2024 年 45 巻 2 号 p. 87-92
男女平等への意識改革の取り組みにより失われつつあるものの,未だ一部において性別役割分担意識はアンコンシャス・バイアスとして根強く残っている.医学生のアンケートにより女性は医学生時代から結婚・出産において家事・育児を多く担うことを意識しており,そのために勤務形態を変化させることを考えていた.実際,耳鼻咽喉科女性医師は家事育児を多く担う傾向にあり,特に家事に対しては負担に感じていた.学生時代からのキャリアや性別役割分担に対するアンコンシャス・バイアスに関する教育を行っていくことは勤務継続に寄与すると考えられた.2024年4月から医師の働き方改革の新制度が開始となった.これは,医療機関に勤務する医師の長時間労働を改善し,医師が健康に働き続けられる環境を整備するための取り組みである.今後,男女ともに家事育児を協力できる時間を作れる体制になることが,女性医師の勤務継続の一助になり得ると思われた.
2020年12月31日現在における全国の届出「医師数」は339,623人で,「男性」262,077人(77.2%),「女性」77,546人(22.8%)となっており全体的に増加傾向,特に女性医師の増加率は男性より高かった.耳鼻咽喉科においては女性医師の割合は病院勤務の26.1%,診療所の19.5%と全体の科における女性医師の割合と比較してほぼ同率と言える.耳鼻咽喉科専門医も男性医師5966人(78.9%),女性医師1592人(21.1%)とほぼ同等であり,女性医師の選択しづらい科ではないと言える1).女性医師の就業率は登録後12年で最低値(M字カーブ)となり,その理由は出産70%,子育て38.3%と大きな要因となっている2).女性の働き方は今までにも論じられてきているが,現実も課題が多いようで,英誌エコノミストが発表した女性の働きやすさを指標化した2023年のランキングでは日本は29か国中27番目で,「依然として職場で最大の障害に直面している」とされていた.
女性医師の働き方が論じられるも問題は解決しない中,2024年4月から医師の働き方改革の新制度が施行された.この制度は,男女問わず日本の医療機関に勤務する医師の長時間労働を改善し,医師が健康に働き続けられる環境を整備するための取り組みであるが,これが女性医師のライフイベントを考慮した勤務継続に寄与するか考えていく必要がある.今回は兵庫医科大学(以下,当大学)大学学生を対象としたアンケートや耳鼻咽喉科女性医師の会で行われたアンケートを中心に論ずる.
当大学で2015–2017年に在籍した医学生に将来像についてのアンケートを行い,男女における役割分担意識の差を検討した結果の一部を紹介する3).対象は1年生372人(男性242人,女性130人)と6年生311人(男性174人,女性137人),計683人であった(兵庫医科大学倫理委員会承認番号1465号).性別役割分担意識とは,「男性は仕事・女性は家庭」や仕事においても「男性は主要な業務・女性は補助的業務」などのように個人の能力でなく,性で役割りを分ける考え方である.男性は性別役割分担意識を持ちやすいと言われており,その原因として「性別役割分担意識に即して行動をすることが社会的に有利な立場になりやすい,いわゆる社会的成功に結び付く」ことが指摘されている4).こういった考えもジェンダー平等への意識改革の取り組みにより失われつつあるものの,未だ一部はアンコンシャス・バイアスとして根強く残っている.
医学生のアンケートにおいて,自身の将来像として「家庭・子育てを優先」「非常勤やパートで勤務」「医育機関で勤務」「地域医療に貢献」「研究の道を追究」,「その他」で選択してもらったところ,女子学生では「家庭・子育てを優先」「非常勤やパートで勤務」を選んだ割合が男子学生より有意に多かった(図1),(χ二乗,p<0.001).この思考は1年生と6年生に差はみられなかった.女子学生は将来像においてキャリア形成思考をもっている率は,男子学生と比較して有意に少なく,学生時代から結婚や子育てを意識している学生が多いと考えられた.
a.自身の将来像,b.育児・家事の分担意識(将来,自身がどのくらい担うつもりか),c.子育ての時期の勤務形態をどうするか?
医学生時代から,女子学生は男子学生と比較して「家庭優先」や「非常勤」を選択した割合が有意に多く(a),家事・育児を50%以上負担することを想定している割合が有意に多く(b),さらに子育て時期において勤務形態を変えると選択した割合が有意に多くみられ(c),性別役割分担意識が未だ存在していることが示唆された.
