産業衛生学雑誌
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産業保健実地専門家における学術活動の課題に関する調査
深井 航太 宋 裕姫森口 次郎渡井 いずみ由田 克士福田 雅臣原 邦夫堤 明純
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2024 年 66 巻 3 号 p. 128-133

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1. はじめに

日本産業衛生学会は,産業衛生に関する学術の発展を促進し,産業保健活動の基礎となる学術的知識を会員に普及させることを目的として,2019年度に学術委員会を設立した.その背景の一つには,高年齢労働者の労働災害や精神障害の労災認定の増加,就労女性の健康管理のあり方など,産業保健上の課題の多様化かつ複雑化があげられる1.このような課題を解決するための対策や政策に関する意思決定のためには,頑健なエビデンスの構築と,根拠のある働きかけを職場に実装する研究が必要である.事実,科学的なエビデンスには,病因に関するもの,介入に関するもの,対策や政策が社会や職域に効果的に実装される実践知に関するものの3つのタイプがあるという考え方もある2.よって,研究者と実地専門家双方による産業保健研究の促進が重要である.しかし,大久保ら3の報告によると,2000年以降の日本産業衛生学会では,ポスター発表の演題数は400前後で推移しているが,一般口演の演題数は減少傾向にある.学術委員会内では,このような発表件数の減少は,実地専門家にとって,研究方法,個人情報の取扱い,研究対象者への倫理的配慮などへの対応が難しくなっていることによる可能性を指摘する意見があった.

そこで,本研究では,実地専門家の学術活動の課題や障壁を探索することを目的に,アンケート調査を行うこととした.本調査の結果は,日本産業衛生学会による実地専門家の学術活動への支援を検討する際,有益な情報を提供することが期待される.

2. 調査方法

本調査は,産業保健実地専門家を対象としたアンケート調査である.調査対象者は,2021年6月時点で日本産業衛生学会の正会員であった者のうち,会員情報にメールアドレスを登録している者であり,かつ対象者自身が「産業保健の現場での業務を中心に活動している(実地専門家)」と判断した者とした.なお,大学や研究機関等を主な所属としている会員には回答しないように依頼した.調査方法は,Google Formsを用いたウェブアンケート調査とし,調査期間は,2021年6月21日から2021年9月4日とした.

アンケート調査の主な内容は,以下の通りである.選択式設問は,回答者の基本属性(性別,年代,職種,所属機関,職位,勤務形態)に加え,「実地専門家が学術活動を行うことには意義があると思うか」,「3年以内に学術活動(論文執筆,学会発表等)を実際に行ったか」とした.また,産業医部会,産業保健看護部会,産業衛生技術部会,産業歯科保健部会,産業栄養研究会から推薦された学術委員会のメンバーにおいてブレーンストーミングを行い,学術活動を行っていない理由15項目(「その他」自由記述を含む),行っている理由8項目(「その他」自由記述を含む)を挙げ,複数回答ありとした.

解析方法は,カテゴリカルデータについては量的(記述疫学的)に分析し,自由記述式設問の質的データには計量テキスト分析を行った.解析ソフトはStatistical Analysis System(SAS)Software version 9.4(SAS Institute, Cary, NC, USA)を用いた.量的分析では,χ二乗検定を用いて,基本属性による学術活動の有無の差を検討した.質的分析ではKH coder3を用いて,自由記述設問の回答における頻出語を確認し,前処理として分析に使用する語の取捨選択をした後,再度頻出語を確認した.その上で,出現パターンが互いに似通っていた語を確認するため,共起ネットワーク分析によって,共起の程度がもっとも強い語のペア60組を線で結ぶ共起ネットワークの図を作成した.その際,条件は,最小出現数5,Jaccard法で上位60と設定した(段階1).次に,Key Word in Context(以下,KWIC)コンコーダンスにてデータの中で語がどのように使われているかという前後の文脈を確認しながら解釈し,コーディングルールを作成した.さらに,どのような文書にコードが与えられたかを確認した上で,単純集計を行うことで,明示的に問題意識の追及を行った(段階2)4.本調査では,要配慮個人情報は扱わず,ウェブアンケート調査への参加の際に,結果の公表について同意の上で回答が得られた者を回答対象とした.

3. 調査結果

アンケート調査には,629名の会員より回答が得られた.本調査はウェブフォームのURLにアクセスできる全ての会員が対象であったため,正確な母数については不明であったが,2021年3月30日時点での日本産業衛生学会の正会員数は8,233名であった.

