2019 年 32 巻 2 号 p. 53-64
日本では今日に至るまで住宅の市場価値(家賃や住宅価格)が,物理的な住環境の良さと必ずしも一致しない状況が続いている。そこで筆者ほかは今日の家賃形成の実態を,様々な統計データやミクロな空間データ(マイクロジオデータ)を駆使して定量的に明らかにする研究を実施してきた。本稿では同研究の概要と,同研究により明らかとなった住環境と住宅の市場価値との間の意外な関係性について紹介する。
本研究はまず日本全国の住宅地図に様々な統計や空間情報を統合することで,日本全国約6,000万棟の建物周辺の立地環境を把握できる建物マイクロジオデータを開発した。同データの各建物には全部で82種類の家賃形成要素(立地環境に関する説明変数)と,郵便番号単位で与えられた最低保障家賃に関する情報(目的変数)が格納されている。続いてどの家賃形成要素が家賃形成により大きく寄与しているか,ということを明らかにするためのモデルを開発した。まず郵便番号単位ごとに説明変数を集計化し,それらを用いたクラスタリング(k-means++法)により,最低保障家賃が明らかになっている全国29,043地区を6および34のクラスタに分類した。クラスタ数はGap統計量に基づいて決定した。続いてスパースモデリングを用いて,クラスタごとに目的変数である最低保障家賃に対して正および負に説明力がある説明変数を抽出することで,家賃形成に影響を与える家賃形成要素を明らかにした。
その結果,日本の住宅の市場価値の決定要因は,住環境の良し悪しが必ずしも支配的ではないことがわかった。特に災害リスクに関する家賃形成要素については,洪水以外の災害リスクの影響を必ずしも受けていない地域が数多く見られたため,是正されるべき状況として警鐘を鳴らすべきであると言えよう。