2025 年 77 巻 2 号 p. 49-69
本研究の目的は,構成樹種の生活史特性を踏まえて,針広混交林の長期的な変化を明らかにすることである。東北地方太平洋側南部の代表的な植生であるモミ-イヌブナ林に設置された永久調査区の60年間の継続調査を実施した。その結果,主要構成種の組成や相対優占度はあまり変化しておらず,この森林は長期間維持されていた。2011~2021年には,樹種別の生活史特性を反映した変化がみられ,萌芽更新を行うイヌブナやアワブキの新規加入率が高くなるなど,落葉広葉樹の減少傾向が鈍化した。階層構造も変化しており,イヌシデやアカシデが高木層に偏っていく一方で,アワブキは低木層に集中するようになった。ヤブムラサキ,イヌツゲ,イヌガヤなどの低木種が顕著に増加しており,低木層に形成されていたモミの前生稚樹集団の個体数は減少した。モミの小径木は林冠木と排他的に分布しており,耐陰性の高いモミであっても暗い林内での更新は難しいと考えられた。これらの結果から,モミ-イヌブナ林では樹種ごとの生活史特性を反映した階層構造の分化が進展しつつあり,60年間で複雑な森林構造をもつ,多様な樹種を含む森林へと成熟しつつあると推察された。
The aim of this study was to elucidate long-term changes in a conifer-deciduous mixed forest based on the life history traits of tree species. A 60-year survey was conducted in a permanent plot established in an Abies-Fagus forest, which represents the typical forest vegetation in the southern Pacific region of Tohoku, Japan. The results indicated that the composition and relative dominance of the main tree species showed little change, suggesting the long-term stability of this forest. However, between 2011 and 2021, changes reflecting the life history traits of tree species were observed, including a gradual slowdown in the decline of deciduous broad-leaved trees. This trend was associated with increased recruitment of Fagus japonica and Meliosma myriantha, likely facilitated by sprouting regeneration. Forest stratification also changed over time, with Carpinus spp. becoming dominant in the canopy layer, whereas M. myriantha was more concentrated in the shrub layer. Additionally, the number of shrub species, such as Callicarpa mollis, Ilex crenata var. crenata, and Cephalotaxus harringtonia var. harringtonia, increased significantly. In contrast, the abundance of pre-established seedlings of Abies firma, which had previously been growing in the shrub layer, decreased in number. Small individuals of A. firma were found exclusively beneath the canopy of mature trees, suggesting that despite its shade tolerance, A. firma is unlikely to regenerate successfully in the low-light conditions of the forest floor. These findings suggest that this conifer-deciduous mixed forest is undergoing structural changes influenced by the life history traits of its tree species. Over the past 60 years, the forest has matured into a more complex structure with increased tree species diversity.
仙台平野は常緑広葉樹林の分布北限にあたり,ブナやミズナラを主体とする落葉広葉樹林への移行域に位置している(岡, 2006)。常緑広葉樹と落葉広葉樹との移行域には温帯性の針広混交林(「中間温帯林」とも呼ばれる)がみられ,仙台近郊の丘陵地ではモミとイヌブナが混交するモミ-イヌブナ林が分布する(吉岡, 1952)。近世以降の人間活動の影響に加え,高度成長期以降の都市域の拡大により,仙台近郊のモミ-イヌブナ林はほとんどが失われた。現在では断片化した孤立林分が残存するのみとなっている(平吹・滝口, 2017)。残されたモミ-イヌブナ林の一部は,希少な生物種の生育を保護するための「希少個体群保護林」に指定されており,東北地方太平洋側南部における代表的な植生であるモミ-イヌブナ林の保全が課題となっている。
森林植生の保全や再生を考えるためにはその成立過程を明らかにする必要があり(菊池, 2001),特に対象となる森林がどのように維持更新されているのかを検討することが重要とされる(中静, 2004)。そのため,植生分布に関わる立地条件だけではなく,森林構造や種組成から種間関係や生物間相互作用を明らかにする研究や,森林の成立過程と構造や種組成の将来予測についての研究が近年盛んに行われている(種生物学会編, 2006)。
一般に森林を構成する樹木は樹齢が100年以上におよぶ。そのため,森林の成立過程にかかわる森林構造や種組成の長期的な変化を明らかにするための手法として,これまで二つの手法が用いられてきた(Bakker et al., 1996)。一つは成立年代の異なる森林を時間系列で並べて長期的な変化を推測する方法で,主に植生の遷移系列を明らかにする際に用いられている。もう一つは,対象となる森林内に永久調査区を設けて,追跡調査を行い,その長期的な変化を明らかにする方法で,森林の成立過程に介在する複雑な生態的なプロセスを検証できるという利点がある(Rees et al., 2001; Lindenmayer et al., 2012)。原生林や老齢林などの比較的変化が緩やかな森林では時間系列で並べて推察する方法は適さないとされ(Walker et al., 2010),主に永久調査区を用いて森林構造や種組成の長期的な変化が示されてきた。
原生林や老齢林に設置された永久調査区により,森林構造や種組成の50年を超えるような長期的な変化を明らかにした研究はヨーロッパを中心に行われている(例えば,Rohner et al., 2012; Jaloviar et al., 2017; Woods et al., 2021; Fassl et al., 2024など)。一方,日本では最も長いものでも40年程度であり(Yoshikawa et al., 2024),20年程度の変化を記載したものが中心となっている(例えば,Takahashi et al., 2003; 相場, 2006など)。自然度の高い森林の50年を超えるような長期的な植生変化を明らかにした研究は,日本では未だ少ないのが現状である。
仙台平野西部の丘陵地に残存する自然度の高いモミ-イヌブナ林には,1961年に菊池多賀夫氏により永久調査区が設置され,これまで50年以上におよぶ長期間の継続調査が行われてきた。若松ほか(2017)はこの永久調査区におけるモミ-イヌブナ林の50年間の森林動態を調査し,構成樹種の組成が長期間維持されてきたことを示した。しかし,この研究では,調査区内に出現した落葉広葉樹をひとくくりに優占種である常緑針葉樹のモミと対比させており,種ごとの特性を踏まえた議論は行われていない。また,モミは継続的に更新していると推察しているが,モミの個体分布には空間的な偏りがあり,それを踏まえた優占種の更新特性については十分には明らかにされていない。
