2018 年 31 巻 2 号 p. 43-58
極小規模に行われている人力小規模金採掘(ASGM)が人口1,000人規模の地域コミュニティに与える水銀による環境汚染とヒト健康リスク評価を行った。調査はインドネシア,スマトラ島のブンクル州にあるレボン郡のムアラアマン村で2011年3月6日~8日に行った。この地域は,100年ほど前にオランダがスマトラ島で14の金鉱山を開発した中の一地区である。現在,その廃坑を利用して細々と小規模金採掘と精錬が行われている。ここでは,河川水・飲料水等の水試料,堆積物・土壌試料,大気試料,米を調査対象とした。この地域での金精錬の特徴はgelondong(ボールミル)に金鉱石(尾鉱),水,金属水銀を混合し,渓流の水力を利用してgelondongを回転させ,金と水銀のアマルガムを生成させるものである。本研究によって,渓流水の水銀汚染(5.30~2,490 ng/L),堆積物や土壌の水銀汚染(0.34~25.6 mg/kg)や大気への水銀の揮散による一般大気環境の汚染(4.10~158 ng/m3)が明らかになった。また,この水銀に汚染された渓流水を田面水として利用している水田の米中の水銀濃度(0.044 mg/kg)が高いことも明らかにした。さらに,街中にあるゴールドショップ(2か所)で観測した瞬間値では,5×105 ng/m3から最大2×106 ng/m3の大気中濃度を観測した。この濃度は,低く見積もっても地球上のバックグラウンド濃度(1.1~1.7 ng/m3)の30万倍から120万倍であった。確率論的解析手法(モンテカルロ法)を用いてハザード比(HQs: Hazard Quotients)を求めリスク評価を行った。吸入暴露由来のヒトへの健康リスクは,精錬所およびゴールドショップ就労者ではリスクの懸念があると考えられたが地域コミュニティの住民ではリスク懸念がないと考えられた。一方,経口暴露由来では精錬所,ゴールドショップ就労者,地域コミュニティの住民でヒト健康リスクが懸念された。経口暴露由来のリスク削減策をシナリオ毎に検討すると,主蛋白源としての水銀汚染された魚食量について検討することで,リスク懸念を削減できる可能性がある。