抄録
【はじめに】
視野をずらすプリズム眼鏡をかけ,前方の目標物を指差す課題を繰り返すと,最初は正確な位置を指すのが難しいが,次第に知覚と運動とのずれに適応し,正確な位置を指差せるようになる.このようなプリズム適応課題(以下PA)を半側空間無視(以下USN)患者に行なうと,USN症状が改善することが知られている.
PA課題中の脳活動に関する先行研究はPETやfMRIを使用したものが多く,これらの先行研究では右小脳・左視床・左側頭葉中部・左運動関連領野が賦活したと報告されている.
本研究は,PA課題中の運動軌跡と脳活動を測定することで,知覚と運動とのずれに対する即時的な適応過程を明らかにすることを目的とした.また,臨床における脳-運動-知覚の統合的な評価方法として光トポグラフィの有用性を検証した.
【対象と方法】
対象は,右利きの健常男性5名(年齢25.8±2.9)とした.対象者には事前に計測装置や実験手順の安全性について十分に説明をし,同意を得た上で測定を行った.
PA課題は,視野を右側に12度偏光させるプリズム眼鏡を装着して到達運動を行った.到達運動は,遠近2箇所の視覚目標点間(30cm)を右示指先端で繰り返し往復させる課題とし,「一定のテンポで可能な限り速く」行なわせた.運動中,視線は遠方の目標点を注視し,頚部・体幹を動かさないよう指示した.対象者に充分な練習を行なわせた後,測定を開始した.
到達運動軌跡の解析には,浜松ホトニクス社製プロファイルセンサ2眼モジュール(以下,PSモジュール)を使用し,右示指先端に取り付けられた光源の軌跡を計測した.
脳活動の計測には,近赤外線分光法による光トポグラフィ装置ETG‐7100(日立メディコ社製)を使用し,血液中に含まれる酸素化ヘモグロビン(以下,oxy-Hb)と脱酸素化ヘモグロビン(以下,deoxy-Hb)の変化量を計測した.3列×10行のプローブ(47チャンネル)を国際10-20法に基づき大脳皮質運動関連領域を覆うように装着した.
【結果と考察】
運動軌跡の解析から,PA課題は6~11回(7.4±2.0秒)の到達運動で動作が修正され,軌跡は定常となった.また,左運動関連領野の脳活動(oxy-Hb)はPA課題開始から6.5±3.1秒でピークとなり,その脳活動は約13秒で収束した.これらの結果より,PA課題における運動軌跡は動作を繰り返すことで,脳-運動-知覚が連動して働き,知覚と運動のずれを即時的に修正することが示唆された.この適応過程は,脳活動においても光トポグラフィを用いて測定可能であり,評価や治療の効果判定等に光トポグラフィが有用であると考えられた.
【謝辞】
本研究で使用したプロファイルセンサ2眼モジュールについて,浜松ホトニクス中央研究所松井克宜氏,豊田晴義氏に協力をいただいた.