抄録
高薬理活性医薬品や、感作性が著しい化合物を取り扱う場合、こうした物質を取り扱う作業者への健康障害リスク(産業衛生リスク)が懸念される。また、そうした物質を共通の製造設備や医療現場で取り扱う場合、より厳格な交叉汚染防止対策が求められる。
化学物質を取り扱う現場では、労働安全衛生の観点から様々な規制が制定されてきたが、医薬品原薬については、その薬効薬理に通じた製薬会社やその事業所の自主規制が尊重されて、行政による規制の範疇から除外されてきた経緯がある。従来の製造現場では、ペニシリンやセファロスポリンといったβラクタム系抗生薬やある種の高薬理活性医薬品を製造する施設では、GMPにおける交叉汚染防止要件の観点から製造施設の専用化が要求されてきたが、そうした施設においても、原薬を多量に取り扱う作業者に対する健康障害リスクの軽減についての取り組みは各事業所に委ねられてきた。しかしながら、抗腫瘍薬を代表とする多種多様な高薬理活性医薬品が開発される中、交叉汚染防止の観点から製造設備を専用化するだけでは産業衛生リスクは軽減されないことは自明である。
一方、医薬品の品質管理におけるリスクマネジメントの有用性に対する認識が高まり、日米欧医薬品規制調和国際会議(ICH)で医薬品の品質リスクマネジメントに関するガイドライン(ICH Q9)が合意され、2006年9月に厚生労働省より、「品質リスクマネジメントに関するガイドライン」が制定された。分析技術の向上、高度な品質管理システムの実践、工程操作のClosed化や封じ込め技術の進歩を背景に、このリスクマネジメント手法を適用し、適正な封じ込めシステムを導入することで、高薬理活性医薬品を共通設備で製造することが許容されるようになった。ICH Q9は品質管理におけるリスクベースアプローチを規定したものであるが、この手法は、医薬品製造設備における産業衛生に対しても有効である。
本稿では、ICH Q9のリスクマネジメントの概要を踏まえながら、医薬品製造設備における産業衛生に関するリスクベースアプローチの適用と、その手法に基づく封じ込め装置の選定事例を紹介するものである。
【注記】広義の産業衛生とは、「作業環境での従業員の健康を損なう危険因子を推察、認知、評価、制御することより、職業に起因する従業員の健康障害を回避する技術/科学」と言われている。従業員の健康を守るために、企業とその産業衛生担当者のみならず、全従業員が取り組まねばならないものである。
本稿では、このうち、薬剤が従業員の健康を損なうリスクを分析・評価し、そのリスクが受容されるために必要な軽減策(封じ込め)を構築する一連の考え方について記載する。