2019 年 8 巻 2 号 p. 35-46
互恵的な協力は人間社会の持続的な発展の重要な基盤である。基礎的な互恵的協力として「過去において自身に協力した他者には協力する」という直接互恵が存在する。一方で,直接的な見返りが期待できない見知らぬ人間同士でも安定して協力行動を維持する仕組みは関係の流動性の高い現代において極めて重要になりつつある。このような協力が安定して成立するためには,非協力的な人だけが得をしないように,良い人と悪い人とを判断する評価ルール(規範)が必要であり,有効な規範の精緻な分析が進められてきた。しかし多くの先行研究は単一の規範が社会で共有されるという前提を置いており,多様な規範が混在する中からどのような規範が社会で受け入れられるのか,更には社会のネットワーク構造が規範の進化に与える影響は未解明の課題であった。そこで本研究ではエージェントシミュレーションを用いて多様な規範が存在する規範エコシステムをモデル化し,規範と協力の共進化過程がネットワーク構造によってどのような影響を受けるのかを分析した。その結果これまで協力を実現できないとされてきた規範が,相互接続の次数が高い社会において協力が進化するためには必須であることがわかった。この結果は協力社会の実現のためには協力を維持する方策だけではなく,協力の進化過程において必要な規範についても検討する必要性を示している。