アーク溶接を行う際の溶接電圧次第で,ヒューム中の六価クロムの含有率は大きく変わる.

またこの他にも,例えば2001年のXinらによる報告3を見ると,以下の内容が記されている.

・直流プラス極溶接(DCEP Welding)では,1.4 mm径ワイヤ使用した場合,出力を 9.5 kW以上にすることでヒューム生成率の低減化が見られる.

・直流プラス極溶接では,ソリッドワイヤでもフラックス入りワイヤでも同様のヒューム生成率を示すが,アークの安定性を維持しつつ,より広い溶接条件範囲でヒューム生成率を低く抑えることができるのは,後者のワイヤである.

・直流プラス極溶接において,フラックス入りワイヤの供給速度を毎分800インチに設定した場合のヒューム発生量は,ソリッドワイヤ使用時の最小ヒューム発生量と同じであった.

さらに,2006年に刊行された米国溶接協会誌4では,ヒューム発生率およびヒューム中の六価クロム含有率を低減させる方策として溶接条件等の見直しやシールドガスの成分調整が有効であることを紹介している.例えば,シールドガスを100%炭酸ガスからアルゴン含有率の高いガスに変えた場合,ヒューム中の六価クロム含有率は高くなるものの,それ以上にヒューム自体の生成量が低減するため,結果的に六価クロムばく露の危険性は減じると述べている.

この様に,溶接条件の変更によってヒューム発生量をある程度減らす効果が期待できるが,溶接条件の多くは生産工程上の必要から規定されるので,採用可能な現場も限られるという難点がある.

同じく「溶接材料等の変更」に分類される低ヒューム溶接材(低ヒュームワイヤ)の利用についても併せて述べておきたい.これは,電極材の中に揮発性の低い成分等を添加することによって,溶接材としての性能を維持しながら溶接ヒュームおよびスパッターの発生量を低減させるという物で,1978年の国際溶接学会(IIW)において小林らが報告した知見(フラックス自体から生じるヒュームの量は,アルカリ金属の様な揮発性の成分をフラックス中から排除することによって最少化できる)の延長上にある製品と見ることもできる.

国内でもこの低ヒューム性を備えた半自動溶接用の電極材は複数種が市販されており,使用に際しては,作業方法の変更が不要でコストも安い点などが長所とされる.厚労省の通達「アーク溶接作業における粉じん障害防止のための工学的対策の推進について」(基安発第0220001号 平成18年2月20日)においても,低ヒューム材の効果を肯定的に紹介する記述が見られる.

また,低ヒューム材を製造販売している大手鉄鋼メーカーのwebサイトを閲覧すると,同材について「発生するヒューム・スパッタ発生量を大幅に低減させた画期的な溶接材料であり,溶接者の作業環境を向上させ,労働負荷も低減します.」と記しており,具体的な特長として

・単位時間当たりに発生するヒューム・スパッタ発生量を20~40%低減.

・ヒューム低減による防じんマスクの交換回数低減(作業能率向上).

・鋼板付着したスパッターの除去作業時間低減(労働負荷低減).

・アークの安定性向上によりスムーズな溶接施工が可能.

等があることをPRしている.

ただし,上記の特長は製造業者の商品広告として紹介しているものであり,必ずしも学術的に緻密な検証を経た情報ではない.半自動溶接用低ヒューム溶接材(低ヒュームワイヤ)のばく露低減効果について詳しく論じた国内の報文としては,「低ヒュームワイヤによるばく露低減効果の検証」5があり,同ワイヤにはヒュームばく露を有意に低減させるだけの効果が期待できないこと,場合によってはヒュームおよびオゾンのばく露量を増大させる危険性すらあることを,呼吸域におけるばく露濃度測定によって明らかにしている.一方,同論文では,一酸化炭素のばく露濃度に関しては15~24%低減させる効果が見られ統計的に有意であったとも報じている(表1).この様に,低ヒューム溶接材によるばく露低減効果は限定的なものと捉えるべきであろう.

表1. 各種溶接材使用時のヒューム,一酸化炭素およびオゾンのばく露濃度(n = 10)5
溶接ヒューム
[mg/m3
一酸化炭素
[ppm]
オゾン
[ppm]
従来品73.2113.90.08
低ヒュームタイプ(K社製)69.696.40.10
低ヒュームタイプ(N社製)91.286.10.02

余談となるが,2008年に刊行された米国溶接協会誌の掲載記事6では,米国海軍が溶接材メーカー2社に対して,溶接作業者のマンガンばく露防止を目的とする低マンガンの溶接材の開発を依頼した経緯を報じている.しかし試作された低マンガン材は,どちらも海軍の要求を満たすものではなかったそうである.

