2023 年 65 巻 4 号 p. 218-230
目的:コロナ禍における産業保健活動の実態に関する報告は,首都圏を中心とした産業医もしくは事業所を対象とした報告が多い.本研究は同時期に事業所と産業医双方に調査を行い,首都圏とは異なる感染状況下の地方都市における産業保健活動の実態や,新型コロナウィルス感染症(以下COVID-19)対策に関する産業医の助言/支援及び社員の感染状況等の情報共有に関する事業所と産業医両者の認識の違い等を明らかにし,今後の産業保健活動に資することを目的とした.対象と方法:静岡県中西部に位置する聖隷福祉事業団3施設が契約する事業所213箇所及び担当嘱託産業医42名を対象として,2021年7~10月に郵送によるアンケート調査を実施した.まず事業所に調査票(無記名)と本調査への協力及び担当産業医が同様の調査に協力することへの同意の有無を記載する記名式返信用葉書を計196通郵送した.担当産業医の調査協力に同意を得られた事業所の担当産業医36名に,事業所149箇所分の調査票(記名式)を郵送した.調査内容は,基本属性,コロナ禍の産業保健活動の変化,感染対策,社員の感染状況,自由記述の5項目である.結果:有効回答率は,事業所155通(79.1%),産業医29名より事業所124箇所分(83.2%)であった.業種は製造・加工業が,事業所規模は100人未満が最も多かった.事業所調査票では,産業医が衛生委員会にリモート参加したことがある事業所は8.4%に留まり,職場巡視中止をしたことがある事業所は14.5%であった.コロナ禍に,約90%の事業所が産業医から感染対策等で助言/支援を受けており,その場としては職場巡視が最も多かった.しかし,産業医からの助言/支援を事業所が最も有用だと感じる場は衛生委員会であった.多くの事業所が感染対策を行っていたが,産業医からの助言/支援では,COVID-19感染予防の啓発活動促進や換気方法,食事の際の感染対策を有用だと感じ,禁煙促進の実施は難しく感じるとの回答が多かった.感染状況について,産業医と話すことに抵抗がある事業所は6.6%だったが,事業所と情報を共有することに抵抗がある産業医は34.5%であった.社員の感染経験がある事業所は,事業所調査票では39.4%であったが,産業医調査票では28.2%に留まり,双方で情報共有に差があった.自由記述では,事業所の困っている/困ったことの記載が多かった.考察と結論:今回の調査で,首都圏とは感染状況の異なる地方都市におけるコロナ禍の産業保健活動の実態や課題,社員のCOVID-19感染状況の情報共有について産業医と事業所の認識が異なること等が明らかになった.事業所・産業医間の感染状況の情報共有については,今後も同様のパンデミック等が起きた時に備え,公的な機関や学会がある程度の指針を示す必要性があると考えられた.本報告より,COVID-19関連と従来の産業保健活動を併せた今後の産業保健活動の在り方を探る一助となることを期待したい.
Objectives: Previous studies of occupational health services (OHS) during the coronavirus infection disease (COVID-19) pandemic have focused on either occupational physicians (OPs) or enterprises mainly in the metropolitan areas. This survey aimed to assess OHS in some local cities during the pandemic and different perceptions of OPs and small- and medium- sized enterprises, which could contribute to efficient OHS in the future. Methods: From July to October 2021, we conducted a questionnaire survey targeting 196 OHS officers and 42 OPs in Shizuoka prefecture. We mailed 196 questionnaires (anonymous) to the OHS officers, with self-addressed postcards requesting their OP’s cooperation for a similar survey. Based on the postcards replies, we mailed 149 questionnaires to 36 OPs. The survey was consisted of five categories; demographic characteristics, changes in OHS during the pandemic, infection countermeasures, infection status of employees, and free descriptions. Results: The effective responses included 155 and 124 questionnaires from officers and 29 OPs, respectively. Regarding demographic characteristics, manufacturing and processing industries comprised the most frequent office types, whereas fewer than 100 employees comprised the most common office size. Regarding the changes in OHS, 8.4% of enterprises had OP’s remote participation in health committees, and 14.5% of enterprises had stopped workplace patrols. Regarding infection countermeasures, approximately 90% of enterprises received advice and support from OPs and perceived health committees as the most helpful in receiving it. Whereas, OPs primarily gave it in workplace patrols. Many enterprises have implemented various infection countermeasures; however, they feel that promoting smoking cessation is difficult. They believed that the following advice and support was useful for the countermeasures; promoting awareness-raising activities to prevent infection, ventilation methods, and infection control while eating. Approximately 6.6% of enterprises were reluctant to share information about infection status among employees with OPs, and 34.5% of OPs were reluctant to share it with OHS officers. Moreover, about the ratio of enterprises whose employees had COVID-19, we found a difference between enterprises (39.4%)and OPs (28.2%). In free descriptions, some enterprises complained that OPs focused on COVID-19-related OHS and neglected conventional OHS. Conclusions: The survey revealed the OHS during the pandemic in some local cities and different perceptions about infection status between enterprises and OPs. To prepare for future pandemics, official organizations and academic conferences should provide guidelines for sharing information between OPs and enterprises. We believe this survey will lead to further cooperation between the two and better OHS combining COVID-19-related and conventional OHS.
新型コロナウィルス感染症(Coronavirus disease 2019,以下COVID-19)が本邦で流行しだしてから,2年弱が経過した.2020年4月を初回として,2021年12月までに計4回の緊急事態宣言が出され,人々の生活様式は手洗い・手指消毒等の基本的な感染対策に加え,密集・密接・密閉のいわゆる3密の回避や会食等の自粛,マスク着用での会話等変化してきた1).仕事でも,時差通勤やテレワーク等の分散出勤や職場での密回避等が推奨されるようになった2,3,4).
