2022 年 20 巻 p. 47-59
日本語の連母音/ei/と/ee/および/ou/と/oo/はそれぞれ音韻中和しており, 長音化して[eː]や[oː]と発話されるのが一般的とされているが, 中和の程度は/ei/と/ee/より/ou/と/oo/の方がより完全であるという指摘がある.本研究は, 上記の音韻中和の傾向が英語の二重母音/eɪ/と/oʊ/の習得に転移するかを検証した.使用したのはJ-AESOPコーパス内の日本人英語学習者100名による英語音声データで, 各話者には複数の音声学者による発話習熟度の評定値が付与されている.音響・統計分析の結果, 習熟度の低い学習者による/eɪ/と/oʊ/の発話は, 英語母語話者と比べてフォルマント変化量が有意に小さかった.習熟度の高い学習者については, /eɪ/のフォルマント変化量は英語母語話者と有意な差は見られなかったが, /oʊ/に関しては有意差が認められた.これらの結果は, 日本語母語話者は音韻中和の転移から/eɪ/や/oʊ/を[eː]や[oː]と長音化して発話する傾向にあり, 中でも/oʊ/はより完全な音韻中和の転移を受けるために習得が困難であることを示唆している.なお, /ou/と/oo/のほぼ完全な音韻中和の転移は, 日本語母語話者が英語の/oʊ/と/ɔː/(例:boatとbought)を混同する理由としても有力と考えられる.