2.2 集じん装置

ここでいう「集じん装置」とは,他の粉じん作業場で使用される一般的な局所排気装置ではなく,主に「ヒュームコレクター」という商品名で市販されている移動式の簡易型集じん機で,溶接現場ではよく目にする装置である.排気風量は通常 4~10 m3/minほどで,集じん装置の本体下部にキャスターが付いており,直径 30~50 cm程度の自立型外付け式フードをスイング・アーム(フレキシブルダクト)で取り付けたタイプが多い(図1).また,まれに小型で排気風量 1~2 m3/minのポータブルタイプも見かけるが,その形状や構造は市販の「ハンダ吸煙器」に近く,海外では “portable LEV”,“portable fume extractor” 等の名称で販売されている.大小どちらのタイプでも,除じん後の空気は(屋外に排気せず)屋内に戻す構造になっている.

図1.

溶接作業場で使用されるヒュームコレクター

溶接ヒューム用のポータブル集じん装置のばく露低減効果について検証したものとしては,Meekerらによる2007年の報告7がある.彼らが模擬で行った溶接作業と現場の溶接作業にこの装置を適用したところ,前者においてマンガンばく露を75%,総粉じんばく露を60%低減させ,後者においてはマンガンばく露を53%,総粉じんばく露を10%低減させたという.ただし,この検証実験における溶接作業ではアーク点の移動範囲が小さく,作業中は常にフード開口面がヒューム発生源(アーク点)に近接していたことが奏功し高い捕集効果を得たものである.

一般に溶接作業ではアーク点が移動するため,排気フードの位置が固定していると所期の排気効果が得られ難い.ポータブルであるか否かに関わらず,集じん装置を有効たらしめるには,移動範囲の少ない溶接作業に適用する,もしくは(自動もしくは手動によって)フードの開口面が常にアーク点近傍にくるよう位置調整を行うこと等が必要である.

2.3 移動式送風機による送風

ブロアー(移動式送風機)を用いて作業者の呼吸域周辺に向け清浄空気を吹き当て,高濃度のヒュームを吹き飛ばしてばく露を低減させる方法である(図2).簡易な設備と低い運転コストおよび作業性を損なわない点等が利点に挙げられ,昔から溶接現場ではよく使われてきた手法だが,床に堆積したヒュームを再発じんさせる恐れのあること,或いは風下にいる近隣作業者に不測のばく露を及ぼす危険があることなどの欠点もある.また,単独で使用しても作業環境の改善には全く寄与しないので,有効な全体換気との併用が必要なことは言うまでもない.

図2.

作業者に向けた送風によるばく露の抑制

溶接作業者へ送風を行う際は,以下の2点に注意が必要である.

・過剰な送風は避ける:炭酸ガスアーク溶接の場合,アーク点の周囲に気流が存在するとシールドが阻害されて溶接欠陥(気孔)を生じさせる恐れがある.(一社)日本溶接協会では,溶接金属中に気孔を発生させない風速の条件として,0.3~0.5 m/secを提唱している8ので,これ以下の風速で送風を行う.

・作業者の背後からの送風は避ける:図3に示したように,作業者が背後から気流を受けた場合,体の正面の狭い領域内で渦を生じ局所的な逆流域が発現することがある9.その結果,作業者の手前にある有害物質発生源(この場合はアーク点)から発生したヒュームは風下方向に流れず,作業者の呼吸域に向かって流れてばく露を増大させることがあるので,送風機は必ず作業者の側方に置いて使用しなければならない.

図3.

作業者の体の正面に生じる局所的な逆流9

同じく送風による効果的なばく露抑制法として,小型ファンを作業者に装着させる方法もあるので併せて紹介する.図4の様に作業者の肩に取り付けた電池駆動のファンから矢印方向の送風を行うことにより,ヒュームが呼吸域へ到達することを抑止してばく露を低減させることが出来る.この場合の送風はアーク点を指向していないため,シールドを阻害して溶接欠陥を生じさせる恐れはない.ファンは小型・軽量なので遮光面体と干渉せず,作業性や視認性を損なうこともない.簡易かつ廉価にヒュームのばく露濃度の低減が可能な一法としてお勧めしたい.

図4.

溶接ヒュームのばく露抑止用小型ファンの装着例

(a)作業者の肩上に装着する.角度・方向の調整が可能

(b)呼吸域に到達するヒュームを前方に吹き飛ばす.

(c)溶接用遮光保護面と接触させずに装着が可能

2.4 吸引トーチ

海外ではfume extraction gunあるいはsmoke exhaust gunなどと呼ばれる装置で,小型局所排気装置の亜種と見なせなくもない.(「吸引トーチ」をそのまま英訳して “fume collecting torch” と呼ぶ日本人研究者もいるが,一般には通用しない.)半自動溶接トーチの先端部に小型の排気フードもしくは吸気孔等を設け,アーク点から数センチほどの位置からヒュームを効率よく吸引・捕集する(図5).ヒューム対策に有効だが,オゾンには効果の薄いことが知られている.排風量が少ないのでランニング・コストが少ないという利点がある.アーク点周辺の高温空気を吸引・排除するためトーチ先端部の過熱を抑える効果があり,その結果,より大きな電流での溶接が可能となって生産性を向上させることが期待できる.また,アーク点近傍の高濃度ヒュームを捕集・排除するので作業時の視認性を高め,作業性と溶接品質を同時に向上させるなど副次的効果があるという.海外では1970年には製品化されており,その有効性は当時から良く知られているが,重たくて取り扱いに不便なところが欠点とされる.日本の製造現場においても周知の装置であり,吸気口部分の形状等に種々の改良も為されてはいるが,作業性や操作性の悪さは未だ十分に解決し難いようで,現在に至ってもさほど普及していないのが実状である.

