日本は稼働年齢層に対する社会保障給付が少なく,賃金で生計費をまかなうことが期待されている。家族生計費に見合った賃金水準の獲得が労働運動でも目標とされてきたが,賃金と不可分である労働時間の視点は弱く,柔軟かつ無限定に労働時間を提供することが「生活できる賃金」が得られる事実上の条件であった。不安定・無限定な労働時間では子育ての時間は確保できず,母子世帯をはじめケアを担いながら働く労働者は「生活できる賃金」を得ることができない。本稿は,戦前の学会では最重要課題だった労働時間への関心が戦後弱まったのは大企業男性正社員の研究に関心が集中したからではないかとして,女性労働研究を継続していた竹中恵美子氏の業績を振り返った。そこでは90年代以降に国際的に発展する福祉国家とケア,脱商品化,脱家族主義化といった論点が60〜80年代から見出されており,賃金と労働時間と社会保障の相互関係に関する主張に着目した。