日本生態学会誌
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人獣共通感染症リスクと侵略的外来種問題
亘 悠哉
著者情報
ジャーナル オープンアクセス HTML 早期公開

論文ID: 2207

詳細
要旨

人獣共通感染症の発生は増加しており、公衆衛生や社会経済、生物多様性の重大なリスクとなっている。人獣共通感染症の発生を促進する主な要因のひとつが外来種の侵入である。そのプロセスはおもに2つあり、ひとつは外来種の侵入に伴う病原体や病原体媒介生物(ベクター)の随伴移入により、新たな感染症リスクが生じるプロセス、もうひとつはもともと地域に潜在する病原体やベクターを増加・拡散させるプロセスである。しかしながら、これまで人獣共通感染症に主に対応してきた動物衛生や公衆衛生の分野においては、必ずしも外来種問題の関心が高くはなく、人獣共通感染症対策において外来種対策や生態学的な概念が取り入れられることはほとんどなかった。こうした知識ギャップを埋めるため、本総説では、これまで散発的に報告されてきた人獣共通感染症と外来種をキーワードとする研究事例を整理し、以下の3つの事例について紹介し、それぞれ外来種が感染サイクルの中で果たす役割やとりうる対策の方向性に整理した。1)イエネコへの餌やりで深刻化するトキソプラズマ症リスク、2)自然環境と人間生活圏をまたいだ重症熱性血小板減少症候群(SFTS)感染サイクルと外来哺乳類の役割、3)国内外来ニホンジカの移入がもたらす人のマダニ刺咬リスク。これらの事例を受けて、人獣共通感染症対策の新たな選択肢として外来種対策を追加する提言を行った。

Abstract

Increased numbers of zoonotic outbreaks pose significant risks to public health, socioeconomic stability, and biodiversity. Invasions by non-native species are a primary factor promoting such outbreaks. Non-native species increase zoonotic disease risk through two major processes. First, novel infectious diseases may arise through the introduction of novel pathogens and vectors associated with non-native species. Second, invasion by non-native species may promote the increase and spread of existing pathogens and vectors at local scales. However, invasive species management has rarely been addressed when seeking to control zoonoses. To address this knowledge gap, we reviewed and summarized the literature on three zoonotic risks posed by non-native species in Japan: exacerbation of toxoplasmosis from human feeding of free-ranging cats, roles played by invasive non-native mammals in the transmission of severe fever with thrombocytopenia syndrome (SFTS) across natural and anthropogenic habitats, and tick bite risk posed to humans by the introduction of non-native sika deer. We propose that invasive species management should be a component of zoonotic disease control.

はじめに

人獣共通感染症の発生は増加しており(Jones et al. 2008)、公衆衛生や社会経済、生物多様性の重大なリスクとなっている(Daszak et al. 2000; Dobson et al. 2020)。たとえば、新興感染症の60%は人獣共通感染症と言われている(Jones et al. 2008)。また、この数十年の主要な新興感染症であるエイズ、エボラウイルス病(エボラ出血熱)、重症急性呼吸器症候群(SARS)、中東呼吸器症候群(MERS)、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はすべて動物由来人獣共通感染症である。人への感染の発端となった感染源動物が必ずしも特定されるわけではないが、例えば、エイズはチンパンジーPan troglodytes(Gao et al. 1999)、エボラウイルス病は自然宿主がオオコウモリ類、感染源動物として、オオコウモリ類、霊長類、ヤマアラシ類、(World Health Organization 2023)、MERSはヒトコブラクダCamelus dromedaries(Chan et al. 2015)が挙げられている。特に、昨今のCOVID-19パンデミック下においては、我々は健康、経済、日常生活に甚大な影響を被り、我々の生活が自然環境の感染症伝播プロセスといかにリンクしているかを実感させられる機会になった。

人獣共通感染症の発生を促進する主な要因として、人口密度(Jones et al. 2008)、土地利用の変化(Allen et al. 2017; Gibb et al. 2020)、生物多様性の低下(Keesing and Ostfeld 2021)、そして本稿のテーマである外来種の侵入が挙げられている(Zhang et al. 2022)。外来種の侵入は近年の生物多様性の低下の主要因であることはよく知られており(Bellard et al. 2016; Clavero and Garcia-Berthou 2005)、また農林水産業への莫大な経済被害と対策コストももたらしている(Angulo et al. 2021; Diagne et al. 2021; Watari et al. 2021)。新たな生息地へ侵入した外来種(侵略的外来種)の特徴のひとつに、農耕地や都市部など人為的環境にも比較的生息地としての選好性が高く、自然環境から人間の生活圏まで異なる生態系をまたぎ分布する傾向があることが挙げられる(Beltran-Beck et al. 2012; Mackenstedt et al. 2015; Saito and Koike 2013)。このような侵略的外来種のジェネラリスト的な生息地選好性により、ときに森林などの自然環境内部よりも、農地や居住地などの人為的環境やその境界において哺乳類や鳥類の種数やアバンダンスが多く維持されることもある(Gibb et al. 2020; Johnson et al. 2020; Mackenstedt et al. 2015; McKinney 2008)。日本でも、例えばアライグマProcyon lotorやハクビシンPaguma larvata、クリハラリスCallosciurus erythraeus thaiwanensis、イエネコFelis silvestris catusなどの侵略的外来哺乳類は、それぞれ生息地を人間生活圏にも大きく重複させ(Saito and Koike 2013)、農林業被害や家屋被害など、人間活動との軋轢を引き起こしている(Ikeda et al. 2004; 栗山・高木 2020; Tamura and Yasuda 2023; Watari et al. 2021; 亘 2023)。こうした現状に対し、日本全国で有害鳥獣捕獲や外来種対策が行われている(阿部 2011; 栗山・高木 2020; Suzuki and Ikeda 2019; Tamura and Yasuda 2023)。

