科学・技術研究
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原著
経年京壁の風情を醸す「さび」発現機構の解明
伝統技術にひそむ工学要素の展開研究
黒田 孝二佐藤 ひろゆき高井 由佳後藤 彰彦
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2014 年 3 巻 1 号 p. 69-72

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抄録
京壁は、粘土を含む土砂と藁などの植物繊維を水に分散し、一定期間ねかせた組成物を、混錬、塗工したもので、桃山時代に千利休が茶室に用いて現在の京町屋づくりに継承されている歴史的意義のある伝統技術である。その表面性状はきめ細かく優美な外観を呈しており、塗工直後には粘土由来の黄土色であるが、数か月から数年後には、その表面が茶褐色に変色する現象が知られており、これを「さび」と呼んで京壁の歴史的な古色を楽しむ風情のひとつとして評価されている。このさびの出現時期や濃さなどの出方は原料や環境により異なるとされているが、これまでその原因は明らかでなかった。その変色層の厚さは薄く空気に触れている最表面層にのみ起きる現象であり、表層を薄く削ると元の原料の色が出てくる。また環境条件の検討では、どんな温度湿度でも閉鎖した一定環境においては変色せず、解放した場所にだけさびが出て、陰に隠れた部分には出ないことが知られているが原因が未解明なため、この趣のある古色を意図的に出現させることも、逆に抑制することもできなかった。本研究では、さびの原因となる物質を特定することを目的とし、蛍光X線分析装置を使用し、さびが斑点状に出た京壁のごく薄い表層の約10 cm四方にわたって無機元素分布をマッピングする特殊な技法を試みた。その結果0.1質量%以上含有する主要無機元素として検出されたSi、Al、Fe、K、Ca、S、Ti、Mnのうち、さびと分布が一致するのはMn(マンガン)であることを突き止めたので報告する。この結果は、従来から原因はFe(鉄)の酸化物であると考えられてきた概念を一変するもので、粘土の層間の保水層に内包されたMnイオンが外的環境変化に応じて、表層に滲出して空気に触れて酸化するものと考えられる。Mnの空気酸化の反応速度は遅く、数か月単位の時間を経て出現することとも現象が対応する。また、ゆっくりとした環境変化では水のみが粘土の層間端部から出入りするのに対して、乱流下では粘土の層間端部の乾燥速度が速く、また乾燥にムラが出るので、Mnイオンを内包した水が層間端部から滲出する機会が増えるものと考えられる。さびの現象は、ヒアリングによると、土壁以外の分野で粘土を用いる京瓦の自然乾燥過程でも、重なった隠ぺい部では変色は起きないが露出部では変色(今後黒化と呼ぶ)が起きること、また陶土を用いる九谷焼においても、風が当たる部分にのみ黒化現象が起きることが確認されているという。ただし、京瓦も九谷焼もその後、還元雰囲気で高温焼成されるので、Mnの酸化物は還元されて消色するものと考えられる。
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