モミ-イヌブナ林のような多種が混交する森林の成立過程を考える際には,構成樹種の生態的な特性を考慮する必要がある。これは,構成樹種ごとに異なる更新や生活史などの特性により,森林内に多くの樹種が同所的に共存でき,混交林が維持更新されるためである(Nakashizuka, 2001)。例えば, Takahashi(2017)は耐陰性を背景とした種ごとの更新特性の違いが常緑針葉樹と落葉広葉樹の共存を促進していることを示すことで,北海道の針広混交林の成立過程を説明した。また,実生や稚樹の段階における林内での成長の速さや生存期間といった生活史特性が種ごとに異なることで,同じ生育型(落葉広葉樹や常緑針葉樹など)でも複数の種が森林内に共存できていることも示されている(Seiwa, 2007; Nishimura et al., 2010)。モミ-イヌブナ林は生育型の異なる常緑針葉樹のモミと落葉広葉樹であるイヌブナなどが共存した混交林として長期間維持されてきた。永久調査区で取得してきた長期の植生データに基づいて,構成樹種ごとの更新や生活史の特性を把握することで,モミ-イヌブナ林の成立過程や維持更新プロセスを検討できると考える。
そこで本研究では,モミ-イヌブナ林に設置された永久調査区の再調査を実施し,モミや主要な落葉広葉樹の種ごとの維持更新や生活史の特性を把握して,それに応じた植生構造の長期的な変化について検討する。また,永久調査区におけるモミの空間分布の長期変化を解析し,優占種であるモミの更新動態を推察する。これらにより,東北地方太平洋側南部の植生を特徴づける針広混交林であるモミ-イヌブナ林の成立過程を,構成樹種ごとの維持更新プロセスを踏まえて明らかにできるものと考える。
本研究の調査地である鈎取山国有林(第1図,140.82°E,38.24°N,標高約100-200 m)は,仙台平野西側の青葉山丘陵と茂庭丘陵の境界に位置している。青葉山丘陵では,河成堆積物からなる平坦面がところどころに形成されており(松本, 2005),鈎取山国有林の北側の一部は標高約200 mの青葉山I面(中川ほか, 1961)となっている。鈎取山国有林の大半は茂庭丘陵に属しており,地質は主に中新統の火山物質に富む浅海成の粗粒堆積物である綱木層により構成される(北村ほか, 1986)。茂庭丘陵は小河川による開析が著しく,鈎取山国有林では名取川に合流する笊川の支流により丘陵地が開析され,急傾斜をともなう谷地形が形成されている。
気象庁メッシュ平年値20201)から,調査地周辺における年平均気温の平年値(1991-2020年)は11.8 ℃,年降水量は1291.8 mmで,温暖湿潤気候に属している。また,月平均気温から算出される暖かさの指数(WI)は91.6 ℃・月,寒さの指数(CI)は−10.5 ℃・月であった。これらの温量指数から,鈎取山国有林周辺の気候条件は日本における落葉広葉樹林と常緑広葉樹林との境界域にあたり,「中間温帯林」または「下部温帯林」の下限付近とされる温度領域に相当している(鈴木, 1961; 野嵜・奥富, 1990)。
青葉山丘陵や茂庭丘陵には温帯性の常緑針葉樹であるモミ Abies firmaと落葉広葉樹であるイヌブナ Fagus japonicaやコナラ Quercus serrataなどが共存する針広混交林が分布する(吉岡, 1952; 菅原, 1978; 平吹, 1990; 平吹・阿部, 1993)。調査を行なった鈎取山モミ希少個体群保護林は鈎取山国有林内にある,面積が約9 haの保護林である。自然度の極めて高い針広混交林が成立しており,樹高25 mを超えるモミの大木だけでなく,幹回りが3 mにもなるイヌブナなどの落葉広葉樹の巨木が林冠を構成している。落葉広葉樹の高木種は,イヌブナに加えて,アカシデ Carpinus laxiflora,イヌシデ Carpinus tschonoskii,イタヤカエデ Acer pictumなどが混生している(菅原, 1978)。また,林内にはコハウチワカエデ Acer sieboldianum,オオモミジ Acer amoenum,アワブキ Meliosma myriantha,ヤブムラサキ Callicarpa mollis,アオハダ Ilex macropoda,アオキ Aucuba japonica var. japonica,カヤ Torreya nuciferaなどの小高木や低木がみられ,一部ではスズタケ Sasa borealisが林床に密生する。
鈎取山国有林周辺は1600年以降,約300年にわたって留山として立ち入りが制限されており(飯泉, 1993),伐採や火入れといった人為的な撹乱による森林への影響は小さかったと考えられる。調査対象である鈎取山モミ希少個体群保護林は1921(大正10)年に指定されており(指定当時は「学術保護林」),モミの個体群を保存するとともに,自然の推移に委ねた変化を観察・記録することを目的に,学術的に貴重な森林として厳重に管理および保護されてきた(三浦・菊池, 1978)。吉岡(1952)はこの森林について「当地方稀に見る見事な天然林」と記述しており,実際に大規模な人為的な撹乱の痕跡は認められない(若松ほか, 2017)。また,森林内においてシカの糞や食痕は全くみられず,草食動物による影響は限定的であると考えられる。実際,林床にはシカの嗜好性が高いアオキが多く生育するほか,草本層は豊かで,カタクリ Erythronium japonicumなどの希少種も出現した。これらのことから,鈎取山モミ希少個体群保護林が自然状態での長期的な植生変化を明らかにできる貴重な森林であることが分かる。

第1図 調査対象地の位置
Fig. 1 Location of study area.
1) 野外調査
半世紀を超える長期の植生変化を明らかにするため,本研究では1961年から鈎取山モミ希少個体群保護林内に設置されている永久調査区において毎木調査を実施した。永久調査区は20 m×150 m(0.3 ha)で,丘陵地の南向き斜面に尾根から谷にかけて設置されている。三浦・菊池(1978)によると,この永久調査区は丘陵地の微地形区分でUpper Side Slope(上部谷壁斜面)およびHead Hollow(谷頭凹地)を一部に含むものの,大半はCrest Slope(頂部斜面)とされている。種の和名および学名は「植物和名-学名インデックス YList」(米倉・梶田, 2003-)に従った。
毎木調査は1961年,1981年,2011年,および2021年の60年間で4回実施した。永久調査区を設置した1961年には,高さ2 m以上の全樹木個体を対象に胸高直径(DBH)と樹高を計測し,樹種と根元の立木位置を記載した。1981年以降の毎木調査では,1961年に記載された個体について根元の立木位置に基づき個体識別を行い,生存もしくは枯死(消失)について記録するとともに,生存個体のDBHおよび樹高を再測した。また,各調査年で新たに高さ2 m以上となった新規加入個体については,1961年と同様にDBHと樹高を計測し,樹種と根元の立木位置を記載した。これらに加えて,2011年と2021年の調査では萌芽幹についての計測も実施した。ただし,本研究の胸高断面積合計(BA)の集計は,過去とのデータの比較のため主幹のみのデータで行った。
調査個体のDBHは,1961年と1981年の調査では輪尺を用いて1 cm単位で計測し,2011年と2021年の調査ではスチールメジャーを用いて胸高周囲長を0.1 cm単位で計測し,DBHを算出した。1961年と1981年の調査において,樹高は検測桿(10 mあるいは12 m)を用いて測定し,検測桿の上限を超える個体については検測桿を参考に目測した。2011年と2021年の調査では,樹高5 m以下の個体は検測桿(12 m)を用い,5 mを超える個体についてはレーザー樹高計(2011年-Haglöf社製Vertex Laser,2021年-Haglöf社製Vertex Geo)を用いて樹高を測定した。
2) データ解析
調査対象とした針広混交林の更新動態の長期変化を明らかにするため,永久調査区に出現した主要構成種を対象に,次の式を用いて,各調査年の間隔ごとに個体の死亡率(mortality rate)と新規加入率(recruitment rate)を算出した。
mortality rate (%) = ln(n0/ns)×1/t × 100
recruitment rate (%) = ln(ne/ns)×1/t × 100
ここで,tは期間(年)で各調査年の間隔となる。n0は期間前の調査年における個体数,nsは期間後の調査年に生き残っている個体数,neは期間後の調査年における総個体数を示す。死亡率と新規加入率の算出は,永久調査区において相対優占度が高く,個体数も多い,モミ,イヌブナ,アカシデ,イヌシデ,オオモミジ,ハウチワカエデ Acer japonicum,イタヤカエデ,メグスリノキ Acer maximowiczianum,アワブキ,アオハダの10種(モミ以外の9種を「主要落葉広葉樹」とする)と,近年増加傾向にある低木種であるヤブムラサキ,イヌガヤ Cephalotaxus harringtonia var. harringtonia,イヌツゲ Ilex crenata,シロダモ Neolitsea sericea,ヒイラギ Osmanthus heterophyllusの5種を合わせた計15種を対象とした。
樹木個体の空間分布は点過程(point process)ととらえることができ(島谷, 2001),その解析から更新動態を含む生態的なプロセスを推察することができる(Ben-Said, 2021)。そこで本研究では,永久調査区に優占するモミの空間分布とその60年間での変化を明らかにするため,RipleyのL関数(Ripley, 1976)を用いた空間的な点過程解析(spatial point-pattern analysis)を行なった。
