抄録
本研究は、言語人類学者マイケル・シルヴァスティンが展開した指標性論を、記号論における指標概念の可能性の探求という観点から検討するものである。シルヴァスティンは1976年に発表した論文「転換子、言語範疇、そして文化記述」のなかで、言及指示的な記号トークンがその言及指示の対象と結びつくには必ず指標を必要とすることを示した。その上で、言及指示には直接かかわらない、発話のコンテクストだけを示す「純粋な」指標が存在すると主張した。本研究は、非言及指示的指標と呼ばれるそのような指標概念を分析することで、その指標概念が、発話トークンから発話主体、さらには発話主体を形作ってきた現実の環境への因果的な連続性にもとづく推論において機能することを明らかにした。そして、発話トークンを、それを因果的連続性において生み出すことを可能とした環境の痕跡として読み解く指標の捉え方を、生態学的な指標概念として位置付けた。最終的には、個々の発話出来事とその環境とを、時間的に生成されていく全体とその全体を構成していく個々の断片との関係として、後者が前者を指標する関係にあるという見取り図を提示した。