一方で、外来種の侵入は人獣共通感染症のリスクとしても認識する必要がある(Chinchio et al. 2020)。そのプロセスはおもに2つあり(Strauss et al. 2012; Chalkowski et al. 2018)、ひとつは外来種の侵入に伴う病原体や病原体媒介生物(ベクター)の随伴移入により、新たな感染症リスクが生じるプロセスである(図1a)。感染症法や家畜伝染病予防法、狂犬病予防法における指定動物の検疫や輸入禁止、届け出の制度は、海外からの病原体やベクターの移入を防ぐためのものである。実際に、日本は多様かつ大量の動物を輸入し、輸入動物に頻繁に感染症の発症や病原体の保有が確認されており(宇根 2011)、常に感染症移入リスクに晒されていることを認識しなければならない。北海道や愛知県で問題になっているエキノコックス症も、もともとは移入されたキツネ由来の病原体が人および在来のキタキツネVulpes vulpes schrenckiやイヌCanis lupus familiarisにスピルオーバーし蔓延したものであり(八木 2019)、外来種が持ち込んだ人獣共通感染症の一事例である。もうひとつのプロセスは、本来自然環境で維持されている病原体やベクターを増やしたり、人間の生活圏まで拡散させるプロセスである(図1b)(Borremans et al. 2019; Caron et al. 2015; Johnson et al. 2020; Mackenstedt et al. 2015; Rizzoli et al. 2014)。実際、日本に定着している外来哺乳類から、在来種と共通する病原体や(e.g., Tatemoto et al. 2022a)、ベクター(安座間ほか 2022; Doi et al. 2018; Doi et al. 2021; Doi et al. 2022; Katahira et al. 2022)が検出されている。しかしながら、これまで人獣共通感染症に主に対応してきた動物衛生や公衆衛生の分野においては、必ずしも外来種問題の関心が高いとはいえず、人獣共通感染症対策において外来種対策や生態学的な概念が取り入れられることはほとんどなかった(Chinchio et al. 2020; Ogden et al. 2019)。反対に、現行の外来種対策においても、生物多様性や農作物被害を担当する環境セクターや農業セクターが実施の主体になるため、外来種対策において感染症リスクが考慮されることもほとんどない(岡部ほか 2019, 2020)。今後ますます増えると予測される人獣共通感染症に対峙するためには、こうした異なるセクター間の知識ギャップを埋めることで、セクター間の連携や新たな体制、制度の整備を進めることが求められている。

図1. 侵略的外来種がもたらす人獣共通感染症伝播サイクルのイメージ。a)侵略的外来種が病原体やベクターを持ち込むことにより生じる感染サイクル、b)自然環境で維持されている感染サイクルが、侵略的外来種により増幅/拡大するケース。オレンジ色の動物は侵略的外来種を示す。

本稿では、こうした知識ギャップを埋めるため、これまで散発的に報告されてきた人獣共通感染症と外来種をキーワードとする研究事例を統合することで、人獣共通感染症リスクにいかに外来種が関わっているのかを整理し、より広く周知することを目的とする。そのためにまず、日本における以下の3つの事例をとりあげ、それぞれ外来種が感染サイクルの中で果たす役割やとりうる対策の方向性を整理する。1)外来種により病原体が移入され症例が出ている事例として「イエネコへの餌やりで深刻化するトキソプラズマ症リスク」、2)すでに定着している病原体の感染サイクルを外来種が拡大させる事例として「自然環境と人間生活圏をまたいだSFTS感染サイクルと外来哺乳類の役割」、3)国内外来種であっても感染症の拡大に関与しうる事例として「国内外来ニホンジカの移入がもたらすマダニ刺咬リスク」。これらを受けて、人獣共通感染症対策の新たな選択肢としての外来種対策の可能性とその課題について議論する。