「将来結婚したら家事や育児をどのくらい担うか」の質問に対して,家事も育児ともに女子学生は,半分以上を担うと答えたのが男子学生より有意に多かった(p<0.001,χ二乗).また,「子育て中の勤務形態をどうするか」の質問に対して男性では,84.1%が「常勤で働き続ける」と答えたのに対して,女性は,30.0%と顕著な差がみられた(いずれもp<0.001,χ二乗).これらの結果から性別役割分担意識は学生の時から男女ともに未だに強く存在していると考えられた.「大学病院でキャリアを形成」を選択した学生の割合は,男女間で有意な差はなかったが,2024年時の当大学(西宮本校における)の指導的立場の役職である講師以上において,女性医師の割合が140人中13人(9.1%)と202030(2020年までに女性の管理職が30%を目指す)には程遠い現実をみると,大学病院では女性医師が勤務継続しやすいとは言い難い.
本アンケートにおいて男子学生のみに「妻に家庭に入ってほしいか」と問うたところ,「家庭に入ってほしい」が403人中174人(43.2%),「子供ができたら入ってほしい」が142人(35.3%)と78.5%が女性の勤務継続を望まなかった.日本医師会男女共同参画委員会の『女性医師の勤務環境の現況に関する調査報告書』(2017)によると,女性医師の結婚相手は,6958人のうち4510人(64.8%)が男性医師であり5),「女性医師の伴侶は男性医師が多い」といえる.当時アンケート対象となった学生は,現在,中堅医師くらいの年代になっていると思われる.女性医師の就業率におけるM字カーブは,学生時代からすでに予定されているかのようである.
学生時代から男女ともに就労を継続するための知識を得ること,医師として働き続けるモチベーションを維持できるように教育を組み込むニーズがさらに高まっていることから,男女問わず「アンコンシャス・バイアスをどのようにコントロールしていくか」も今後の課題である.しかし指導者の世代はさらにこのバイアスにとらわれている可能性もあり,多様なロールモデルを参考にしながら取り組んでいく必要がある.
男女ともに女性医師の勤務継続に必要な条件として「職場環境」と答えた率が最も多く,特に今後も職場環境の改善は急務と言える.各々がおかれる環境の中で力が発揮できるように,職場のフレキシブルな対応が重要である.世界的にも避けられない問題であるようで,米国ボルチモアのJohns Hopkins University School of Medicineでは耳鼻咽喉科研修医の43%が女性医師で,26人中6人(5人女性,1人男性)の研修医が同時期に子供が産まれる予定となってしまった時の工夫(6週間から8週間の有給休暇を確保することや柔軟に研究を差し込むなど)が報告された6)が,そもそも日本と米国では産前産後休暇の取り扱いが異なるため,参考にはし難いかもしれない.しかし,研修医やレジデント,病院助手は出産適齢期ではあるため,妊娠・出産時期が重なることは十分想定され,ジェンダーを超えた柔軟な対応が必要となる.
当科では2006年に女性耳鼻咽喉科医の会「イチゴの会」が発足され,昨年より世話人をさせていただいている.勤務状態の構成を図2 aに示す.様々な立場に女性医師で成り立っていると思われた.当初の目的は「女性医師が子供連れで勉強ができる場の提供」であり,毎年,講師を招待し,赤ちゃんが泣いても子供が走り回ってもいいような会である.昨年の試みは「子連れ講演」であった.女性医師2人に子連れでそれぞれの専門分野について講演をしてもらったが,講師,聴講者ともに有意義な時間であった.今年の試みは4月からの働き方改革に伴い,大学病院にて頭頸部外科を専門とする医師,市中病院で管理職に就いている医師,開業医(院長)で雇用主の立場にもある医師,など立場が異なる女性医師にそれぞれの立場から講演してもらった.
a.イチゴの会の構成,b.育児休暇の取得状況,c.家事・育児・生活負担の割合,d.優先度の理想と現実
様々な職位で構成されている(a)イチゴの会におけるアンケートでは,育児休暇の取得率が一般と比較して低いこと(b),家事・育児のほとんどを担い,その反面生活費の負担が少ないこと(c),仕事や家族との時間を重要視したいが,家事に追われてできていないこと(d),など性別役割分担意識の存在と家事負担の大きさが示唆される回答であった.