このようなコロナ禍で,各企業・事業所,産業医が行う産業保健活動も変化していると考えられる.特に2020年上半期には主に首都圏を中心とした事業所や産業医(専属産業医含む)を対象として,いくつかのアンケート調査が実施され5,6,7,8,9),従来から行っていた産業保健活動の変化やCOVID-19に関連した産業保健活動の実情,遠隔での活動状況,コロナ禍での課題等が明らかにされた.2020年下半期以降では,事業場や労働者を対象としたアンケート調査も実施された10,11).しかし,感染状況の異なる首都圏以外の地域の事業所におけるコロナ禍の産業保健活動の実情や変化等は明らかになっていないところも多く,我々が知る限り,産業保健活動をともに担う事業所と産業医の双方に同時期に調査を行い,両者の認識の違いを明らかにした研究はない.同じ産業保健活動であっても,産業医と事業所では,重視すべき対策が異なっていたり,COVID-19に社員が感染したかどうかの状況等の情報共有に関する認識が異なっていたりする可能性がある.
そこで本研究では,COVID-19感染拡大の状況が首都圏とは異なる静岡県を中心とした中小企業を対象に,事業所と産業医の双方にアンケート調査を行い,コロナ禍における産業保健活動の感染対策を含む実態や,社員のCOVID-19への感染状況の情報共有に対する事業所と産業医の認識の違い等を明らかにし,今後の産業保健活動に資することを目的とした.
本研究は,静岡県中部・西部及び愛知県東部東三河地区に所在する中小企業の事業所(以下,事業所調査)とその嘱託産業医(以下,産業医調査)への郵送によるアンケート調査である.
2.1 対象聖隷福祉事業団(聖隷健康診断センター(静岡県浜松市)・聖隷予防検診センター(同県同市)・聖隷健康サポートセンター Shizuoka(同県静岡市))が契約を結んでいる嘱託産業医42名及び嘱託産業医契約を結んでいる事業所213箇所をアンケート調査の対象とした.嘱託産業医は直接雇用契約であり,常勤医師は26名(社会医学系専門医及び指導医4名(15.4%)・日本産業衛生学会専門医及び指導医3名(11.5%)・労働衛生コンサルタント6名(23.1%)),非常勤医師は16名(社会医学系専門医及び指導医1名(6.3%)・日本産業衛生学会専門医及び指導医1名(6.3%)・労働衛生コンサルタント2名(12.5%))であった.資格に関しては重複回答を含んでいる.常勤医師を含めて31名(73.8%)が健康診断関連施設勤務医であり,他勤務医・開業医・労働衛生コンサルタント・大学/研究施設勤務医で構成されていた.
2.2 調査期間事業所へのアンケート調査期間は2021年7~9月,嘱託産業医へのアンケート調査期間は同年9~10月であった.静岡県では,調査期間内で緊急事態宣言が発出されている期間は,2021年8月20日から9月30日であった.
2.3 方法調査の流れを図1に示した.まず事業所調査として,聖隷福祉事業団と契約する事業所の担当者(産業医契約業務等を担当)に調査票(以下,事業所調査票)を送付した.担当者が社内の幾つかの事業所を取りまとめている場合(担当者1人複数箇所と記載)には,各事業所の産業保健活動が概ね同様と判断し,1通とした.合計196通(事業所213箇所分)を送付した.独自作成の調査票(選択式,一部自由記述.無記名)と共に,事業所が本調査に協力することへの同意/不同意,及び嘱託産業医が同様のアンケート調査に協力をすることへの同意/不同意を記載する返信用葉書(記名式)を同封した.
調査の流れと,調査・分析の対象事業所及び産業医の数
次に産業医調査を行った.担当する事業所のうち,事業所からの返信用葉書で担当産業医の調査に同意した事業所の分の調査票(原則1事業所1調査票(記名式))を送付した.事業所からの返信用葉書で,複数箇所の事業所を取りまとめる担当者から,産業医調査の同意を得られた場合には,各産業医に当該事業所分の調査票への記載依頼を行った.産業医の調査協力への不同意の記載及び返信がなかった事業所が合計64箇所あった.最終的に,事業所149箇所分,担当産業医36名を産業医調査の対象とした.調査票を集計後不明点等があった際に,個別に確認した.
2.4 調査内容アンケート調査の内容は,産業医経験を有する研究者内でメール討議し,以下とした.
(1) 基本属性:両調査票(事業所調査票・産業医調査票)で業種・直接雇用従業員数(100人未満,100人以上300人未満,300人以上),事業所調査票で産業医訪問回数(1か月に1回,2か月に1回,その他).業種の選択肢は,日本標準産業分類第11回改定の大分類12)及び埼玉大学社会調査研究センターと株式会社M&Aセンターによる調査13)に基づき作成した.
(2) COVID-19流行下における産業保健活動の変化:安全衛生委員会への産業医のリモート参加の経験や今後の意向,産業医の職場巡視中止の経験,両経験のメリット・デメリット
(3) COVID-19感染対策:1)事業所や産業医が参考にした資料(両調査票共通:産業衛生学会のホームページや職域ガイドライン等資料・厚生労働省のホームページや関連資料・日本医師会の配布資料やホームページ・国立感染症研究所のホームページや関連資料・その他,事業所調査票:加えてテレビ・新聞・ネットニュース),2)産業医からの助言/支援の有無や利用の場(職場巡視・衛生委員会の衛生講話・衛生委員会での議題の取り上げ・メールや電話での相談・その他),3)COVID-19感染対策の実施状況と産業医からの助言/支援の事業所の受け止め方:(産業医調査票:事業所に助言/支援を行った感染対策,事業所調査票:①一部部署/区域でも実施している感染対策②実施にあたり,産業医からの助言/支援が有用だった感染対策③実施を検討したができなかった感染対策の理由)
(4) 社員のCOVID-19感染判明状況の情報共有等:両調査票共通:事業所の産業医への報告の抵抗感や産業医が事業所へ状況を聞くスタンス・事業所における社員の感染判明経験の有無,産業医調査票のみ:感染の詳細(社員間/社内感染の有無・感染した社員の復職面談の有無),事業所調査票のみ:社員のCOVID-19感染判明状況に関する事業所から産業医への報告タイミング(①定期報告(産業医訪問までに社員の感染が判明しなかった場合)②これまでにCOVID-19に社員が感染したことがある事業所には,感染が判明した際にどのタイミングで産業医に報告したか,これまでにCOVID-19に社員が感染したことがない事業所には,今後感染が判明した際にはどのタイミングで産業医に報告しようと考えているか)・社員の感染が判明した際に事業所が産業医に相談する内容
(5) 自由記述:事業所や産業医が困っている/困ったこと,特徴的な自由記載
2.5 分析方法統計解析にはIBM SPSS Statistics 28を用いた.χ2検定ではp-value < 0.05を有意水準に設定した.