事例1:イエネコへの餌やりで深刻化するトキソプラズマ症リスク

侵略的外来哺乳類の中でもイエネコはひときわ甚大なインパクトをもたらすことが知られている(Bellard et al. 2016; Doherty et al. 2016; Loss and Marra 2017)。イエネコは人間の生活や移動に依存して世界中のあらゆる地域や生態系に侵入し、在来種を捕食することによりこれまでに少なくとも63種の絶滅を引き起こしてきた。これは近年生じた鳥類、哺乳類、爬虫類の絶滅の26%に相当するほどの数字である(Doherty et al. 2016)。日本でも状況は同様で、例えばオオミズナギドリCalonectris leucomlasの世界最大規模の繁殖地である伊豆諸島の御蔵島では、野生化したイエネコがオオミズナギドリを1頭あたり年間330羽、合計で年間数万羽捕食していると推定されている(Azumi et al. 2021; Watari et al. 2025)。奄美大島では、森林域で採集されたイエネコの糞の43%からケナガネズミDiplothrix legata、38.2%からアマミトゲネズミTokudaia osimensis、15.7%からアマミノクロウサギPentalagus furnessiなどの絶滅危惧種の、それぞれ体毛や骨、爪などが検出され、これらの絶滅危惧種が数多く捕食されていることが示唆されている(Shionosaki et al. 2015)。そのほかにも、糞内容物分析(城ヶ原ほか 2003; 川上・益子 2007; Kobayashi et al. 2020a; 富田ほか 2016)、直接観察(亘ほか 2021)、自動撮影カメラによる記録(塩崎ほか 2014; 鈴木・大海 2017; 徳吉ほか 2020; Watari et al. 2025)、傷病鳥獣保護記録(金ほか 2014)、聞き取り調査(金ほか 2014; 渡辺ほか 2022)、および在来種の死骸からのイエネコのDNAの検出(Nagata et al. 2022)など、様々な手法で確認されたイエネコの在来種捕食の実態が報告されている。

一方、イエネコの外来種としての影響は捕食だけに留まらない。各地で野外にあふれるイエネコがもたらす問題は様々あるが(亘 2023)、その中でも無視できない問題が人獣共通感染症のリスクである(Chalkowski et al. 2019; Gerhold and Jessup 2013)。イエネコの最大の特徴は、強力な捕食者であると同時に、伴侶動物として人間の最も身近な動物であり、それゆえ、イエネコから直接的、間接的に人に病原体が感染するリスクも高い。しかしながら、外来種問題としてのイエネコ問題を人獣共通感染症の枠組みで捉えられることはこれまでほとんどなかった。

奄美群島の徳之島で実施されたイエネコ問題についての一連の研究は、イエネコによる在来種捕食の脅威と同時に、人獣共通感染症の問題も同時に引き起こしていることがわかる一例である。徳之島は、鹿児島県奄美群島に位置する面積248 km2、人口約21,000人の島である。島の中央部に、アマミノクロウサギやトクノシマトゲネズミTokudaia tokunoshimensisなど多くの固有種が多く生息する森林生態系を有し、平地部はサトウキビSaccharum officinarumを主体とした農耕地が広がるほか、肉用子牛生産のための畜舎が点在する。2021年には、奄美大島、沖縄島北部地域、西表島とともに世界自然遺産に指定された。

徳之島の生物多様性の最大の脅威がイエネコによる捕食である。Maeda et al.(2019)らは、徳之島の森林で捕獲されたイエネコの糞内容物を調べたところ、アマミノクロウサギやトクノシマトゲネズミなどの島の絶滅危惧種が数多く検出された。その一方で、イエネコの体毛を使用した安定同位体比分析を行ったところ、糞分析によって森林で絶滅危惧種を捕食していることが明らかになった捕獲個体であっても、ほとんどの場合その体の主組成がキャットフードでできていることが明らかになった(Maeda et al. 2019)。糞内容物分析は、その個体が捕獲から数日間程度の食性を示すのに対し、体毛の安定同位体比分析は、捕獲前の数か月程度の長期的な食性を示し、個体が日常的に依存している餌資源を明らかにできる。つまり、普段は人からキャットフードをもらっている里のイエネコが日常的に森林に侵入し、島の絶滅危惧種を捕食しているということだ。では、どのような場所が餌やりのホットスポットになっているのだろうか。Kazato et al.(2020)は、徳之島に大小1,000ほどある牛舎の半数近くにおいて、ネズミ対策のためにイエネコが放し飼いにされ餌付けされていることを明らかにした。さらに、野外のイエネコの捕獲データを解析した結果、一定範囲に牛舎の数が多いほどイエネコが多いことが判明した。つまり島内で広く行われているイエネコの放し飼いと餌やりが、島のイエネコの高密度化のソースとなっていたのである。

