2025 年 24 巻 p. 51-66
認知が情動と不可分に根本的に結びついているという考え方は, 哲学, 精神医学, 神経科学, 第二言語習得など複数の学問分野において理論化され, 支持されてきた.さらに, 感情は社会的に構築された現象であり, 社会情動リテラシーにおいても不可欠な要素である.言い換えれば, 認知と社会的インタラクションはどちらも情動と密接に関連している.本論では, 外国語学習におけるミクロレベル情動についての3つの仮説を概観する.第1の仮説は「Emotion-Involved Processing Hypothesis(EIPH;日本語訳=情動関与処理仮説)」であり, これは意味処理における感情的精緻化が, 情動関与がない単なる意味処理よりも強力な偶発的記憶痕跡をもたらす(すなわち、より深い処理となる)というものである.EIPHは複数の実証的研究によって支持されている.次に検討すべきは, どのような感情が言語学習にとって効果的であるのかという問題である.これに関連する第2の仮説は「Deep Positivity Hypothesis(DPH;日本語訳=ディープ・ポジティビティ仮説)」であり, 深い/意味的処理と学習はネガティブな感情よりもポジティブな感情によって促進されることが, 学際的な事実の線によりアブダクティブに提起されている.DPHは実証的に検証されているだけでなく, 第二言語習得において貴重な実践的洞察を提供しているポジティブ心理学の洞察と調和的である.では, ポジティブな感情が万能薬なのだろうか?必ずしもそうとは言えない.自由エネルギー原理に基づき提唱された第3の仮説は「Deep Epistemic Emotion Hypothesis(DEEH;日本語訳=深いエピステミック情動仮説)」であり, この仮説によると、快・不快といった情動価よりも, ポジティブ対ネガティブの二元論的構図を越えた知的な驚きや好奇心といったエピステミック情動が, 高次の知識獲得や記憶定着の促進において枢要であるというものである.DEEHは実証的に裏付けられているだけでなく, 擬似オートエスノグラフィー的にも支持されている.これらの発展する仮説は, 言語学習における情動と認知の動的な相互作用を理解し, 活用するための理論的・実践的な洞察を提供している.