抄録
静岡県所在のA美術館を対象として,2007年2月~2009年9月まで合計5回の定期的なカビ発生調査を実施した。この際に収蔵作品の表面および収蔵庫内の空気中から「集落の観察や光学顕微鏡レベルの観察では同定困難な複数のカビ(Aspergillus section Restrictus)が分離された。これらの分離株は美術作品の汚染・劣化の原因菌であると考え,10株について,遺伝子解析による同定を行った。遺伝子解析は,26SrRNA遺伝子D1/D2領域の塩基配列を決定して,系統関係を調べる方法を用いた。同定結果を元に数種のカビ用培地を用いて分離株の再培養を行い,集落の形態比較と光学顕微鏡による頂嚢などの微細構造の観察を行い比較した。この結果,約5種の系統に分けられた。このうちの1種は,紙作品や書籍の褐色斑点(foxing)の起因菌として認知されているAspergillus penicillioidesであった。他の4種については,遺伝子学的にも形態的にもA. penicillioidesに近縁であることが判り,紙作品のfoxingや絵画作品のstainの劣化起因菌である可能性が高いことが示唆された。