1) 量的分析

表1に回答者の基本属性を示す.回答者は,女性が多く(57.9%),50代が最多(37.5%)であり,職種は医師(49.8%)または保健師・看護師(以下,看護職)(42.9%)が大多数であった.その他の職種として,歯科医師20名(3.2%),労働衛生コンサルタント9名(1.4%),作業環境測定士4名(0.6%),心理職4名(0.6%),管理栄養士4名(0.6%),衛生管理者2名(0.3%),薬剤師1名(0.2%),その他2名(0.3%)であった.実地専門家に回答を依頼したため,企業(61.5%)に所属する者が多かった.職位は役員級から一般社員まで幅広く回答し,勤務形態はフルタイム勤務(84.3%)が多かった.「実地専門家が学術活動を行うことに対する意義があると思うか」という問いについては,97.6%の者が「あると思う」または「ある程度あると思う」と回答し,「ないと思う」「あまりないと思う」と回答した15名において基本属性による特徴はみられなかった(図1).

表1. 回答者の属性(N = 629)

項目属性N
性別男性25740.9%
女性36457.9%
無回答81.2%
年代60代以上10616.9%
50代23637.5%
40代18429.3%
30代9114.5%
20代121.8%
職種医師31349.8%
保健師・看護師27042.9%
その他467.3%
所属機関企業38761.5%
労働衛生機関6410.2%
病院・医院599.4%
独立開業6710.7%
その他528.2%
職位役員級9615.3%
部長級8513.5%
課長級7812.4%
係長・主任級619.7%
一般社員23437.2%
その他7511.9%
勤務形態フルタイム勤務53084.3%
短時間勤務7211.5%
その他274.2%

図1. 産業保健の実地専門家による学術活動に対する意義(N=629)

表2に基本属性別の学術活動(3年以内)の有無の結果を示す.なお,年代については,50代以上を“ベテラン”,40代以下を“若手”と再分類した.この結果,職種において,学術活動ありが医師では50.8%であったのに対し,看護職では25.9%と低かった.その他の基本属性(年代,所属機関,勤務形態)による学術活動の有無の差はみられなかった.

表2. 属性別の学術活動(3年以内)の有無(N = 629)

項目属性学術活動あり学術活動なしχ二乗検定
NNp
年代ベテラン13740.1%20559.9%0.68
若手11038.3%17761.7%
職種医師15950.8%15449.2%< .01
保健師・看護師7025.9%20074.1%
その他1839.1%2860.9%
所属機関企業14537.5%24262.5%0.27
労働衛生機関2742.2%3757.8%
病院・医院2542.4%3457.6%
独立開業2334.3%4465.7%
その他2751.9%2548.1%
勤務形態フルタイム勤務20939.4%32160.6%0.94
短時間勤務2737.5%4562.5%
その他1140.7%1659.3%

学術活動を行っていないと回答した382名のうち,学術活動を行っていない理由として,多い順に以下の通りであった(複数回答あり):1位「時間に余裕がないから」(71%),2位「統計学など活動に必要な知識が不足しているから」(41%),3位「業務時間外に行わなければならないから」(36%),4位「データの収集やまとめ方がよくわからないから」(28%),5位「所属機関では学術活動が評価されないから」(26%),6位「活動や実践を研究する手法を知らないから」(25%),7位「統計ソフトを持っていないから」(23%),8位「所属機関で倫理審査を受けられないから」(20%),9位「統計ソフトの使い方がわからないから」(18%),10位「研究・発表についての所属機関内の規定がないから」(17%).

一方で,学術活動を行っていると回答した247名のうち,学術活動を行っている理由として,多い順に以下の通りであった(複数回答あり):1位「自身の成長のため」(73%),2位「労働者の健康増進や疾病管理に役立てるため」(57%),3位「社会貢献のため」(42%),4位「研究に興味があるから」(37%),5位「所属機関の事業に役立てるため」(36%),6位「職種ごとの専門資格を取得するため」(31%).

表3に,学会に求める実地専門家への支援のニーズの多かったものを示す.1位「データの集積方法やまとめ方の勉強会」,2位「統計学の勉強会」,3位「活動や実践そのものが研究になるような手法の教育」,4位「統計ソフトの勉強会」,5位「学会発表や論文執筆への助言指導窓口の設置」であり,主にデータ解析の手法に関する技術的な支援のニーズが高かった.なお,職種別や学術活動の有無別でみたところ,「倫理支援の審査」については,学術活動あり群で45.3%(247名中112名),なし群で28.5%(382名中109名)と,研究経験のある者で有意に高いニーズがみられた(p < .01).

