2019 年 32 巻 6 号 p. 182-192
自由対流圏における大気中水銀の動態を明らかにするため長野県と岐阜県の県境に位置する乗鞍観測所(旧乗鞍コロナ天文台;摩利支天岳山頂2,876 m a.s.l, 36°06′49″N, 137°33′19″E)において総水銀モニター計を用いた大気中総ガス態水銀(TGM)の連続観測を2012年10月および2017年9月に行った。石川県輪島測候所と和歌山県白浜測候所で得られた乗鞍観測所と同じ高度のラジオゾンデデータから計算された平均水蒸気混合比(WV)と乗鞍観測所で観測した気象データから計算したWV値を比較すると,乗鞍観測所では日中に大気境界層からの斜面上昇流の存在が示唆され,ラジオゾンデデータから計算したWV値より2012年では,26~205%,2017年では,44~175%の高いWV値が得られた。低WV値の沈降気塊は,高WV値を観測した期間に比較してTGMが低くなった。また,2012年と2017年の観測期間中のTGMとWV値の平均日周サイクルからも日中にTGM濃度の上昇が観測された。2012年と2017年のTGMの高濃度イベントを#1(2012年10月7日),#2(2017年9月15日)とし,両年の観測期間中の流跡線解析(遡上時間121時間)を乗鞍観測所の緯度経度で標高100 mから3,000 mについて100 m毎の標高で行った。その結果,#1, #2の時に乗鞍観測所に到達した気塊は,中国大陸の水銀排出量の多い地域での滞留時間がそれぞれで全遡上時間の60%と65%であり,中国大陸で長く滞留した気塊であることがわかった。