抄録
器質的冠狭窄のない肥大型非閉塞性心筋症に冠動脈内血栓による急性心筋梗塞を合併し,coronary intervention後に心破裂に陥った症例を報告する.55歳女性で,心エコー図にての非対称性中隔肥大と右室心筋生検による心筋細胞の錯綜配列所見より1985年に肥大型心筋症と診断された.1989年12月28日23時頃から胸痛が出現し,一時的に軽快したが翌29日7時30分に再び増強し,他院での心電図にて心房細動,V3-6のST低下と陰性T波を認めたため,前側壁の非貫壁性梗塞を疑われ,同日11時に当科に搬入された.緊急冠動脈造影にて左冠動脈回旋枝#13近位部に血栓性完全閉塞を認めた.冠動脈内血栓溶解療法により,その部は開通し器質狭窄を認めなかったが,遊離した血栓が末梢部を閉塞したため,経皮経管的冠動脈形成術を施行した.しかし回旋枝末梢部の再疎通は得られずinterventionを終了し,その30分後に心破裂にて死亡した.剖検にて左室後壁に貫壁性梗塞と筋層断裂を認め,組織学的には出血性梗塞像を呈していた.左室壁は全周性に肥厚し,心室中隔全体に心筋細胞の肥大と著明な錯綜配列を認めた.いずれの冠動脈にも器質狭窄はなく動脈硬化性病変に乏しく,回旋枝末梢の血管内腔には血栓を認めた.本症例における心筋梗塞の機序として,心房細動に伴う冠動脈血栓塞栓症あるいは冠攣縮に伴う血栓形成が推測されたが確定し得なかった.器質的冠狭窄のない肥大型心筋症に,冠内閉塞性血栓を証明した心筋梗塞の合併例はまれであり,その機序考察の点からも本症例は興味あるものと思われた.