2024 年 45 巻 2 号 p. 70-73
本稿では,小児難聴者の就労支援に関する現状と課題について,耳鼻咽喉科医師が理解すべき主要なポイントを論じる.まず,障害者雇用促進法とその関連法令に基づく法的枠組み,および医療職における欠格条項の見直しについて概説する.次に,聴覚障害者の就労状況に関する最新データを提示し,特に職場定着率や収入水準に焦点を当てた分析を行う.また,東京ジョブコーチをはじめとする就労支援サービスの具体的な役割を紹介し,小児難聴者の就労を成功に導くために耳鼻咽喉科医師が果たすべき役割について考察する.本稿は,医療現場において小児難聴者の就労支援を推進するための指針を提供することを目的とする.
聴覚特別支援学校高等部生徒の卒業後の進路として就職を選ぶものは,通常高等学校普通科よりも多い.しかしながら,コミュニケーションの壁や職場での適応の難しさにより,職場定着率は高くはない.本論文では,これらの課題の背景にある法的枠組み,聴覚障害者就労の国内外の現状,利用可能な支援制度,小児難聴者の就労に向けて耳鼻咽喉科医が果たすべき役割について考察する.
障害者の雇用を支援するための法的枠組みとして,障害者雇用促進法が重要な役割を果たしている.従業員が一定数以上の規模の事業主は,従業員に占める身体障害者・知的障害者・精神障害者の割合を「法定雇用率」以上にする義務がある(障害者雇用促進法43条第1項).現在の民間企業の法定雇用率は2.5%であり,従業員を40人以上雇用している事業主は,障害者を1人以上雇用しなければならない.障害者雇用納付金制度は,障害者の雇用に伴う事業主の経済的負担の調整を図るとともに,全体としての障害者の雇用水準を引き上げることを目的に,雇用率未達成企業(常用労働者100人超)から納付金を徴収し,雇用率達成企業に対して調整金,報奨金を支給するとともに,障害者の雇用の促進等を図るための各種の助成金を支給している1).また平成28年の改正により,雇用分野における障害者差別の禁止と合理的配慮の提供が義務化されている2).
2.2 欠格条項の見直し「目が見えない者,耳が聞こえない者には免許を与えない」等としてきた医療職の絶対的欠格条項は2001年に一括見直しとなった3).現行の相対的欠格条項の条文(医師法)は次のようになっている.第四条:次の各号のいずれかに該当する者には,免許を与えないことがある.第一号:心身の障害により医師の業務を適切に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの.医師法施行規則第一条:医師法第四条第一号の厚生労働省令で定める者は,視覚,聴覚,音声機能若しくは言語機能又は精神の機能の障害により医師の業務を適切に行うに当たって必要な認知,判断及び意思疎通を適切に行うことができない者とする.
図1 Aは,文部科学省の特別支援教育資料から作成した聴覚特別支援学校高等部生徒の卒業後の進路である.2022年度の卒業生のうち,進学者38.0%,就職者29.9%,教育訓練機関等入学者7.7%,社会福祉施設等入所・通所者21.7%であった4).通常高等学校普通科生徒の卒業後の進路では,就職者の割合が6.3%であることを考えると5),聴覚特別支援学校の就職者の割合が高いことがわかる.図1 Bは,厚生労働省の障害者職業紹介状況等から作成したハローワークを通じた聴覚・言語障害がある人の就職率で,40~50%の間で推移している6).図1 C,Dは,厚生労働省の令和5年障害者雇用状況の集計結果から作成した聴覚又は平衡機能障害者の雇用状況である.1000人以上規模の民間企業で52%が働いており,続いて100~300人規模の民間企業に14%の聴覚障害者が働いている7).産業別の雇用状況では,製造業が最も多く,医療・福祉,卸売業・小売業が続く.

A 文部科学省の特別支援教育資料から作成した聴覚特別支援学校高等部生徒の卒業後の進路
B 厚生労働省の障害者職業紹介状況等から作成したハローワークを通じた聴覚・言語障害がある人の就職率
C,D 厚生労働省の令和5年障害者雇用状況の集計結果から作成した聴覚又は平衡機能障害者の雇用状況
独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センターの調査研究報告書No. 137「障害者の就職状況等に関する調査研究(2017年)」によると,聴覚障害者215人からの調査では就職1年後の職場定着率は67.0%であった8).図2は同じ資料から,A:年代別にみた職場定着率の推移,B:最終学歴別にみた職場定着率の推移,C:企業規模別にみた職場定着率の推移,D:訓練の利用別にみた職場定着率の推移,を検討したグラフとなる.20代の定着率が最も高く,また最終学歴が高い方が定着率が高いという結果であった.企業規模別で50人未満の会社では定着率が低い.職業訓練を利用している場合は高い定着率を維持している.

