2024 年 45 巻 2 号 p. 93-96
医療現場における働き方改革とワークライフバランスの実現は,近年ますます重要な課題となっている.特に,長時間労働や過酷な勤務条件が常態化してきた医療界において,この問題は喫緊の課題として認識されている.この課題は女性医師を中心に改革が進められてきたが,男女共同参画のなかで,女性医師のみの労働環境を改善しても限界がある.本稿では,まず医師の労働環境の変遷を概観し,ついで男性医師が直面している課題について検討する.働き方改革が進められている現状,これらは同根の問題である.課題に対する分析,解決策や今後の展望について,第19回日本小児耳鼻咽喉科学会学術講演会のダイバーシティ推進委員会企画セミナーにおいてセッションを行ったので,考察を含めて記述する.
医療現場における働き方改革とワークライフバランスの実現は,近年ますます重要な課題となっている.特に,長時間労働や過酷な勤務条件が常態化してきた医療界において,この問題は喫緊の課題として認識されている.この課題は女性医師を中心に改革が進められてきたが,男女共同参画のなかで,女性医師のみの労働環境を改善しても限界がある.
本稿では,まず医師の労働環境の変遷を概観し,ついで男性医師が直面している課題について検討する.働き方改革が進められている現状,これらは同根の問題である.課題に対する分析,解決策や今後の展望について,第19回日本小児耳鼻咽喉科学会学術講演会のダイバーシティ推進委員会企画セミナーにおいてセッションを行ったので,考察を含めて記述する.
研修医は「レジデント」とも呼ばれる.レジデントは住む者という意味であり,文字通り病院に泊まり込むような長時間労働や過酷な勤務条件が(施設や科によっては)当然のように課せられ,日勤→当直→日勤などの連続勤務も当たり前であった.こうした過酷な労働環境は,医師の技能向上や経験蓄積に寄与する一方で,医師自身の健康被害や医療ミスのリスク増大といった問題をはらんでいた.
困ったことに(?),上級医師も皆この労働条件を乗り越えてきており,医師のワークライフバランスという概念はほとんど存在せず,私生活を犠牲にして患者のために尽くすことが美徳とされてきた.階層的な組織構造が強固に存在し,上級医の指示に従順であることが求められた.こうした環境下では,若手医師が労働条件の改善を訴えることは極めて困難であり,ほとんどの医師が黙々と過酷な労働に耐えるしかなかった.
2つの大きな制度上の改革が,医療現場の労働環境を大きく変えることとなった.制度改革のひとつめは平成16年(2004年)の初期臨床研修制度の導入,ふたつめは令和元年(2019年)から順次施行された働き方改革である.それに加え医学科の男女比率の変化1,2),世代間の考え方の変化などが複雑に絡んでいる.
初期臨床研修制度の導入により,医学科を卒業後すぐに専門科に入って働いていた研修医は,各科を2年間でローテートする初期研修医と,専門科に進んだあとの専門医取得までの後期研修医に分かれることとなり,研修医の位置づけは大きく変化した.なお著者は平成17年卒で,まさに過渡期に研修を受けた世代である.
初期臨床研修制度の下では,研修医の労働時間管理や教育プログラムの充実が図られ,指導医に対しても臨床研修指導医資格取得のために講習を受けることが義務づけられたことで,以前と比べて初期研修医の労働環境は改善されていった.近年では初期研修医の労働時間を制限し残業を認めない施設も出てきた.しかし,それによる新たな問題として,研修医の労働時間が制限されたことでその分の負担が後期研修医(専攻医)や若手の専門医に集中する傾向が生まれている.専攻医の中には月80時間をはるかに超える残業を強いられるケースも報告されており,過労死のリスクも指摘されている.
働き方改革は医療界にも及んでいるが,2024年4月から適用された医師の時間外労働の上限規制では,年間960時間または1,860時間(地域医療確保暫定特例水準)という基準が設定された.しかしこの基準は一般労働者(年間720時間上限)を大きく上回っており,医師の労働環境の特殊性を示している.
男性医師,特に専攻医や若手の専門医は,依然として長時間労働を強いられている場合が多い3).これは身体的・精神的な健康リスクを高めるだけでなく,家庭生活や個人の時間を制限する要因となっている.実際に男性医師は,未就学の子がいても子育て前と働き方に変化がない場合が多く,育児休業取得率も著しく低い(図1).

