聖マリアンナ医科大学雑誌
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雑報
ロボトミーの歴史(1):緒言
田中 雄一郎
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2022 年 50 巻 3 号 p. 93-96

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抄録

筆者は脳腫瘍や脳動脈瘤の開頭手術を専門とする脳外科医であるが,かつて精神病を手術で治そうとした時代があったと知り驚いた。自身が1981年に脳外科医になった時本邦では,その手術すなわちロボトミーはすでに1975年に否定された治療法になっていた1-3)。実は日本は世界でも最も激しくロボトミーが糾弾され,精神科医主導で精神外科を否定する決議がなされた経緯がある。もちろん私も脳の一部を破壊して精神病を治療することに賛成しない。ただし脳手術を生業にしている者として,ロボトミーの歴史を正しく知り後進に伝えることは大切な責務と考える。国内外のロボトミーの歴史を知ろうと筆者はこれまでに様々な出版物やネット情報,そして新聞や映画に至るまで折に触れ検証してきた。本稿を書く動機は,ネット上にロボトミーに関する誤認や歪んだ情報が溢れていること,医学生向けの教科書ではロボトミーの用語が消去されて久しく,教育すべき項目から除外されていることに違和感を覚えたことにある。

欧米ではロボトミーの歴史について多くの書籍4, 5)や論文6-15)が出版されてきた。しかし日本におけるロボトミーの医学史ならびに社会史を詳述した書籍は少なく,橳島16)の『精神を切る手術』(2012年)と立岩17)の『造反有理』(2013年)以外ほとんど出版されていない。とくに医学者なかでも外科医による著作は皆無であった。本シリーズ(ロボトミーの歴史1~10)は現代の脳外科医の視点でロボトミーの歴史を俯瞰する特徴がある。現在,ロボトミーは史上最悪の手術,悪魔の手術などと揶揄され常に否定的なイメージで語られ,精神科領域では語ることすらタブーという風潮が続いている。どのような時代的要請があって,ロボトミーが登場したのか,なぜ奇跡の手術としてノーベル賞の栄誉に浴したのか,どのような経緯でそれが悪魔の手術に転落したのか,それぞれの時代の大衆はロボトミーをどの様に捉えたのか,新聞や映画がロボトミーをどのように扱ったか,これまでにない視点で切り込む。

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