2.6 倫理的配慮本調査研究は,ヘルシンキ宣言,人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針を遵守し,聖隷保健事業部倫理委員会(03-02)及び浜松医科大学倫理審査委員会(21-033)の承認を得て実施した.事業所・嘱託産業医いずれに対しても,本調査研究への協力は自由意思に基づき,不同意でも不利益を被らないこと等を書面で説明し,不同意の機会を得られるようにした上で,文書での同意を得た.
事業所調査は無記名とした.産業医調査は調査後不明点があった際に個別に確認ができるよう記名式とした.事業所調査票には返信があった順に,産業医調査票には予め通し番号をふり,コンピュータに入力する際にはその番号のみを使用し,匿名データとして分析に使用した.
対象事業所213箇所の産業医担当者196人に対して事業所調査票を送付し,156通の回答を得た.自由記載欄に2回目の回答と記載のある調査票が1通あり,業種及び事業所規模等の主要項目が一致する調査票が1通のみあったため,この2通が重複回答であると判断し,2通目を調査対象から除外した.事業所調査票の分析対象は155通となった(有効回答率79.1%).そのうち149箇所の事業所より担当産業医の調査への参加の同意が得られた.149箇所の事業所を担当する産業医36名に対して産業医調査票を送付した.29名の産業医より124事業所について回答を得た.回収した調査票は全て有効回答とした(有効回答率83.2%).
3.2-1 解析対象の事業所の基本属性(表1)業種は両調査票で同様の傾向であった.その他業種では,医療・福祉業や金融・保険業が多かった.事業所規模は,両調査で100人未満が最も多かったが,300人以上の割合は事業所調査票で26.0%,産業医調査票で12.9%と事業所調査票で高く,χ2 検定でp < 0.05と2群の回答分布は統計学的に有意に違いが認められた.産業医の訪問頻度は,1か月に1回以上が102箇所(65.8%)と最も多く,次いで2か月に1回25箇所(16.1%),その他28箇所(18.1%)であった.
事業所調査票 | 産業医調査票 | ||||
---|---|---|---|---|---|
n = 155 | n = 124 | p-value | |||
1. 業種,n(%) | |||||
製造・加工 | 72 | (47.1) | 52 | (42.6) | 0.761 |
建設 | 12 | ( 7.8) | 10 | ( 8.2) | |
運輸・郵便 | 9 | ( 5.9) | 10 | ( 8.2) | |
卸売・小売 | 9 | ( 5.9) | 5 | ( 4.1) | |
情報通信 | 5 | ( 3.3) | 4 | ( 3.3) | |
飲食店・宿泊 | 2 | ( 1.3) | 0 | ( 0.0) | |
その他 | 44 | (28.8) | 41 | (33.6) | |
2. 従業員数,n(%) | |||||
100人未満 | 63 | (40.3) | 56 | (45.2) | 0.032 |
100人以上300人未満 | 52 | (33.8) | 50 | (40.3) | |
300人以上 | 40 | (26.0) | 16 | (12.9) |
※事業所調査票群と産業医調査票群の2群間でχ2 検定を行った
※事業所調査票:業種の記載漏れ(n = 2)
※産業医調査票:業種及び従業員数の記載漏れ(n = 2)
調査票に回答のあった29名の産業医のうち,常勤医師は20名(社会医学系専門医及び指導医3名,日本産業衛生学会専門医及び指導医3名,労働衛生コンサルタント5名),非常勤医師は9名(社会医学系専門医及び指導医1名,日本産業衛生学会専門医及び指導医1名,労働衛生コンサルタント1名)であった.資格については重複回答を含んでいる.常勤医師を含め,健康診断関連施設勤務医は25名(86.2%)であった.
3.3 COVID-19流行下における産業保健活動の変化安全衛生委員会への産業医のリモート参加経験がある事業所は,事業所調査票で13箇所(8.4%)・産業医調査票11箇所(8.5%)であり,いずれも有効回答(各々12箇所/11箇所)全箇所で,今後もリモートによる産業医の参加を検討すると回答した.産業医の職場巡視中止の経験がある事業所は,事業所調査票・産業医調査票いずれも22箇所(14.5%/20.8%)であった.両経験を行った際のメリット・デメリットを表2に記載した.安全衛生委員会への産業医のリモート参加のメリットでは,物理的に集まらないことが感染対策や他従業員のリモート参加を促すことへ繋がったと,産業医・事業所両調査票に多く記載があった.デメリットでは,インターネット環境の整備や準備・接続についての課題の記載が多かった.産業医の職場巡視中止の経験に関しては,メリットの記載は産業医・事業所両調査票ともになかった.デメリットでは,産業医・事業所両者より直接会えない弊害として面談や情報交換等の機会が減ったという記載が多くあったほか,事業所からは安全に対する意識が低下した声があがった.