続いて、Shoshi et al.(2021)とOkada et al.(2022)は、ネコ科動物を終宿主とする人獣共通感染症のトキソプラズマToxoplasma gondiiに着目して、徳之島のイエネコの抗体陽性率を調べた。トキソプラズマ感染症は、トキソプラズマ原虫によって引き起こされる人獣共通感染症で、ほぼすべての温血動物を中間宿主とし、ネコの糞便に排出されるオーシストが、水や土壌を汚染し、中間宿主に感染が広がり、感染した中間宿主を未感染のネコが食べることで感染サイクルが成立する(三條場ほか 2021)。人間も汚染された土がついたままの野菜や感染した家畜の生肉を食べることで感染し、多くの場合無症状あるいは軽症で済むと言われるが、抗がん剤治療や後天的免疫不全症などにより免疫が正常に働かなくなった場合、体内で原虫が急激に増加し、重症化することがあることが知られている。世界保健機関(WHO)は、トキソプラズマ症を主要な食品媒介寄生虫病のひとつとしており(World Health Organization 2015)、アメリカにおいては、年間22.5万人のトキソプラズマ症新規患者のうち、11.2万人が食品媒介性によるものであり、死亡者は375人で食品に起因する死亡の20.7%を占めると推定されている(Mead et al., 1999)。また、妊婦が妊娠中に初めて感染すると、流産や胎児の重篤な症状が生じることがある。日本の医療機関の約半数がすべての妊婦に対してトキソプラズマ抗体検査のスクリーニングを実施し、リスクに対処している(Yamada et al. 2014)。さらに人間以外にも家畜や野生動物も発症することがあり(三條場ほか 2021)、例えば、奄美大島においては、絶滅危惧種のアマミノクロウサギ(久保ほか 2013)とアマミトゲネズミ(Tokiwa et al. 2019)の死亡個体のトキソプラズマ原虫感染が確認され、剖検の結果、死因はトキソプラズマ感染である可能性が指摘されている。トキソプラズマ感染症は、人の健康のみならず畜産経営や生物多様性のリスクでもあるという捉え方が必要である。Shoshi et al.(2021)は、徳之島で捕獲された125頭の野外のイエネコのうち、59頭が抗体陽性であり、47.2%という極めて高い抗体陽性率であることを示した。さらに、Okada et al.(2022)は、Shoshi et al.(2021)の結果をもとに、分析に中間宿主であるクマネズミRattus rattusも加えて、それぞれの抗体保有状況と景観との関係を調べた。その結果、Kazato et al.(2020)が野外のイエネコの主な供給源と明らかにした牛舎が一定範囲内に多い景観において、イエネコ、クマネズミともに抗体陽性率が70%以上と高い値を示すことが分かった(図2)。この結果は、人の放し飼いや餌やりによる野外のイエネコの増加が、トキソプラズマの蔓延を引き起こしていることを示唆している。

図2. 徳之島における単位面積あたりの牛舎の数とa)イエネコ、b)クマネズミのトキソプラズマ抗体陽性率。抗体陽性100%にプロットされている点は抗体陽性個体、抗体陽性0%にプロットされている点は陰性個体、点の色の濃さはサンプル数を示す。曲線はロジスティック回帰曲線。牛舎の数は、餌やりの頻度の指標となる。Okada et al.(2022)を元に編集した。

最後にQi et al.(2022)が実施した徳之島における住民意識調査では、イエネコによる生物多様性へのインパクトの認識に加えて、感染症など人への直接的なリスクの認識も、イエネコ対策への肯定的な理解に関連しているという結果が得られている。徳之島では、ネズミ対策としてイエネコが使われているが、結果的にイエネコがネズミを食べることで感染サイクルが成立し、感染リスクが上昇していると考えられる。このように、野外のイエネコを増やすことでトキソプラズマが蔓延し、アマミノクロウサギなどの絶滅危惧種、島の基幹産業である畜産業、そして人の健康への感染症リスクとなっている可能性がある。このような状況を改善するためにも積極的に感染症リスクを啓発し、人間の行動変容を促していく必要がある。

事例2:自然環境と人間生活圏をまたいだSFTS感染サイクルと外来哺乳類の役割

日本における近年の新興感染症の発生の事例において、外来哺乳類が重要な役割を果たしている例として、近年の重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の感染拡大が挙げられる。SFTSは、SFTSウイルスによるウイルス性出血熱で、人の症例における致死率は27%と極めて高く(Kobayashi et al. 2020b)、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」では四類感染症に位置づけられている。SFTSは、2013年に日本で初めて報告され、その後の遡り調査により、2005年が最も古い感染記録となっている(Takahashi et al. 2014)。現在西日本を中心に流行地域が見られるが、最近では、静岡県(2021年3月)(静岡県 2021)、千葉県(2021年6月遡及調査結果報告、患者は2017年発症)(平良ほか 2021)、富山県(2022年11月)(富山県 2022)でも人の患者が確認されるなど、東日本へも感染が拡大傾向にある。

SFTSはマダニが媒介する感染症で、SFTSウイルスを保持した野生動物をマダニが吸血する際にウイルスがマダニの体内に移行、増幅し、ウイルスを持ったマダニが次の野生動物の宿主(ホスト)に吸血する際にウイルスが伝播される(岡部ほか 2019)。ただし野生動物はこの感染サイクルに等しく貢献するわけではない(Keesing et al. 2009)。たとえば、人為環境の選好性が高く病原体やベクターを人の近くに運ぶ種ほど、病原体増幅動物(レゼルボア)としての能力が高い種ほど、マダニを増やせる種ほど、感染サイクルを拡大、加速させる(Keesing et al. 2009)。この感染リスクの上昇に、いかに外来哺乳類が関与しうるのかについて見ていきたい。

