小児耳鼻咽喉科
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ランチョンセミナー1
耳鼻科咽喉科医として関わるムコ多糖症
太田 有美
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2024 年 45 巻 2 号 p. 101-105

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Abstract

ムコ多糖症は先天性代謝疾患の一つであり,ライソゾーム酵素の欠損または活性低下によりムコ多糖が細胞内に過剰蓄積されることで全身に様々な症状が発現する疾患である.耳鼻咽喉科領域で問題となるのは,気道と難聴の問題である.扁桃肥大,アデノイド増殖,巨舌による上咽頭・中咽頭の狭窄,喉頭粘膜の浮腫や肥厚に伴う声門部・声門上の狭窄,気管軟骨の変形による下気道の狭窄が生じうる.全身麻酔下手術の周術期では気道管理に細心の注意を要する.滲出性中耳炎は高率に認められ,感音難聴も徐々に進行してくる.扁桃肥大や滲出性中耳炎は,耳鼻咽喉科の一般診療で頻度の高い疾患であるが,ムコ多糖症の症状の一部である可能性も疑って診療にあたることで早期診断につながる可能性がある.ムコ多糖症に対する治療として酵素補充療法があり,早期に介入することで生命予後やQOLの改善が期待出来る.

はじめに

ムコ多糖症と聞いても耳鼻咽喉科医にはなじみの薄い疾患かもしれないが,実は一般診療の中で遭遇している可能性がある.ムコ多糖症では滲出性中耳炎,扁桃肥大といった症状が高率で認められるため,乳幼児期から耳鼻咽喉科医を受診していることがありうる.耳鼻咽喉科医が本疾患を疑うことで,早期診断,早期介入につなげられる可能性がある.そのために,ムコ多糖症という疾患を知っておくことが必要であり,本稿ではムコ多糖症の病態や臨床症状について解説する.

病態

ムコ多糖症(Mucopolysaccharidosis; MPS)は先天性代謝疾患の一つである1).ライソゾーム酵素の欠損または活性低下によりムコ多糖(グリコサミノグリカン:GAG)が細胞内に過剰蓄積されることで全身に様々な症状が発現する.欠損している酵素や臨床症状からタイプ分類されている(表1).日本ではその中でもムコ多糖症2型(ハンター病)が最も多い.全国疫学調査の結果では,2型が63.6%,ついで1型が20.1%と報告されている2).ムコ多糖症2型の日本における発症頻度は10万人に1人である.ムコ多糖症2型で欠損する酵素はイズロン酸-2-スルファターゼ(IDS)で,デルマタン硫酸,ヘパラン硫酸が蓄積する.イズロン酸-2-スルファターゼをコードする遺伝子はX染色体長腕(Xq28)に位置する.そのため,本疾患はX染色体連鎖潜性遺伝形式を取る.臨床的に患者として診るのは男児と考えてよい.通常女性は保因者となるが,女性でも父親由来のX染色体が何らかの理由で不活化されていると症状を呈しうる.

表1 ムコ多糖症の分類

病型 欠損酵素 蓄積物質
I型 ハーラー/シャイエ症候群 α-L-イズロニダーゼ DS,HS
II型 ハンター症候群 イズロン酸-2-スルファターゼ DS,HS
III型 サンフィリッポ症候群A型 ヘバランN-スルファターゼ HS
サンフィリッポ症候群B型 α-N-アセチルグルコサミニダーゼ
サンフィリッポ症候群C型 アセチルCoA:α-グルコサミドN-アセチルトランスフェラーゼ
サンフィリッポ症候群D型 N-アセチルグルコサミン6-スルファターゼ
IV型 モルキオ症候群A型 N-アセチルガラクトサミン6-硫酸スルファターゼ KS
モルキオ症候群B型 β-ガラクトシダーゼ
VI型 マラトー・ラミー症候群 N-アセチルガラクトサミン4-スルファターゼ(アリルスルファターゼB) DS
VII型 スライ症候群 β-グルクロニダーゼ DS,HS
IX型 ヒアルロニダーゼ欠損症 ヒアルノニダーゼ HA

(DS:デルマタン硫酸 HS:ヘパラン硫酸 KS:ケタラン硫酸 HA:ヒアルロン酸)

