抄録
耳石の元素組成の変化から魚類の生息環境履歴を捉えるための基礎資料を得ることを目的として, 飼育環境水の塩分濃度および水温の急激な変化がヒラメ稚魚耳石の元素組成に及ぼす影響を調べた。耳石中元素の分析には荷電粒子励起X線放射化 (PIXE) 法を使用した. ヒラメ稚魚の耳石より, Ca, Mn, Zn, Sr が検出された. 100%海水中, 20℃で飼育したものを対照群とすると, 30日間以上の長期飼育実験では, 低塩分濃度 (50%海水飼育) 群で耳石のSr濃度とSr/Ca比は低下し, MnとZn濃度およびMn/CaとZn/Ca比は上昇する傾向を示した. 低温度 (15℃飼育) 群では耳石のSr濃度とSr/Ca比がわずかに上昇した. しかし, 環境塩分と水温の急激な変化の直後では, 耳石のSr濃度とSr/Ca比が上昇し, Zn濃度とZn/Ca比は低下した. 急激な環境変動直後にみられる耳石元素組成の変化は, この時期には魚がストレス状態にあった事を示すと同時に, ストレス魚では耳石の元素蓄積状況が通常時とは異なっていることを示すものと考えられた. 以上の結果から, 耳石のSrとZn濃度および当該元素とCaの濃度比は, 耳石から魚の生息塩分や水温履歴を予測する際の有効な指標となるが, 耳石の元素組成データから環境履歴を予測する際には魚の生理状態変化にも十分に注意する必要のあることを示唆している.