A:年代別にみた職場定着率の推移,B:最終学歴別にみた職場定着率の推移,C:企業規模別にみた職場定着率の推移,D:訓練の利用別にみた職場定着率の推移
三菱UFJリサーチ&コンサルティングの政策研究レポート「聴覚障がいのある雇用者の活躍に向けて~データからみた雇用の現状と課題の分析~」によると,聴覚・言語障害者の雇用者割合は,20~39歳は89.7%と,同年齢階層人口に占める雇用者割合の75.1%を上回っている.一方で,年齢が上がると,40~49歳では71.5%,50~59歳では63.8%と,同年齢階層人口に占める雇用者割合(それぞれ77.7%,73.8%)を下回り,60~64歳では16.7%,65~69歳では11.6%と大きく低下し,同年齢階層人口に占める雇用者割合(それぞれ,53.1%,31.7%)よりもかなり低くなることがわかる.また聴覚障害者の年間収入では,聴覚・言語障害のある雇用者の年間収入額は295万9千円と推計し,これは,全労働者の年間収入384万6千円の約77%に相当すると計算している9).交通事故で死亡した聴覚障害を持つ女児が,将来得られるはずの収入「逸失利益」について訴訟で争われているが10),聴覚障害者の逸失利益の算定基準に影響する数値であると思われる.
3.4 米国の聴覚障害者の雇用者割合と収入水準同じく三菱UFJリサーチ&コンサルティングの政策研究レポートによると,米国の聴覚障害者と聞こえる人の雇用率について,聞こえる人の労働者割合が約72%であるのに対して,聴覚障害者の労働者割合は約48%とその差は,約24%ある.これを学歴別にみると,いわゆる大卒者では,両者の差が約16%になるなど高い学歴ほど,差が小さくなっている.また,フルタイマーでの年間収入について聴覚障害者と聞こえる人の状況を学歴別にみると,聴覚障害者,聞こえる人ともに学歴が高くなるほど年間収入が高くなっている.また,いずれの学歴でみても,聴覚障害者も聞こえる人も,大きな差は見られない9).
ジョブコーチとは,職場内の環境調整,支援対象者の業務内容の検討・組み立て,通勤やコミュニケーションの補助などを行い,職場への適応・定着を支援する人のことである.東京ジョブコーチ支援事業は,(公財)東京しごと財団が東京都の補助を受け,社会福祉法人東京都知的障害者育成会に委託して行われている.東京ジョブコーチは,障害者就労支援に係る業務を1年以上行った経験があり,「東京ジョブコーチ人材養成研修」を受講し,(公財)東京しごと財団が認定した者である.様々な専門性を有するジョブコーチ(定員60人)が,(公財)東京しごと財団に登録されている.支援を受けたい障害者,企業等,支援機関等が,費用の負担なく東京ジョブコーチによる支援を利用できる11).
4.2 就労系障害福祉サービス障害者総合支援法における就労系障害福祉サービスには,就労移行支援,就労継続支援A型,就労継続支援B型,就労定着支援の4種類のサービスがある.聴覚障害者の在籍する事業所は,「就労継続支援B型」が多い12).また高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)は,障害者の職業的自立の推進,求職者その他労働者の職業能力の開発及び向上のために,高齢者,障害者,求職者,事業主等の方々に対して総合的な支援を行っている13).
小児難聴者の就労に向けて,医療機関には,診断,治療,投薬,書類作成,教育・福祉との連携,定期フォローといった基本的なことがまずは求められている.具体的には,聴覚活用を行っている聴覚障害者に,適切な補聴器調整や人工内耳マッピングを提供する.さらに『聴覚障害者の社会参加を促進するための手法に関する研究』(AMED研究)の中で,『聴覚障害者 就労・就労継続支援に関するチェックリスト』を作成されるなど,就労に関しても積極的に関わっていくことが可能である.チェックリストでは,1)環境調整(聴力の状態,コミュニケーション状態,仕事内容),2)職場環境の評価(騒音環境などの評価),3)本人の状況評価(障害の状況,スキルの状況)の3つの大項目を主体に評価する14).また東京ジョブコーチのような地域の聴覚障害者就労支援機関との連携も重要である.
聴覚障害児が就労に向けて直面する課題は多岐にわたるが,教育機関,支援機関,企業,医療機関が一丸となって支援することで,これらの課題を乗り越え,彼らが持つ可能性を最大限に引き出すことができると考えている.
利益相反に該当する事項:なし