抄録
現代社会において食と農は巨大で複雑なフードシステムに取り込まれ,有害な化学物質,グローバルな流通によるエネルギーの浪費,食品の大量廃棄など,数々の矛盾が生じている.こうした危機的状況への対応として,1970 年代以降,有機農業運動が広まり,その流れを受け継いだ動きとして,現在,ローカル・フードムーブメントが展開している.それはローカルを拠点とした食と農の取り組みによって,適正な食と農,人間と人間のつながり,そして人間と環境のつながりの回復を目指す運動である.
本稿では,こうしたローカル・フードムーブメントの一例と見られる愛知県豊田市旭地区の「押井営農組合」に注目し,この活動が現代社会の食と農においてどのような意義を持つのか,そして,どのようなつながりを生み出しているのかという問いに基づいた調査資料を報告する.
押井営農組合は,過疎高齢化が著しい押井集落の農地の維持を目的としているが,安全でおいしい米の全量自給を目指すポリシーのもとに活動を行っている.販売体制として,消費者が購入する米の代金を作付け前に支払い,リスクや収穫のよろこびを共有する「自給家族」の仕組みを展開している.それは他地域の消費者を顔の見える食と農のつながりへと組み入れる仕組みであり,失われた食と農のつながり,および人間と人間のつながりを新たに構築する活動となっている.