環境科学会誌
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乗鞍岳鶴ヶ池における酸性雨の影響評価モデル
川上 智規
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1998 年 11 巻 1 号 p. 65-76

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抄録
 現在までのところ日本においては酸性雨の陸水に対する広域的な被害は顕在化していないとされている。しかしながら,乗鞍岳山頂付近に存在する湖沼群では,近年pHの著しい低下が観測されるなど,一部地域では酸性雨の影響が顕在化しつつあるものと考えられる。本報ではpHが低下しつつある乗鞍岳の鶴ヶ池を対象とした簡単な水質予測モデルを構築することによって,降雨が湖水の水質に及ぼす影響と,鶴ヶ池が酸性化の過程の中で現在置かれている状況を評価した。 水質予測モデルは降雨が湖水の水質に及ぼす影響を定量的に評価することが可能なモデルであり,湖沼の水量収支にかかわる水理モデルと水質モデルから構成されている。水理モデルでは,降雨による流入水量と湖底からの浸透流出水量から湖水容積の推算を行い,水質モデルでは,降雨からの酸性物質供給量と,物理化学的な中和プロセスあるいは生物学的な中和プロセスによる中和量の推算が可能である。このモデルを鶴ヶ池に適用し,降雨量と降雨中のイオン成分濃度から鶴ヶ池湖水中の主要なイオン成分濃度を予測することができた。その結果,硫酸イオンは降雨から供給されており,火山や地質の影響は受けていなかった。湖沼内における硫酸還元も起きていなかった。カルシウムイオン濃度も降雨の影響を直接受けており,集水域土壌や底泥による供給は少なかった。降雨から供給された硝酸イオンは一部生物学的な脱窒により消費されるが,脱窒が湖水の硝酸イオン濃度に及ぼす影響は小さかった。鶴ヶ池において近年pHが低下している原因として酸性物質の負荷量が増加したか,陽イオン交換能力が失われたことが考えられる。
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