表3. 学会に求める実地専門家への支援のニーズ(N = 629,複数回答あり)

順位ニーズN
1位データの集積方法やまとめ方の勉強会35556.4%
2位統計学の勉強会30748.8%
3位活動や実践そのものが研究になるような手法の教育28545.3%
4位統計ソフトの勉強会26842.6%
5位学会発表や論文執筆への助言指導窓口の設置25139.9%
6位倫理審査の支援22135.1%
7位所属機関の承諾を得る方法13922.1%
8位学術活動に関わる企業内規定のひな形作成12519.9%
9位産業保健分野の学術活動の金額換算の効果の事例提示12319.6%
10位研究・発表についての所属機関内の規定の導入方法11518.3%
11位大学や研究機関に所属する研究者の紹介10917.3%
12位コラボヘルスコンソーシアムの設立支援558.7%

2) 質的分析

自由記述式設問「産業衛生学会から実地専門家の学術活動への支援についてご希望やご意見があればお教えください.」には,全体では629名中103名(回答率16.4%),職種別では,医師313名中64名(20.4%),看護職270名中30名(11.1%),その他46名中9名(19.6%)が回答した.データの前処理では,「産業医大」を強制抽出する語,「思う」,「特に」,「感じる」,「考える」を使用しない語にそれぞれ指定した.頻出語の共起ネットワーク分析(図2)の結果,KWICコンコーダンスにて前後の文脈を確認したところ,主題は,「研究の支援」,「学習に必要な支援」の2グループに分類できると解釈した.さらに,原文を参考に,「研究の支援」を「研究と実践の統合」,「研究手法」,「研究手続き」に,「学習に必要な支援」を,「教育研修の機会」,「情報へのアクセシビリティ」,「研究ニーズと支援のマッチング」,「つながりやコミュニティの構築」に分類してコード化した.このコーディングルールを用いて,単純集計を行ったところ,「研究手法」44.7%,「研究と実践の統合」29.1%,「つながりやコミュニティの構築」24.3%の順に多かった(表4).

図2. 共起ネットワーク分析による出現パターンと共起の程度

※語間の実線は共起関係,濃さは共起関係の強さ,点線は他のグループとも関係があることを示している.

表4. 実地専門家から求められる支援の出現頻度と原文例(自由記述設問回答者,N = 103)

実地専門家から求められる支援出現頻度原文例
N
研究の支援
研究手法4644.7%「データを集めることはできるが,統計解析がわからない」「論文化の支援をお願いしたい」など
研究と実践の統合3029.1%「日常業務に追われる」「学術的意義だけでは許可は得られない」「研究と現場がどのようにリンク」「企業にとって,研究が意味あるとわかってもらえる良い方法」「現場での還元やメリット」など
研究手続き87.8%「企業におけるデータの取扱いや倫理委員会対応についてのアドバイス」「倫理委員会の開催のサポート」など
学習に必要な支援
つながりやコミュニティの構築2524.3%「学会の相談窓口」「ネットワーク作りの場」など
情報へのアクセシビリティ1918.5%「学会ホームページなどで,関連資料の掲載」「現場での実践のなかで,課題を設定し,研究を展開して成果を生んだ好事例の紹介」など
教育研修の機会1413.6%「学べる機会」「学会で行われた教育講演」「学会のシンポジウムで,継続的に,実践研究を具体的に取り上げる」など
研究ニーズと支援のマッチング1110.7%「現場の課題,ニーズと研究機関の提供できる手法とのマッチングシステム」「大学の先生との共同研究」など
コード無し2322.3%「学会が支援してくれる」「学会は学術的なエビデンス提供」など