まず,根元の立木位置から各調査年におけるモミのL(r) 関数を算出した。次に,完全空間ランダム分布(complete spatial randomness ;CSR)からの逸脱度を評価するため,モンテカルロシミュレーションを999回行い,完全空間ランダム分布から得られる推定値L(^)(r) 関数の最大値と最小値(0.1%信頼区間)を求めた(適合度分析)。L(r)の値が推定値L(^)(r) の範囲内であれば,空間分布はランダムとなり,推定値L(^)(r) よりも大きい場合には集中分布,小さい場合には規則(排他的)分布になることを示す。
また,モミの生活史ステージ間での分布の関係性を明らかにするため,新規加入個体およびDBH < 10 cmの個体と,DBH ≥ 30 cmとのpair解析も行なった。解析には2つの点分布の関係を検討できるL12関数(Lotwick and Silverman, 1982)を用い,L関数と同様に完全空間ランダム分布を用いた適合度分析を行なった。推定値L(^)12(r) の範囲内であれば,2つの点分布は相互に関連しないランダム分布であり,推定値L(^)12(r) よりも大きい場合は相互に近接した分布,小さい場合は相互に離れた分布であることを示している(Peterson and Squiers, 1995)。これらの統計解析にはR ver.4.3.2およびspatstatパッケージ(Baddeley et al., 2015)を用いた。
1961〜2021年の60年間で,永久調査区内の構成樹種の種組成には大きな変化はみられず,全出現種は47種で,そのうち60年間で消失した種は12種,新たに加入した種は4種であった(第1表)。2021年の調査では35種が記載され,2011〜2021年の間にコナラ,ヤマハンノキ Alnus hirsuta,カラスザンショウ Zanthoxylum ailanthoides,ウラジロノキ Micromeles japonicaの4種が消失し,2011年までに消失したクリなどを含めても,60年間で消失した樹種は全て落葉広葉樹であった。永久調査区を設置してから60年間に新たに加入した樹種は,周辺の植林地由来と考えられるスギを除き,シロダモ,ヒイラギ,トウネズミモチ Ligustrum lucidumなど鳥散布の常緑広葉樹であった。そのうちトウネズミモチとスギが2011〜2021年の間に新規加入した。1961年に1個体確認されていたサンショウ Zanthoxylum piperitumは,1981年と2011年の調査時には無かったが,2021年に再加入した。
主幹のみのBAはモミ,およびアオハダを除く主要落葉広葉樹で増加しており,全体では60年間で62%増加した(1961年:9.13 m2,2021年:14.92 m2)。モミやイヌブナなど林冠優占種のBAも同様に増加しているが,森林内での優占度を示す相対胸高断面積合計(RBA)は60年間であまり変化していなかった。なお,萌芽幹を含めた全体のBAは,2011年が15.96 m2,2021年が15.24 m2であり,主幹のみのBAとの差はそれぞれ0.21 m2と0.24 m2で軽微であった。
高木性の常緑針葉樹の個体数とBAはともに60年間で増加していたが,調査期間により変化量は異なっていた。林冠の優占種であるモミのBAの変化量を調査期間ごとに比較すると,1961〜1981年が0.09 m2/yr,1981〜2011年が0.07 m2/yr,2011〜2021年が0.03 m2/yrで,全ての期間で増加していたが,その増加速度は次第に鈍化している傾向がみられた。個体数の変化量は,1961〜1981年が6.9個体/yrで永久調査区内においてほぼ倍増していたのに対し,1981〜2011年が0.7個体/yrでほぼ変化がなく,2011〜2021年は−5.0個体/yrとなって,モミの個体数は大きく減少した。
高木性の主要落葉広葉樹の個体数は60年間で減少していた。そのため,主要落葉広葉樹の個体数の変化量も全ての期間を通じて減少を示したが,1961〜1981年の−1.9〜−0.4 個体/yrに比べて,1981〜2011年は−0.9〜−0.3個体/yr,2011〜2021年は−0.3〜−0.1個体/yrと次第にその減少量が鈍化していた。主要落葉広葉樹のうち,イヌブナ,イヌシデ,イタヤカエデは個体数が減少しても全ての調査期間でBAが増加していたが,その他6種のBAは増加している期間と減少している期間がみられた。
低木性の樹種の個体数およびBAは,常緑樹で増加傾向にあり,特に2011〜2021年にイヌツゲの増加が顕著であった。一方,落葉広葉樹は樹種ごとに傾向は異なっており,2011〜2021年ではヤブムラサキ,コシアブラ Chengiopanax sciadophylloidesなどが,個体数とBAが共に増加していた。
| Scientific name | Japanese name | LT | 1961 | 1981 | 2011 | 2021 | ||||||||||||
| N | RN (%) |
BA (m2) |
RBA(%) | N | RN (%) |
BA (m2) |
RBA(%) | N | RN (%) |
BA (m2) |
RBA(%) | N | RN (%) |
BA (m2) |
RBA(%) | |||
| Abies firma | モミ | C, E | 121 | 15.2 | 4.91 | 52.7 | 258 | 37.4 | 6.75 | 53.6 | 280 | 49.1 | 8.73 | 55.4 | 230 | 43.6 | 9.00 | 60.3 |
| Fagus japonica | イヌブナ | B, D | 77 | 9.7 | 0.62 | 6.6 | 48 | 7.0 | 0.82 | 6.5 | 36 | 6.3 | 1.11 | 7.1 | 34 | 6.4 | 1.15 | 7.7 |
| Carpinus tschonoskii | イヌシデ | B, D | 36 | 4.5 | 0.32 | 3.5 | 22 | 3.2 | 0.59 | 4.7 | 14 | 2.5 | 0.75 | 4.8 | 13 | 2.5 | 0.80 | 5.4 |
| Carpinus laxiflora | アカシデ | B, D | 50 | 6.3 | 0.28 | 3.0 | 28 | 4.1 | 0.39 | 3.1 | 15 | 2.6 | 0.36 | 2.3 | 12 | 2.3 | 0.34 | 2.3 |
| Acer amoenum | オオモミジ | B, D | 63 | 7.9 | 0.17 | 1.8 | 27 | 3.9 | 0.25 | 2.0 | 15 | 2.6 | 0.21 | 1.3 | 13 | 2.5 | 0.22 | 1.5 |
| Acer japonicum | ハウチワカエデ | B, D | 27 | 3.4 | 0.03 | 0.3 | 20 | 2.9 | 0.05 | 0.4 | 13 | 2.3 | 0.05 | 0.3 | 12 | 2.3 | 0.05 | 0.4 |
| Acer maximowiczianum | メグスリノキ | B, D | 42 | 5.3 | 0.10 | 1.1 | 22 | 3.2 | 0.26 | 2.1 | 11 | 1.9 | 0.30 | 1.9 | 10 | 1.9 | 0.29 | 2.0 |
| Acer pictum | イタヤカエデ | B, D | 43 | 5.4 | 0.21 | 2.3 | 27 | 3.9 | 0.30 | 2.4 | 13 | 2.3 | 0.38 | 2.4 | 11 | 2.1 | 0.41 | 2.8 |
| Ilex macropoda | アオハダ | B, D | 61 | 7.7 | 0.11 | 1.2 | 38 | 5.5 | 0.13 | 1.0 | 12 | 2.1 | 0.11 | 0.7 | 11 | 2.1 | 0.05 | 0.3 |
| Meliosma myriantha | アワブキ | B, D | 61 | 7.7 | 0.21 | 2.2 | 24 | 3.5 | 0.09 | 0.7 | 15 | 2.6 | 0.01 | 0.1 | 13 | 2.5 | 0.01 | 0.1 |
| Castanea crenata | クリ | B, D | 9 | 1.1 | 0.29 | 3.1 | 2 | 0.3 | 0.13 | 1.0 | − | − | − | − | − | − | − | − |
| Cerasus leveilleana | カスミザクラ | B, D | 3 | 0.4 | 0.28 | 3.0 | 5 | 0.7 | 0.47 | 3.7 | 4 | 0.7 | 0.64 | 4.1 | 3 | 0.6 | 0.26 | 1.8 |
| Zelkova serrata | ケヤキ | B, D | 7 | 0.9 | 0.26 | 2.8 | 5 | 0.7 | 0.32 | 2.6 | 5 | 0.9 | 0.45 | 2.9 | 4 | 0.8 | 0.48 | 3.2 |
| Ostrya japonica | アサダ | B, D | 15 | 1.9 | 0.26 | 2.7 | 11 | 1.6 | 0.45 | 3.6 | 8 | 1.4 | 0.59 | 3.7 | 4 | 0.8 | 0.26 | 1.7 |
| Acer rufinerve | ウリハダカエデ | B, D | 15 | 1.9 | 0.25 | 2.7 | 3 | 0.4 | 0.07 | 0.6 | − | − | − | − | − | − | − | − |
