谷本学校 毒性質問箱
Online ISSN : 2436-5114
レクチャー
3 反応性代謝物による特異体質性薬物障害
池田 敏彦
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2013 年 2013 巻 15 号 p. 20-30

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抄録

 薬物毒性には、実験動物によって再現可能で投与量依存的とされる本質性薬物毒性(intrinsic drug toxicity)と、少数の限られた患者にのみ認められ実験動物では再現ができないとされる特異体質性薬物毒性(idiosyncratic drug toxicity)の2種類が知られている。本質性薬物毒性は、決められた用法・用量を遵守し、体内の薬物濃度が危険レベルを超えないよう留意することにより回避することが可能である。例えば、実験動物で肝毒性を示すアセトアミノフェンの場合でも1回の用量が低ければ安全に使用できる。それゆえ、本質性とされている薬物毒性が臨床的に認められた場合、まずは過量投与が疑われる。米国の統計では、薬物による肝障害の大部分がアセトアミノフェン過量投与によるものであり、そのおよそ70%は自殺を企図したものである1)。一方、特異体質性薬物毒性は、実験動物を用いた安全性試験では大きな問題がなくても、承認後、医薬品としての使用が臨床的に拡大されてから初めて、限られた患者層に発現する。臨床試験とは比較にならないほど多数の患者に投与された結果である。それには何らかの遺伝的原因が存在し、それも複数のものが関係しているであろうと推察されている。また、一般には投与量に依存しないとされているが、特異体質を有する患者層においては投与量に依存すると考えられている2)。おそらく、これらの患者層では薬効用量はすでに危険域であり、これよりもかなり低用量で用量に依存した毒性が発現すると想定されている。すなわち、臨床試験において高用量、中用量及び低用量の3群比較を行うような場合(いずれも薬効用量)、試験規模が1万人程度では特異体質を持つ患者は1名いるかいないかであり、この患者が高用量群に組み入れられる確率(1/3)は中・低用量群に組み入れられる確率(2/3)よりも低くなり、毒性発現に投与量依存性が認められなくなるため、臨床試験では因果関係が明らかにされにくいのである3)

 アセトアミノフェンの添付文書中には、重大な副作用として、ショック・アナフィラキシー様症状、スティーブンス・ジョンソン症候群、中毒性表皮壊死症、喘息発作、肝機能障害、顆粒球減少症などが記載されている。これらの副作用は治療目的で使用された際に観察されたものであり、過量投与によるものではない。また、肝機能障害を除き、上記の副作用は動物実験では認められず、特異体質性の毒性であると考えられる。また、肝機能障害にしても動物実験で毒性が認められない用量で発現しているのであれば特異体質性であることが強く示唆される。すなわち、臨床的に認められる薬物毒性の大部分は本質性の毒性ではなく、むしろ特異体質性の毒性であることがうかがわれるのである。本来、安全であると想定された用法・用量のもとでは、遺伝的な原因を有し、感受性の高い患者のみに毒性が発現するものであろうと推察される。

 これに類することは薬物により誘発される心電図検査でのQT延長にもいわれている。塩基性薬物はもともとQT延長を引き起こす特性を有しており、高濃度の曝露により実験動物でも心筋のカリウムチャネルの機能が低下してQT延長が認められる。従って薬物誘発性QT延長は本質性の薬物毒性に分類されるのであるが、実際の臨床においては、QT延長は限られた患者層のみに発現し、特異体質性の毒性の特徴を示す。おそらくこの薬物感受性は心筋細胞のカリウムチャネルの遺伝子変異と関連していると推察されている4-6)。つまり、カリウムチャネルは本来、治療濃度の薬物によって影響されないのであるが遺伝変異がある場合には影響を受けるようになり、QT延長に至ってしまうということが強く示唆されている。

 臨床的に認められる多くの薬物毒性のなかでも、薬物性肝障害は筆頭に位置するといわれている7,8)。米国では、報告される急性肝障害のうち特異体質性の肝障害が13%を占めると報告されており9)、医薬品が市場から撤退する主な原因も特異体質性の肝障害であるとされている10)。本稿においては、動物実験で検出できないために将来的に問題となると思われる特異体質性の薬物毒性について、特に肝障害を中心にして発現機序をまとめる。

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© 2013 安全性評価研究会
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