2020 年 63 巻 5 号 p. 451-460
緒言 : 歯周病原細菌の感染と歯周組織の炎症が, 妊娠に影響を与える可能性が報告されている. 今回, 不妊治療の経過が思わしくない侵襲性歯周炎患者に感染源除去の観点から専門的歯周治療を行い, 自然妊娠から正常出産にいたった症例の経過をふまえ病態を考察する.
症例 : 33歳, 女性, 既婚 (不妊治療中). 2016年9月, 26の動揺および同部の自発痛を自覚し, かかりつけ歯科医院を受診した. 同院でエックス線検査を受けて, 重度の歯槽骨吸収があると説明された. 早期の専門的歯周治療を勧められ, 当科を紹介された. 既往歴の特記事項はなく, 不妊検査においても患者本人および夫ともに異常所見はなかった. 歯周組織検査において, probing pocket depthが4mm以上の部位の割合は49.5%, bleeding on probingは47.9%, plaque control recordは3.1%, 歯周炎症表面積 (PISA) は2,392mm2であった. エックス線検査所見では, 主訴部の26部を中心に根尖に及ぶ骨吸収像が多数存在した. 歯周病原細菌に対する血清抗体価検査および歯周ポケット内細菌DNA検査ともに, Porphyromonas gingivalisの感染が強く疑われた. 診断は広汎型侵襲性歯周炎 (ステージⅣ, グレードC), 二次性咬合性外傷とした. 治療方針として, 患者の妊娠希望に配慮して, できるかぎり早期 (1年以内) の歯周環境の改善を目指すこととした. また, 歯周外科治療が終了するまでの不妊治療を含めた妊娠活動を控える必要性について説明し, 同意を得た. 治療計画は, ①歯周基本治療 (患者教育, 抜歯, 局所抗菌療法を併用したスケーリング・ルートプレーニング, 暫間固定), ②歯周組織再生療法, ③口腔機能回復治療, ④歯周病安定期治療 (SPT) とした. 治療経過として, 歯周治療に対する宿主反応性は非常に良く, 炎症改善と歯槽骨の再生を確認した (歯周外科治療後PISA : 43mm2). 口腔機能回復治療中に自然妊娠し, 35歳時に男児を正常出産 (経膣分娩, 3,240g, 出産週数 : 38週+5日) した.
考察および結論 : 重度のP. gingivalis感染および歯周炎症を伴う侵襲性歯周炎の罹患が, 妊娠成立に影響を及ぼす可能性が示唆された. 本症例のように不妊治療の経過が思わしくない場合には, 歯周組織を含めた口腔状態を一度精査することが望まれる.