| Fagus crenata | ブナ | B, D | 7 | 0.9 | 0.16 | 1.7 | 7 | 1.0 | 0.20 | 1.6 | 5 | 0.9 | 0.35 | 2.2 | 5 | 0.9 | 0.41 | 2.7 |
| Fraxinus sieboldiana | マルバアオダモ | B, D | 26 | 3.3 | 0.11 | 1.2 | 17 | 2.5 | 0.18 | 1.5 | 5 | 0.9 | 0.06 | 0.4 | 2 | 0.4 | 0.03 | 0.2 |
| Alnus hirsuta var. sibirica | ヤマハンノキ | B, D | 2 | 0.3 | 0.10 | 1.0 | 1 | 0.1 | 0.08 | 0.6 | 1 | 0.2 | 0.09 | 0.6 | − | − | − | − |
| Cornus macrophylla | クマノミズキ | B, D | 3 | 0.4 | 0.09 | 1.0 | 3 | 0.4 | 0.15 | 1.2 | 3 | 0.5 | 0.21 | 1.4 | 3 | 0.6 | 0.22 | 1.5 |
| Zanthoxylum ailanthoides | カラスザンショウ | B, D | 3 | 0.4 | 0.09 | 1.0 | 1 | 0.1 | 0.07 | 0.6 | 1 | 0.2 | 0.10 | 0.6 | − | − | − | − |
| Quercus serrata | コナラ | B, D | 4 | 0.5 | 0.09 | 0.9 | 3 | 0.4 | 0.22 | 1.7 | 2 | 0.4 | 0.41 | 2.6 | − | − | − | − |
| Magnolia obovata | ホオノキ | B, D | 2 | 0.3 | 0.06 | 0.7 | 1 | 0.1 | 0.04 | 0.3 | 1 | 0.2 | 0.05 | 0.3 | 1 | 0.2 | 0.06 | 0.4 |
| Cornus controversa | ミズキ | B, D | 1 | 0.1 | 0.05 | 0.5 | 1 | 0.1 | 0.09 | 0.7 | 2 | 0.4 | 0.15 | 0.9 | 2 | 0.4 | 0.23 | 1.5 |
| Chengiopanax sciadophylloides | コシアブラ | B, D | 4 | 0.5 | 0.03 | 0.3 | 2 | 0.3 | 0.03 | 0.3 | 1 | 0.2 | 0.00 | 0.0 | 5 | 0.9 | 0.00 | 0.0 |
| Carpinus japonica | クマシデ | B, D | 3 | 0.4 | 0.02 | 0.3 | 4 | 0.6 | 0.04 | 0.3 | 2 | 0.4 | 0.03 | 0.2 | 2 | 0.4 | 0.02 | 0.1 |
| Acer sieboldianum | コハウチワカエデ | B, D | 10 | 1.3 | 0.03 | 0.3 | 19 | 2.8 | 0.07 | 0.6 | 12 | 2.1 | 0.06 | 0.4 | 12 | 2.3 | 0.07 | 0.5 |
| Aria alnifolia | アズキナシ | B, D | 17 | 2.1 | 0.02 | 0.2 | 3 | 0.4 | 0.01 | 0.1 | 2 | 0.4 | 0.03 | 0.2 | 1 | 0.2 | 0.01 | 0.1 |
| Gamblea innovans | タカノツメ | B, D | 3 | 0.4 | 0.00 | 0.0 | 3 | 0.4 | 0.01 | 0.1 | 1 | 0.2 | 0.00 | 0.0 | 1 | 0.2 | 0.00 | 0.0 |
| Quercus crispula | ミズナラ | B, D | 1 | 0.1 | 0.00 | 0.0 | − | − | − | − | − | − | − | − | − | − | − | − |
| Aria japonica | ウラジロノキ | B, D | 3 | 0.4 | 0.00 | 0.0 | 3 | 0.4 | 0.01 | 0.1 | 1 | 0.2 | 0.01 | 0.1 | − | − | − | − |
| Cornus kousa subsp. kousa | ヤマボウシ | B, D | 1 | 0.1 | 0.00 | 0.0 | 2 | 0.3 | 0.00 | 0.0 | − | − | − | − | − | − | − | − |
| Neolitsea sericea | シロダモ | B, E | − | − | − | − | 1 | 0.1 | 0.00 | 0.0 | 4 | 0.7 | 0.00 | 0.0 | 4 | 0.8 | 0.01 | 0.0 |
| Torreya nucifera | カヤ | C, E | 24 | 3.0 | 0.11 | 1.2 | 36 | 5.2 | 0.24 | 1.9 | 46 | 8.1 | 0.45 | 2.9 | 46 | 8.7 | 0.48 | 3.2 |
| Cryptomeria japonica | スギ | C, E | − | − | − | − | − | − | − | − | − | − | − | − | 2 | 0.4 | 0.00 | 0.0 |
| Neoshirakia japonica | シラキ | B, D | 22 | 2.8 | 0.02 | 0.2 | 15 | 2.2 | 0.03 | 0.2 | 7 | 1.2 | 0.02 | 0.1 | 5 | 0.9 | 0.02 | 0.1 |
| Callicarpa japonica | ムラサキシキブ | B, D | 7 | 0.9 | 0.01 | 0.1 | 7 | 1.0 | 0.02 | 0.2 | 1 | 0.2 | 0.00 | 0.0 | 1 | 0.2 | 0.00 | 0.0 |
| Acer carpinifolium | チドリノキ | B, D | 1 | 0.1 | 0.01 | 0.1 | − | − | − | − | − | − | − | − | − | − | − | − |
| Euonymus oxyphyllus | ツリバナ | B, D | 13 | 1.6 | 0.00 | 0.0 | 15 | 2.2 | 0.01 | 0.1 | 1 | 0.2 | 0.00 | 0.0 | 2 | 0.4 | 0.00 | 0.0 |
| Pourthiaea villosa var. villosa | カマツカ | B, D | 2 | 0.3 | 0.00 | 0.0 | 2 | 0.3 | 0.00 | 0.0 | − | − | − | − | − | − | − | − |
| Buckleya lanceolata | ツクバネ | B, D | 1 | 0.1 | 0.00 | 0.0 | − | − | − | − | − | − | − | − | − | − | − | − |
| Zanthoxylum piperitum | サンショウ | B, D | 1 | 0.1 | 0.00 | 0.0 | − | − | − | − | − | − | − | − | 1 | 0.2 | 0.00 | 0.0 |
| Callicarpa mollis | ヤブムラサキ | B, D | 1 | 0.1 | 0.00 | 0.0 | − | − | − | − | 5 | 0.9 | 0.00 | 0.0 | 12 | 2.3 | 0.00 | 0.0 |
| Ilex crenata var. crenata | イヌツゲ | B, E | 1 | 0.1 | 0.00 | 0.0 | 2 | 0.3 | 0.00 | 0.0 | 20 | 3.5 | 0.01 | 0.0 | 33 | 6.3 | 0.02 | 0.1 |
| Osmanthus heterophyllus | ヒイラギ | B, E | − | − | − | − | − | − | − | − | 2 | 0.4 | 0.00 | 0.0 | 6 | 1.1 | 0.00 | 0.0 |
| Ligustrum lucidum | トウネズミモチ | B, E | − | − | − | − | − | − | − | − | − | − | − | − | 2 | 0.4 | 0.00 | 0.0 |
| Cephalotaxus harringtonia var. harringtonia | イヌガヤ | C, E | 1 | 0.1 | 0.00 | 0.0 | 2 | 0.3 | 0.00 | 0.0 | 4 | 0.7 | 0.01 | 0.1 | 10 | 1.9 | 0.01 | 0.1 |
| Indeterminable species | 不明種 | 3 | 0.4 | 0.01 | 0.1 | − | − | − | − | − | − | − | − | − | − | − | − | |
| Total | 総計 | 797 | 9.31 | 690 | 12.59 | 570 | 15.75 | 528 | 14.92 | |||||||||
RN:相対個体数 (%),RBA:相対胸高断面積合計(%).LT:葉の生育型,D:落葉,E:常緑,B:広葉,C:針葉.
