半導体工場(前工程)の工程数は数百と多くそして循環する点で特殊であり,その工程管理は特有の困難さがある.日系半導体メーカーは生産管理システムを各社独自に開発し,工夫を凝らしながらこれらの問題に対処することで,少なくとも1990年代初頭ごろまでの最盛期にはそれが参入障壁の一部となっていたと考えられる.その後標準ソフトウエアが海外で普及して,台湾のファウンダリー等が新たなビジネスモデルに向けたシステム構築おいて有利となり先行した可能性があるが,こうした議論を深める上で前提となる,それ以前の半導体工場の生産管理システムと工程管理の状況について詳細はあまり知られていない.よって,本稿では当時の状況を議論の土台となるように明らかにする.