安全衛生委員会へのリモート参加 | メリット | 産・事 | 物理的に集まらずに済む:感染対策になる・参加人数が増える |
産 | 移動の時間がかからない | ||
デメリット | 産・事 | ネットの環境の整備(産業医側の整備も必要) | |
機材のセッティングや全員の入室に時間がかかる | |||
相手の反応が読みづらい・進捗状況が分からないことがある | |||
接続が不良となると,産業医が参加できないまま終わる | |||
安全衛生委員会以外の業務(特に巡視・面談)があり難しい | |||
職場巡視中止 | デメリット | 産・事 | 面談や情報の機会が限られること |
産・事 | メンタルケアがタイムリーではなくなる | ||
産 | 長期間巡視ができなくなり不安になる | ||
事 | 産業医の意見を聞く機会が減る | ||
事 | 安全に対する意識の低下(物損事故が起きた事業所もあり) |
※産:産業医調査票の自由記載,事:事業所調査票の自由記載をそれぞれ示す
(1)参考にした資料
事業所・産業医両調査票でともに最も多かったのは,厚生労働省のホームページや関連資料であり,それぞれ144箇所(92.9%),24名(82.8%)であった.事業所調査票では次いで,テレビ62箇所(40.0%),インターネット57箇所(36.8%),新聞52箇所(33.5%)が多く,その次に産業衛生学会ホームページや職域ガイドライン等関連資料38箇所(24.5%),国立感染症研究所ホームページや関連資料32箇所(20.6%),日本医師会のホームページや配布資料等27箇所(17.4%)であった.その他,グループ企業等の親会社や本社からの情報提供や指導と回答した事業所が13箇所(8.4%)あった.産業医調査票では,次いで産業衛生学会ホームページや職域ガイドライン等関連資料21名(72.4%),国立感染症研究所ホームページや関連資料13名(44.8%),日本医師会ホームページや配布資料等8名(27.6%)であった.その他,Centers for Disease Control and Prevention(CDC)のホームページや,ウェブサイト(医師向けウェブサイト,山中伸弥による新型コロナウィルス情報発信,忽那賢志のYahoo!ブログ,こびナビ,新型コロナウィルス感染症に対するワクチンについてのYouTube動画)の回答があった.
(2)産業医からの助言/支援の有無や利用の場
事業所調査票で産業医から助言/支援があったと回答があったのは,135箇所(88.2%)であった.産業医調査票では28名(96.6%)が事業所121箇所(93.8%)に対して,助言/支援を行ったと回答した.助言/支援の場として利用された場は,職場巡視が最も多く76箇所(57.6%)であり,次いで安全衛生委員会での衛生講話66箇所(50.0%),衛生委員会での議題の取り上げ54箇所(40.9%),メールや電話での相談27箇所(20.5%)の順であった(事業所調査票).この中で事業所が助言/支援の場として最も有用だと感じたのは,衛生委員会での衛生講話で60.6%であった.衛生委員会での議題の取り上げは57.4%,職場巡視52.6%,メールや電話での相談44.4%であった.
(3)COVID-19感染対策の実施状況と,産業医からの助言/支援の事業所の受け止め方(表3)
産業医調査では,産業医調査票で事業所に助言/支援を実際に行ったと回答のあった事業所121箇所分を分析対象とした.事業所調査の,感染対策を一部部署/区域でも実施している(表中:感染対策実施)という項目については,有効回答全調査票155通を分析対象とした.産業医からの助言/支援を事業所が有用だと感じた(表中:助言/支援は有用)項目については,事業所調査票で産業医からの助言/支援があったと回答した135箇所を分析対象とした.表3の感染対策項目の中のA事業所から社員への働きかけの「新型コロナウィルス感染症予防の啓発活動促進運動及」及び「食事の際の工夫」については,その中の各々の小項目のいずれか一つでも該当があった事業所数(%)を示した.
感染対策項目 | 事業所調査 | 産業医調査 | 事業所調査 | |||
---|---|---|---|---|---|---|
感染対策実施† | 助言/支援実施 | 助言/支援は有用 | ||||
n = 155 | n = 121 | n = 135 | ||||
A. 事業所から社員への働きかけ,n(%) | ||||||
1. 新型コロナウィルス感染症予防の啓発活動促進運動* | 153 | (99.4) | 111 | (91.7) | 78 | (57.8) |
1-1 マスク着用の励行 | 153 | (99.4) | 103 | (85.1) | 53 | (39.3) |
1-2 正しいマスクの着用方法 | 130 | (84.4) | 68 | (56.2) | 41 | (30.4) |
1-3 手洗いの励行 | 148 | (96.1) | 62 | (51.2) | 54 | (40.0) |
1-4 正しい手洗いの方法 | 132 | (85.7) | 52 | (43.0) | 35 | (25.9) |
1-5 手指消毒の励行 | 149 | (96.8) | 89 | (73.6) | 53 | (39.3) |
1-6 ラミネートやポスター掲示等の使用 | 130 | (84.4) | 42 | (34.7) | 18 | (13.3) |
2. 毎日の検温 | 138 | (89.6) | 58 | (47.9) | 32 | (23.7) |
3. 毎日の体調確認 | 129 | (83.8) | 67 | (55.4) | 27 | (20.0) |
4. 食事の際の工夫* | 146 | (94.8) | 89 | (73.6) | 53 | (39.3) |
4-1 昼食時間帯をずらす | 99 | (64.3) | 57 | (47.1) | 28 | (20.7) |
4-2 昼食提供方法の工夫 | 68 | (44.2) | 37 | (30.6) | 18 | (13.3) |
4-3 配席 | 123 | (79.9) | 68 | (56.2) | 31 | (23.0) |
4-4 食事中の会話を控える | 135 | (87.7) | 75 | (62.0) | 30 | (22.2) |
4-5 食事の際の感染のリスクの説明 | 117 | (76.0) | 65 | (53.7) | 40 | (29.6) |
5. 流行状況に応じた社員の行動規範の決定 | 137 | (89.0) | 38 | (31.4) | 21 | (15.6) |
6. 社員が感染/濃厚接触者となった時の取り扱いの決定 | 140 | (90.9) | 55 | (45.5) | 36 | (26.7) |
7. 禁煙促進 | 62 | (40.3) | 45 | (37.2) | 32 | (23.7) |
B.職場環境の整備,n(%) | ||||||
8. アルコールの設置 | 150 | (97.4) | 75 | (62.0) | 38 | (28.1) |
9. 検温システム(体温計含む)の設置 | 129 | (83.8) | 33 | (27.3) | 19 | (14.1) |
10. 共用部分の定期的な消毒 | 128 | (83.1) | 69 | (57.0) | 34 | (25.2) |
11. 定期的な換気(換気回数の目安) | 135 | (87.7) | 101 | (83.5) | 61 | (45.2) |
12. 対面となる場でのアクリル板等の設置 | 126 | (81.8) | 51 | (42.1) | 29 | (21.5) |
13. 加湿器の設置 | 96 | (62.3) | 34 | (28.1) | 25 | (18.5) |
C.事業所外の人への対応,n(%) | ||||||
14. 来客の検温 | 126 | (81.8) | 52 | (43.0) | 21 | (15.6) |
15. 来客の体調確認 | 112 | (72.7) | 44 | (36.4) | 19 | (14.1) |
16. 感染流行地域からの来客への対応の工夫や対策 | 129 | (83.8) | 38 | (31.4) | 17 | (12.6) |
D. そのほか | 8 | ( 5.2) | 26 | (21.5) | 2 | ( 1.5) |
※事業所調査票の感染対策実施列†:記載漏れ(n = 1)
※感染対策項目の1新型コロナウィルス感染症予防の啓発活動促進運動*及び4食事の際の工夫*の行では,各々1-1~1-6,4-1~4-5のいずれか一つでも該当している事業所数(%)を示している
事業所が行っている感染対策の項目(表中:事業所調査の感染対策実施)では,禁煙促進や昼食提供方法の工夫を除く全項目で,半数以上の事業所が一部部署/区域でも可能な限り感染対策を実施していた.