RN:relative number of individuals (%), RBA:relative basal area (%). LT:leaf type, D:deciduous, E:evergreen, B:broad-leaf, C:needle-leaf.
第2表には主要な構成樹種の各調査期間の枯死率と新規加入率を示した。モミは2011年までは新規加入率が枯死率を上回っていたが(若松ほか, 2017),2011〜2021年では死亡率が3.1 %/yrとなり,同時期の新規加入率1.1 %/yrを上回っていた。主要落葉広葉樹の全9種は60年間での新規加入率が0.1~0.6 %/yrと低く,枯死率は3.2~1.7 %/yrで新規加入率を大きく上回っていた。主要落葉広葉樹全体での2011〜2021年の新規加入率は0.6 %/yrであり,それまでの期間の新規加入率(0.3 %/yr)に比べてやや改善した。これは特に,イヌブナ,メグスリノキ,アオハダ,アワブキの2011〜2021年における新規加入率が高くなっていたことに起因している。また,低木種の新規加入率は,常緑樹で全調査期間を通じて高い傾向があり,2011〜2021年には個体数の少ないヒイラギを除くと常緑低木のイヌツゲやイヌガヤの新規加入率が特に高くなっていた。また,落葉広葉樹の低木種であるヤブムラサキの新規加入率も8.8 %/yrと高かった。
| Species | mortality (% year−1) | recruitment (% year−1) | |||||||
| I | II | III | all | I | II | III | all | ||
| Evergreen Conifer species | |||||||||
| Abies firma | 0.5 | 0.9 | 3.1 | 0.8 | 4.3 | 1.2 | 1.1 | 1.9 | |
| Deciduous species | |||||||||
| Fagus japonica | 2.5 | 1.1 | 1.8 | 1.7 | 0.1 | 0.2 | 1.3 | 0.3 | |
| Carpinus tschonoskii | 2.7 | 1.8 | 0.7 | 1.8 | 0.2 | 0.2 | 0.0 | 0.1 | |
| Carpinus laxiflora | 3.3 | 2.1 | 2.2 | 2.5 | 0.4 | 0.0 | 0.0 | 0.1 | |
| Acer pictum | 2.7 | 2.4 | 1.7 | 2.4 | 0.4 | 0.0 | 0.0 | 0.2 | |
| Acer amoenum | 4.8 | 3.3 | 1.4 | 3.2 | 0.6 | 1.4 | 0.0 | 0.6 | |
| Acer maximowiczianum | 4.0 | 2.6 | 2.0 | 2.8 | 0.7 | 0.3 | 1.1 | 0.4 | |
| Acer japonicum | 2.0 | 2.0 | 0.8 | 1.7 | 0.5 | 0.6 | 0.0 | 0.3 | |
| Meliosma myriantha | 4.7 | 2.0 | 2.2 | 2.9 | 0.0 | 0.5 | 0.8 | 0.3 | |
| Ilex macropoda | 2.4 | 4.1 | 1.8 | 3.0 | 0.0 | 0.3 | 1.0 | 0.2 | |
| Shrub species | |||||||||
| Callicarpa mollis | − | − | 0.0 | − | − | − | 8.8 | − | |
| Ilex crenata var. crenata | 0.0 | 2.3 | 1.6 | − | 3.5 | 10.0 | 6.6 | − | |
| Neolitsea sericea | − | 0.0 | 2.9 | − | − | 4.6 | 2.9 | − | |
| Osmanthus heterophyllus | − | − | 0.0 | − | − | − | 11.0 | − | |
| Cephalotaxus harringtonia var. harringtonia | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 3.5 | 2.3 | 9.2 | 3.8 | |
| All species | 2.5 | 1.6 | 2.5 | 2.0 | 1.7 | 1.0 | 1.7 | 1.3 | |
I:1961〜1981,II:1981〜2011,III:2011〜2021,all:1961〜2021
第2図には,若松ほか(2017)で示した1961〜2011年までのものに2021年を追加した永久調査区における直径階分布を示した。全樹種での直径階分布は全期間を通じて逆J型を示しており,DBHが10 cm以下に枯死および新規加入が集中していた。モミの直径階分布も同様に逆J字型を示しており,2011〜2021年の最近10年間に枯死したモミの大部分が小径木(DBH<10 cm)の個体であった。主要落葉広葉樹は2011〜2021年の期間に枯死した個体数が少なく,直径階分布は2011年と同様の一山型であった。調査した鈎取山国有林周辺では林分構造に影響するような撹乱は起きておらず,2021年の直径階分布は,50年目の2011年の調査結果(若松ほか, 2017)からあまり変化していなかった。
本研究では,若松ほか(2017)で取り上げられなかった森林の階層構造に特に着目し,新たに解析を行なった。永久調査区における樹高分布は,60年間の調査期間で継続的に変化していた(第3図)。全ての構成樹種で見ると,2〜6 mで低木層が形成されており,また20 m程度で林冠を構成する高木層がみられた。低木層と亜高木層(6〜18 m)の個体数は1961年が最も多く,1981年以降は徐々に減少する傾向が認められた。20 m以上の高木層を構成する樹木の個体数は,1961年の67個体,1981年の62個体に比べて,2011年は35個体と大幅に減少しているが,これは樹高の測定方法の違い(1981年までは目測,2011年以降はレーザー樹高計)によるものと推察される。2011年と同様の測定方法を用いた2021年に20 m以上の樹高となる樹木は42個体であり,2021年までの10年間にこの森林の林冠に影響する撹乱がほとんどなかったことが分かる。
モミは,全期間を通じて20 m以上の高木層での個体が多く,林冠を構成する主要な樹種であった。1981年以降は,2~6 mの低木層の個体数が多くなったものの,2011〜2021年では低木層におけるモミの個体数は減少した。1961年では主要落葉広葉樹が低木層から亜高木層まで全ての樹高クラスで個体数が最も多くなっていた。1981年以降は全ての樹高クラスで個体数が減少しており,特に2〜6 mの低木層で顕著に個体数を減らした。その他,特徴的な変化として,低木層における低木種の増加が認められた。1961〜2011年には低木種の個体数が徐々に増加しており,2011年以降はモミの個体数の減少に対応して,イヌガヤ,イヌツゲ,ヤブムラサキなどの低木種が2〜4 mの下層で個体数を増やした。
第4図には,主要落葉広葉樹の樹高階分布を年代別に示した。1961年は全ての樹高クラスでその後の年に比べて個体数が多くなっており,また,低木層から亜高木層には多様な樹種が含まれていた。1981年以降は,全体的に主要落葉広葉樹の個体数が減少し,樹種ごとに特徴的な樹高分布へと推移した。イヌブナは全ての期間を通じて低木層から高木層まで満遍なく一様にみられた。カエデ属もイヌブナとほぼ同様の樹高分布であったが,2011年や2021年にはハウチワカエデやメグスリノキが4〜8 mの低木層から亜高木層下部で個体数がやや多くなった。1961年にほぼ全体にみられたアカシデ・イヌシデは,年とともに下層の個体数が減少し,2021年には12 m以上の亜高木層上部から高木層に限られるようになった。一方,アワブキは1961年には高木層にも出現したが,年とともに亜高木層以上の個体が枯死し,2021年にはアワブキは2〜6 mの低木層のみとなった。アオハダは60年間での樹高分布の変化は小さく,主に4~10 mの低木層から亜高木層下部にみられた。

第2図 永久調査区における全樹種,モミ,主要落葉広葉樹の直径階分布
Fig. 2 Size distribution of all tree species, A. firma, and major deciduous broad-leaved trees in the permanent plot.

第3図 永久調査区における樹高階分布の変化(1961~2021年)
Fig. 3 Changes in the height-class distribution of trees in the permanent plot (1961-2021).

第4図 永久調査区における主要落葉広葉樹の樹高分布(1961~2021年)
Fig. 4 Temporal changes in the height distribution of major deciduous broad-leaved tree species in the permanent plot (1961-2021).