臨床症状

頭囲が拡大しており,ごわごわした髪で多毛,額が突出している,眼球・鼻・くちびるが大きいといった特有の顔貌がみられる.体毛も多く,広範囲に蒙古斑がみられることもある.3歳頃までは過成長であるが,6~8歳以降は低身長となる.骨,関節の症状としては,突背,肋骨のオール状変形,卵円状の椎体,手指の関節拘縮による鷲手,その他全身の関節も拘縮がみられる.肝脾腫や臍ヘルニア,鼠径ヘルニアもよくみられる症状である.眼症状としては,網膜変性,視神経乳頭浮腫がみられる.知的な発達はみられるが,徐々に退行していく.多動などの発達障害がみられることもある.中枢神経症状が重い例を重症型,軽い例を軽症型と分類されている.心筋や弁膜にGAGが蓄積するため,年齢と共に弁膜疾患,心筋症,不整脈,肺高血圧などが生じてくる.耳鼻咽喉科領域では,上気道・下気道の狭窄,中耳炎,難聴がみられる1).耳鼻咽喉科領域の症状については後述する.

診断

責任酵素の酵素活性の著しい低下を確認することで確定診断が得られるが,ムコ多糖症は複数の病型があるため最初から一つに絞って酵素活性を測定することが困難な場合がある.そのため,臨床症状や家族歴からムコ多糖症の可能性を疑ったら,まず尿中のウロン酸濃度およびその分画を調べる.尿中ウロン酸の排泄増加が確認され,へパラン硫酸,デルマタン硫酸が高値であった場合,末梢血白血球におけるイズロン酸-2-スルファターゼの酵素活性を測定し,欠損が確認されるとムコ多糖症2型の確定診断となる1).(図1

図1 ムコ多糖症診断の流れ

遺伝子検査は確定診断には必須ではない.遺伝子検査を行った場合は,遺伝カウンセリングが必要である.

Hunter Outcome Surveyによる報告では,症状発現が中央値1.5歳,確定診断が得られるのは中央値3.3歳となっている3)

治療

治療としては酵素補充療法,造血幹細胞移植,遺伝子治療がある.酵素補充療法は,欠損している酵素を製剤として体外から補充することにより細胞内そしてライソゾーム内に酵素を輸送し,ライソゾーム内に蓄積しているGAGを分解する方法である.GAGの蓄積を阻害し,症状進行を緩和させることを期待するものである.ムコ多糖2型に対する酵素補充療法は,細胞表面のマンノース6リン酸受容体(M6PR)を介して遺伝子組み換えヒトIDSを細胞内に取り込ませる機構を利用した治療法である.日本で使用できる薬剤はイデュルスルファーゼ(エラプレース®),イデュルスルファーゼ ベータ(ヒュンタラーゼ®),パビナフスプ アルファ(イズカーゴ®)である.イデュルスルファーゼは尿中GAG排泄量を減少させる効果があり,肝脾腫,呼吸機能,関節可動域の改善はみられるが,心臓弁膜症や中枢神経系,骨,関節,角膜には効果がみられない4,5)のが問題点である.中枢神経系へ薬剤を移行させるために開発されたのがイデュルスルファーゼ ベータとパビナフスプ アルファである.イデュルスルファーゼ ベータは脳室内注射薬である.これを使用するためには事前に脳室内投与用のリザーバーを留置しておく必要がある.パビナフスプ アルファはヒト化抗ヒトトランスフェリン受容体(hTfR)抗体とヒトIDS(hIDS)を融合させた遺伝子組換え融合タンパク質である.TfRを介した鉄/トランスフェリン輸送機構を利用することで脳血液関門を通過でき,脳実質へIDSを移行させることができる.

造血幹細胞移植は骨髄移植と臍帯血移植がある.患者の体内に正常な造血幹細胞を移植し,その正常細胞が分泌する酵素が細胞内そしてライソゾーム内に輸送されることにより,ムコ多糖の分解を促進する.移植が定着すれば,肝脾腫,呼吸機能,関節拘縮などに改善がみられ,QOLが向上する4,5).治療効果は長期間持続するため,酵素補充療法のように頻回の治療を行わなくてよいという利点があるが,生着不全や移植片対宿主反応を起こす場合がある.