産業医が事業所に対して助言/支援を実際に行った感染対策項目(表中:産業医調査の助言/支援実施)としては,新型コロナウィルス感染症予防の啓発活動促進運動が最も多く91.7%,次いで定期的な換気が83.5%であった.少ない項目は検温システムや加湿器の設置となっており,いずれも職場環境の整備の項目であった.自由記載では,ワクチン接種関連事項(副反応やメリット・リスクの説明,推奨)が最も多く,他に不織布マスクの有効性や時間差出勤の推奨,次亜塩素酸空中散布の危険性の説明,屋外作業時の熱中症対策とマスク着用のバランスについての説明,CO2モニター設置推奨,学校行事に関する助言,社員が発熱した時の対応の助言,COVID-19関連で参考になるホームページや資料の紹介があった.事業所が産業医からの助言/支援を有用だと感じる項目(表中:事業所調査の助言/支援は有用)では,新型コロナウィルス感染症予防の啓発活動促進運動57.8%や換気回数の目安を含む定期的な換気方法45.2%,食事の際の感染対策39.3%が多かった.
事業所が実施を検討したができなかった理由として,まず禁煙促進では,経営者や役職者の喫煙率が高いことや個人の嗜好に強制をかけられないことが理由として多い一方,喫煙時の黙煙や喫煙室内の人数制限,ソーシャルディスタンスといった感染対策を行ったので禁煙促進はしなかった・必要を感じなかったと回答する事業所も多かった.次に昼食提供の方法を含む食事の際の工夫では,スペースの確保や建物の構造上の問題が理由として多く,自由記載で行動制限が多くストレスのかかるコロナ禍に昼食中の会話の禁止まではできないと回答する事業所があった.昼食提供方法の工夫については,既に給食の外部委託契約業者があり,事業所としては工夫が難しいという回答も複数あった.加湿器や検温システムの設置では予算が,対面となる場でのアクリル板等の設置ではスペースの確保や事業所の従来の構造上の問題が実施にあたり障壁となっている事業所が多かった.また,社員の検温や体調確認は,事業所としてするよう指導しているが,何らかの形で聞いたり記録として残したりすることは少なく,来客の体調確認については,訪問時に聞くようにしているが人によっては聞きづらかったり,検温をしているので聞かないと回答する事業所があった.
(4)社員のCOVID-19感染判明状況の情報共有等
COVID-19に感染した社員がいるか等の事業所の状況を産業医に報告することに抵抗を感じる事業所は10箇所(6.6%)に留まった.一方,産業医で基本的には事業所訪問時に自身から確認する(積極的)のは19名(65.5%)であり,事業所から報告や相談があるまでは敢えて聞かないというスタンスをとる医師(消極的)が10名(34.5%)いた.1名の産業医は,複数担当している事業所の1箇所では敢えて聞かないスタンスをとっていた.自由記載に,COVID-19の感染状況はセンシティブな内容であるため,産業医から積極的に事業所に聞いていいか分からないという回答があった.一方,事前に社員の感染が判明した際には産業医に連絡を速やかに入れるようにお願いしている,電話やメールで連絡を取り合っていると記載する医師もいた.
COVID-19に社員が感染したことがある事業所は,事業所調査票では61箇所(39.4%)であり,いない事業所が90箇所(58.1%),答えたくないが4箇所(2.6%)であった.しかし,産業医調査票では担当事業所で感染判明例があったのは35箇所(28.2%)に留まり,いない事業所が70箇所(56.5%),状況が不明である事業所が19箇所(15.3%)あった.事業所調査票の方が,感染経験があると回答した事業所の割合が多く,産業医は事業所の感染状況を把握しきれていない場合があった.社員が感染したことのある事業所35箇所の中で,産業医が社員間/社内感染を疑った事例は3箇所(8.6%)に留まった(産業医調査票).社員の感染が判明した際に産業医に対応方法等を相談したことがある事業所は61箇所中22箇所(36.1%)であった(事業所調査票).相談内容は,感染した社員についての相談と濃厚接触者ではないが感染した社員と接触があった社員についての相談が最も多く11箇所であった.感染した社員については,いつから出勤させるかについて相談する事業所が多かった(8箇所).他,濃厚接触者の扱い(9箇所),会社や感染した社員の所属する部署等の営業/勤務について(7箇所)等であった.その他,PCR検査及び抗原検査の有効性と実施時期について,行動履歴の詳細を訪ねたりPCR検査を受けさせたりする社員の抽出についてや事業所として対応に問題がないかについて相談したと自由記載があった.感染した社員の復職に際する面談を行った事業所は,2箇所(6.1%)に留まった.