(文献4を改変)
そこで,札幌医科大学・兵庫医科大学・九州大学医局所属の男性医師へアンケート調査を行い,育休や働き方に関する経験や考え方を調査した.調査に協力した男性医師37名のうち24名が配偶者も医師であった(図2 A).昨今,医学科入学生も1/3は女性であるので,男性医師の配偶者が女性医師である率も上がっているものと思われる.キャリア形成の重要な時期と子育ての時期は重なることが多いため(これは医師に限らないが),昇進や専門医取得のためには私生活を犠牲にせざるを得ないというジレンマに悩む医師も少なくない.事実,アンケート結果からも,育休取得経験のある男性医師は少数派であることが分かる(図2 B).育休の取得率でいえば全職種平均と比べて極端に少ないわけではないが,育休の期間はそもそも育児休暇と呼べないほどに短いことが分かった(図2 C).

A:配偶者の職種 B:育児休業取得率 C:育児休業の期間
男性医師が育児休業を取得しない理由としては,以下のようなものが挙げられた:
1.職場の人員不足により,長期休暇の取得が困難
2.キャリアへの悪影響を懸念
3.職場の理解や支援体制の不足
4.経済的な不安
一方の女性医師は,任らの調査によると,育休取得のためにはフレキシブルな時短制度,パートナーなど家族の理解,自身の気力・体力が重要と考えていることが示され,女性医師は自分が時短することが前提になっていると考えられた.従来の性別役割分担意識は,まだまだ根強くあるのであろう.今回アンケートを回収できた37名のうち,約1/4にあたる9名は,配偶者が専業主婦であった.複数の子どもがいる率を算出すると,専業主婦世帯では77.8%であったのに対し,配偶者が医師の世帯は60%であった(有意差はなかった)ことから,複数人の子どもを養育する場合には配偶者間で分業する家庭も少なくないと考えられる.総務省による平成29年就業構造基本調査結果によると,専業主婦とみられる家庭が30%台であったのに対し,専業主夫とみられる家庭は1%未満と少なく5),女性側が専ら仕事を離れる現状が伺えた.
男性医師が育休を取得しやすくするためにどのようなことが必要か,というアンケートでは,収入の保証と環境整備(主治医制撤廃,マンパワー充足,サポート体制の充実,周囲の理解)が主な意見として挙がった.育休が不要との回答もあり,妻が専業主婦の家庭であった.これについては働き方改革の項でも述べるが,耳鼻咽喉科の勤務医は大学病院を除くと,中小病院で1–3人体制のところが多く,代替要員の確保が困難で休みづらいということが挙げられる.集約化による構造の変革が必要なところかもしれない.
男性医師の育児参加を促進するためには,育児休業取得の奨励や,短時間勤務制度の拡充などが必要である.一方で,時短=収入が減るという,労働時間が収入に直結する雇用形態の場合は,育休を取るとそもそも生活が成り立たなくなる側面もあることから,現場での工夫が必要である.
具体的な施策としては,以下のようなものが考えられる:
1.育児休業取得者のロールモデルの提示と経験共有
2.育児休業取得によるキャリアや収入への悪影響を最小限に抑える人事制度の構築
3.短時間勤務や時差出勤など,多様な働き方の導入
4.院内保育所の設置や,病児保育サービスの提供
5.男性の育児参加を推奨する組織文化の醸成
昨今,日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会や関連する学会でも,働き方改革や男女共同参画に関連するセッションや講演が頻繁に行われており,文化の醸成が少しずつではあるが進みつつあるのを実感している.
2020年に日本医師会 男女共同参画委員会が記載した答申書には,
“医師の「働き方改革」,つまり「魅力ある職場づくり」の実現を考えてみると,男女を問わず「勤務医問題」そのものでもあり,特にキャリア形成期の女性医師が所属する教育機能を担う大学や基幹型病院の問題でもある.もちろん,男性医師にも「働き方改革」が必要であることは言うまでもない.”
と書かれている6).学会でのセッションでも検討した内容そのものである.特定の年代や性別に過剰な負担が集中しないような慎重かつ大胆な改革が望まれる.
本稿では,男性医師の視点から見た働き方改革とワークライフバランスの課題について,アンケート結果からその現状と解決策を多角的に検討してきた.医療の質と安全性を維持しつつ,医師の健康と生活の質を向上させることは,決して容易な課題ではない.しかし,この問題に真摯に向き合い,具体的な解決策を実行に移していくことは,医療界全体の持続可能性を高めるために不可欠である.
医療は人々の生命と健康を守る崇高な使命を持つ職業である.しかし,その使命を全うするためには,医療を提供する側の健康と幸福も等しく重要である.男性医師を含むすべての医療従事者が,仕事と生活の調和を図りながら,やりがいを持って働ける環境づくりを,社会全体で推進していくことが求められている.
本稿に関連する調査にあたりご協力を頂いた札幌医科大学 高野賢一先生,兵庫医科大学 任智美先生,両大学医局員の皆様,および九州大学耳鼻咽喉科医局員の先生方に篤く御礼申し上げます.
利益相反に該当する事項:なし