4. 考察

1) 本調査結果への考察

本調査では,産業保健の実地専門家における学術活動の現状と課題について調査した.量的分析の結果,回答者のうち,医師の約半数が学術活動を行っているのに対し,看護職では約四分の一と,職種による差が明らかとなった.学術活動を行っていない理由としては,時間に余裕がないこと,統計学などの知識不足だけでなく,「所属機関で倫理審査を受けられないから」「研究・発表についての所属機関内の規定がないから」といった,社内データ利用の手続きの困難さなどが挙げられた.一方,学術活動を行っている理由としては,自己研鑽が第一位であり,続いて「労働者の健康増進や疾病管理に役立てるため」といった日常の産業保健活動に繋げる姿勢などが上位だった.また,学会に求める支援としては,「データの集積方法やまとめ方の勉強会」「統計学の勉強会」など,データ解析の手法に関する技術的な支援のニーズが高かった.加えて,質的分析は,職場の課題を直接解決し還元できる研究の必要性(研究と実践の統合)や,相談窓口の設置・ネットワークづくり(つながりやコミュニティの構築)などの支援のニーズも抽出された.これらの結果は,産業保健の実地専門家が学術活動を行う上での課題とニーズを明らかにし,その解決策を提案するための重要な情報を提供している.

日本看護科学学会員を対象とした調査においても,基本属性によるワーク・ライフ・バランスに関する要因に加え,「研究能力の不足」や「研究のリソース不足」が研究活動の阻害要因としており,同様の結果が報告されている5.第96回日本産業衛生学会(2023年5月 宇都宮)において,一般演題に登録されたのは449演題である(筆者調べ.演題取下げ等含む).日本産業衛生学会の会員数が8,233名(2021年3月30日時点)であることから,会員の約5%に相当する.共同演者を考慮していないことや,他学会の演題数との比較を行っていないため,この演題数の多寡は評価できないものの,産業保健の実地専門家が学術活動に対する意義を認めていることを鑑みると,本調査の結果から得られた学会発表に取り組む阻害要因を取り除いていくことが必要と考えられる.

2) 学術委員会の支援

学術委員会ではサブグループ毎に,学術活動に関する様々な支援を開始している.本結果を受けて,産業保健現場と研究のギャップ解消班では,本アンケートの結果をもとに議論し,研究初心者である産業保健実地専門家の参考となる動画を作成することとした.動画は統計手法など各論よりも研究活動の基礎的な内容を中心とする方針を定め,学術委員会若手研究者の会の協力を得て,『産業保健職の研究活動入門』という会員がアクセス可能な3本のオンライン動画を作成し,2023年5月に公開した(『産業保健活動の進め方と研究デザイン』[金森悟氏,帝京大学大学院公衆衛生学研究科],『研究仮説の立て方』[渡辺和広氏,北里大学医学部公衆衛生学],『データ活用の実践 Excelのピボットテーブルを使いこなそう』[西田典充氏,日本電産株式会社人事部]).現在,学会ウェブサイトやメールマガジンでの会員向けの周知を行うとともに,受講後のアンケート調査を分析し,新たなニーズに応じた動画の検討も進めている6.さらに,サイエンスコミュニケーション班では,日本産業衛生学会が発行しているJournal of Occupational Health,Environmental and Occupational Health Practice,および産業衛生学雑誌の3誌に掲載された論文をリソースとしたSciComのオンライン公開7 や,学術委員会若手研究者の会は初学者向けの統計学等に関する自由集会を定期的に行っている.

3) 本研究の意義と限界

質的分析は,回答率の低さから,実地専門家全体への一般化は難しく,職種ごとのニーズを分類するまでには至らなかった.しかし,量的分析による結果を支持しつつ,補完的に,事業場において実地専門家の時間などの資源的な制約や学術活動の意義の説明の難しさなどの障壁を克服するための研究と実践の統合などのニーズを特定することができた.すでに,同学会のEnvironmental and Occupational Health PracticeのField Study8 やGood Practice9 では,職場の課題を疫学研究のデザインや統計学的分析を用いて直接的に解決した研究の報告もあるが,まだ報告例は少ない.今後は,実地専門家による学術活動を推進するために,研究の成果を学会や論文で発表すると同時に,その職場に直接還元し,根拠のある働きかけを実装する研究の手法を開発・普及する必要性があると考えられる.

4) 結語

産業保健の実地専門家の学術活動を促進することは,個々の自己研鑽のみならず,複雑化する産業保健上の課題を解決するための頑健なエビデンスの構築につながる.この観点から,実地専門家の学術活動の障壁や課題を特定し,具体的な支援策を実行することは,大変重要である.本研究の結果を踏まえ,実地専門家の学術活動を推進しやすい環境を整備するため,さらなる取り組みが求められる.

謝辞

本研究の情報収集のためのアンケート調査にご協力いただいた日本産業衛生学会会員の皆様に深謝いたします.

利益相反

利益相反自己申告:申告すべきものなし

文献
 
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