まず例として挙げられる外来種はアライグマである。アライグマは全国に分布を拡大させ、各地の森林から農地、住宅地まであらゆるハビタットで確認されており(Ikeda et al. 2004; Saito and Koike 2013)、感染症を人間生活圏まで伝播させる条件を満たした外来種と言える。また、アライグマはSFTSウイルスのレゼルボアとしての機能も果たしている可能性がある。Tatemoto et al.(2022a)は西日本の地域で、2007年から2019年までの12年間のアライグマ2,299個体分のサンプルを分析した結果、2009年にSFTSウイルス抗体陽性個体が始めて確認されて以降、急速にアライグマの抗体陽性率が上昇し、2016年以降には、50%から60%の間で高止まりの平衡状態に至ったことを報告した。さらに、SFTSウイルスの遺伝子が2.4%の個体から検出されたが、この値は他のSFTS流行地域で得られたニホンジカCervus nippon 0.4%(1/229)やイノシシSus scrofa 0%(0/116)(Tatemoto et al. 2022b)に比べてはるかに高い値であり、アライグマは野生動物の中でもSFTSウイルスを体内で増幅させる特性があることを示唆している。また、アライグマの感染個体に特に症状は見られなかったことから(Tatemoto et al. 2022a)、ウイルスに感染しながらも無症状のまま活動し、ウイルスの拡散に寄与している可能性がある。

さらに、アライグマはマダニの寄生率が高く、ウイルスを保持したマダニを地域に増加させる可能性がある。Doi et al.(2018)とDoi et al.(2021)は、神奈川県においてアライグマ捕獲個体からマダニを採取し、それぞれ87%(100/115)、97%(58/60)の個体がマダニに寄生されていたことを報告している。さらにアライグマ1頭あたりの採取されたマダニの最大数はそれぞれ1,346匹、3,364匹を記録し、寄生数も相当な数に上ることを明らかにした。これがもしウイルスに感染したアライグマであった場合、相当数のマダニがウイルスを受け取り環境中に拡散されることになる。Doi et al.(2021)は、アライグマをマダニを増やす“Ecological booster”と位置付け、感染症対策としてのアライグマ対策の重要性を強調している。ただし、同じく外来種のハクビシンは、グルーミングによってマダニを頻繁に採食し、マダニの寄生率も比較的低いことが明らかになった。このことから、Doi et al.(2021)は、ハクビシンをマダニを減らしうる“Ecological trap”とも位置付けている。このように、一概に外来種だからといってリスクが高いと言えるわけではなく、個々の種についてレゼルボアやベクターのホストとしての特性を踏まえ評価することが重要である(Doi et al. 2021; Keesing et al. 2009; Keesing and Ostfeld 2021; Plourde et al. 2017; Rizzoli et al. 2014)。

SFTSウイルスの感染プロセスに関わりうる外来種の例としてイエネコも外せない。イエネコは放し飼いや飼い主不在の野外ネコとして、人間との直接的なコンタクトも含め、人間生活圏に最も入り込んで生息している動物である。そのため、感染プロセスにおいて、最終的に人間に病原体を受け渡しやすい重要な位置にいる(図1)。実は、SFTSが発見されて間もない当初は、SFTSを発症するのは人間のみであると考えられてきた(朴ほか 2019)。しかし、2017年にSFTS流行地域にある動物園に飼育されていた2頭のチーターAcinonyx jubatusがSFTSに感染して死亡した事例がありネコ科動物の脆弱性が示唆された(Matsuno et al. 2018)。また、イヌやイエネコがSFTSを発症した事例が徐々に報告されはじめ、特にイエネコでは劇症化することが分かってきた(Matsuu et al. 2019; Park et al. 2019)。Matsuu et al.(2019)は、調査に用いたすべてのSFTS感染イエネコに発熱や嘔吐などの急性発症の症状が見られ、症例致死率はきわめて高く62.5%に至ることを報告した。SFTS流行地域のイエネコは、野外でマダニに刺咬されるか、他のイエネコや動物との接触により、日常的にSFTSのリスクに晒されていると推察されている(Matsuu et al. 2019)。さらに最近、国内希少野生動植物種のツシマヤマネコPrionailurus bengalensis euptilurusからもSFTSウイルス抗体陽性個体が発見され、在来種の存続のリスクともなっている(Matsuu et al. 2022)。

そして近年、SFTS患者の感染経緯の情報が蓄積されたことにより、SFTSウイルスの人への感染の新たなルートとして、人がマダニ刺咬を経なくともイヌやイエネコなど身近な動物との直接的な接触により感染することが明らかになってきた(Kobayashi et al. 2020b)。たとえば、SFTS感染イエネコの唾液や糞など、人が接触する可能性のあるサンプルからもSFTSウイルスが検出されており(Ando et al. 2021; Matsuu et al. 2019)、実際にSFTSウイルス感染イエネコを処置した獣医師が感染した例や(Kida et al. 2019; Yamanaka et al. 2020)、一般人において衰弱したイエネコ(のちにSFTS感染個体と判明)と接触中に噛まれてSFTSウイルスに感染し死亡した例(Tsuru et al. 2021)などの報告が蓄積されてきた。Kobayashi et al.(2020b)は、2013年から2017年の人の感染症例の背景を分析し、133例のうちの64例(48%)において、発症2週間以内にイヌやイエネコとの接触があることを明らかにし、そのうち5例は病状を呈するイヌやイエネコの体液や唾液に直接接触していた事実を確認した。

