本稿は、東南アジアにおける全国民を対象とした社会保障制度(以下、国民皆社会保障制度)の構築が先進国のそれとは異なった課題を有していることを、タイを事例に指摘するものである。タイを含めて東南アジア諸国は戦後急速に発展してきた。しかしながら、産業構造(工業化)や人口動態(少子高齢化)などの経済社会の急速な変化(近代化)は、国民皆社会保障制度の整備だけでなく、既存の社会保障制度の統合さえも困難にしている。加えて、インフォーマル雇用が多いことや財政面の制約が厳しいことなどの中所得国としての課題、経済のグローバル化が格差を拡大させていることなども整備の自由度を狭めている。
このような点を考慮すると、東南アジアの国民皆社会保障制度ひいては福祉国家化への道筋は、欧米のそれとは異なったものになる可能性が高い。