歯科医学
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博士論文内容要旨および論文審査結果要旨
Le Fort I 型骨切り術術後の上顎骨への血管構築について:下行口蓋動脈損傷時における実験的研究
寺野 敏之
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1993 年 56 巻 6 号 p. g41-g42

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抄録

顎矯正手術術式の中でも Le Fort I 型骨切り術はその適用範囲が広いことから, 近年よく用いられている. しかし, 本術式は骨切り後の上顎骨骨片への栄養血管である下行口蓋動脈が骨切り線上に存在し, 手術時に切断の危険性を伴うことからやや複雑な術式と考えられている. 事実, 術後の上顎骨骨片への血液供給不良の結果, 歯髄壊死, 広範囲の粘膜および上顎骨の壊死の報告もあることから, 本術式施行時における下行口蓋動脈の保存が血液供給路を保持するために重要なことと考えられてきた. しかし, 下行口蓋動脈からの血行が遮断されても本術式が成り立つとの報告もあり, 本術術式において, 下行口蓋動脈が切断された場合における上顎骨骨片への血行動態については不明瞭な点が多い.
そこで, 本研究ではニホンザル (Macaca fuscata fuscata) 12 頭を用いて, 全身麻酔下に Le Fort I 型骨切り術を行い, 片側の下行口蓋動脈を結紮切断し, 術後の上顎骨骨片への血行路, さらには粘膜骨膜切開創部における微小血管吻合の回復状態について経時的に観察した. 実験方法は, 歯肉頬移行部上で上顎結節部から対側まで骨膜に達する弧状冠状切開を加え, 犬歯を除く各歯の歯根尖から約 5 mm 上方で上顎骨前壁および側壁に水平骨切りを行った. 上顎の可動性を確認後, 右側の下行口蓋動脈を結紮切断した. 止血確認後, 上顎骨を術前の位置に復位させ, ミニプレートにて固定した. 術後 3, 5, 7, および 10 日目に屠殺し, 両側総頸動脈より Ohta ら (1990) の方法に準じてアクリル樹脂を注入し, 鋳型標本を作製した. 口蓋部の血行路ならびに上顎前歯部の粘膜骨膜切開創部および骨切り部での微小血管吻合の新生機序について経時的に観察した.
大口蓋動脈本幹の口径は, 術後 3 日目では切断側が非切断側よりも縮小していたが, 有意差は認められなかった. 一方, 上行口蓋動脈の枝と吻合している小口蓋動脈の口径は, 切断側において術後 3 日目より有意に非切断側に比較して拡大し, 術後 5 日目を頂点として以後左右差は減少した. 上顎前歯部の粘膜骨膜切開部と骨切り部の走査電顕所見では, 術後 5 日目で切開創断端部の既存血管から, 連鎖状の新生洞様血管が形成されていた. また骨切り部では, 骨断端部の骨膜から新生血管が形成されていた. 術後 10 日目で新生洞様血管はしだいに独立した管腔を呈し, 新生毛細血管へと整理されていた.
以上の所見より, Le Fort I 型骨切り術において下行口蓋動脈を切断した場合の上顎骨骨片への血液供給路には, 小口蓋動脈と上行口蓋動脈との交通路が確認され, 術直後の上顎骨骨片への血液供給には上行口蓋動脈からの血行が重要な役割を果たしていることが示唆された. ゆえに, Le Fort I 型骨切り術施行時に下行口蓋動脈を損傷した場合, 上行口蓋動脈から上顎骨骨片への血行路を十分に考慮して手術を進めなければ, 上顎骨骨片に対して重大な虚血の合併症を招く恐れのあることが示唆された.

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© 1993 大阪歯科学会
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