抄録
生命科学にまつわる芸術領域であるバイオアートは、研究や開発といった生命科学的な実践を通じて、バイオテクノロジーと社会の関係性を捉え直すような効果について注目を集めてきた。しかし近年徐々にその科学実践的な側面は影を潜めつつあり、環境や共生を問い直す領域として再定義されつつある。そこで、芸術における制作やかたちにすることの意味の捉え直しを行ったエリー・デューリングの芸術論・プロトタイプ論を援用して、改めてその科学的実践の意義や様態の解釈を試みた。特に、プロトタイプ論における「失敗」や「摩擦」といった概念、またこの芸術論がもたらす「可能性と実在性」の転換を通じて、バイオアートの重要概念である「バイオメディア」やバイオアートを代表するアーティストのBCLの作品を分析した。今回の分析から、現実世界に強く接着し適応した「生きた素材」の操作や改変を通じた制作は「我々の身体の生きる現実の可能的な範囲を押し広げる」ような行為であり得ること、そして作品が生み出す新たな生命観や倫理観と「科学的な妥当性や実現可能性」は密接な関係性を持ち得ることを示した。