この「イチゴの会」において女性医師のライフワークバランスについての意識を調査した.数が少ないもので,かつ当大学の同門仲間ではあるが,様々な立場の耳鼻咽喉科女性医師で構成されているため,何かの参考になればと思う.育児休業の取得状況を図2 bに示す.取得率は45.8%と一般と比較して少なかった.育児休暇を取得できなかった(しなかった)理由として,世代的に20年前に出産された女性医師の回答では「当時は妊娠したら退職が当然のことで選択肢がなかった」という理由が見受けられたが,近年においては,「希望したが育休取得の資格(勤務日数の不足,役職における規約)が得られなかった」という回答が多かった.大学病院においては役職によって勤務継続可能年数などが定められて,育児休業が取得できない場合がある.特に妊娠・出産適齢期では規約が厳しい病院助手の立場であることが多く,また連携施設への異動も多く,医局の人事であっても移動後すぐに妊娠が発覚した場合は,勤務日数に不足により育児休業が取得できない(条件による)ことがある.この規定は女性の妊娠・出産後の勤務継続を大きく阻むもので,育児休業取得の条件や産後休暇終了からの空白になってしまう期間の取り扱いなどを前もって把握して相談しておく必要があると思われた.
家事や育児の分担を多く担っている女性医師が多く(図2 c),12/14人(85.7%)が家事や育児に対して「大変と感じる」,「どちらかというと大変に感じる」と回答していた.その反面生活費の負担は少ない傾向にあり,ここでも性別役割分担意識に基づく行動の結果がみられた.女性医師の「優先したいもの(理想)」と「優先せざるを得ないもの(現実)」を調査したところ,仕事内容や家族との時間を優先したいが,現実は家事に追われている(優先せざるを得ない)現実があった(図2 d).女性医師勤務継続に必要な条件として当大学医学生,女性医師ともに最も多かったのが「フレキシブルな時短制度」,次に「パートナーの理解」であり,家事・育児を遂行するためのフレキシブルな働き方など職場に求められる課題と家事・育児を分担についてパートナーと話し合う必要性など家庭の課題が浮き彫りになった(図3).
a.医学生,b.女性医師
双方とも,「職場」に対する条件が最も多く,また配偶者の理解も必要不可欠と考えられた.
「耳鼻咽喉科医は他科医と比較して勤務継続しやすい科と思いますか?」という問いに87.5%が「思う」と回答しており(図4),その理由に「外来業務だけでも勤務ができる」,「専門分野が多岐にわたるため,選択肢が多い」,「手術時間が短い手術が多い」が挙げられたが,一方で「感染症の前面に立つ科なので子育てする医師としてやりがいより辛さが勝つ」といった意見もみられた.
耳鼻咽喉科は勤務継続しやすいと回答した女性医師は87.5%と多かった.
上述した「イチゴの会」において「医師の働き方改革は女性医師の勤務継続に寄与すると思われますか?」という問いに半数は「思う」と回答した.「思わない」と回答した理由として,自由回答の中で「言葉遊びのようなもので実際,自己研鑽が多くなって給料が減るだけでは?」や「モデルケースがすでに子育て中の女性医師には無理がある」といった回答がみられた(図5).
寄与すると回答したのが50.0%であった.
学生時代から家事・育児は女性の役割というアンコンシャス・バイアスが残っている中で,現実として家事育児が女性医師の負担になっていることを思えば,働き方改革により男性医師も勤務時間や勤務体制の見直し,育児休暇取得などにより家事育児に参加する時間を少しでも増やす事は女性医師が勤務を継続する一助になる可能性もある.
医師には外来業務,病棟業務,手術,教育,研究,開業,運営,社会活動など業務が膨大にある.個々における家庭の考え方や家庭の事情,理想とするワークライフバランスはそれぞれ異なり,どれも決して否定されるものではないが,ライフイベントに合わせてどれを重点的に担い,活躍ができるかを,個人・職場の双方が円滑に話し合える雰囲気が必要である.教育施設や病院全体,そして医局において,男女問わず「学生時代からのキャリア教育」,「性別役割分担意識の解消」,「フレキシブルな働き方の提案」,など医師の働き方改革の始動を契機に見直し,どのような立場におかれても個々の能力を十分に発揮できるように,指導者が代わっても維持される系統立てられた対応・管理体制を整えていくことは急務である.
利益相反に該当する事項:なし