谷本学校 毒性質問箱
Online ISSN : 2436-5114
〈特集1〉レギュラトリーサイエンス
3.GLPとレギュラトリーサイエンス
猪 好孝
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2011 年 2011 巻 13 号 p. 11-19

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抄録

はじめに

「レギュラトリーサイエンス」という言葉は多様性を持って使用される。齊尾武郎氏は「レギュラトリーサイエンス・ウォーズ-概念の混乱と科学論者の迷走-」という論文(Clin Eval 38(1)2010)を発表し、その混迷さを伝えている1)。本邦ではレギュラトリーサイエンスという言葉を、「規制科学」と翻訳する場合が多い。このことからレギュラトリーサイエンスとの言葉を聞くと、多くの人がGLP試験そのものをイメージする。また「調和科学」や「評価科学」と翻訳される場合がある。実際、レギュラトリーサイエンスという言葉は、多様性に富んだ使われ方がされているようである。齊尾氏の論文には、「レギュラトリーサイエンスという言葉が米国で初めて使用されたのは、1985年のWeinbergの論文であるが、その13年前に彼が発表した「trans-science」という言葉と近縁の概念であろう」と述べられている。また同氏は、「元米国環境保護局(Environmental Protection Agency:EPA)のスタッフA. Alan Moghissiにより1985年に設立されたInstitute for Regulatory Science(RSI)のウェブサイトの記載を見ると、「regulatory scienceという言葉の語源ははっきりしないが、1970年代に、その頃新設されたEPAが、科学的情報が乏しい、もしくは欠如した状況下で判断を行わなければいけなかった時期のことだろう。」と述べている。

 米国では、1970年代は、サリドマイド事件を皮切りに急速に医薬品に関する審査体制が高まってきた時代である。そしてその結果、米国食品医薬品局(FDA)は1978年に世界で初めてGLPを制定した。1979年には経済開発協力機構(OECD)がGLPを制定し、EPAはOECD GLPを採用した。FDA GLPと異なり、OECD GLPは医薬品を含む全ての化学物質の安全性評価に利用されるように作成されている。FDA GLPとOECD GLPの最大の違いは、①OECD GLPは「GLP原則」であり、GLP条文中にはそれを運用するための詳細が記載されていないこと、②FDA GLP下では、試験方法の設定そのものが試験責任者の責任範囲下におかれるが、OECD GLP下では試験方法の詳細が試験法ガイドライン(Test Guideline;TG)として制定されていることである。

 レギュラトリーサイエンスという言葉が最初に生まれた1980年代は、OECDにおけるTGが作られていく過程にあった。同じ被験物質を使用し、各国で毒性試験等を実施した。そしてその結果を持ち寄り、その被験物質の毒性評価を行うのに最適な試験方法を構築していった。各国で同じような試験結果が得られれば何も問題ない。しかし、そうはならなかった。このようなTG作成のための試験に対してGLPを適用することには無理があるし、また、試験結果の違いというものが、試験方法のどの部分の違いに起因して発生しているのかでさえ振り返ることができなかったであろう。そして、その結果EPAは、「科学的学的情報が乏しい、もしくは欠如した状況下で判断を行わなければいけなかった」と述べたのであろう。現在、最先端技術に対してレギュラトリーサイエンスという言葉が使用されるようになってきた。本章では、レギュラトリーサイエンスをめぐる最近の世界の動向について記載する。

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