社員のCOVID-19感染判明状況に関する事業所から産業医に報告するタイミングを表4に示した.報告のタイミングを,報告をしたことがない・産業医から聞かれたときに報告する・今後社員の感染が判明した際の報告のタイミングについて検討したことがないという選択肢を消極的,産業医訪問時に自主的に報告する・産業医訪問前に報告するという選択肢を積極的と分類した.記入漏れ,自由記載のみで選択肢の回答がない,重複回答の中で消極的・積極的選択肢両方を回答したものは表4の分析から除外した.消極的・積極的各々の同じカテゴリ内での重複回答は分析対象とし,n = 1とカウントした.社員が感染したことがある事業所61箇所のうち,定期報告のタイミングは記入漏れが26箇所,消極的・積極的両カテゴリでの重複回答が2箇所あり,有効回答は33箇所分であった.また,社員の感染が判明した時の報告タイミングでは,消極的・積極的両カテゴリでの重複回答が2箇所,自由記載のみの回答が2箇所あり,有効回答は57箇所であった.COVID-19に社員が感染したことがない事業所90箇所のこれまでの定期報告のタイミングは,記入漏れが4箇所,自由記載のみの回答が3箇所で,有効回答が83箇所であった.今後社員の感染が判明した際の報告タイミングについては,記入漏れが3箇所,自由記載のみの回答が3箇所で,有効回答が84箇所であった.結果,特に社員のCOVID-19への感染が判明した時の報告タイミングは,社員の感社判明経験のある事業所が,経験がない事業所と比較して,消極的なタイミングでの報告割合が多かった.自由記載では,社員の感染判明経験がある事業所では,定期報告・社員の感染判明時いずれのタイミングでも衛生委員会を含む会議等の議事録で報告をするという回答があった(定期報告n = 1・感染判明時n = 2).社員の感染判明経験がない事業所では,定期報告のタイミングは衛生委員会での報告(n = 2)という回答であり,今後感染が判明した際にはまず本部や本社等での社内連絡をする(n = 3)という回答であった.
【定期報告のタイミング】 | |||||
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COVID-19に社員が感染したことがある (n = 61) | COVID-19に社員が感染したことがない (n = 90) | ||||
有効回答n = 33 | 有効回答n = 83 | p-value | |||
消極的 | 22 | (66.7%) | 45 | (54.2%) | .221 |
積極的 | 11 | (33.3%) | 38 | (45.8%) |
【社員のCOVID-19感染が判明した時の報告タイミング】 | |||||
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COVID-19に社員が感染したことがある (n = 61) | COVID-19に社員が感染したことがない (n = 90) | ||||
有効回答n = 57 | 有効回答n = 84 | p-value | |||
消極的 | 26 | (45.6%) | 15 | (17.9%) | < .001 |
積極的 | 31 | (54.4%) | 69 | (82.1%) |
自由記載項目から,事業所・産業医がそれぞれ困っている/困ったこと(表5)と特徴的な内容(表6)を記した.困っている/困ったことについては,事業所調査での記載が多く,特に記載の数としては,ワクチン関連業務による人手不足と衛生講話を含む産業保健活動がCOVID-19に偏りすぎており,災害や疾患予防が疎かになっていることが事業所の回答として多かった.特徴的な内容は各事業所独自の感染対策の記載が目立った.
ワクチン | 産・事 | 職域ワクチン接種が進まない |
事 | ワクチン業務により人手不足になる | |
事 | ワクチン接種後の従業員の行動制限や感染対策の緩和 | |
事 | ワクチン接種後副反応への対応/人手不足 | |
事 | ワクチン接種済と接種していない者での感染対策の違い | |
COVID-19長期化の影響 | 事 | 従業員のストレス管理 |
事 | 従業員間や顧客との対話の機会の減少による組織/チーム力の低下 | |
事 | 慣れによる感染対策への意識の低下 | |
事 | COVID-19に関して,敏感な人とそうでない人の差が激しい | |
医療・福祉現場 | 事 | 園児に風邪症状がある際の登園自粛を保護者に理解してもらう難しさ |
事 | 乳幼児での感染対策の限界を保護者に理解してもらうことの難しさ | |
事 | 感染対策をしてもらうこと自体が難しい | |
感染対策 | 産・事 | 熱中症対策とマスク着用のバランス |
産 | 次亜塩素酸の空中散布の危険性をなかなか理解してもらえない | |
事 | 業務中のマスクの非着用やつけ方の問題 | |
事 | 外国人従業員への注意喚起や感染対策の周知 | |
事 | 喫煙所での感染対策や喫煙者への感染対策の周知 | |
事 | 食事中の会話が減らない | |
事 | 家族から従業員への感染は防止できない | |
事 | 社員へ行っている行動制限等を緩和/解除するタイミング | |
産・事 | COVID-19流行で停滞している,産業医の産業保健活動の再開時期の決定 | |
事 | リスクある業務後出社させる際,どの時期にPCR/抗原検査を実施するか | |
その他 | 産 | 通常の産業保健活動に加えてのCOVID-19関連業務で対応に時間がかかる |
産 | 感染対策等を過剰にしすぎないよう,担当者の不安を抑える働きかけ | |
産 | 個別の健康相談が増えている | |
産 | 独居の人でメンタルケアが必要な人が増えている | |
産 | 上層部の理解が得られず,感染対策物品が経費で落としてもらえない | |
事 | 衛生講話がコロナばかりなので,普通の病気等についても話してほしい | |
事 | 産業保健活動がコロナに偏りすぎて,災害対策等ができていない | |
事 | 他の中小企業がどのような産業保健活動/対策をしているのかを知りたい |
※産:産業医調査票の自由記載,事:事業所調査票の自由記載をそれぞれ示す
ワクチン | 産・事 | COVID-19ワクチン特別休暇(接種当日含め最大翌々日) |
医療/福祉現場 | 事 | 時間を決めて利用者と共に消毒・清掃を行い,自身の業務量を軽減 |
