19世紀後半に世界で最初に導入されたドイツの社会保険制度の意義については,勤勉・効率の価値観を受容させることを通じ,労働者を近代市民社会に組み込む契機となったという肯定的な見解から,労働者が社会保険を通じて国家に強く結び付けられ,自己の生存を国家の手に委ねるようになったという否定的な見解まで幅広く存在する。本報告では,「よき労働者」の心と身体をめぐる規範形成と,この過程における当事者の関与の仕方の変遷に注目し,以上のような見方を再検討したい。先ずは,帝政期から戦間期に至るドイツ帝国郵便内の労働災害(特に労災神経症)や福利厚生の事例を分析し,労働者が社会権を行使する――被雇用者の安全と健康について使用者の責任を問う労働災害保険法や,労働災害の鑑定医である専門家たちと交渉――アクターとして,新しいアイデンティティを構築していたことを示す。他方で,保険機関当局も財政上の困難に見舞われ,社会国家が物質的な基盤を欠いた戦間期には,以前から存在していたものの,当事者や一部の専門医からも否定されていた説――労働災害を「詐病」や「仕事嫌い」と結び付ける――が一層支持を得るようになると同時に,労働者の「理想的」な心と身体のあり方が,産業心理学などの後押しで形作られる経緯を跡づける。