このように、外来哺乳類が自然環境と人間の生活圏をまたいだSFTSの感染サイクルを成立させ、人間の感染リスクを高めている可能性が様々な研究により支持されている。こうした複数の系をまたいだ感染プロセスを念頭におき、人獣共通感染症対策のオプションとして、野生動物管理や外来種対策を推進するという新たな発想が求められる。また、イエネコなど本来人間が責任をもって管理すべき伴侶動物が、野外でSFTSに感染することで人間の感染原因の一つになっていることに加え、イエネコ自身の死亡リスクにもなっている実態も明らかになってきた。こうした状況を変えていくためにも、野外にイエネコがいることの裏で起きている上記の実態の周知を積極的に進めるとともに、イエネコの管理責任や適正飼養に関連する制度の整備が望まれる。

事例3:国内外来ニホンジカの移入がもたらすマダニ刺咬リスク

日本では、かつてより養鹿場や動物園に由来するニホンジカの放獣や飼育施設からの逃走が繰り返されてきた(梶 1991; 日本哺乳類学会哺乳類保護管理専門委員会 1992; 立澤 2009)。これらの個体の一部は、本土や島嶼地域などで定着し、国内外来種問題として、植生の衰退(梶 1986; Takatsuki 1980)や農作物被害(早川 1942; 犬飼 1952; 永田ほか 2023)、在来集団との交雑による遺伝汚染(Eva and Yamazaki 2018)など深刻な問題を引き起こしている。一方で、新たな地域へ大型獣が定着するということは、レゼルボア、ならびにベクターとその宿主(ホスト)が新たにその地域に持ち込まれるということでもある。実際にニホンジカの在来地域において、人獣共通感染症の発生頻度(Matsuyama et al. 2020; 田原ほか 2019)やマダニの生息状況(Iijima et al. 2022; 松山ほか 2019; Matsuyama et al. 2022, 2023; Suzuki et al. 2022)とシカの生息状況の関連が示されており、シカの人為的移動が感染症リスクを伴うことの基本的な認識が必要である。しかしながら、これまでシカの移入問題が感染症リスクの側面から着目されることはほとんどなかった。

伊豆諸島の新島のニホンジカの定着の事例は、まさに移入ジカの定着が感染症リスクに関与する一例として挙げられる。新島(面積27.5 km2、人口約2,700人)へのニホンジカの侵入の時期は定かではないが、1970年代後半ごろから、ニホンジカによる農作物被害が発生するようになった(長谷川ほか 1996)。侵入の時期が定かではない理由は、ニホンジカが直接新島に移入されたのではないからであり、1.6 kmほどの距離に隣接する無人島の地内島(0.19 km2)に移入され定着したニホンジカ集団の一部が、新島に泳いで渡り定着したと考えられている(長谷川ほか 1996)。地内島には、1969年に東京都立大島公園からホンシュウジカCervus nippon centralisとヤクシカC. n. yakushimaeの交雑亜種が、1971年に東京都立多摩動物公園からホンシュウジカとエゾシカC. n. yesoensisの交雑亜種が観光目的で導入されたが(長谷川ほか 1996)、その後の個体数の増加にともない植生の衰退が顕在化することになった(大山 1999)。こうした状況をうけて、1981年に駆除が開始され、1986年には根絶が達成されたが、根絶前に一部の個体が隣接する新島に泳ぎ着き定着したと考えられている。新島においては農業被害対策として行政によるシカ対策が1993年から実施されているが、現在も多くのシカが新島に生息しており、状況の改善には至っていない(Doi et al. 2020)。

さらに、事態を深刻にしているのが、マダニの増加である。2000年代後半ごろから、島内におけるマダニ咬傷の報告が増え始め、住民生活への無視できない影響が生じてきたのだ(八丈町 2008)。Doi et al.(2020)の調査では、新島において7種のマダニを記録し、その中でも日本紅斑熱やSFTSを媒介しうる複数種のマダニが異常な高密度で生息していることを明らかにしている。さらに最も優先する種であったオオトゲチマダニHaemaphysalis megaspinosaは、伊豆諸島の他のどの島にも分布しないことから、シカに随伴して侵入した外来種であることが示唆されている。新島にはシカの他にマダニの主要なホストとなりうる中大型哺乳類は生息しておらず、移入ジカが、新たなマダニを持ち込み、さらにマダニ種全体の密度を底上げして、島のマダニ群集構造を形作っていることがわかる。