第5図に各調査時期(1961年,1981年,2011年,2021年)におけるモミのサイズ別の生存個体および新規加入個体の分布位置を示した。優占種であるモミは全ての調査時期において調査区全体に分布していたが,サイズ別にみるとそれぞれの分布は空間的に偏っていた。DBHが30 cm以上の大径木はそのほとんどが樹高15 m以上で林冠を構成しており,X軸10~70 m付近およびX軸140~150 mに多く出現した。一方で,DBHが10 cm未満の小径木は1961年と1981年はX軸90~140 mに,2011年と2021年はX軸0~20 mおよび60~150 mに集中して分布した。
モミの新規加入個体の空間分布も調査区内において偏っていた。1961~1981年ではX軸0~20 mおよび60~150 mに,1981~2011年ではX軸0~10 mおよび50~140 mにモミの新規加入個体は集中した。2011~2021年は期間が10年と短いため新規加入の個体数は少なかったが,新規加入個体の分布範囲は1981~2011年と同様であった。調査期間を通じて,X軸20~50 mでは新規加入個体がほとんど見られなかった。
第6図に示したL関数を用いた解析から,モミの新規加入個体は1981年では1 m以上の範囲から,2011年では3 m以上の範囲から有意に集中型分布となった。また,小径木(DBH < 10 cm)はいずれの調査年でも1~2 mの狭い範囲から有意に集中型分布となっていた(p < 0.01)。新規加入個体と大径木(DBH ≥ 30 cm)との間では,1981年および2011年において有意な空間的な関連性が認められ,1981年は3 m以上で,2011年は4 m以上の範囲で排他的分布となっていた。2021年の新規加入個体については,期間が短く個体数が少なかったためランダム型分布となっていた。1961年および1981年に小径木と大径木(DBH ≥ 30 cm)がランダム型分布となっていた。しかし,2011年には小径木と大径木とは4 m程度で有意に排他的分布を示し,2021年には排他的分布が2 m以上の範囲で有意となった。

第5図 永久調査区におけるモミ個体の空間分布とその変化
永久調査区はX軸に沿って,谷から尾根に向かう斜面上に設置されており,X軸150 m付近の標高が最も高い。
Fig. 5 Temporal changes in the spatial distribution of individual A. firma trees in the permanent plot.
The permanent plot extends along the X-axis from the valley to the ridge,with the highest elevation occurring at 150 m.

第6図 モミの新規加入個体・小径木(DBH < 10 cm)と大径木(DBH ≥ 30 cm)の空間関係
(a)新規加入個体,(b)新規加入個体と大径木,(c)小径木,(d)小径木と大径木
実線はL関数の実測値を示し,グレーの範囲はモンテカルロ法により推定した信頼区間であり,この範囲内での空間関係はランダムとなる。
Fig. 6 Spatial relationships between A. firma recruitment, small-diameter trees (DBH < 10 cm), and large-diameter trees (DBH ≥ 30 cm) based on point pattern analysis.
(a) Recruitment,(b) Recruitment vs. large-diameter trees, (c) Small-diameter trees, (d) Small-diameter trees vs. large-diameter trees
The solid line represents the observed values of the L-function,while the shaded area indicates the confidence interval estimated using Monte Carlo simulation, within which spatial relationships exhibit complete spatial randomness.
鈎取山国有林のモミ-イヌブナ林は,2011年までの50年間にわたって安定して維持されていた(若松ほか, 2017)。本研究で行なった2021年の調査では,60年目を迎えた時点で,2011年までと比べて林冠木の種組成や相対優占度にほとんど変化はなく,モミが優占し,イヌブナ,イヌシデ,イタヤカエデなどの落葉広葉樹が混在する森林が形成されていることが明らかとなった。また,2011〜2021年の期間で林冠木の個体数に変化はなく,森林構造や林内の光環境に大きな変化を引き起こすような撹乱を受けてこなかった。これらのことから,この針広混交林は,撹乱のない自然状態で長期間安定して推移してきたと考えられる。
モミは新規加入が継続的に確認された一方で,1961年以降2021年までの間に落葉広葉樹の更新の機会は限られていた。2011年までにクリやウリハダカエデが消失したことに加え,2011〜2021年にはヤマハンノキ,カラスザンショウ,コナラ,ウラジロノキが永久調査区から姿を消した。これら消失した樹種には耐陰性の低い陽樹が多く含まれており,調査期間中に大規模な撹乱による林冠の破壊が欠如していたことが新規加入を妨げた要因と考えられる。現在,亜高木層や高木層を構成する主要落葉広葉樹においても新規加入率は低いまま維持されており,常緑針葉樹のモミが林冠層で安定的に優占する暗い林内環境では,全体として更新が停滞していたことが示唆される。
若松ほか(2017)では明示されなかった構成樹木ごとの動態をみると,それぞれの種で特徴的な変化をしており,2011〜2021年の動態は,それ以前の50年間(1961〜2011年)とはやや異なっていた。モミは2011年まで個体数が増加していたが,2011〜2021年には枯死率が新規加入率を上回り,個体数は減少に転じた。主要落葉広葉樹種は,2011年までの傾向と同様に2011〜2021年も個体数は減少したが,枯死率は低下しており,1年あたりの個体数の減少も鈍化した。また,イヌブナ,イヌシデ,イタヤカエデなど林冠を構成する樹種のBAやRBAは,2011〜2021年の10年間ではほとんど変化していなかった。これらの結果は,1961〜2011年の50年間に観察されたモミの増加と落葉広葉樹の減少という一方向的な変化が収束し,この針広混交林が平衡状態に近づきつつあることを示唆している。
また,イヌブナ,アワブキ,アオハダ,メグスリノキは,2011〜2021年の新規加入率が2011年以前に比較して高くなっていた。モミと並ぶ主要な林冠構成種であるイヌブナは,森林内で萌芽更新を行うことが知られている(大久保, 2002; 菊地ほか, 2009)。実際に,永久調査区におけるイヌブナの直径階分布は,根元から萌芽した幹を含めると,2011年に逆J型を示しており(若松ほか, 2017, Fig. 4),2021年においても同様であった。このため,イヌブナは萌芽更新によってモミ-イヌブナ林内で維持されてきたと推察される。さらに,アワブキ,アオハダ,メグスリノキは,永久調査区において主に低木層から亜高木層を構成しており,毎木調査では同じ立木位置でDBHが減少した個体が少なからず確認された。このことは,林冠構成樹木ではないこれらの落葉広葉樹も,萌芽によって主幹を交代させながら個体を維持している可能性を示唆する。これらの結果を踏まえると,主要落葉広葉樹の間でも生活史特性が多様であり,種ごとに異なる更新様式がモミ-イヌブナ林における種組成の維持機構に関与していると考えられる。
2. 階層構造の発達構成樹種ごとの樹高分布から,モミ-イヌブナ林の階層構造においても種特性に応じた変化が認められた。林冠層の主要な優占種であるモミは,1981年以降に低木層に出現する個体数が増加しており,前生稚樹集団を形成していったものと考えられる。主要落葉広葉樹は,1961年には低木層から高木層まで幅広く出現していたが,いくつかの樹種はその後の60年間で樹高の分布範囲が徐々に狭まっていた。イヌシデやアカシデは,1961年には全ての階層に出現したものの,1981年以降は亜高木層以下で主に個体数が減少しており,2011年には亜高木層上部から高木層の限られた階層にのみ出現した。一方でアワブキは,1961年に低木層から高木層まで出現したが,2021年には低木層のみとなっていた。イヌブナやカエデ属のように樹高分布にほとんど変化がみられない樹種はあるものの,永久調査区のモミ-イヌブナ林では,構成樹種ごとの生活史特性に応じて,時間の経過とともに階層構造の分化が進んだと推察された。