感染対策 | 産・事 | 浜松市の事業所が,天竜杉を使用した飛沫防止パーテーションを購入する際には,浜松市から助成金が得られる仕組みが良かった |
事 | 在宅勤務や時差出勤の推奨 | |
事 | 事業所内でのゾーニング(各階や部署の往来や直接対話の制限) | |
産 | CO2モニターの設置 | |
事 | オゾン発生機・プラズマクラスターの導入 | |
事 | 風邪等COVID-19以外の病気での欠勤後の復職の目安の考え方の指導 | |
事 | 感染者の回収物の取り扱いのマニュアル化の指導を受けた | |
事 | 全社員に定期的に抗原検査を行う | |
事 | リスクある業務を行った社員は,PCR/抗原検査陰性確認後出社許可 | |
産 | 各部署に抗原検査キットを配布し,社員や同居家族が自由に使用できる | |
産 | 学校行事に関する助言(実施・中止の各行事の判断) | |
産 | ハンドドライヤーの再開の助言 | |
産 | 各業種/分野での感染対策ガイドライン等が出され始め,楽になった | |
その他 | 産 | 対人関係の悩みでメンタルケアをしていた人達が,在宅勤務により改善 |
産 | 大手傘下の中小企業では,トップダウンで感染対策や行動規範等が決定されるため,嘱託産業医としてはできることは少なかった |
※産:産業医調査票の自由記載,事:事業所調査票の自由記載をそれぞれ示す
今回我々は,愛知県東部から静岡県中部に所在する事業所とその担当嘱託産業医各々に,コロナ禍での産業保健活動の実態や変化等を調査した.多くの事業所が職場巡視の場で産業医から助言/支援を受け産業保健活動を行っているが,安全衛生委員会の場での産業医からの助言/支援の方が有用だと感じていることがわかった.また,事業所の社員のCOVID-19感染経験の有無と,事業所から産業医への感染状況報告への積極・消極性には関連があることがわかった.現在の産業保健の課題としては,感染対策・ワクチンを中心としたCOVID-19関連の活動に産業保健活動が偏っていることや禁煙促進が進まないことが分かった.本調査で,産業医による禁煙促進の助言/支援の実施率がやや低かったことから,喫煙と感染に関する認識が産業医側にも低かった可能性がある.喫煙による感染リスクや重症化リスクの増大,喫煙所での感染リスクの増大が,当初は有用な知見が無かったため,優先度が低かったと思われる.さらに,斎藤らの調査研究14)や平成22年度の職場における受動喫煙防止対策の実態調査15)によると,禁煙化は責任者の判断により進みやすく,禁煙化が進まない理由として,分煙ができていることや喫煙者の理解・協力が得られないことが最も多く挙げられている.これらは,本調査の自由記載での禁煙促進が進まない理由と一致した.従って,喫煙とCOVID-19との関連の知見を収集し,産業医として社員全体への衛生講話等を利用した喫煙に関する衛生教育の他,経営者や役職者に向けた教育も今後行っていく必要があると考える.
事業所調査でのCOVID-19感染判明経験がある事業所の割合が,産業医調査での割合より高く,産業医調査票では約15%の事業所の感染状況を産業医は把握していなかった.産業医の約35%は,担当事業所の事業所のCOVID-19感染状況の把握に消極的であったが,事業所で産業医に報告することに抵抗があるのは6%に過ぎないことも併せて考えると,産業医側がCOVID-19の感染状況を事業所に聞くことに消極的になり,感染状況の情報共有ができていなかった可能性が考えられる.事業所側からは,コロナ禍の産業保健活動は地域・事業所差等がある可能性もあり,感染対策や産業保健活動の在り方が他事業所と足並みがそろっているか知りたいという意見があった.
事業所・産業医共にCOVID-19対策では厚生労働省ホームページや関連資料を最も参考にしていたが,事業所は次いでマスメディアを参考にするところが多い一方,産業医は産業衛生学会や国立感染症研究所,日本医師会のホームページや関連資料等を参考にしている者が多かった.従って,事業所側の他の地域や事業所と感染対策や産業保健活動の足並みを揃えたいという意見については,産業医が参考にしている信頼のおける公式ホームページや関連資料を事業所に提供し,更に嘱託産業医が事業所での取り組みの経験等を共有し,共有したものを産業医活動に反映させていくことで,応えることができると考える.
一方,事業所と産業医間の感染状況の情報共有に関する,約3割程度の産業医の消極的な姿勢は,自由記載にもあるように機微な情報であり敢えて情報を求めなかったことが大きいと思われる.しかし,産業医は,事業所内での感染予防,クラスター予防,疫学調査などに貢献できる可能性があるため,個人情報に注意しながら感染状況はタイムリーに得ることが望ましいとも考えられる.事業所の他事業所と足並みを揃えたいという意見も含めて考えると,このパンデミック下では多くの産業医や事業所が,感染情報の共有の在り方について悩んだと考えられ,今後同様のパンデミックが起こった際も含めて,一定のルール作りが重要である.現時点では,厚生労働省の通知が参考になり16),ここではCOVID-19陽性者が出た際に事業所はその取扱いができるものを最小限の関係者に限り,対応方法を各事業所で決めておくことを推奨している.しかし,その関係者に産業医が含まれるかは決まっていない.従って今後は,厚生労働省や医師会,産業衛生学会等公式な立場から緊急事態下のこのような機微な健康情報の取り扱いの目安やどこまで各々の事業所・産業医に委ねても良いのかを検討・掲示しておくことも必要だと思われる.
また,パンデミックが発生し1年以上が経過したからこそ,見えてきたことがある.これまでのコロナ禍の産業保健活動に関する先行研究は2020年4月から6月のコロナ第2波前に行われているものが多く,所在地としては首都圏を含む大都市が中心であった5,6,7,8,9).嘱託産業医が対象に含まれる調査研究はあるものの,対象者が学会所属者・産業医大卒業生を主としたネットワークに所属する医師など特定の嘱託産業医が対象となっていたり,対象人数が少なかったりした.今回の我々の調査期間は,2021年7月(静岡県では第5波開始時期)から9月(第5波収束前)に行っており,これまでの流行とは異なる様相を呈する流行時期ではあるものの,COVID-19のパンデミックが始まってから1年以上が経過し,感染対策は定着し始めたと考えられる時期である17,18,19).さらに,対象は中小企業の事業所及び嘱託産業医で,ともに同じ産業保健活動を行う両者にほぼ同時期に調査を行った.