新島以外の状況はどうであろうか。同様にもともと大型獣が生息しない島で、外来ニホンジカが定着している洞爺湖中島(伊東・髙橋 2006)や、鹿児島県阿久根大島(Watari et al. 2022)、喜界島(永田ほか 2023)においても、マダニが普通に生息しており、ニホンジカが島のマダニ個体群の維持に貢献していると示唆されている。このように、ニホンジカが新たな生息地に導入されると、農林業被害や自然環境の衰退といった目立つ影響だけでなく、マダニ咬傷や人獣共通感染症という目に見えにくい健康リスクも孕んでいることを認識すべきである。シカ対策は各地で行われているが、従来の農林業や環境セクターによる作業の枠を超えて、人の健康を守るためのセクター横断的な取り組みが求められる。

人獣共通感染症対策の選択肢としての外来種対策

ここまで外来哺乳類に着目した3つの事例を紹介し、外来種問題が人獣共通感染症リスクにいかに関与しているかを見てきた。事例1でとりあげたトキソプラズマは、ネコ科動物が終宿主であり、外来種の移入とともに病原体が持ち込まれた事例である。事例2は、すでに自然環境に定着している病原体とベクターを外来種がレゼルボアかつホストとして増幅させるとともに人間の生活圏まで運びリスクを高めている事例である。事例3は、国内外来種の移入に伴う新たなベクターの随伴移入と、すでに生息するベクターも増加させ、感染症リスクのポテンシャルを高めている事例である。このように、様々なプロセスにより外来種は人獣共通感染症の感染サイクルにおいて主要な役割を果たしていることが分かるであろう。同時に、人獣共通感染症対策としての外来種対策の可能性も示している。日本において、これまで人獣共通感染症対策としては、ワクチン投与や発症時の治療など人および人の管理下にある家畜や伴侶動物のみが対象であり(環境省 2007; 厚生労働省 2022)、野外の感染リスクを管理するための対処法ではなかった。一方、外来種対策を含めた野生動物管理や生態系管理などの生態学的アプローチは、感染サイクルに直接介入することによって地域の感染リスク自体を低減しようとするものであり(Sokolow et al. 2019)、より本質的かつ地域の持続可能性にも寄与しうる対策である。人獣共通感染症対策の新たな選択肢として、外来種対策をはじめとする生態学的アプローチを加えることをここに提言したい。

外来種対策は世界各地で実施されており、近年、根絶の達成が数多く報告されるようになるなど一定の成果も得られてきた(DIISE 2018; Genovesi 2005; Jones et al. 2016; Spatz et al. 2022)。日本でも、根絶達成事例として、奄美大島のフイリマングースUrva auropunctata(環境省 2024)、八丈島、八丈小島(八丈町 2020)、および小笠原諸島(鈴木ほか 2019; 常田・滝口 2011)のヤギCapra hircus、小笠原諸島のクマネズミ(Sato 2019)、本州のカナダガンBranta canadensis(葉山ほか 2020; 加藤 2016)、和歌山県のタイワンザルMacaca cyclopis(白井 2018)、在来種の回復事例として、奄美大島(Fukasawa et al. 2013; Sugimura et al. 2014; Watari et al. 2013)、および沖縄島のフイリマングース対策(亘 2011; Yagihashi et al. 2021)、小笠原のイエネコ対策(堀越ほか 2020)、小笠原のヤギ対策(鈴木ほか 2019)などの成功事例が報告され始め、技術の確立が進んでいる。これらの成功例に共通するのは、明確な目標設定と研究者や作業従事者、行政がそれぞれ主体的かつ連携して関わる体制構築、そして対策の進捗を常に評価し、結果に応じて柔軟に計画を改善しながら限られたリソースのなかでも成果を最大化させようとインセンティブが働く順応的なガバナンスが機能している点が挙げられる(常田・滝口 2011; 亘 2019; 葉山ほか 2020)。これらの確立された手法や対策の実施形態を感染症対策として適用することは、効率的に感染症対策の幅を広げられることになるであろう。

人獣共通感染症問題の課題と生態学が果たしうる貢献

近年、こうした問題意識から生まれたワンへルスという概念が注目されている(Leung et al. 2012)(図3)。ワンへルスは、人や家畜の健康をそれぞれ個別に医学や獣医学が対応してきた従来の枠組みから、人や家畜の健康を考えるにしても、それらは野生動物や生態系の健康とも密接に関連しているという感染症伝播サイクルの認識の拡張に基づき、持続的な人と動物と自然の関係を構築しようという考え方である。「生態系の健康」は、単純に定義できない比喩的な用語であるが、清潔な水や空気といったイメージしやすい要素から、たとえば感染症ベクターやレゼルボアが突出して増えることなく制御されている状態などを含んだ意味で用いられている。このようなより広い視点で感染症の問題を捉えることによって、野生動物や生態系の管理による感染症リスクへの対処、あるいは自然や野生動物と適切な距離をおくといった新しいアプローチも加えたより総合的な感染症への対処を目指すものである。同時に、ワンヘルスでは生態学をはじめとする環境科学の分野の参画と、医学、獣医学との連携強化に強い焦点をあてている(Barrett et al. 2010; Leung et al. 2012)(図3)。ただし、日本ではこのような複数の系をまたいだ感染サイクルの理解や生態系が感染症伝播サイクルにいかに関わるか十分理解されているとは言えないため、考え方や方向性の整理、分野間の連携が不十分なままに、ワンへルスという言葉だけが独り歩きしている現状がある。この状況を打開するためには、人と動物と生態系を常に対象としてきた生態学の関与が、様々な分野、立場の連携を促す鍵となるであろう(Ogden et al. 2019)。新たな人獣共通感染症対策の構築のために、ぜひ生態学者の積極的なコミットメントを期待したい。