階層構造の変化は低木層において顕著であった。2011〜2021年の10年間において,低木性樹種の新規加入率が高く,特にイヌツゲやイヌガヤといった鳥散布型である低木性の常緑広葉樹が増加した。また,低木性の常緑広葉樹であるトウネズミモチが初めて記録されるなど,この期間に低木性樹種の種多様性が増加していた。これら低木性樹種とともに,モミ,イヌブナ,オオモミジなど高木種の稚樹も生育しており,多様な樹種によって構成される低木層が形成されていた。これらのことから,低木層の発達を通じて,モミ-イヌブナ林の階層構造がより明確になったと考えられる。
低木層の形成を含む階層構造の発達に関する研究は,平衡状態に達した自然林ではあまり行われておらず,撹乱後の森林遷移過程の調査を通じて進められてきた(Oliver, 1980)。遷移が進行するにつれて,樹木の耐陰性などの特性に応じた階層構造が発達することが知られている(Martin et al., 2021; Wu et al., 2023)。遷移の進んだ二次林では,多様な低木種による複雑な階層構造が形成されており(松田ほか, 1998),これはOliver(1980)が示した撹乱後の一般的な森林構造の発達モデルの「下層個体の再加入(understory reinitiation)」の段階に相当すると考えられる。実際に,井藤ほか(2008)では,伐採後 60 年以上経過した常緑広葉樹の二次林において,下層の種多様性が増加し,階層構造が発達した多様性の高い林分へ移行することを明らかにしている。本研究で対象としたモミ-イヌブナ林は,大規模な撹乱を受けていないものの,1961年時点では耐陰性の低い落葉広葉樹を多く含んでおり,また,落葉広葉樹の直径階分布が一山型へ推移していることから,1960年以前に何らかの大規模撹乱を受けた可能性がある。1961〜2021年の60年間には撹乱を受けることなく森林が維持され,特に最近10年間では低木性樹種の新規加入が進み,階層の分化が顕著になった。これらのことは,この森林がOliver(1980)の森林構造の発達モデルにおける「下層個体の再加入(understory reinitiation)」の段階にあることを示唆しており,長期間にわたる森林の維持・更新の過程で,種ごとの生活史特性に応じた階層構造がより明確になり,近年は特に低木層の発達が進んでいると推察される。
3. モミの空間分布と更新特性過去60年間でモミの個体数は増加し,また相対優占度はほとんど変化していないことから,鈎取山国有林ではモミ個体群が長期間維持されてきたことが分かった。モミが優占する林分では,モミの直径階分布は逆J型になることが多く(二宮ほか, 1985),モミは林内に前生稚樹の集団を形成することが知られる(二宮・荻野, 1986; 河崎,2020)。本研究でもモミの直径階分布は60年間継続して逆J型であり,林内に前生稚樹の集団が成立していた。このことは,鈎取山国有林のモミ-イヌブナ林において,モミが持続的に維持更新していることを示しており,若松ほか(2017)の推察を支持している。
一方で,先述したように2011~2021年においてモミの枯死率は新規加入率を上回り,モミの個体数は減少した。この10年間で枯死した個体のほとんどはDBHが10 cm以下の小径木であり,林内に生育していた前生稚樹が減少していた。モミは耐陰性が高いものの,鬱閉した林冠下では生長や生育が制約されることが知られている。例えば,田中ほか(2014)は,弱光環境下ではシュートの伸長量が小さくなり,モミの稚樹は林内で光環境に応じた樹形になることを示した。また,Ang et al.(2022)は光環境が改善するとモミの更新個体の密度が樹冠下よりも高くなることを明らかにした。このように耐陰性の高いモミであっても前生稚樹の生育や生存は光環境にある程度依存しており,林冠が閉鎖した森林内では長期間の個体維持が難しい可能性が高い。調査地では2011~2021年に大きな撹乱が生じず,林冠を構成する大径木のほとんどが維持されていた。そのため,林内の光環境は暗いままとなり,林冠下に生育していたモミの前生稚樹の枯死が増加したものと推察される。
モミの更新と光環境との対応関係は,サイズ別にみたモミの空間分布からも見てとれる。調査した永久調査区ではモミの個体分布には空間的な偏りがみられた。林内に生育する小径木は過去60年の全ての調査年において有意な集中型分布となっており,モミ林冠木が少ない範囲に分布する傾向があった。また,モミの新規加入個体は1981年と2011年に集中型分布であり,かつ大径木(DBH ≥ 30 cm)と排他的に分布していた。こうしたモミの空間分布には林内の光環境が関わっていると推察される。すなわち,常緑針葉樹であるモミの林冠下は相対的に暗く,そうした場所を避けてモミが更新・定着してきたものと考えられる。新規加入の空間的な偏りが長期間継続した結果,2021年には前生稚樹集団を構成する小径木と林冠を構成する大径木とが互いに排他的になるような空間分布を形成した可能性が高い。
樹木個体の空間分布は,その樹種の更新特性を反映したものとなる(Ben-Said, 2021)。特に,林冠木と林内の更新個体との空間的な関係は光をめぐる種内あるいは種間の競合関係を表しており(例えば,Jia et al., 2016; Abrams et al., 2017; Abellanas and Pérez-Moreno, 2018),構成樹種の更新動態を踏まえた森林の成立過程を明らかにする上で重要な示唆を与える。本研究では,サイズ別の空間解析からモミの新規加入個体や小径木が林冠木の少ない比較的明るい場所に集中分布することを明らかにした。このことは,モミの更新には森林内での光環境が影響していることを示している。先行研究でも,モミ-イヌブナ林ではモミの更新個体が過去の林冠ギャップに対応して分布することが指摘されており(Agetsuma, 1992),また他の森林における研究事例でもモミの稚樹が相対的に明るい場所に多く出現することが報告されている(山下,1994; Ozaki and Ohsawa, 1995)。一般にモミは耐陰性が高いことから,当年生実生は閉鎖林冠下でも比較的多く観察される。しかし,本研究の結果から,モミの個体数維持や持続的な更新のための,次世代を担う前生稚樹の定着や生長には林冠木に対する小規模な撹乱などの林内の光環境の改善が必要であると考えられる。このことは,目立った撹乱がなかった2011~2021年の10年間にモミの小径木の枯死率が新規加入率を上回り,個体数が減少していたこととも整合すると考える。
4. 林冠構成種の生活史特性と温帯性針広混交林の発達過程本研究では,60年間にわたる調査に基づき,モミ-イヌブナ林が種組成や植生構造を変化させながら森林として成熟しつつあることを明らかにした。ヨーロッパや北アメリカにおける数十年規模の森林の長期変化を明らかにした研究において,十分に発達した森林であっても,その構造や種組成がダイナミックに変化していることが指摘されている(例えばBrzeziecki et al., 2020)。Woods et al.(2021)は,こうした非平衡的な森林動態が構成樹木の生活史の違いによってもたらされており,それが林冠木の種多様性の維持につながっている可能性を指摘している。また,Nakashizuka(2001)は,樹木の生活史と関連するニッチ分割やトレードオフといったプロセスが,森林における多種共存を支える要因であると述べている。モミ-イヌブナ林においても,種ごとに異なる維持更新や生活史の特性が森林の発達過程に影響を及ぼしており,このことにより東北地方南部において特徴的な多様な樹種が林冠で共存する温帯性の針広混交林が維持されているものと推察された。
日本での森林植生の長期変化に関するこれまでの研究において,森林の発達過程に関わる構成樹種の維持更新や生活史の特性についての知見が蓄積されてきた。例えば,クリは閉鎖林冠下では実生や稚樹が生存できないことが知られており(谷口, 2009),二次林や老齢林での長期的な変化の中で減少または消失することが報告されている(明田川ほか, 1985; 斉藤ほか, 2003)。また,ウリハダカエデは,林冠ギャップに対応して更新する亜高木とされ(Tanaka et al., 2008),寿命が約40年と比較的短いため,森林の発達に伴って個体数が減少していくことが知られる(例えば,伊東ほか, 2019など)。これらの樹種は,かつてモミ−イヌブナ林の主要な構成種であったが,林内の光環境を大きく改善するような撹乱が生じなかったため,その耐陰性の低さから森林が成熟する過程で消失に至ったものと推察される。