産業医の職場巡視中止の経験については,産業医学推進研究会が2020年5月8日~15日にかけて,主に産業医科大学の卒業生で構成される産業医学推進研究会の会員に対して行った調査では中止21%・延期39%7),守田らが報告した新型コロナウィルス感染拡大に伴う緊急事態宣言中の産業保健活動(2020年5月16日~22日に遠隔産業衛生研究会に所属する会員を対象としてアンケート調査を実施)では,延期または中止が72.5%であった5).対して,我々の調査では,先行研究より1年以上経ってからの調査にも関わらず,産業医の職場巡視中止の経験は14.2%に留まった.地域性や事業所規模,業種,専属産業医か嘱託産業医かの違いが関与している可能性がある.例えば,寺田らによる東京都における調査20)において,嘱託産業医が月1回以上職場巡視をしている割合や安全衛生委員会への出席はコロナ禍以前であったがいずれも約50.0%であった.しかし,福島らによるコロナ禍2020年の札幌市における調査10)においては,産業医の2か月に1回以上の職場巡視は32%に留まり,2か月に1回以上の,安全衛生委員会への出席は56%であった.前回調査2003年と比較して産業保健活動が改善していることや業種による産業保健活動の差異も明らかとなっていた.
一方,職場巡視を中止したことがある事業所や産業医からはメリットの声が聞かれず,安全意識の低下や面談や情報交換の機会の減少,メンタルケアがタイムリーではなくなる等デメリットの声が多かった.我々の調査では,両調査共に産業医の職場巡視の経験の有無を聞いたのみで,衛生管理者による巡視を延期・中止としていたかどうかが不明である.従って,産業医の職場巡視中止が安全意識の低下を招いたのか,産業医が中止したことで衛生管理者も中止したり,事業所内での他の活動も中止になったりしたことで,安全意識の低下が生じたのかは分からない.産業医との面談や情報交換の機会の減少やメンタルケアがタイムリーではなくなる点については,衛生委員会への産業医のリモート参加が本調査では全体の8.5%に留まったことや産業医調査票で産業医側のネット環境の整備を求める声があったことを加味すると,リモート体制が不十分だったり,リモートを行いにくかったりした可能性が考えられ,職場巡視を中止するとその月の産業医面談や衛生委員会の産業医の参加自体も中止されていたことが関連している可能性が考えられる.従って,職場巡視や産業医の衛生委員会への参加がなくても,面談や情報交換の機会までもが無くなってしまわないように産業保健サービス提供の在り方に注意すべきと考える.この課題は,オンラインでの産業保健面談に関する小川らの調査研究11)の結果と一致している.
一方,安全衛生委員会への産業医のリモート参加経験がある事業所及び産業医は今後もリモートでの参加に前向きであったことから,本調査のように組織と契約を結ぶ嘱託産業医に対し,リモート体制の整備を何らかの形で補助することで,情報交換の機会やタイムリーなメンタルケア等の産業医面談の機会は確保できた可能性がある.
事業所や産業医が困っている点としてCOVID-19関連産業保健活動が増えたことによる人手不足や社内上層部・社員間での感染対策への意識の差,陽性者・接触者への対応範囲の判断があげられた.これらは今井らの2020年8月から10月にかけて行った企業経営者・担当者へのインタビュー調査結果と一致した6).特に社内上層部の感染対策の意識の差については,先行研究から1年以上を経た我々の調査でもそれが原因で感染対策物品を経費で買うことができないという声があったことや禁煙促進が進まなかったことからも,非常時の役職員等社内上層部への危機管理に関する正しい情報提供や理解してもらえるよう働きかけることも産業医の役割であろう.更に,ワクチンや衛生講話等COVID-19関連に産業保健活動が偏りすぎている指摘が事業所からあがっていることから,今後はアフターコロナを見据えて,COVID-19関連と従来の産業保健活動をバランスよく行う必要がある.
本研究にはいくつかの限界がある.解析対象事業所の基本属性における従業員数300人以上の割合が,事業所調査票の方が産業医調査票より高かった.これは300人以上の事業所でグループ会社や親会社から許可が得られず,担当産業医の調査協力への同意を得られなかった,もしくは事業所の現状について公表したくなかったためと考えられる.300人以上の事業所のみだけではなく,調査票の回収ができなかった事業所は,同様の理由で調査協力が得られていない可能性が高いと推察され,回収した調査票にバイアスがある可能性は否定できない.結果として,産業医調査と事業所調査の分析対象となった事業所は概ね同一であるが,事業所規模では先述の分析の通り差が見られ,全く同一の対象ではない点が限界となる.次に,静岡県西部を中心とした,愛知県東部から静岡県中部の限られた地域での調査であり,この結果を一般化して考えることは難しい.また,今回の調査対象の事業所は一部大企業のグループ会社や子会社であり,嘱託産業医は健康診断関連施設勤務医が主で(71.4%),一般勤務医や開業医は少数に留まる.一方,先行研究によると,嘱託産業医の中で最も多いのは開業医である20,21).平成14年の産業医活動に関する調査報告書21)によると,1か月あたりの活動時間・担当事業所数・1事業所に1か月にかける時間は,開業医と健康診断機関勤務医師それぞれ,9.4時間/21.7時間・4.3箇所/9.6箇所(開業医以外の嘱託産業医含む)・3.1時間/2.1時間であった.嘱託産業医の属性によって産業保健活動の実態が異なる可能性がある22).最後に,業種ごとの産業保健活動の違いについての分析は,1業種あたりのサンプル数が5以下のものが幾つかあるため行うことができなかった.
本報告により,コロナ禍における産業医活動の実態が明らかにされることで,今後のCOVID-19対策や事業所と産業医の連携がよりスムーズに進み,COVID-19関連と従来の産業保健活動をバランスよく併せた今後の産業保健活動の在り方を探る一助となることを期待したい.
本調査にご協力頂きました事業所の担当の方々及び産業医の先生方,また本調査の事務作業を中心に多大なご尽力を頂きました,執筆当時経営管理課の髙塚康弘様と経営事務課の樽井侑介様に心より御礼申し上げます.
利益相反自己申告:申告すべきものなし