図5.

吸引トーチの例

トーチの先端部付近に吸引孔が設けてあり,そこからヒュームを吸い取る.吸引部のみをトーチ本体に後付けするタイプもある.

吸引トーチに関する事例報告としてはWallaceら10によるものがあり,米国内のスチーム・オーブン製造工場において吸引トーチが導入されてヒューム対策に一定の効果を上げた事例を紹介している.それによると,作業者は一体型よりも後付け式の吸引トーチを選ぶ傾向があったこと,吸引トーチを使用していても一部の作業者において米国産業衛生専門家会議(ACGIH)の定める当時の溶接ヒュームのTLV( = 総粉じんの8時間TWAとして 5 mg/m3)を超えるばく露が記録されたこと,シールドの破壊を案じ吸引トーチの能力を意図的に下げる作業者が見られたこと,天井換気扇からの送風が吸引トーチの吸気に干渉してヒューム捕集効果を阻害するケースが見られたこと,等を報告しており興味深い.

一方,吸引トーチに関する純粋な研究論文は少なく,筆者の知る限り2000年代初めに国内誌に掲載された2報があるのみである.2006年の久保田らの報文11では,国内で販売される一種類の吸引トーチについて調べたもので,アーク点での吸引風速を 0.43 m/sとした時にヒューム抑制率90%を得たことが記されている.同じく2006年に発表した筆者自身による実験12では,種々の溶接姿勢およびシールドガス流量が同トーチの効果に及ぼす影響を検証し,溶接線が水平から45°傾斜した場合およびシールドガス流量が 30 l/minを超えた場合に同トーチの捕集能力が顕著に低下することを明かしている.

2.5 作業姿勢の改善

熟練した溶接工は,自らの呼吸域を立ち昇ってくるヒューム雲から遠ざけるように動作と姿勢に配慮しながら巧みに作業を行うため,防じんマスクのフィルタの交換頻度が比較的少ない,という話を現場ではしばしば耳にする.実際,溶接作業者の姿勢や熟練度によってヒューム等へのばく露量が大きく左右されることは以前から知られており,例えば2002年に米国誌に掲載された複数の事例報告13,14(造船所で働く溶接作業者に対して行った調査で,適切な作業姿勢が局排の効果を高めばく露を抑制させた事例と,疑似タンク内部における溶接作業者のばく露と排気装置の効果を検証した報告)においてもそのことは確認できる.また,Flynnら15は,溶接に従事する労働者は訓練過程の早い時期にヒュームから身を避ける作業姿勢を習慣付けるべきだと述べている.しかし,この様な“ばく露低減姿勢”は,作業能率や肉体疲労の観点から推奨される作業姿勢と必ずしも一致しないので,「人間工学の分野から溶接ヒュームばく露対策の可能性を探ることも,こらからの大きな課題である」と唱える研究者らの主張は首肯できる.残念ながら,未だこの方面の体系的な研究は国内外を見回しても行われておらず,今後の研究成果が期待されるところである.

他にも,溶接作業者と事業主らに対する啓蒙活動などは,地道だが重要なヒューム対策の一つに数えられる.「安全衛生教育」自体は決して目新しいものではないが,依然として溶接現場ではヒュームの有害性に関する認識が薄いのも事実であり,効果的な局排の使用法に関する知識も不十分と見られる.「溶接作業者の作業姿勢が局排の排気効果を左右する」ので,「作業管理(作業者への継続的な教育・訓練)は欠かせない」とMeekerら7が提言するように,今後も継続して溶接ヒューム対策に関する意識の向上を図っていく必要がある.

3. おわりに

今般の溶接ヒュームを巡る改正により,「換気装置の風量の増加その他必要な措置を講じ」た後には再度ばく露濃度測定を行い,その結果に応じて有効な呼吸用保護具を選択し労働者に使用させなければならない(令和2年厚生労働省告示第286号第2条).しかし,2回目のばく露濃度測定の結果に対する基準もしくは目標値の規定は無いため,保護具の選定のみが同測定の目的と誤解され,「必要な措置」の履行が閑却されないか,些か懸念されるところである.「有害物質ばく露対策において保護具の使用は最終的な手段と位置付けられる」と云う労働衛生の基本理念に則り,溶接作業場においても適切な改善・防止措置が保護具に先んじて講じられることを望む.

利益相反

利益相反自己申告:申告すべきものなし

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