現在,モミ-イヌブナ林の林冠を構成する主要な落葉広葉樹の維持更新プロセスは,森林タイプによって異なっていることが報告されている。年平均気温が10.7 ℃と鈎取山国有林とほぼ同等の阿武隈山地に位置する成熟した落葉広葉樹林(「小川ブナ植物群落保護林」)では,イヌブナ,アカシデ,オオモミジ,イタヤカエデなどが耐陰性をもつ林冠構成種とされ,閉鎖した林冠下でも稚樹が多数出現することが報告されている(Masaki et al., 1992)。これらの樹種は,長期的な観察において多くの新規加入個体が確認されており(Masaki et al. 2021),目立った自然撹乱やギャップ形成がなくとも,落葉広葉樹林内で継続的に更新していた(Masaki et al. 2015)。一方,同様に年平均気温がほぼ同じ11.9 ℃である木曽谷南部の針広混交林(「賤母生物群集保護林」)では,これらの樹種において枯死率が高く,新規加入もほとんどなかったため,13年間で落葉広葉樹の個体数は4分の3にまで減少していた(Takahashi et al., 2018)。この違いは,落葉広葉樹林では林冠木の展葉前に実生や稚樹が光合成を行えるのに対し(Seiwa and Kikuzawa, 1996),針広混交林では常緑樹により通年で被陰されることに起因するものと示唆されている(Takahashi et al., 2018)。本研究の調査対象であるモミ-イヌブナ林においても,常緑針葉樹と落葉広葉樹との間の光資源をめぐる競合が,林冠構成種の維持更新プロセスの違いや種組成および植生構造の長期的変化に関与している可能性がある。すなわち,温帯性の針広混交林では,林冠構成種の生育形の違いに起因する特有の種間関係がみられ,その結果,常緑針葉樹の優占度が比較的高いモミ-イヌブナ林は,落葉広葉樹林とは異なる森林の発達過程をたどっている可能性が示唆される。
野嵜・奥富(1990)は,モミの優占度が高く多様な落葉広葉樹を含む温帯性の針広混交林を「モミ優占型」として区分し,イヌブナ優占型の落葉広葉樹林などとともに,東北日本太平洋側の気候的極相林(「下部温帯林」)として位置づけた。また,相場(2017)は,夏が比較的涼しく冬が温暖な気候条件下では,常緑針葉樹の優占度が高い針広混交林(「温帯・熱帯針広混交林」)が分布することを指摘し,西太平洋地域における新たな植生帯モデルを提唱した。これらの研究から,モミ-イヌブナ林を含む温帯性の針広混交林は,日本における森林植生の重要な構成要素である蓋然性が高い。したがって,温帯性の針広混交林を対象に,常緑針葉樹と落葉広葉樹の共存メカニズムや,気候・土壌などの立地条件と関連づけた成立過程を明らかにすることは,日本の温帯林の植生地理的な位置づけを検討する上で重要であると考える。こうした温帯性針広混交林の長期的かつ体系的な調査と分析の蓄積が,今後取り組むべき課題であろう。
本研究の結果は,調査地の鈎取山国有林におけるモミ-イヌブナ林は60年間の長期間維持されてきたことを示した。2021年の調査時でも林冠の主要な構成種の種組成や相対優占度は維持されており,2011年までと同様の森林が成立していた。2011~2021年の期間を含めて過去60年間に林冠を大きく破壊するような撹乱がなかったことで,主要な林冠構成種の種組成や植生構造の大きな変化が生じなかったものと推察される。
調査したモミ-イヌブナ林では,針広混交林として60年間維持されており,常緑針葉樹と落葉広葉樹とが長期間共存してきた。これはモミと主要な落葉広葉樹とがそれぞれ異なる更新特性を持つためと推察される。調査地では,2011年から2021年までの10年間に林内の光環境に影響するような撹乱はみられなかった。そのため,2011年までと同様に林冠を構成する落葉広葉樹の新規加入は極めて限られており,本研究の結果は主要な落葉広葉樹が大規模な撹乱により一斉更新している可能性を示唆した若松ほか(2017)を支持した。
ただし,落葉広葉樹は種ごとに生活史特性を保有しており,モミ-イヌブナ林での更新プロセスが異なる可能性がある。例えば,イヌブナは,林冠を構成する他の落葉広葉樹とは異なり,萌芽更新を行なっている可能性が高く,林冠構成種以外でも,アワブキ,アオハダ,メグスリノキなどの落葉広葉樹も萌芽により主幹を交代させながら個体を維持させていると考えられた。モミ-イヌブナ林の維持更新には,こうした種ごとに異なる生活史特性も関与している可能性がある。しかし,本研究ではこれまで根元位置のみでの個体識別を行っており,主幹が萌芽幹に置き換わったことを示すことができないため,イヌブナ以外の樹種が萌芽更新を行なっているかどうかについては,今後の課題としたい。
優占種であるモミは2011年まで個体数が増加傾向にあったことから,これまで断続的な更新を行なっていると考えられてきた(若松ほか,2017)。しかし,本研究の結果から,2021年までの10年間でモミの個体数は減少しており,耐陰性が高いモミであっても,その更新個体の新規加入や前生稚樹集団の形成には林内の光環境を改善するための小規模な撹乱が必要であることが示唆された。このように,モミ-イヌブナ林での多種共存には規模の異なる撹乱が必要である可能性があり,それに応じた更新特性をそれぞれが持つことで,モミ-イヌブナ林における林冠構成種の種組成が維持されていると考えられた。また,本研究の結果から,2021年までの10年間のような森林内の光環境を変化させる自然撹乱やギャップ形成が欠けた状況では,林冠構成種の更新個体の新規加入は進まないことが示された。
モミ-イヌブナ林の相観や主要な林冠構成種の種組成には大きな変化がみられなかったものの,林内における低木層の個体数や種組成には変化がみられた。これまで永久調査区において目立った自然撹乱やギャップ形成がみられず,主要な林冠構成種の更新は進まなかった一方で,ヤブムラサキ,イヌツゲ,イヌガヤといった低木種の個体数が顕著に増加していた。このことは森林の階層構造の分化が進んでおり,複雑な植生構造をもち,多様な樹種を含む森林へと成熟しつつあると考えられた。
階層構造の分化では低木層の形成が進んでおり,低木性の常緑広葉樹の個体数が増加したことが一因となっていた。増加した低木性の常緑広葉樹には,イヌツゲやイヌガヤなどの鳥散布型の樹種が多く含まれていたことから,調査したモミ-イヌブナ林における低木層の形成には都市化が進展したことによる影響の可能性が考えられる。実際,調査地周辺では1970年代以降に都市域が拡大して,森林の孤立化が進んでおり,調査地である鈎取山国有林は住宅地に隣接するようになった。都市近郊の森林では鳥散布植物が増加する傾向がこれまでに示されており(例えば,戸島ほか 2004など),仙台近郊に位置する調査地においても都市化の影響により低木層の種組成に変化が生じた可能性がある。こうした森林の階層構造の発達過程と低木層への常緑広葉樹の侵入過程については,調査地周辺の類似した森林での調査も含め,今後の課題としたい。
本研究では針広混交林に設置した永久調査区において,60年間の長期間における森林の維持更新や発達過程を明らかにすることができた。その中では,種ごとに異なる維持更新のプロセスや光環境に関する生活史特性が森林の発達過程に深く関与しており,常緑針葉樹の優占度が比較的高いモミ-イヌブナ林では,落葉広葉樹林とは異なる発達過程をたどることが示唆された。調査を行なった鈎取山モミ希少個体群保護林は,希少な野生生物の個体群維持を目的としており,本研究の結果は今後の当該保護林における適切な保護や保全を考える上で有益な情報を提供したものと考える。モミ-イヌブナ林に限らず森林を構成する樹木の寿命は数百年に及ぶことが多く,したがって貴重な自然林の適切な保全策や管理手法の確立には,本研究のような世代を超えた研究者による長期的な植生調査を継続していくことが必要不可欠である。
現地調査では,東北森林管理局仙台森林管理署の方々に調査許可申請や情報提供などでお世話になった。また,菊池多賀夫氏(故人)には永久調査区における調査データの提供ならびに助言を賜った。ここに記して心より感謝申し上げます。なお,本研究の実施にあたり,JSPS科研費 JP21K01016およびJP24H00126の助成を受けた。
1) 気象庁が2022年に公開したメッシュ平年値2020のデータを国土数値情報の平年値メッシュデータ(https://nlftp.mlit.go.jp/ksj/gml/datalist/KsjTmplt-G02-v3_0.html 最終閲覧日 2024年3月7日)からダウンロードして引用した.