抄録
本研究は, 日本語話者による英語の功there形構文の習得を調査する.there構文は, 英語において唯一, 表層非対格性を表す構文である (Leven and RapPaport Hovav, 1995).本研究の目的は, Belletti (1988) が提案した枠組みを基に, 日本語話者が, 英語の非対格動詞とBe動詞が持つ格付与の特性を習得できるのかどうか, を明らかにすることにある.英語の非対格動詞とBe動詞は随意的に部分格を内項に与えることができる (Lasnik, 1992, 1995).その結果, 内項である名詞句は基底地に留まることができ, そして拡大投射原理を満たすためにthereが主語位置に挿入される.部分格は限定性と相いれぬため, その名詞句は非限定のものでなければならない.これに対比して, 日本語では, 同種の動詞は義務的に主格を動詞の前の内項に与える.また, 拡大投射原理は弱いため, DPは主語の位置に挿入される必要はない (Yatsushiro, 1996, 1999).受け身動詞と非能格動詞に関しては, 両言語は同じ特性を持っている.以上を枠組みとして, Hirakawa (2003b) は先駆的研究を行ったが, 習熟度中級レベルの被験者はBeの部分格は習得したが非対格動詞の部分格は習得していないと主張した.この結論の正当性を吟味するため, ネイティブスピーカーと初級から上級に及ぶ4レベルの習熟度の異なる学習者に文法性判断テストを行った.テスト構文は, 動詞の種類 (非能格動詞, 受け身動詞, 存在や出現を表す非対格動詞1, 他の意味を表す非対格動詞II, Be動詞) と名詞句の限定性によって異なる, 'DP-V'と'thereV-DP'の2タイプである.実験結果から, 学習者が, どの種類の動詞が虚辞のthereと共起可能か, またさらに, 下位分類された動詞群の中でどのグループがthere構文内に生じることができるのか, も分かって来ることが判明した.しかし, 同時に, 上級レベルに到ってさえも, 非能格動詞や, 存在・出現を表さない非対格動詞がthere構文をとることができない, ということは習得されていなかった.さらに, '*there-UnaccusadveI/be-definiteDP'が非文法的な構文と判断されなかった.これらの結果を基に, 非対格動詞やBeといった特定の動詞郡に属する格は, 成人外国語習得者によって習得されないと論じた, 代わりに, 日本語話者は, 母語の語彙に関する意味知識と形態音韻レベルに関する知識を第二言語に応用することによってthere構文を習得する, という説を提案する.