遺伝子治療については,レンチウイルスベクターやアデノ随伴ウイルス9型(AAV9)を用いた治療が海外では研究開発されている6)が,日本では施行できない.

予後

生命予後因子としては,呼吸不全,心不全,脳障害が挙げられる.中咽頭や気管・気管支へのGAG蓄積による気道狭窄,喉頭軟化症,気管軟化症,胸郭の変形による呼吸機能障害などが呼吸不全の原因となる.無治療の場合,重症型の多くが10代で死亡,軽症型の一部も20代で死亡する7).早期に治療介入することで,生命予後およびQOLの改善を目指す.

耳鼻咽喉科領域の症状

耳鼻咽喉科領域で問題となるのは,難聴と気道の問題である.耳の病変として滲出性中耳炎は高頻度にみられる.Keilmannの報告8)では,72.4%に中耳炎がみられたとされている.扁桃肥大,アデノイド増殖が滲出性中耳炎の原因として考えられるが,耳管や中耳の粘膜の肥厚も病態として考えられる.さらに年齢とともに感音難聴が進行していく.コホート調査からの線形回帰分析では,年に1 dBずつ聴力が悪化していくことが示されている8).感音難聴の進行の病態としては,中枢機能の低下のほか,内耳においてもGAGが蓄積していく可能性が考えられている.滲出性中耳炎に対しては,一般的な治療として鼓膜チューブ挿入術は有効である.知的発達遅滞を伴う例が多く,聴力を正確に把握するのが難しい場合も多いが,必要な症例には補聴器の装用も行う.

1例症例を提示する.2歳6カ月でムコ多糖症2型と診断され,3歳3カ月より酵素補充療法(エラプレース®投与)を行っている症例である.滲出性中耳炎に対しては,鼓膜チューブ挿入術を繰り返し行い,管理してきた(図2).図3に示すとおり,聴力は少しずつ悪化している.発達遅滞は軽度であったが,成長するに従って遅れが強くなっており,酵素補充療法の中枢神経系への効果の限界が示唆される.

図2 症例の鼓膜所見

上段:両側滲出性中耳炎を認める

下段:鼓膜チューブ挿入術後

図3 症例の聴力経過および新版K式発達検査の経過

気道の問題としては,扁桃肥大,アデノイド増殖,巨舌による上咽頭・中咽頭の狭窄,喉頭粘膜の浮腫や肥厚に伴う声門部・声門上の狭窄,気管軟骨の変形による下気道の狭窄と,気道の全領域に病変が生じうる.喉頭ファイバーの所見としては,厚ぼったい喉頭蓋,披裂部や仮声帯の腫脹などがみられる.上気道の狭窄に対して,口蓋扁桃摘出術・アデノイド切除術を行いたいところであるが,全身麻酔のリスクが高いことに注意を要する911).顎関節の拘縮,巨舌,下顎骨の突出といった要因で気管挿管が困難である.GAGが骨や軟骨,関節に沈着することによって胸郭が硬くなっていて,マスク換気も困難な場合がある.気管軟骨の変形があると下気道の閉塞を起こすリスクもある.抜管困難ともなり得るので,術後の気道管理にも注意が必要である911).全身麻酔下で耳鼻咽喉科領域以外の手術を行う場合や蘇生を行う際にも,気道管理には細心の注意が必要である.

耳鼻咽喉科診療において,滲出性中耳炎や扁桃肥大は一般的によくみられる病態であるが,ムコ多糖症2型の症状の一部である可能性があることを知っておくことは重要である.ムコ多糖症2型の種々の症状の中で,耳鼻咽喉科領域の症状は比較的早期に現れてくるので,耳鼻咽喉科で疾患を疑うことで,早期診断,早期治療介入につなげることが出来る可能性がある.特徴的な顔貌,皮膚や髪がゴワゴワしていたり関節が拘縮していたりするなど「なんとなく硬い感じ」といった所見がムコ多糖症II型を疑うポイントである.近年,薬剤の開発も進んでいることから,早期診断,早期治療介入をすることで予後の改善も見込まれる.

本稿の内容は,第19回小児耳鼻咽喉科学会・学術講演会ランチョンセミナー1で口演した.

利益相反に該当する事項:なし

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