図3. ワンへルスの概念図と各研究分野に求められる連携のイメージ。

ただし、乗り越えなければならない課題は多数ある。まずは、人獣共通感染症リスクの評価や予測に必要な種の特性などの基本的な知見が不足していることが挙げられる。すでに述べたように、感染症伝播サイクルには、野生動物や伴侶動物が介在し、動物の群集構造や行動圏の空間スケールに応じた生態学的プロセスが働いているはずである。その際にたとえば動物種ごとのホストやレゼルボアとしての特性がわかれば、生物間相互作用や空間を考慮した群集生態学や景観生態学の枠組みによって、感染症リスクの評価や予測の精度がより上がると考えられる。近年このような基礎的な知見が徐々に得られてきており(Doi et al. 2021; Iijima et al. 2022; Matsuyama et al. 2020; Okada et al. 2022; Tatemoto et al. 2022a)、今後の生態学的アプローチの進展が期待される。

また、すでに述べたように人獣共通感染症の感染サイクルは、自然環境や人間の生活圏の境界をまたぎ、野生動物、伴侶動物、家畜、人間の多種多様な生物の種間相互作用が、自然環境や人間の生活圏の境界を越えて成立している。したがって、対策を行うにしても単独の行政セクターや研究分野、法制度で対応することは困難であり、組織や分野の縦割り構造を超えた連携が求められる(岡部ほか 2019)。この縦割りの打破が、人獣共通感染症の対策の選択肢を拡大していく上での最大の課題であろう。

たとえば、感染症に関わる日本の法制度は、人の感染症については「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」、家畜の感染症については、「家畜伝染病予防法」、伴侶動物については「動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護管理法)」がおもな根拠法として個々のセクターにおいて対策が実施されるが、外来種を含む野生動物や飼い主不在伴侶動物の感染症対策を実施する根拠法は事実上存在していない。そのため、今後ワンへルスアプローチで求められる対策において十分な公的リソースを得られるかどうかは不透明な状況にある。一方で、実際に野外において野生動物対策や外来種対策を推進している「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律(鳥獣保護管理法)」、「鳥獣による農林水産業等に係る被害の防止のための特別措置に関する法律(鳥獣被害防止特措法)」、および「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(外来生物法)」では、事実上特定動物による農林業被害や生態系被害が生じた場合に目的が限定されるため、外来種や在来種も含め様々な動物が関与する感染症伝播サイクルに対処することは難しい。このような既存の法制度のギャップを埋めるための法制度の整備は、ワンへルスを推進するための最も重要な争点であると考えられ、様々なセクターが連携しながら議論を重ねていく必要がある。

また、感染症のリスク評価や予測には、野生動物の感染状況を把握するためのモニタリングが欠かせない。しかしながら、北海道において、キツネのエキノコックス感染状況の監視が行政により継続的に実施されているが(八木 2019)、こうしたわずかな例を除いて、研究者レベルでサンプルが手に入りやすい管理対象野生動物や外来種を利用した感染状況調査が行われているにすぎずないのが現状である。野外における人獣共通感染症の監視の継続性を担保するためにも、公衆衛生行政や鳥獣行政などが連携し、行政が主体的に監視を実施する体制の構築が望まれる。

最後に、生態学者を含む様々なセクターからの参画に伴い、これまで医師や獣医師といった限られた職種において限定されてきた感染症に関する教育を、より広く普及させていく必要があるであろう(獣医公衆衛生学教育研修協議会 2014)。このようなリスクリテラシーの社会的基盤を作っていくことによって、現場の担当者のリスク管理を強化するだけでなく、ワンへルスを推進するためのあらゆる課題を乗り越える原動力にもなっていくことが期待される。

謝辞

本稿は、(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20204005、20204006)の成果である。また、本稿の着想は、東北野生生物研究会inやまがたシンポジウムでの筆者の講演「人獣共通感染症の観点から外来種管理のあり方を考える」、および第69回日本生態学会大会シンポジウムS04-3で行った講演「外来種問題の盲点:ワンへルスの観点からの再定義」が契機となった。両シンポジウムの企画者各位に感謝の意を表す。森林総合研究所の土井寛大氏には文献を紹介いただくとともに、有益なアドバイスをいただいた。2名の査読者からは建設的なコメントをいただいた。この場を借りて感謝申し上げる。

引用文献
 
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